長編 #4722の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ああん、なんのつもりだぁ?」 蹴りを放つタイミングを逸したボルドは、眉間に深くしわを刻んでいた。その 身体に覆い被さるように抱いた、デニスが庇う少女を見下ろしながら。 「ああ、デモンストレーションか。お前はその歌で稼げると。ふん、考えてみて やろう」 歪みきったボルドの心には、少女の歌声も届かない。 「さあ、これ以上無駄な時間を費やしてはいられん。お前ら、早くマリィを連れ 出せ」 ボルドの命令が手下たちへと飛ばされた。 やはり力を以てマリィを守るしかない。デニスは少女を背後に回して、立ち上 がった。 「?」 だがデニスは、構えた拳のやり場に戸惑うことになる。 目の前には凶悪な顔を引きつらせた、矮小な身体を持つ男がいる。が、その左 右の男たちは、ボルドの命令が下ったのにも拘わらず、その場に呆然と立ち尽く してしたのだ。 「おい、何をしている! 早くマリィをベッドから、引きずり出すんだ」 スラムで最も恐れられている男は、自分の命令が即座に実行されなかった経験 はないのだろう。癇癪を起こして、床を激しく踏み叩いた。 「ボルドさん」 男の一人はベッドへ向かわずに、ボルドの元に寄って来た。 「またに、しませんか?」 「なんだと」 「マリィのヤツ、本当に病気のようですぜ。無理をして、レナの二の舞にでもな ったら、元も子もないでしょう」 気のせいだろうか。デニスには、凶悪さではボルドに引けを取らないと思われ ていたその手下の目が、潤んで見えていた。 「くたばったら、くたばったで構うものか。いいから、連れて行け!」 「すいません、やっぱり出来ません」 再三の命令拒否を許すほど、ボルドの度量は広くない。矮小な男は、自分より 大きな手下の顔を殴りつけ、倒してしまった。 「この役立たずめが! もういい。おい、お前がマリィを連れ出せ」 ボルドの命令は、残りの手下へと委ねられる。こちらの男は、昨夜の賊の一人 であった。 だがその男でさえ、ボルドの命令に従おうとはしなかった。首を左右に振ると、 男は言った。 「俺もそいつと、同意見です。いま、マリィを連れて行くべきじゃない」 「ええい、一体どうしたというんだ。揃いも揃って!」 デニスは理解した。 人の心を失ったボルドには分からないのだろうが、二人の手下も少女の歌に心 を動かされたのだと。少女の無垢な歌が、忘れていたものを男たちに思い出させ たのだ。 「あんたの手下も、やっぱり人間だったってことだよ」 「なに?」 「あんたは感じなかったのかい。ルウの歌に、さ。あんたの手下たちは、心を動 かしたみたいだぜ」 「そうなのか、貴様ら?」 ボルドは二人の手下を、交互に睨みつける。そのうちの一人、昨夜の賊であっ た男が重たげに口を開いた。 「ボルドさん、俺らは別にあんたに逆らうつもりはないんだ。ボルドさんのおか げて、随分いい目を見させてもらったしな………ただ、いやなんだよ」 「いや? 何がだ」 「なくしちまうのがさ。俺は芸術だのなんだのって、理解出来ねえし、興味もな い。けどよ、ゆうべのデニスの絵や、そのちびの歌はいいものだって、何となく 分かるんだ。それをよ、俺のこの手で消してしまうのが、何かいやなんだよ」 男が自ら昨夜の賊であることを認めた発言を、デニスは聞き逃さない。これで いくらボルドでも、とぼけ通すことは出来ないだろう。だがいまのデニスに、そ れを問い詰めるつもりはない。 「戯言をぬかすなよ」 ボルドの表情が変わった。 それまで命令に従わない手下たちに、あからさまな怒りを見せていたボルドが、 とても穏やかな表情になったのだ。 この時デニスは、初めて心の底からボルド本人を恐ろしいと感じた。激情を消 した、ボルドの穏やかな顔は、他のどんな形相よりも恐ろしかった。 「いまさら、そんなことが言えるのか? はん、ふざけるんじゃないぞ。貴様、 いままで何人を殺して来た? 俺の命令で、仕方なくやったのか。ああん、違う だろう。殺しを命じた時の貴様は、嬉しそうだったものな。殺しが好きなんだよ な。大好きな殺しが出来る上に、金までもらえるんだ。こんないい話はないよな あ。 それがなんだ? 絵だ、歌だあ? 寝ぼけてんじゃねえぞ」 「すまない、ボルドさん。自分でも分からないんだよ。この俺が、なんでいまさ らとは思うよ。でも、出来ねえんだ」 「ああ、そうかい」 ボルドが、胸の中に手を入れる。その動作に不穏なものを感じたデニスは、ボ ルドを止めようとしたが遅かった。 「動くんじゃないぞ」 やはり穏やかな声でボルドは言う。その手には、回転式の拳銃が握りしめられ ていた。銃口は、真っ直ぐデニスへと向けられている。 「俺の思い通りにならないものは、存在しなくていい。綺麗さっぱり、片づけて やるさ」 この距離では、ボルドも狙いを外しようもない。避けることも、引き金が引か れる前にボルドから拳銃を奪い取ることも、デニスには難しい。 「それとも、こっちが先か?」 銃口が移動する。ベッドの上のマリィへと。 「いや、やっぱりこいつが最初だな」 再び銃口はデニスへと帰って来た。いや、そう見えたのだが、違っていた。銃 口はわずかにデニスを逸れ、低い位置に向けられている。 「ル………ルウ」 大きな声は出せない。声に驚いて、引き金に掛けられたボルドの指に、力が入 れられてしまうかも知れないからだ。 デニスが名前を呟いた少女が、銃口の先にいた。デニスの後ろにいるものと思 われていた少女だったが、実際にはその右側に、小さな身体を隠すことなく立っ ていたのだ。 「世の中にはいろんな趣味のヤツがいるもんでな。こんなガキでも、それなりに 金に変わるものだが………こいつは少々、危険らしい」 脅しではない。 ボルドは本気で、少女を撃つつもりだ。 身体を傾ければいい。デニスはそう考えていた。 ボルドが拳銃を撃つのを阻止出来なくても、身体を傾ければ少女の姿を隠せる。 それくらいの移動であれば、引き金を引く速さに勝てるかも知れない。 デニスは自分を盾にして、少女を守るつもりだった。 「やめて………お願い!」 弱々しい叫び。マリィが、力の入らない身体をベッドから起こそうとしていた。 マリィも少女を庇おうとしているのだ。けれどベッドのマリィからでは、とても 間に合いはしない。 だが少女を想うマリィの行為は、まるっきりの無駄でもなかった。飛び出そう するマリィを視界の端に捉えたボルドは、銃口を再度、ベッドの方に向け直した のだ。 ルウを守りたい一心で起き上がったマリィだが、高熱で弱った身体は、その想 いを支えきれない。起こしたはずの身体はすぐに崩れ、マリィはベッドの下に転 げ落ちるようにして倒れた。それを追う銃口も、床へと向けられる。その瞬間、 ボルドの視線はデニスから完全に外された。 果たして本当に視界にデニスが映されていないのか、それはボルド自身しか知 らない。もし見えていなくてもいまボルドともみ合い、その弾みで引き金に力が 込められれば、マリィが撃たれてしまう。 けれど考えている時間はない。黙って見ていても、引き金は引かれてしまうだ ろう。 デニスが行動することを選んだのは、間違いではなかった。マリィを銃口で追 っていたボルドは、その瞬間完全にデニスを忘れていたらしい。上手く虚をつく ことに成功する。 下から突き上げた手で、ボルドの腕をつかむ。そのまま上げさせた腕を捻ると、 ボルドは簡単に拳銃を手放した。 床に落ちた拳銃を、デニスは素早く踏みつける。ボルドに拾われることより、 二人の手下を警戒して。ボルドの命令を拒んだとはいえ、改心をした訳でもない。 もっともこの拳銃を拾わなくても、彼ら自身、それぞれに自分のものを持ってい るのかも知れないのだが。 体格的には遜色ない。そこどころか、一対一の組み合いとなればデニスの方に 分があった。噂には囁かれていたが、こうして実際に腕を交えてみると、ボルド 自身は決して強くないと分かる。 「うわっ!」 デニスにしてみれば、ほんの数回もみ合っただけのこと。なのにそれが自分の せいだとはデニスも信じられぬほど、ボルドの身体が勢いよく壁へと飛んで行く。 「この野郎、よくも………」 背中を強く打ち付けたためか、身を起こしたボルドの足はふらついていた。こ れではすぐにデニスへ掛かって来られないだろう。幸い二人の手下は、参戦する 様子もなく、傍観を決め込んでいた。この隙にと、デニスは踏みつけていた拳銃 を拾い上げる。 さすがにこの行動には、手下たちも反応を見せた。二人とも同時に、自分の懐 へと手を入れる。拳銃、あるいはナイフを取り出そうというのだろう。 けれどデニスには、手にした拳銃を使うつもりなどない。いままで使用したこ ともなかったが、何より離れた場所から相手を倒すという武器に卑劣さを感じて いたこともある。それ以前に、人を殺すという発想がデニスにはないのだ。 使ったことはないが、拳銃で狙われたことはある。特にマリィと出逢う前、一 人前の悪党を気取っていた頃、警官の放った銃弾で、危うく命を落としそうにな った経験があった。いままで何度か使われるところを見ていたことと、その中で も手にした拳銃が特に記憶してた回転式だったこともあり、作業は簡単に行うこ とが出来た。中の弾を、全て抜き取ったのだ。 「返すぜ」 デニスはボルドではなく、手下へ拳銃を投げ返した。そんな物騒な武器を、い つまでも持っていたくはない。だがボルドに返してしまえば、すぐに予備の弾が 補充されれてしまうかも知れないと、考えてのことだった。手下も予備の弾を持 っている可能性はあるが、どちらにしても自分の武器があるのだから関係ない。 「デニスよ、随分と嘗めてくれたもんだな」 ボルドの声は穏やかと言うより、覇気の感じられないものとなっていた。自ら が手を汚すことのなかったボルドは、ただ一度壁に打ちつけられただけで戦意を 喪失したらしい。 「ボルド、お前………それは?」 それでも油断してはならない相手と分かっていたが、デニスは思わず警戒の構 えを解いてしまった。 もみ合ったことでボルドのシャツはボタンがちぎれ、胸がはだけていた。そこ から見えた生々しい幾つもの傷跡に、デニスは驚かされてしまったのだ。乱暴な 仕事の全てを、手下に命じるだけのボルドに、なぜそれだけの傷跡があるのか。 同情心こそ湧きはしないが、傷の痛々しさではいまマリィや、少女の身体に見つ けたものに勝っていた。 「ふん、これか」 デニスの見ていたものに気づき、ボルドは鼻を鳴らした。 「俺も戦場に行ってたんだ。傷の一つや二つ、あっても不思議じゃないだろう」 そう言ってボルドは笑う。たがその笑いは、いつもボルドが見せているものと はどこかが違っていた。相手に対する侮蔑を含んだり、企みを隠すための笑いで はない。むしろどこか、自虐的な笑いだった。 「見ての通り、俺は大人の男として滑稽なほど、身体が小さい。 ふん、隠すなよ。お前らが影でこの身体を嘲り笑っていることぐらい、分かっ ているさ。だがな、こんな身体でも、健康ではあった。だからよ、戦争へのご招 待を受けちまったさ。 別に徴兵されたことは、嫌でもなんでもなかったよ。俺には親父はなかったし、 お袋もくたばって、この先どうやって喰って行こうか、考えていたところだから な。飯の食える軍に取られたことは、むしろ有り難かったね。だが軍隊ってやつ は、そんなに甘くなかった。俺のこの身体じゃあ鉄砲も、まるで大砲を担いでる ようなものだった。おまけに体力も、他のやつらに劣った。自分で言うのも忌々 しいが、戦場では、役に立つ兵隊じゃなかったな」 突然スラムに現れ、短い期間でボスへと登りつめたボルドの過去は知られてい ない。何よりボルド自身が、過去を知られるのを嫌っていたように思う。それが 傷を見られたことで、心情に変化があったのか。自らの口で、過去を語り始めて いた。 「戦場は怖かったさ。いくら敵の弾が飛んで来ようと、俺はろくすぽ反撃も出来 ないんだからよ。されでも飯が食えるんだ、我慢したさ。 だがな、役に立たない兵隊ってやつは、他の連中に快く思われないらしい。ど うにも俺は、仲間扱いされてなかったね。特に上官で嫌なヤツがいたよ。何かこ とある度に理由をつけては、俺を虐めてくれた。虐めと言ったって、可愛いもん じゃない。殴る蹴るは当たり前だ。こんな太い棒で、叩いてくれるのよ。手加減 なんぞありぁしない。その時に頂いた傷がこれだよ」 ボルドは自分の傷を、顎で指し示した。 床に倒れていたマリィは、少女の手を借りてベッドの上に戻っている。だが横 にはならず、辛そうにしながらもボルドの話を聞いている。 二人の手下もおそらく初めてであろう、ボスの話に耳を傾けている。しかし彼 らの顔には、特になんの表情も浮かんではいない。
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