空中分解2 #2992の修正
★タイトルと名前
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信州・地獄谷温泉は深い雪の中。山は今日も吹雪いている。 とても辛い冬だった。ここまで頑張ってきたが、彼女はもう動くことができ なかった。それほどの歳でもないのに、急激な疲れがやってきた。体力のすべ てを使い果したのだと彼女は思った。昨秋の怪我が悪化し、ひだり腕は棒っき れのように黒く固くなっていた。激痛はとうの昔に去り、今は痛さも冷たさも 何も感じなくなっていた。彼女はこの腐ったひだり腕を引きずって、必死に仲 間についてきた。だが、もうだめだ。 彼女は群れを離れて、深い雪の斜面をずり落ちるように下りはじめた。 「かあちゃん、こっちだよ」 幼いむすこが泣きながら、母を誘導しようとしている。 「ユキッ、もう少し頑張れ、春はもうすぐじゃあないの」 「ユキ、みんな頑張ってるのよっ、子供たちだって……」 「ユキちゃん、戻ってらっしゃいっ。元気だして、みんなと一緒にいこうよ」 みんなの励ましの声が彼女にとどく。 だが、彼女は悟っていた。彼女は自分の寿命をわきまえていた。 わたしは、もう春を楽しむことはできない。この雪の中で冷たくなっていく のだ。子の行く末が心配だけど仕方がないのよっ………さようなら、みんな。 ボスの号令がかかった。 群れは、いつまでも雪の中で、じっとしているわけにはいかないのだ。 雪の斜面に黒い点となった彼女を残して、吹雪の中を野猿の群が遠ざかって いく。 天上界では極楽浄土の門を開き、彼女を待っていた。ここは、全く苦しみの ない世界である。ユキのために暖かい木立と安心が用意されている。阿弥陀様 がさすって下さったから、ユキのひだり腕はすでに治っていた。 門番が地獄の鬼卒を怒鳴りつけている。 「帰れっ、ここはおまえらのような鬼がくるところではないっ」 「まあそう言うなよっ、おれは閻魔大王様の使いでやってきたんだぜ」 「地獄の閻魔が何の用だっ」 「ユキちゃんが……もうじき、こちらにやってくるだろう」 「ユキを地獄に連れてこうってのか? そんなことは俺が許さん」 「そうじゃあねえ。閻魔大王様がチョンボしちゃってね……、そのおー、悪い 奴らの首をへし折るつもりで、指をひねったら、ユキが飛び移った木の枝がポ キンと折れたんだ。ほんで、ユキは岩場まで転げ落ちた。その時の怪我が治ら んかった。閻魔大王様がユキに済まんことをしたって……ユキちゃんに敢闘賞 を差し上げたいんだってさ」 「チョンボでしたって? ユキに敢闘賞だって? とぼけた閻魔だ……。それ で、悪い奴らの首は、へし折ったのかね?」 「それが……閻魔大王様は、チョンボしたくないから、もう、指パッチンはや らないんだって……だから、悪い奴らの首を、へし折ることができねえんだ。 やつらは、今、元気いっぱい、下界でカネをかき集めて私腹を肥やしているよ っ」 「頼りない閻魔だっ、猿は殺して、悪い人間どもは生かしておくと言うんだな。 閻魔もボケてきたかっ」 「そんなつもりじゃあねえ。やつらが死んだらこちらに指定席を用意して待っ ているんだが……。すっ裸で胸まで浸かって、ウンコの川のかき回し人夫さ。 ただ、猿と違って人間どもは一筋縄ではいかねえんだ。なにしろ、そいつらは 地獄も極楽も迷信だ、神も仏もない、カネしか信用できないと思っている守銭 奴だからなあ……」 「おいっ、おまえ、地獄界の凋落をここでグチっていてどうするんだ」 「…………」、「ユキちゃんに「敢闘賞」渡さしてくれよっ」 1993−03−15 遊 遊遊遊(名古屋)
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