空中分解2 #3022の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
俺は白いボールを右掌でつかみ、その中で回していた。帽子の中の頭皮はすでに汗で 湿りすぎている。額から冷たい滴がスッと頬をとおった。 口中がサハラ砂漠のようであった。一滴の唾液を飲み込むのにさえ苦労する。 見えない時間が俺の腕を引っ張っていた。大歓声はどこか遠くの国からに思える。 意識は去来する ---行ったり来たり、増加、減少、拡大、縮小、追ってくるダンプカー!--- あまりにも恐怖を感じていた。甲子園の決勝戦。うららかな春の日差しを浴びて吠え 狂う観客席。1年間の思い出と送り出された日の幾人もの人が浮かんだ。9回の裏、 2アウト、ランナー2,3塁、1−0でリードしている。俺を睨んでいる打者をうち とればいい、ヒットを打たれれば夢は煙に変わる。 ボールを投げる事が出来ない。輝いた瞳をもった人々の顔が歪んで、腺になっていっ た。意識の中で俺は足が砂になってその場で崩れ落ちていた。そして砂と一体になっ て一度吹いた風に乗りアマゾンへ戻った。 アマゾンで灼熱の太陽の元、泥川へ運ばれピラニアに飲み込まれた。やがて人に食べ られ人になり気付くとまた甲子園に立っていた。 ベンチからの監督と仲間からの視線が俺の全てを見つめていて、ユニホームの下、肌 色の肉、その中の白い骨までも凝視されている。恥ずかしさのあまり赤面するしかな かった。俺は動けない。ヘビに睨まれ、メドゥサによって石にされていた、左手につ けた茶色のグローブの中に右を入れ、直立したまま。 相棒がたまりかねた様子で走り寄ってくる。 「おい、大丈夫か」 「恐い」俺はもうろうとした状態で呟いた。 「なにいってんだ、がんばれ」 相棒は興奮していた、目の前に夢をぶらさげられた馬。理性を失ったロボットと理性 などない蟻はどちらが恐いか考えた。 23世紀には人はきっと空を飛べる。汚れた世界から飛び出して冥王星に住んでいる。 しかし俺はその時どこにもいない、妙に悲しく思えた。 「おい、きいてんのか」 相棒に頬を2度叩かれて俺は冥王星を追い出された。 「気楽に、肩の力をぬいて。後一つアウトを取れば優勝なんだぞ。俺たちの、いやオ マエの夢がかなうんだぞ。3塁ランナーなど気にする必要ない。今の打者を打ち取れ、 オマエ今までの自信はどうした、プロのスカウトマンがオマエをみにきているんだぞ」 俺はプロ野球選手だった、華やかなスター選手になり海外キャンプで飛行機から降り ると美人女性が頬にキスをして迎えてくれた。照れ笑いを浮かべた。 「大野? なにわらってんだ、いいかげんにしろよ」 相棒の声には明らかに腹立たしさが含まれている。 「分かった」 ボソリと口の中で呟いた。「しっかりしろよ、もう目の前なんだ」真剣な相棒の目に は涙が乗っている。恐怖が空を覆っている。 「空が暗くなってきたな」 相棒も恐怖を浮かべた。 「・・な・・なに・・・・いってんだ?晴天だぞ・・」 それは違った、相棒は間違っている、空は黒でそろそろ夜になろうとしていた。 「もうどうでもいい、とにかく投げろ、後はバックに任せるんだ、いいな」 サードのキャプテンが近寄ってくる、すると内野手がみな俺に近寄ってきた。 辺りは真っ暗だったからよくみなの顔が見えなかった。そしてどうやらここは水中の ようだ、プカプカと浮いている、耳に水圧がかかっている。夜の水中は不気味。 魚の顔をしたキャプテンが俺に向かって口を開けていた、みなその言葉に同意したら しくうなずきながら同じように口を開けた。 でも水中での声はとても聞き取りにくかった、どうやら鮫が襲ってくるらしい。それ も大きな鮫だ、日本にも鮫が入ってきてイヤだなァと相棒は真剣そうに呟いたと思う。 キャプテンが俺のお尻をパンッと一度はたいて、自分のポジションに戻って行った。 大村は俺の頭をつかみゆすった、上野は肩を叩いた。 誰も水中にいるため動きにくそうだった。鮫の事を思うと気が気ではなく大きく叫ん だのだが水中だったのでプカプカププカカカという声に変換され、誰の耳にも聞こえ なかったようだ。 掌をみても色は無かった、モノクロのテレビジョン。歓声が一瞬だけ大きく聞こえた。 それがあまりに鼓膜を刺激したので俺は耳を一度抑えた。やがて歓声は1秒おきに聞 こえるようになる、沈黙と大歓声、沈黙と大歓声、沈黙と大歓声。 どうやら俺は地球の日本という島にうまれおちて高校生にまで成長し甲子園にきてい いるようだ。不思議な事もあるもんだ俺は冥王星にいたはずなのに、冥王星に帰った らこの不思議な現象を本にする。きっと売れる。 歓声のあいまに生まれる沈黙は、救いはとうとう消えた。鼓膜に突き刺す針。鼓膜が さけてしまいそうだった。繊細な痛みは苦しい。 モノクロだった全てが一瞬カラーになった、やがてそれは交互に繰り返された。 審判が相棒に何か言っている、相棒が審判に頭を下げて謝っている、そして俺の方へ 近寄ってきた、ダンプカー。 鮫はどこだ、鮫は俺だった、俺はジョーズである、そして今までのいいきれない恐怖 の悪因は右手の中で、色白で丸顔の男に変質していた。精いっぱい口を大きく開き、 男を殺そうとした、ジョーズの口はなぜかしらその時小さかった、なかなか男を俺は 頬張りきれない、半分ほど入ったところで俺は拳で白い顔を叩くように押した。 鋭い歯が男をくいちぎり赤い血が口にしたたりおちる。 く・・る・・し・・い、顎がいたい、歯がいたい、しかしジョーズは勇敢だ、俺はそれを飲 み込んだ、意識が遠のいてゆく、ここは水中ではなかったようだ、宇宙だった、俺は 冥王星に帰る事にする、ナインがみな死にものぐるいで俺に近づいてきた、審判や監 督、ベンチの仲間がまるで恐怖が襲ってきたかのように叫び狂いながら俺の周りへと 集まるべく駆けている。 食道に白い顔が詰まってやがる、鉛のように堅く重い・・・・心臓が異様に脈打ってやが る・・・・完全な闇の中で赤い血だけが光ってやがる、とても綺麗・・・・意識が空へ浮いて いった。親父が苦い酒を飲んで泣いていた。初めて親父の泣き顔をみたぜ。 Keiichiro☆彡
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