空中分解2 #3001の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
駐車場の手前で車を停め、コールボタンを押した。 すぐ男の声が流れた。 「ようし、あとすぐだ、そこからゆっくり駐車場の脇を走れ」 三十メーターほど進み、駐車場を通りすぎた頃に男が言った。 「駐車場を過ぎて、その先二十メーターばかり行った左側にガードレールの切 れたところがある、あたりに車のいないのを確かめて、工事用の柵が立てかけ てあるがそれをどけて中に車を乗り入れろ、荒れているが細い道がついている 、道沿いに進むと少し左に曲がった先にちょっとした空き地がある、そこまで 行ったらコールボタンを押せ」 男の言った通り、黄色い鉄製の柵をどけて、ガードレールの隙間から車を乗 り入れた。 ごつごつとした石が露出している狭い道を軽トラは腹を何度かこすりながら のろのろと走った。 ゆるい下り坂になっている道の両脇には枯れた茅がかぶさる様に生えていて 、すぐにガードレールは見えなくなった。 わずかに左に曲がったところで、車が五六台置ける程の空き地に出た。 空き地の向こうは切り立った崖になっていて、奥多摩湖をはさんだ向かいの 山が見渡せた。 ここからは見えないが、崖のはるか下には奥多摩湖の静な湖面が広がってい るはずだ。 コールボタンを押し、男の声を待った。 「よし、まったく順調だ、あと一息だ、お互いにうまくやろうじゃないか、グ ローブボックスの中に双眼鏡が入っている、それとトランシーバーを持って外 に出ろ、そこから奥多摩湖に沿って走っている道を双眼鏡でよく見るんだ、二 つ目のトンネルの入り口に私と早苗が立っている、見付けたらコールボタンを 押して合図しろ」 言われるままに、双眼鏡とトランシーバーを持って車から降りた。 冷たい風が吹き、辺りの枝の擦れ合う音がした。 崖に向かって進と斜め下に僅かづつ奥多摩湖が見え始め、さらに歩を進める とほぼその全景が見渡せた。 脇を走っているときには暗く沈んだように見えた湖も、明かりのなにもない ここから見ると、道路沿いの街頭に照らされてやけに人間的な暖かみのある場 所に見えた。 双眼鏡でトンネルを探した。 男の言葉を思い出し笑いがこみあげた。 二つ目のトンネルとはいったいどっちから数えてなんだ。 トンネルの入り口とはいったいどっちのことだ。 その時深谷橋にいちばん近いトンネルの前で白い車が止まったのが見えた。 「まだ見えないのか、ここだ」 トランシーバーを通して、男がからかうように言い、白い車に焦点を合わせ た直後、私の後で、ボン、と何かが弾けるような音がし、辺りが急に明るくな った。 あわてて振り向いたとき見えたのは炎を吹き上げながら燃えている軽トラだ った。 身代金が置いてあるはずの助手席の辺りからも炎が吹き出し、ときたま小 さな爆発を起こしながら燃えている。 炎の勢いは強く、熱くて三メートルと近付けない。 私は茫然とそこに立ち尽くし燃える軽トラを眺めた。 早苗の身代金の二億円が燃えていく。 やがて車のフロントガラスが割れ、ますます火の勢いは強くなった。 あたりの砂をかき集めてかけたが何の効果もない。 火が全体をおおいつくした頃、ゆっくり崖に向かって車が動き始めた。 サイドブレーキが焼けきれ、ゆるい傾斜になっている空き地を転がり始めた のだ。 近くにある石をタイヤの近くに投げて車を停めようとしたが、熱さに阻まれ て狙った位置に石を投げることができない。 そうしている間にも軽トラは少しづつ崖に近付いて行く。 いっそ、タイヤが燃えつきてホイールが剥出しになればいいのだ。 一抱えもある石を持ち上げようとしたとき、軽トラの荷台に積んであった二 つの大きな段ボールの箱が大きな音とともにさらに強く燃え上がり、辺りに炎 の固まりをまき散らした。 もはや何をしても無駄に思えた。 軽トラの前輪が崖の際に落ち、がくんと大きく車体が前のめりになったかと 思うと、ゆっくりと後輪が持ちあがり、そのままわずかに横向きになりながら 軽トラは落ちていった。 崖にかけより暗い底を覗いた。 底は暗くどれほどの高さがあるのかはわからなかったが、はるか下にちらち らと火が燃えているのが見える。 私は切れた状態になっているトランシーバーと、双眼鏡をポケットに入れ、 月明かりを頼りに上の道に向かって歩き始めた。 誰かが今頃、車が燃えながら落ちた、と百十番をしているかも知れない、こ こで警察に車の焼け具合の話をするわけにはいかないのだ。 一時五分。 奥多摩周遊道路に戻り、奥多摩湖に向かって歩きながら燃えた身代金のこと を考えた。 あの軽トラには時限発火の仕掛けがしてあったとしか思えない。 犯人は身代金の二億円を燃やすためにわざわざこんな手の込んだことをした のだろうか。 それは早苗を無事に帰すつもりが始めから無かったということなのか。 あの男の言ったことはすべてが嘘だったということなのか。 私はもしかすると何か大きな失敗をやらかしたのではないか、そのために無事 に戻るはずの女の子の人生をわずか六年で終わらせてしまったのではないか。 すべてのことに解答が見つからないまま、私は堂堂巡りに同じことを考え続 けた。 三十分ほど歩くと、下から二台の消防車と、一台のパトカーがこちらに向か って来るのが見えた。 路肩に隠れ、見えなくなったところで再び歩き始めた。 深谷橋まで戻り、電話ボックスに入った。 二時五十分。 苦いだけの煙草を未練がましくゆっくり吸い、最初に言うべき言葉が思いつ かないまま美佐子の家の電話番号を押した。 「滝川だ」 「あなた、今どこなの」 美佐子の声だ。 「今、奥多摩湖にいる、身代金は渡せなかった」 僅かの沈黙があった後、美佐子の言ったことは私を驚かせるのに十分だった 「早苗が見つかったのよ、無事で、五日市で開放されたの、二億円は確かにい ただいたという手紙を持ってたの」 「いつの話だ」 「ほんの二十分ほど前よ」 「詳しいことはそっちに戻って聴く、なんとかしてすぐそこに戻る」 「タクシーの拾えそうなとこなの」 私は、いや、その必要はなくなったと小さな声で言った。 私のいる電話ボックスを五台の覆面パトカーがとり囲み、中から一斉に男達 が降りてきたからだった。 私を家まで送るためにここに来たとは思えなかった。 その中にはベージュのアコードもあった。 取り調べ室というのは独特の匂いがある。 汗の匂いでも無く、排泄物の匂いでも無い、もっと無機的な匂いだ。 鉄の匂いとか、インクの匂いにより近い。 不思議なことにどこの警察署の取り調べ室も同じ匂いがする。 古いか、新しいか、都会か、田舎かは関係が無い。 「どうやって誘拐事件を知った」 私はテーブルの上で頬杖をつきながら言った。 どちらがタフであるかを競うつもりなら私は分が悪い、下り坂とはいえ昼か ら何も食わずに一時間半も歩き続けたうえに、パン屑だらけの覆面パトカーの 中でも一睡もできなかったのだから。 新井と名乗った刑事は、四十四、五で、がっしりとした体に安物のグレーの ジャケットを着ていた。ふけの浮いた短めの髪をポマードで撫付け、疑り深そ うな目をしていた。 刑事とは職業の一種ではなく、人種のひとつだ。 新井は私の質問には答えようとせず、右手で後の首筋をもみながら言った。 「それじゃあ、あんたはその大事な二億円を車に置いたまま、奥多摩湖見物を しに外に出ちまったていうわけだ」 私はうんざりするほど同じ話を何度もしゃべりながら、この連中が何を考え ているのかがおぼろげながら分かってきた。 新井は充血した目で私を挑発するように見ている。 「滝川さん、誘拐犯は金のために誘拐したんだ、あいつらが子供を解放したの は金を受け取ったからだよ、そう考えるのがいちばん自然なことだ、ところが あんたの話を聞いているとおかしなことばかりだ、いいだろうあんたが言った 通りあんたが車に金を置いて外に出たのを見計らって、犯人の奴が金を失敬し たとしようじゃないか、そいつはその後二億もの金を抱えてどうやってそこか ら逃げるんだ、俺達はあの一帯をとり囲んで待ってたが出て来たのはあんた一 人だ、あの場所は道路に沿って半円形に突き出た形になっていて、道に出なけ れば後は崖を下りるしかないが、いちばん低いところでも崖は六十メートルは ある、つまりもとの道に出る以外どこにも逃げ場はないんだよ、今頃あの場所 を含めてあの一帯を山狩りしてるがまあ無駄だろうな何も出ては来ないよ、俺 達はあの場所に犯人は近付きもしなかったと思っている」 「何が言いたいんだ」 「あんたが小川町で俺達をまいた後、俺達はそこで捜査を打ち切ったわけじゃ あ無い、俺達は間抜けじゃあないんだぜ、あんたが西武秩父からレッドアロー に乗ったのも飯能で降りてあの車に乗って奥多摩に向かったのも全部知ってい るんだ、唯一俺達があんたを見失ったのは小川町から西武秩父の間だけだ」 新井はそこでいったん言葉を区切り、両手を机のうえに乗せ、私の顔を睨み つけながら言葉を続けた。 「つまり小川町から長瀞に向かう峠道であんたは金を犯人に渡したんじゃあな いかと思ってるわけだ」 芝居がかったことは止してくれと言おうとしてやめた。 その代わりに、私は腹立ち紛れに机の脚を蹴飛ばした。 「新井さん、おまえたちの尾行があんまりうまかったもんだから犯人にばれた ということを忘れてもらっては困る、おまえたちはあの時誘拐事件の捜査にと って致命的なミスを犯したんだ、間抜けじゃあないだと、笑わせるな、私は一 度も犯人と顔を合わしてもいないし、あの場所で車をから出た時以外金のそば から離れたこともない、あの場所から金を持った犯人が消えたのなら、犯人は どんな手を使ったのかを考えるのがおまえたちの役目だろう」 「考えたさ、だがそれは不可能なんだよ」 「それならたぶん燃えちまったんだろう、金を受け取ったなんて言うのは、は ったりだ」 私は煙草を取り出し、火をつけてゆっくり吸った。 「いつの時点で警察は動きだしたんだ」 「あんたが笹神家に最初に泊まった晩からだ」 「なぜ、私たちにそれを報せなかった」 新井は腕組みをして私を蛇のような目で見つめた。 「あんたが誘拐犯の一人だという情報が入った」 そんなことを言ったのは誰だときいたとしても新井がそれに答えるはずは無 い、しかしそいつの名は簡単に想像がついた。 「おまえの机の上には、私が刑事だった頃の資料がそれこそ警察学校の成績表 も含めてたっぷり乗っかっているんだろう」 「その通りだ」 「私が刑事だった頃、やくざより嫌いな人種がいたがそれが誰だったか今思い 出したよ、誰だったと思う」 「元刑事」 「同じ意見だということか」 新井はにやりと笑い、しばらく私を睨みつけた後、低い声で言った。 「そうだ」
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