長編 #4723の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「戦争に行ったんだしな、怪我の一つや二つは仕方ないと、覚悟もしていた。だ けどな、こいつは敵の弾を受けての傷じゃない。名誉の負傷なんてもんじゃない んだ。味方につけられた傷なんぞ、兵隊にとって情けないだけのものだ。 それにな、何も俺だって殴られるのは好きじゃない。相手が上官だと思えば我 慢を続けたが、時には耐えきれずに抵抗したこともあった。しかし力のない俺の 抵抗は、なんの意味もなかった。かえって上官を怒らせ、殴られる時間が伸びる だけだったよ。あいつ、俺を殴りながらよく言ったもんだ。『ここは戦場だ。貴 様など殺してしまっても、戦死として始末出来るんだ』ってな。 このままでは、俺は殺される。敵にではなく味方にだ。こんなバカな話がある ものか。だからよ、俺はある時、こっそりと忍ばせていた拳銃でヤツを撃ったん だ。 初めは肩口。これは致命傷にはならなかったがな。ヤツは充分ビビっていたよ。 足に一発、手に二発。胸も撃ったかなあ………最後に頭を撃ち抜いてお終いさ。 楽しかったなあ。もがくヤツを見ると、胸がすく思いだったね。だがやがて冷 静になった俺は、転がる死体を見て焦った。上官殺しは重罪だ、死刑は免れない。 ヤツが言っていたように戦死したことにしようにも、俺は下っ端の兵隊。おまけ に他の連中にも嫌われていて、偽装のしようもない。だから逃げ出した、一目散 に」 話をしていたボルドの笑いが質を変えた。自嘲気味だったものが、上官を殺し た辺りから嬉々としたものになったのだ。 「逃げ出して三日目だ。俺は運悪く、別の隊と出くわしてしまった。指揮官の前 に連れて行かれたときには、さすがに覚悟を決めたね。上官殺しに脱走の罪だ。 言い訳も出来はしない。まさか、連絡が届いていないはずもないしな。 ところが俺は死刑にならなかった。その代わり、指揮官から面白い話を聞かさ れたよ。俺のいた隊は、俺が脱走した直後に敵襲を受けていたのさ。部隊は全滅、 誰一人生き残らなかった。俺は心の中で、歓声を上げたね。俺を虐めてくれたヤ ツらが、みんな死んでくれたんだ。こんな喜ばしいことはない。しかも、だ。俺 は部隊の、ただ一人の生き残りとして扱われたんだ。ヤツらが残してくれた傷が、 戦いによる負傷と勘違いされて。なに、他に知ってるヤツはいないんだ。戦いの 様子なぞ、いくらでもでっち上げられたさ。 そこで俺は知った。運さえ良ければ、何をしても罪にはならないんだとな」 ボルドの表情が、さらなる変化を遂げる。嬉々とした笑顔に、悦楽の表情もが 加わったのだ。それは、麻薬を服用した直後の、中毒患者にも似ていた。 「次に配属された部隊も、嫌な連中ばかりだった。とくに上官がな。だからまた、 殺すことにした。だが、今度はそうそう上手い具合に敵襲もないだろう。運ばか りに頼ってはいられない。そこで考えたよ、俺は。敵を導いてやればいいんだと ね。 こいつは少々苦労したがね。なんとか敵と接触することが出来た。こちらの情 報を渡し、襲撃の日時を決める。で、当日気にくわない野郎と、見張りの兵をこ の俺が夜陰に乗じて殺す。そしてトンズラした後、敵が攻め込むって段取りでさ。 痛快なほどに上手く行った。しかも敵さんから、たんまり礼を頂いて。 それからだ。敵とのパイプが出来た俺は、情報の他に自軍の武器を横流しして やった。手に入れた金をばらまき、軍での立場を上げる。要領さえ得ちまえば、 簡単なことだ。長い戦いで、軍の内部は腐っていたらね。 いまにして思えば、最初に俺を虐めた上官に感謝しなきゃならないねぇ。ヤツ のおかけで俺はいろんなことを学んだからね。人をいたぶる楽しさ、嘘を本当に する方法、組織での上手な立ち回り方。それを知ったからこそ、いまの俺がある んだ」 ボルドは決して、己の身に起きた悲劇を話していたのではなかった。確かに初 めは彼も被害者だったかも知れない。最初の事件には、同情できなくもない。だ がその後のボルドがしてきたことは、悪党という呼び方さえ追いつけない行為で ある。 すでに正常な神経さえ失ったかと思われる目が、デニスを見据えた。 「惜しいな………デニス。お前の度胸と腕っ節、それにちょいとした知恵がつけ ばいくらでも稼げるというのに。一つアドバイスしてやるよ………人を想うなど、 弱者の、ばか共のやることだ。どうだ? もしお前にマリィやそのちびの面を、 はたき倒すが出来るなら、俺の片腕にしてやる。そうすりゃあ、こんなもの、い くらでも手に入るぜ」 ボルドが何かを投げてよこした。デニスは、反射的に受け止める。それは、ぎ っしりと金貨の詰まった財布であった。 それだけのお金があれば、デニスの考えられる範囲の贅沢は全て出来るだろう。 しかしいまデニスが望むことは、マリィを医者に診せること。少女の言葉を取り 戻してやること。 それにはお金は欠かせない。けれどボルドの出して来た条件は、デニスの望み に大きく反するものである。そして何より、悪魔に魂を売り渡す気など、デニス にはない。 デニスは財布を投げ返した。それと同時に、ボルドに向かって駆け出していた。 その腹に、拳を一発入れなければ気持ちが収まらない。 「ぐっ」 しかし呻きはデニスの口から発せられることとなった。拳がボルドを捉える寸 前、飛び込んできた男の膝を、逆にデニスが腹へ食らってしまったのだ。 「悪いな、デニスよ。俺はボルドさんの部下なんでな」 「ふん」 自分を救った男に対し、ボルドから感謝の言葉が述べられることはない。お金 で繋がっただけの主従関係。しかしお金の結びつきは、デニスが思うより強いも のらしい。 「どうも今日は日が悪い。おとなしく帰ってやるよ………マリィ、せいぜい養生 しておくんだな。俺は必ず約束を守らせる」 捨て台詞を残し、ボルドは部屋から出て行った。当然、二人の手下もそれに従 う。 問題は何も解決しなかった。それでも病気に苦しむマリィを、連れて行かれる ことだけは避けられた。 事態は思わしいものではない。 当面の危機は辛くも回避出来たが、マリィの容態に回復の兆しは見られない。 飲ませた薬の効果も現れず、先ほどの騒によりかえって悪化したようにさえ思え る。 ベッドの上に横たわるマリィの息づかいは、荒くなっていく一方だ。デニスは 毛布を引き、肩まで上げてやる。けれどすり切れた毛布では、病人の身体を暖め るどころか、寒さから守ることさえ難しい。 デニスは一旦ベッドを離れ、暖炉へと薪をくべた。あと一回、暖炉にくべてし まえば薪も終わりだ。その後、マリィの身体をどうやって暖めればよいのだろう。 「デニス………」 マリィが名を呼ぶ。意識がしっかりしているのは、せめてもの救いである。デ ニスは急いでベッドへと戻った。 「なんだ? 喉が渇いたのか?」 「そうじゃ………ないの」 毛布をずらし、マリィの手が伸びてくる。 「だめだよ、マリィ。ちゃんと毛布を掛けていないと」 毛布を直そうと、デニスが手を掛ける。するとその手を、マリィの力ない手が 握ってきた。 「ごめん……ね、デニス………あなたの気持ちに………応えられなくて」 「なに言ってるんだよ」 「いいなあ………あなたと、スラムを……出られたなら。私ね………デニスとル ウと、いっしょなら………どこでも幸せだと……思う。でももう、だめ、だね… ……私」 「ったく、らしくないこと言うなよな。怒るぜ、俺。くだらないことを言ってな いで寝ろよ。寝ればこんなの、すぐに良くなるんだから」 不安で泣きたくなるのを耐えながら、デニスはマリィの手を毛布の中に戻した。 「ルウ!」 一度は瞼を閉じかけたマリィが、突然半身を起こして叫ぶ。発せられた言葉よ り、デニスは弱った身体を激しく動かしたマリィに驚く。 「ばか、無茶をするんじゃない! いきなり、どうしたって言うんだ」 しかしマリィを横にさせようと伸ばしたデニスの手は、強固に拒まれてしまっ た。 「ルウが………ルウがいないの!」 「なんだって?」 マリィの言葉に、デニスは後ろを振り向き、少女を探す。けれどマリィが言っ た通り、その小さな姿は部屋のどこにも見られなかった。少女のために用意した、 にわか作りの椅子のベッドも、先ほどの騒ぎで崩されたままだった。 「まさか………」 ボルドに連れて行かれたのだろうか。いや、そんなはずはない。ボルドたちが 出て行った時、少女は確かにこの部屋にいた。 それではどこに。 「ルウ………ルウ、ルウ………ルウ」 マリィの狼狽え方は尋常ではない。もし本当に少女がいなくなってしまったの なら、マリィの無事さえ危うく思えてしまう。 「探すから………ルウは俺が探すから」 言い聞かせ、デニスはなんとかマリィを横にしようと試みた。たが少女の名を 繰り返して呼ぶマリィは、頑として従ってはくれない。 「どこに行ったんだ、ルウは」 ルウがいなければ、マリィを横にすることさえ出来ない。アパートの他の部屋 を探してみようと立ち上がったデニスは、あることに気がついた。 「絵が………」 「え?」 その呟きに、マリィも少女の名を連呼するのを止め、デニスの視線を追った。 デニスとマリィが見つめたのは、壁の一点。ベッドの上の壁を見つめていたのだ。 そこには絵が貼られていたはずだ。以前デニスの描いた、マリィとルウの水彩 画が。ルウはそれを気に入り、大切にしていた。それがなくなっている。 レナの時と、先ほどと二度訪れたボルドたちがそれに気づいた様子はない。デ ニスはもちろん、マリィも少女のお気に入りを勝手に剥がしたりすることはない。 何より、昨夜倒れたマリィをベッドに運んだときに、デニスはその絵を見た覚え がある。 とすれば、その絵はいなくなったルウが剥がしたとしか考えられない。 けれど少女はその絵を持って、どこへ行ったのか。デニスには見当さえつかな かった。 真っ直ぐに上空を見つめれば、舞い落ちる雪は白い羽根のようさえ思えてしま う。けれど顔に落ち、冷たさだけを残して溶けるそれは、決して羽根ではあり得 ない。 しばし小降りになって来た雪を見つめていた少女は、再び走り出した。 冬の厳しいこの国で、このくらいの雪はまだ多い方ではない。街を行く大人た ちには、歩くのに少し邪魔になる程度の積雪でしかない。しかし身体の小さな少 女には、その行く手を遮るのに充分過ぎるものだった。 一歩、また一歩、進む度に深く雪に埋もれた足を、引き抜かなければならない。 わずかな距離を行くのさえ、大きく体力を消耗してしまう。 白い煙が、小さな唇から絶え間なく立ち上っている。それは少女の息がかなり 激しさを増していることを知らせていた。それでも少女は懸命に進もうとする。 その手に、筒状に丸めた紙を、しっかりと握りしめて。 どすっ。 鈍い音を立て、少女は顔から雪の中へ倒れてしまった。 まるで雪上に貼り付いてしまったかのように、少女は動かない。前日から休む ことなく降り続けている小雪が、冬の外出には不適当な薄着の背を淡い白色に染 めていく。 むくり。 少女が起き上がったのは、転んでから数秒の間を置いてからのことだった。雪 中に埋もれていた顔は厚塗りのファンデーションを施したようになっている。咳 を一つすると、顔面に塗りたくられていた雪が、鼻水や涎とともに崩れ落ちた。 小さな顔にあっては一際目立つ瞳に蓄えた涙も加わる。少女の顔は数種類の液体 で濡れ、光沢を放っていた。 けれど少女は声を上げて泣くことはしない。失われた声を上げることは、もと より適わないが、唇を噛みしめ耐えていた。 だがその視線が自分の手元を見たとき、少女の顔に変化が現れる。瞳に蓄えて いた涙は、その限度を超えてあふれ出してしまう。あふれた涙は、まだ残る頬の 雪を溶かし流れる。 少女の手の中、筒状の紙は転んだ拍子に握り潰されていた。「く」の字に折れ 曲がってしまた紙を目にした悲しみは、転んだ痛みに耐えた少女の心を負かして しまう。 それでも少女は知っていた。泣いている時間がないことを。 固まってしまった拳を解き、少女は紙を広げようとする。が、かじかんだ幼い 指は、本人の思うようにならない。ただ筒状の紙を広げるだけのことが、大層な 作業となってしまった。 目の前に広がった一枚の絵に、少女の悲しみは癒される。 少女の大好きな絵。少女の大好きなデニスの描いた絵。絵の中から、少女自身 と少女の大好きなマリィが微笑み掛けてくる。絵を見つめる少女にも笑みが浮か ぶ。 けれどそれも一瞬のこと。 絵には無数のしわが走っていた。少女が握り潰してしまった痕跡だ。さらには 溶けた雪が、絵の所々で水彩の絵の具をにじませている。 再び悲しみに襲われた少女だったが、泣くことは我慢する。丁寧に絵を筒状に 巻き直すと、また走り始めた。 小さな身体に、大きな希望を抱きながら。
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