長編 #4701の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「でもそのあと、画商は言ったんだよ。俺の絵には技術はないけど、なにか感じ るものがあるって………それで、その画商と伯爵さまの開かれる絵のコンクール に作品を出してみないか、って勧めてくれたんだ」 「もう、どうしてそんな凄いこと、隠そうとするのよ」 専門家を連れて来たばかりでななく、伯爵たちの主催するコンクールに出品す るよう、声を掛けられたと言うのだ。いよいよもって、期待は現実味を帯びてく る。マリィは既に、デニスの絵が結果を出すものと信じて疑わない。 「いや、でも………」 何を言いかけたデニス。ところが、その言葉が続けられぬうちに、デニスの身 体がマリィの視界から消えた。いや、デニスはいきなり身体を横に傾けたのだ。 一瞬、何事が起きたのかと訝しむマリィ。マリィの視線が追いついたデニスの 表情にも、驚きの色が浮かんでいる。 「ルウ!」 二人の口は、同時に一人の少女の名を呼んでいた。 ベッドで寝ていたはずのルウがいつの間にか起き出し、デニスの右腕に飛びつ いたのだ。 幼い少女一人の体重を、片手で支えきれないデニスではないだろう。ただそれ をまるで予測していなかったために、ルウの突然の行動に心底驚いた様子だった。 「脅かすなよ、ルウ。心臓が止まるかと思っちまったじゃないか………俺がこの まま転んでたら、おまえまで床に頭をぶつけていたかも知れないんだぜ」 デニスは少し怒った顔で、少女を睨んでいた。ただデニスが怒って見せたのは、 自分が驚かされたことより、その結果としてルウがけがをしたかも知れない、と 言うことに対してである。けれど小さな少女の可愛らしいいたずらに、デニスも 本心から怒ることは出来ないのだろう。マリィの知る、本気で怒りを顕にしたデ ニスからはほど遠い、迫力に欠けた顔をしている。見ようによっては、おどけて いるようにさえ感じられた。 ルウにしても、初めからデニスを驚かせてやろうという考えも、自分のした行 為がいたずらであるという意識もなかったのだろう。デニスに返す微笑みには、 悪びれた様子もない。それどころかデニスの注意を促す言葉に対し、つかんだ腕 を嬉しそうに小さな身体の全てを使って振り回すことで応えていた。 感情を言葉にして伝えることの出来ない少女は、代わりに全身を使うことで喜 びを表している。デニスの腕を振り回す一方、盛んに後ろを振り返ってはベッド を指さしていた。いや、正しくはベッドの上に貼ってあるデニスの水彩画を指さ しているようだ。 目を覚ましたルウの耳にも、伯爵たちの主催するコンクールへ、デニスが誘わ れたと言う話が届いたのだろう。ルウはそのことを喜んでいるのだ。 自分と同じように、もしかするとそれ以上にデニスへ訪れた大きなチャンスを 喜ぶルウ。同じことに同じように喜ぶ少女の姿に、マリィは形だけでなく、本当 の意味で自分たちが家族になった気がした。 だが、二人の少女が喜び、興奮する中でとうの本人であるはずのデニスは、一 人静かな表情を保っていた。それは冷静であると言うのとは、どこか違っていた。 まだ誘いがあっただけで、何も結果が出ていないうちに喜ぶマリィたちが、かえ ってプレッシャーを感じさせてしまったのだろうか。しかしデニスの表情は、緊 張しているのとも、また違っている。 ルウの興奮は、まだ続く。だがデニスの様子に気づいたマリィの興奮は、急激 に冷め始めていた。そして、何か自分が勝手に興奮してしまったことで、デニス を傷つけてしまったのではないかと、不安に包まれる。 黙り込んでしまったマリィとデニス。嬉しい知らせと思われていた話が、そう ではないのかも知れない。そんなマリィの不安が、部屋の空気を重くしていたの だろうか。とんとんと飛び跳ねていたルウが、その動きをぴたりと止めた。それ から、デニスを見つめ不思議そうに小首を傾げた。 少女に言葉を話すことが出来ていたのなら、「どうしたの?」と言っていたと ころだろうか。 デニスが微笑んだ。 ルウに、そしてマリィにも心配を掛けまいとしてなのだろう。とても穏やかに、 デニスは微笑んでいた。 ぽん、とデニスの掌が、幼い少女の頭を包み込む。 「喜んでくれてありがとうな、ルウ。けど俺、そのコンクールには出ないことに したんだ」 「どうしてよ!」 間髪を入れず、マリィの口から飛び出した言葉。それはまた、ルウの言いたか った言葉でもあろう。 「だってさ、締め切り二十五日だぜ。あと二週間くらいしかない………いくらな んでも、それじゃあコンクールに出せるような絵が、描けるはずねぇからな」 「だけど………そりゃあ、私は絵が描けないから、二週間って時間がどんなに大 変なのか分からない。だから、勝手なことが言えるのかも知れない。でも、せっ かくのチャンスなんだよ。やるだけやってみて、それで二週間たって絵が出来上 らなかったら仕方ない。なにもしないで諦めるなんて、デニスらしくないわよ!」 「………………」 退いた喜びの興奮は、別の興奮と代わりマリィを支配する。 マリィは悔しかった。 他にも夢を持ちながら、それに挑戦する機会すら得られない仲間が多くいる中、 デニスにはその機会が訪れたというのに。何もせずに諦めてしまおうとするデニ スの態度が口惜しかった。 そんなデニスの志気のなさにがっかりしたのか、或いは昂ぶったマリィの勢い に怯えてしまったのか。幼い少女は、握っていたデニスの腕を離すと、その場か ら逃げるようにして走り出した。 「あっ、ルウ、違うの。私は怒ったわけじゃ………」 ルウを恐がらせてしまったかと思うと、マリィの興奮は急激に退いてしまう。 届く距離でもないのだが、つい、走るルウの背中へと手を伸ばしかける。 少女が駆けて行った先は、数分前まで自分が眠っていたベッドだった。駆け足 の勢いのまま、ベッドの上に飛び乗る。もともとあまりクッションの利いたもの ではないが、ルウの小さく軽い身体は、勢いがついていたにも関わらずほとんど ベッドを揺らすことがない。 どうやらルウは、逃げ出そうとした訳ではないようだ。 踏み台代わりのベッドの上で壁に向かい、小さな手を不器用に動かしている。 そこに貼られたデニスの絵から、画びょうを外そうとしているのだ。 やがて四隅の画びょうを外し終えた少女が、大事そうに絵を携えて、デニスの 元へ帰ってきた。 「ルウ?」 少女の意図を計りかねて不思議そうにするデニス。その手に、ルウの小さな手 から絵が渡された。 デニスが初めて描いた水彩画。 あの夜、レナを連れ戻しに来たボルドたちは気が付かなかったのだろうか。彼 らの手によって、剥がされることなく済んだ絵。 レナの最期を見届けた絵。 絵の中のマリィは、自分には決して出来ない、優しい表情を見せている。そん な慈しみ深い瞳が見守る小さな少女。ルウのあふれんばかりの笑顔。 ルウがとても気に入り、喜んでいた絵。 「分かったわ、デニス。ルウは、その絵をコンクールに出せばいいって、言いた いのよ」 マリィとデニスは、ともにその視線を幼い少女へと向けた。 にこやかな笑顔で、大きく頷く小さな少女。自分の意志が二人に伝わったこと が、嬉しくてたまらないようだ。 「あ、だけどこの絵じゃあ………」 「そうだよデニス。もし二週間では時間が足りないんなら、その絵に手を加えて みよう。ね、絵の具ならなんとかなるよ。しばらくはごはんを我慢しなくちゃい けないけど………いいわよね、ルウ。我慢出来る?」 ルウがそれを拒むはずはない。と、マリィが思っていた通り、少女はさらなる 笑顔で頷いてくれた。 小さなルウに食事を我慢させることは、とても酷であると分かってはいる。そ れでもデニスのチャンスのため、なんとかしてやりたい。その想いは、ルウも同 じだろう。 「ありがとう、マリィ………ありがとうな、ルウ」 けれどデニスは、あくまでも穏やかな表情を崩しはしなかった。静かな笑顔を 二人に送り、手にした水彩画をそっと少女に返す。 「二人の気持ち、すごく嬉しいよ。だけどやっぱり、今回はだめなんだ………お っと、興奮しないで聞いてくれよ、マリィ」 デニスの中で、何かが吹っ切れたようだ。 掌をマリィに向けた腕を伸ばし、ストップをかける真似をした。穏やかな中に も、いつものデニスらしい活気がわずかではあるが甦って来た。 「水彩じゃだめなんだよ、今度のコンクールは。油彩に限られてるんだ」 「油彩?」 「油絵のことさ」 「あの、それってもしかして………」 「ああ、道具が高いんだ。絵の具一本で、何個もパンが買えるくらいに………キ ャンバスは10号以上、これもちょっとばかにならない。残念だけど、全く食事 を摂らずにがんばったって、最低限の道具を揃えるだけでも二週間なんて過ぎち まう」 マリィに、返す言葉はなかった。 デトリックに憧れ、画家になることを夢見ていたデニス。初めて出逢った日、 マリィとレナの前で熱く語っていたことが思い出される。 最低の生活の中で、いつ訪れるとも知れなかった機会が、目の前に現れたのだ。 どんなに無理をしてでも手を伸ばしてみたい。デニスはそう思っていたはずだ。 しかしそれは夜空に浮かんだ月のように、見えるところにありながら、実は手 を伸ばして届く距離ではなかった。誰よりももどかしく、口惜しい想いをしてい たのはデニス自身だったのだ。 そんなことも知らず、考えることも出来ず、興奮してしまったマリィ。それは なんとか諦めようとしていたデニスを、深く傷つける行為にだったに違いない。 マリィは自分の愚鈍さが恥ずかしくなった。 「ごめん………ごめんなさい、デニス」 それだけを言うのが、やっとだった。 まだ事情を理解しきれない少女が、困ったようにデニスとマリィを交互に見遣 っていた。 「や、やだなあ、なに重くなってんだよ。なんかさ、大層なコンクールでさ、出 るやつだってちゃんと勉強した連中ばかりだぜ、きっと。俺なんか、出るだけ恥 ずかしいだけだからよ、実は内心、ほっとしてるんだ」 愉快そうに、デニスは笑ってみせる。けれど自らを責めるマリィの気は晴れず、 部屋の空気は重いままだった。 「俺、今日はなんだか疲れちまったなあ………先に休ませてもらうぜ。あ、けど、 なんかあったら、すぐに起こしてくれてよ」 そしてデニスは慌てるように立ち上がり、ドアへと急いだ。 「じゃあ、おやすみルウ。おやすみ、マリィ」 「おやすみ、デニス」 どうにか応えたマリィだったが、その声は小さなものだった。 『私って、本当にばかだな。いつも自分の立場でしかものを考えられないんだか ら』 落ち込むばかりの思考は、自分を責める方向にしか進まない。そしてそれは心 に刻まれ、癒えることない傷を自ら掘り起こしてしまう。 もしあの時、という思い。 あの時、もっと自分に勇気があれば。断固とした態度で、ボルドと対峙してい たらレナが死ぬことはなかったのではないか。 収穫祭のあの日、もっと早くに異変に気づくことが出来たのなら、母たちは助 かっていたかも知れない。せめて、妹を一緒に連れて行っていたのなら、あの子 は死なずに済んだのに。 後悔と自責の念が、マリィを押しつぶそうとしている。 『ルウもいく、マリィねえちゃと、いく』 遠い昔の記憶であるはずなのに。鮮明に聞こえてくる、妹の声。 足下に感じる、妹の熱い体温。 自分の身勝手さ故に失われてしまったものへの後悔で、気が狂いそうになって しまう。あるいはその時、足下の体温が衝撃に変わらなければ、本当に気が狂っ ていたかも知れない。 それは衝撃と呼んでしまうには、あまりにも可愛らし過ぎるものだった。腰掛 けているマリィの膝を、軽くとんとんと叩く、二回の衝撃。意識を過去からいま へと戻したマリィの目の前には、不安そうにこちらを見ている二つの瞳。生きて いるもう一人のルウの姿があった。 「なんでも………なんでもないのよ、ルウ」 マリィは少女へと微笑み掛ける。いまの自分が出来る、精一杯の笑顔で。 それから羽のように軽い少女の身体を抱き上げ、自分の膝へと載せた。まるで 赤ん坊を抱くようにして。 「さあ、そろそろ私たちも………」 寝ようか。 と、言いかけたとき。 ぐう。 奇妙な音が、マリィの耳に飛び込んできた。 それはマリィの膝の上、幼い少女のお腹から聞こえた音。空腹を告げる、ルウ のお腹の音だった。 「あらあら、ごめんさい。ルウはまだ、晩御飯を食べてなかったのよね。すっか り忘れていてしまったわ。すぐ用意するから、ちょっと待っててね」 それからマリィは、少女のために残して置いた食事をとりに行こうした。だが そんなマリィを小さな手がつかみ、その足を止めさせる。 「なあに、どうかしたの?」 振り返って、訪ねるマリィ。すると突然、幼い少女は両手で何かをつかんで食 べる真似をした。拙いパントマイムで、自分の意志を伝えようということらしい。 食べているのはパンだろうか。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE