長編 #4721の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
あの悪夢が脳裏に蘇る。 レナが遠い世界へと旅立ってしまった日の悪夢が。 とてもスラムを逃げ出すどころではない。昨夜突然倒れたマリィは高熱を発し、 それから一向に良くなる気配すら見られない。 レナのために用意し、ルウに与えた薬の残りを飲ませてはみたが、その効果も 現れない。もしかするとルーベンに足下を見られ、イカサマな薬を買わされたの かと怒りさえ覚えてしまう。 マリィの苦しげな息づかいが、デニスの胸を痛くする。 もしこのままマリィが逝ってしまったら。不吉な想いはいくら振り払っても、 その度により大きくなってデニスを襲う。 考えられない。 考えたくもない。 マリィのいない世界など。 そんな寒々しい世界で、生きていく自信はない。 わずかにマリィの首が動く。額に載せていた、水を含んだ布が滑り落ちる。 「マリィ?」 呼び掛けてみても返事はない。意識が戻った訳ではなかった。 デニスは落ちた布を拾う。手にした布は、マリィの高い体温に暖められていた。 何度目になるだろうか、冷やさなければならない。幸いなことに、冷たい雪なら いくらでもある。 立ち上がったデニスは、小さな少女の存在に気がついた。床に膝をつき、身体 をベッドにもたれ掛けて眠る少女に。マリィのことに夢中で、気遣うことも忘れ ていた。 ルウもまたマリィを心配して、一晩中その横に付き添っていたのだ。幼い身体 で、一晩中病人を看ながら明かすのは大きな負担だったろうに。 デニスはまず布を雪で冷やし、それをマリィの額に戻した。それから椅子を三 つ並べ、少女が横になれるようにする。まさか病人と同じベッドには寝かせられ ない。本当なら、デニスの部屋のベッドに寝かせてやればいいのだが、少女が目 覚めたとき一人では心細い想いをするに違いない。それにいつ、招かざる客が訪 れるとも分からないのだ。目の届く所におくべきだろう。 自分の部屋からシーツや毛布を運び、にわか作りのベッドを整える。寝心地は 保証しかねるが、我慢してもらうしかない。 ベッドメイクを終え、デニスは少女の身体にそっと手を掛ける。起こしてしま わないよう、細心の注意を払ったつもりだったが、眠りが浅かったのだろう。デ ニスが抱き上げるよりさきに、少女は目を覚ましてしまった。 閉じられていた瞼が、一瞬にして蒼く輝く瞳に入れ代わる。こんな時だという のにその澄んだ光に、デニスは失われてしまった自分の絵に見ていた光景を思い 出してしまう。広い空を、豊かな心で仰ぎ見る暮らし。隣りには笑顔を絶やさな い、好きな人。 しかしそんな想いは長く続かない。 苦しむ病人を冒涜するかのような騒音が、アパートを闊歩して来たのだ。 姿を確認する必要はない。矮小な男が自分の存在をアピールするため、不必要 な騒々しさを伴っているのだ。その愚劣さに、反吐が出そうになる。 小さな手がデニスの胸にすがりつく。デニスにとっての不快感が、少女には恐 怖なのだ。そんな少女の柔らかな髪を、デニスは慈しむように撫でた。 「だいじょうぶ、あんなヤツ、俺が追っ払うから。ルウは、マリィを守っておく れ」 しっかりと頷くのを確認すると、少女を背後に庇い、デニスはドアを睨む。待 つこともなくドアは乱暴に開かれた。 「失礼するよ、ミス・マリィ。おや、デニス君もいたのかい」 その顔を見た途端、あらん限りの力で殴り倒したいという衝動に駆られる。男 のしてきたことを思えば、それでも随分と遠慮をした行動になるが、奥歯を噛み しめて堪える。 「人んちを訪ねてくるのに、ずいぶんと騒がしいな。悪いが病人がいるんだ、静 かにしてもらえないか」 「病人?」 眉を歪めながら、ボルドが入り口をくぐる。その後ろに二人の手下が続いた。 一人はあまり見覚えのない顔だったが、もう一人は昨晩の賊である。まさかデニ スに気づかれていないと思ったのか。いや、厚顔無恥なボルドのことだ。デニス に顔を見られていることを承知で、連れて来たのだろう。あるいは憶えていない だけで、もう一人も昨晩の賊であったのかも知れない。 「ほう、ミス・マリィが寝込んでしまったのか」 デニスとボルドの間は、まだ四歩分ほど離れている。ボルドは首をやや傾け、 デニスの後方のベッドを覗き込んだ。 「そういうことだ………出来ればこのまま静かに、帰って欲しい」 努めて穏やかな声を保ち、デニスは言った。顔を見ているだけで、不快さが天 井知らずに増していくボルドであるが、ここで激昂しても仕方ない。病気に苦し むマリィのためにも、可能な限り早く、ボルドを引き取らせたい。 「それは困ったね」 だが所詮、この男に人としての良識を求めるのは無駄な話。病人がいると知っ ても、ボルドには気遣う様子もなく、不敵な笑みを浮かべていた。 「デニス君は聞いていないのかな? 今日からミス・マリィは、私のところへ来 る約束になっていたんだよ」 この男の口が、何の臆面もなく約束を語り、デニスは忌々しく感じた。 「けど、マリィは病気なんだ。日を改めてくれ」 「そうはいかないよ。約束は約束、ちゃんと守らないと、人としての道義に反す るんじゃないのかね?」 よくそんなことが言えたものだと、デニスが感想を述べる間もなく、二人の手 下がボルドの左右からベッドへ近寄ろうとする。 病人のいる部屋で、騒ぎを起こしたくはない。穏便にことを済ませたいと考え ていたデニスだが、そうも行かないらしい。接近する男たちに対し、デニスは身 構えた。 「おっとっと。よしてくれよ、デニス君」 両手を前に突きだしボルドが言うと、二人の手下はその歩みを止めた。 「私は暴力を好まないんだがね」 「だから頼んでいるんだ。マリィはいま病気だ………無理に連れて行くこともな いだろう。しばらく待ってくれと」 「さてさて。ミス・マリィは、本当に病気なのかい」 ボルドは露骨に疑いを隠そうともしない。マリィが倒れたのも、元はといえば ボルドの加えた仕打ちが原因であるのに。 デニスの怒りは、臨界点に達しようとしていた。握りしめた拳に、力が入る。 あとほんの一秒、その声が遅れていたら、デニスはボルドに殴り掛かっていたい ただろう。 「デニ………ス?」 それは、マリィの声だった。 昨晩倒れて以来、失われたままの意識がようやく戻ったのだ。 ボルドたちを牽制するため、大きく振り返ることは出来ない。デニスは首の角 度をわずかに変え、あとは眼球の動きだけでマリィを確認した。 「気がついたか、マリィ。ごめんな、騒がしくて。すぐに済むから、ちょっとだ け我慢してくれ」 「おや? お嬢ちゃんもいたのかい」 デニスの真後ろに隠れていたため、その小さな姿はボルドの目に届いていなか ったようだ。マリィが気がついたと知り、少女は枕元へと移動した。それでボル ドも少女の存在を認めたのだ。 「お嬢ちゃんも、私のところへ来る約束だったね。さあ、こちらへおいで。私の ところに来れば、おいしいものをお腹いっぱい食べさせてあげるよ」 いまさら猫なで声を作ってみても、その本性はとうに知れている。少女はボル ドの言葉に反応を示さず、マリィの頬に手を伸ばす。 「………ああ、ルウ………ルウ? 私、どうしたのかしら………気分が悪いの」 伸ばされた手をつかみ、マリィは少女を引き寄せようとした。けれども高熱を 発して寝込み、目覚めたばかりの弱った身体には、いかに体重の軽い少女とはい え引き寄せるのに充分な力はない。虚しく動く手に、その意図を察した少女は自 らの力でベッドの上に乗り、マリィの頬に自分の頬をすり寄せる。 「ごめんね、ルウ………いじわるなことを、言ってしまって。一緒におまつりに 行きましょう。ああ、そうだわ………ルウと私と、ママもよ。三人で行きましょ う」 その言葉に、デニスはボルドたちへの牽制も忘れ、マリィの顔を覗き込んだ。 愛おしそうに少女を見る瞳は、とても正気を失ったようには思えない。高熱によ って、一時的に記憶の混乱が起きているのだろう。 マリィの記憶が遡ってしまった過去。それをともに寝起きを同じくするように なって、まだわずか数週間の少女が知る由もない。たが少女はマリィの言葉にも 困惑した様子は見せず、嬉しそうな笑顔で大きく頷き、額にキスをした。 幼い少女が、マリィの妹を演じているのだ。その時デニスには、あどけない少 女の表情が慈愛に満ちて感じられた。 「イカレたふりをしても駄目だ。約束通り、私のところへ来てもらうよ」 そんな少女の優しささえ、この男の心を動かすことはない。嘲笑を合図に、二 人の手下が歩みを再開させる。そしてボルド自身も、ベッドに接近を始めた。 改めて向き直り、デニスは身を構える。が、相手は三人。ベッドへの接近を、 同時に食い止めるの難しい。 「ボルド!」 驚きの声を上げたのはマリィだった。 記憶の混乱が収まり、いま部屋で起きていることを理解したのだ。 「心配しなくていい。こいつらは、俺が、きっちり、追っ払ってやるから………」 「だめ………よ、デニス。そん…なことをした、ら……あなた、まで」 力ない声で、自分を気遣ってくれるマリィの言葉に、デニスは奮い立った。マ リィを守るためなら、相手と差し違えて命を落としても構わないとまで思える。 「へへっ、平気さ。言ったろう? 俺はマリィに惚れてるんだ。惚れた女の子の 前だと、男って強いもんだぜ」 強がった台詞を吐いてはみたが、実際のところはどこまで出来るか分からない。 身体が万全であっても難しい状況である。しかもデニスは、昨夜受けた暴行の傷 も癒えてはいないのだ。 「ううん、恰好いいねぇ、デニス君」 自分たちの有利を信じて疑わない。有利であると分かっているからこそ、ボル ドも自ら向かって来ているのだ。 この男の思い通りにはさせるものか、とデニスは思う。やはりまず最初に、ボ ルドを倒そう。ボスさえ倒してしまえば、二人の手下は退いてくれるかも知れな い。少なくとも、連中の志気は下がるはずだ。 デニスは全身の筋肉を緊張させる。いつでも、ボルドに対して飛び掛かれるよ うにと。だが張りつめた筋肉は、その力を使わないままに解放させられてしまっ た。同時に、こちらに向かって行進を続けていたボルドたちも足を止めることに なる。その中間に飛び入って来た小さな影によって。 「ルウ!」 「ル………ウ」 二つの声が、同時に影の名を呼ぶ。 力強いデニスの声と、かすれたマリィの声とが。 「んん? 私に何か用かな」 両手を広げ、ボルドの前に立ちふさがる少女。顔を見るだけでも、幼い少女に は過酷な恐怖を与える男の前だというのに、臆する様子もなく。 後ろ姿ではあったが、デニスの目には少女の凛とした表情が見えるようだった。 「ルウ、よせ。下がるんだ!」 「用がないのなら、退けよ。クソガキ」 ボルドの右足が後方へ引かれる。いつかのように、少女を蹴り飛ばすつもりな のだ。 少女を救おうと、デニスは動き出した。 広げられていた少女の手が、胸で合わせられる。そして。 月もなく 瞬く星もない 暗い夜空 窓の外は 黒い黒い 真っ黒な闇 誰? 誰? あなたは誰? そんな声が聞こえて来る 私は恐くて とっても恐くて ベッドの中で泣いてしまう そんな私の頭を 暖かいママの手が そっと撫でてくれる 何を泣いているの? ママが笑うの 眠れないのなら ママがお話してあげる 何がいいかしら 悪い魔法使いから お姫さまを助け出す 王子さま 宝の地図を手に入れた少年と 恐い海賊たち それとも 寒い冬の夜の 暖かいお話 ううん いいの 私が眠るまで ずっと 一緒にいてくれれば ママの胸に抱かれて ママの手に髪を撫でてもらって ママの暖かさ ママのいい匂い 感じていれば 私は安心して眠れるの そして きっと 素敵な夢をみるの
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