長編 #4696の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「夜遅くに、レナを探しに行ったはずのボルドたちが、レナを連れずに帰って来 たんだ。もしかしたらヤツら、レナを諦めたのかと思ったけれど………執念深い ボルドに限って、そんなことがあるはずがない。それで、それとなく探っていた ら手下どもが話しているのを聞いたんだ………あのアパートでレナが死んでいた って」 「だから私たち、ボルドの目を盗んで出てきたの………いまさら遅すぎる、って 分かっていたけど、それでも………それでもレナに最期のお別れをしたくって」 レナの死は、ここにいる誰のせいでもない。だがここにいる誰もが、そうは思 っていない。 もし自分たちに力が、勇気があれば。 レナの死は避けられたはずだ。 そんな想いが、それぞれの心を責めていた。 アネットもフランシスもネスも、そしてそれはマリィとデニスも同じであった。 「初めはアパートの方に行ったの。そうしたら誰もないくて………だからたぶん ここだと思ったわ」 最も幼い娼婦であるベネッタは、言いながら泣き出してしまう。そのまま、崩 れ落ちるようにしてマリィの身体にしがみついた。ベネッタが手に持っていた何 かが、地面へと落ちてしまった。 「ほら、落としたぞ」 デニスがそれを拾い上げ、ベネッタへ手渡す。それは一切れの、小さな黒いパ ン。 「………ありがとう………」 マリィから離れたベネッタは、涙を拭いてパンを受け取った。それから少しふ らつくような足どりで、レナの十字架の前に進む。 「ごめんね、レナ………私、なんにもしてあげられなくて。あの……私、他に… ……なにも持ってなくて………だから………せめて……これ………」 涙を拭った瞳は、すぐそれ以上の量の涙に濡れてしまった。言葉を紡ぐことも 侭ならぬベネッタが、震える手で小さな黒パンを十字架の前に捧げた。 レナの十字架はたくさんの捧げものと、献花に満たされた。 だがそのどれもが粗末な十字架に合わせるかのように、質素なものばかりであ った。 小さなパン切れ。キャンディの包み。廃物を利用したアクセサリー。 献花はどれも造花であった。しかも作るための白い紙や布が不足していたらし く、決して綺麗とは言えない色の造花も、少なくなかった。 富める者が見れば、それは滑稽にさえ感じられるだろう葬儀だった。けれど生 きるために必要なものを、ぎりぎり以下にしか持たない彼ら彼女らには、精一杯 以上のものだった。 それぞれがそれぞれの想いを胸に、レナとの別れを惜しんでいる。 それぞれがそれぞれ言葉で、レナに語り掛けている。 その想いはいつまでも尽きない。 語り掛ける言葉に終わりはない。 けれどそんな時間は、いつまでも続くものでもなかった。 汚れたスラムの街並みと、この教会とを隔てていたもやは、いつの間にか晴れ ていた。天の頂上を目指す過程にある太陽は、冬場とはいえ、地上に強い光を届 ける位置に達していた。 「さあ、そろそろ………」 帰らないと、といつまでもレナの元を立ち去りがたくしている少女たちへアネ ットが声を掛けた。 一瞬、皆の視線がマリィとアネットの間を行き来する。誰も動こうとはしない。 「好きにしていいわ………強制は出来ないもの」 アネットの言葉は、そんな少女たちを責めるものではなかった。それどころか、 むしろ皆に対して詫びているかのようでもあった。 「ごめんね、マリィ。私はやっぱり、ボルドのところに帰る」 「アネット………」 「私のこと、情けないと思うでしょうね………レナがこんなことになったって言 うのに。私にマリィの半分、ううん、十分の一でも勇気があったら。でも……… でも、ごめんなさい。私は恐いの………恐くて、ボルドに逆らう勇気なんてない の………レナが……レナがこんなことになっても…………ごめんなさい」 地に向けられた拳を震わせ、アネットは言った。彼女が震えているのは、ボル ドに逆らうことへの恐怖と、自分の弱さを責める気持ちとの双方からなのだろう。 「ごめんなさい………私も」 「私も………ボルドが恐い………」 しばらくは、ボルドのところへ戻ることを躊躇っていた他の少女たちも、やは り恐怖が優先をする。しかしそれは少女たちに限ったことではない。 「俺も、やっぱりヤツには逆らえない………」 ネスを始めとする少年たちも、マリィ、そしてデニスへと申し訳なさそうに頭 を下げた。 「いいのよ」 そんな少女たちへ、マリィは微笑む。 レナの死。そしてボルドの元へ帰ろうとする仲間たちに、やはり取り残されて しまうのだという寂しさ。とても笑顔を作るのには困難な状況の中。 それでもマリィは微笑んだ。 「もしみんなが、このままボルドのところに帰らなかったら………ううん、もし あのとき私と一緒にあのアパートに残って、ボルドに逆らっていたら。ボルドは もっと酷いことをしていたはずよ。私とデニスの二人だけだったから、ボルドも いままで本気でなにかをしてこなかったんだと思う。レナのことは………レナは 可愛そうだったけれど、きっとみんなが一緒にボルドに逆らっていたら、もっと 早くに………こうなっていたわ。ね………ねえ、デニス」 「あ、ああ」 同意を求められたデニスは、複雑な表情で答えた。 「マリィ………デニス………」 「そんな顔するなって、アネット。ネス、悪いけど、アネットたちのこと守って やってくれ」 デニスはマリィの言ったことを、内心では納得していなかったのかも知れない。 それでもマリィの気持ちを想ってか、ボルドの元へ帰ろうとする仲間たちに気を 使ってか、彼もまた笑顔を作って見せた。 「マリィとちび………ルウは俺が守るから………」 言いかけたデニスの視線が泳ぐ。どうしたのかと、怪訝に感じたマリィだった がすぐにデニスはルウを探しているのだと察した。 いつの間にか、十字架の前で小さな手を合わせ、無心に祈りを捧げていた幼い 少女の姿が消えていたのだ。 「ル、ルウ? ルウ?」 慌ててマリィも視線を巡らす。そしてその場にいた全ての者たちが、ルウの姿 を求めて周囲を見回し始めた。 やがてその視線は、全てが一点に集まった。 集めさせたのは声。 澄んだ歌声だった。 まるで汚れたスラムの街並みにはそぐわない。 無垢な歌声だった。 悲しい別れが傷つけた心をそっといたわるような。 それは昨夜マリィが、いやマリィとレナが聴いた歌声。 あの時は確かめることの出来なかった歌声の主を、今度ははっきりと見た。 それは小さな天使だった。 柔らかな陽光のスポットライトに照らし出されたその姿は、まさしく翼のない 天使そのものだった。 ルウという名の天使が、そこにいた。 雨 冷たい雨 私を濡らすの 悲しみに疲れてしまった私 雨を避けることも出来ない 雨 冷たい雨 私は身を任せる 膝を抱えて ただ雨に打たれるばかり このまま雨に溶けてしまおう 雨に溶け 大地を潤す川となり 海まで流れてゆこう 海に出た私は やがて空の雲となるでしょう きっとそこで 逢える 天に召された あの人と あの人と私は 一つになるの 悲しみのない とわなる世界で 雨 冷たい雨 私を濡らすの 天を見上げて その身をさらす私を濡らすの だけど 雨は私を溶かさない ただ涙ばかりをさらってゆくの 辛くても 悲しくても 私は雨に溶け 水に返ることが出来ない あの人のいる 天にゆくことが出来ない ただ雨に 濡れるだけ 永遠に降り続く雨など ありはしないよ 誰かが言った 誰だろう? 雨に煙って その顔は分からない でもとても 優しくて 懐かしくて あの人を 思い出させる声だった 悲しみもそうなのかしら? いまの私には この悲しみの終わる日があるなんて とても思えない けれど雨は 私を溶かさない だから私は 歩き出す 冷たい雨を避ける 屋根を探して 悲しい今日を 生きてゆくために こつこつと、心地よいリズムを蹄が打ち鳴らす。貴婦人のイブニング・ドレス を思わせる、気品高き毛並みを持つ黒馬。 馬は一頭立てで馬車を引いていた。小さな馬車ではあったが、地位のある人物 が乗っているのだろう。一見して高名な職人の手によるものと分かる、黒を基調 とする瀟洒造りをしていた。遠目には実にシンプルなデザインであったが、近く に寄って見る者があれば、戸枠窓枠に施された繊細で高度な細工に感嘆の声を上 げていただろう。 昨夜の雨の影響で、今朝は一段と空気が冷たく感じられた。が、陽が高くなる につれ忙しなく道行く人々の姿が増え、その熱気が濡れた路面を乾かしていた。 商売にいそしむ者。務めに向かう者。用足しに出向く者。 様々な人々がある者は歩いて、ある者は馬車でと急ぐ。 だが賑わう街中においても、黒い馬車の刻むリズムが滞ることはない。馬車の 姿を視界に止めた者は皆、速やかにその進路を譲った。それが決まりごととなっ ている訳ではないが、敢えて馬車の進路を塞いでまでも先を急ごうとする者はな かった。 街の人々は皆知っていたのだ。その馬車の中にある人を。 アウストラック伯爵、それが馬車の主であった。 この街の最大の実力者、いやこの街に一つに止まらず国内においても並ぶ者の 少ない実力者。しかし人々が道を譲るのは、伯爵の権力を畏れてではない。中に は他の者に倣っているだけの場合もあるが、ほとんどは伯爵の人柄を慕ってのこ とであった。 「すまん、少し停めてくれ」 老伯爵の声に素早く反応し、御者は手綱を引いた。 訓練の行き届いた馬は、静かに停止する。 「如何されましたか? 伯爵さま」 雇い主の地位に相応しく、上品な衣装に身を包んだ壮年の御者が振り返ると、 ちょうど馬車の扉が開かれたところだった。 しかし老伯爵は馬車から降りようとするのではなかった。開かれた扉からわず かに身を乗り出しすと、そっと唇に人差し指を充てる。御者に対し、声を出すな ということらしい。それから老伯爵は、静かに瞼を閉じた。 主人の奇異な行動に、御者は首を捻った。 『お疲れになって、休まれたのだうか』 が、これから人と会う約束をしているのに、それは考えられない。貴族の中に は非常に身勝手で、自分より地位の低い者との約束を軽んじる人物も少なくない と聞く。しかしこの伯爵に限っては、決してそのようないい加減さのないことを、 長く使えてきた御者はよく知っている。 そして御者は気づいた。 瞼を閉じている老伯爵の表情が、ひどく真剣であることに。 「よい声だな」 ふいに老伯爵の唇から言葉が漏れる。
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