空中分解2 #2986の修正
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第十七章 『正義』 二日ほどで、ノア六号は、太陽系に到達した。ノア六号の窓から、地球が、ピリオ ドほどの小さな点として、肉眼で、なんとか判別することができた。そのピリオドほ どの、小さな輝きが地球であるという証拠に、地球からの種種雑多な電波を、ノア六 号のアンテナで傍受することができた。EVEは、TVや新聞などの情報を欲しがっ た。彼女は、その種のメディアに、あまり触れたことがなかったので、それらの新し い情報に興味があったのだろう。私は、EVEのその願いを許し、そして、その方法 を教え、それを手伝ってあげた。試行錯誤のうえ、彼女は、新聞をプリントアウトす ることに成功した。その打ち出されてきた、新聞の一面には、こう、書いてあった。 【 軍の人体頒布、一億体を超える 】 私は、その新聞の見出しを見たのと、ほぼ同時に、無意識のうちに、それを破りとっ ていた。 『いったい、なんなんだ! これは!』 私は、それを見ながら、思わず、叫んでいた。その後の文面も、少しずつ、打ち出 されてきた。私は、息を呑んで、それを見つめた。 ******************** バビロン計画は、軍の主導で再開されて以来、順調に進んでいる。軍が頒布してい る人体は、爆発的な勢いで、普及している。しかし、その一方で、人間を有料で頒布 し、兵士、売春婦、奴隷として、扱うことに対する批判、・・・ ******************** 私は、絶句して、声が出なかった。喉まで、出かかっている言葉はあったが、声に ならなかった。大佐は、こんなことは、何も言っていなかった。私が地球にいないう ちに、まさか、こんなことをしているとは・・・。大佐は、私を騙したのだ。胃が締 め付けられるように、キリキリと痛んだ。兵士なら、ともかく、奴隷・売春婦とは・・ ・。大佐は、私に、そんな悪事の片棒を担がせたのか。私は、意味もなく、周囲の狭 い空間を、かなり、苛立ちながら、歩き廻った。 多くの、いたいけな、かよわい女性が、血も涙もない男に辱められている姿を、私 は想像した。私が引いた頭脳の設計図で、完成された人間が、そんなことに利用され ているとは・・・。許さない。私は、それを絶対に許さない。そんな歴史に永遠に残 るような汚点に、私が直接手を貸してしまったとは・・・。私の心の奥底にあった良 心が疼いた。そうだ、なんとか、なんとかして、こんなむごいことは止めさせなけれ ばいけない。こんなことは、人間として、許されることではない。 (そうだ!)大佐に連絡すればいいのだ。もう、電子電話が使えるはずだ。私は、大 佐へのダイヤルを廻した。自分の名前が汚点として、歴史に残らないように、自分自 身の名誉を護るために。そして、それは、世界と人類の正義と尊厳から護り、過ちか ら救うことにもなるのだから。 私は、電子電話の向こうにいる大佐に向かって、怒鳴っていた。画像のスイッチは 切った。大佐独特の、いつもの、あの顔で、ごまかされたくなかったからだ。 『大佐、いったい、どういうことなんですか、あれは!』 『どうかしたんですか? 博士』 私は、博士ではなく、一介の研究者だった。だが、いまは、そういうことは、どう でもよかった。大佐は、また、そういう、ジョークかユーモアで、何かをごまかそう としているに違いなかったからだ。 『ごまかすんじゃない! 人体の頒布のことだ。なんで、一億体の頒布もしておきな がら、私に、教えない。私には、教える必要があったんじゃないのか』 『でしたら、そのことについては、後で詳細なレポートを差し上げますよ、博士』 『俺は、博士じゃない!』 『あなたほどの実力があれば、博士号など、すぐ取れますよ。なんなら、自分が力に なっても、構いません。もちろん、あなたに、その気があればの話ですが』 『違う! 違う! 違う! 違う! 私が言いたいのは、そんなことではない。私が 言いたいのは・・・』 私は、そこで、大きく、息を吸った。 『人体が頒布され、奴隷や性欲処理に使われていることが、はたして、正しいのかど うかということだ』 『そうですか、そうでしょう。あなたの、おっしゃりたいことは、きっと、そうだろ うと思っていました』 『だから、あれは、いったい、どういうことなんだ。また、前のときのように、サン ディー法で、申請してくださいとでも、言うつもりか? あのとき、軍は、ADAM に、戦闘機を操縦させて、テストをしていたんだろう。私は、ADAMの開発者だ。 いまの人体の頭脳は、私が引いた設計図を元にして造られている。私には、知る権利 がある。きっと、私には、バビロン計画のすべてを知る権利があるはずだ』 『いいですか、よく聞いてください。全体の利益は、少数の利益よりも、優先するの です。いいですか、より多くの人間の・・・』 『何が、全体の利益だ! 奴隷が、全体の利益になるのか? 売春を辞めさせること が少数の利益だとでもいうのか?』 『それは、違います。奴隷や売春というのは、マスコミが、ごくごく一部の事例を、 派手に煽っているだけです。普通の女性でも、そういう行為をして金銭を得ている人 もいるのですから・・・』 『もし、そうだとして、そのことは、とりあえず、置いておくとしても・・・。貴様 ら軍は、自分のやってることが、わかっているのか? 人間を有料で売り買いしたら、 ただの人身売買だろうか!』 『ですが、バビロン計画は、上層部や政府から認可された、合法的な計画です。自分 は、計画を推進するように、命令されているだけなのです。自分に、そのようなこと を言われても・・・』 『そんなごまかしが、通用すると思っているのか。バビロン計画の実質的な責任者は、 コーチェフ大佐、あなたじゃないか。私と交わした契約書にも、あなたが、ちゃんと、 そう、サインしている。あなたがスタッフを集め、推進しているんだ。あなたが、上 層部に、人体の量産を提案したんだ。上層部に、バビロン計画に関する詳細な知識が、 あるわけがない』 『ヘンリー、いま、人類は人口の激減という危機にさらされているんだ。バビロン計 画が推進され、莫大な予算が出たのも、もともと、人間を量産化を目指してのことな んだ。この非常時にあっては、多少の犠牲は仕方のないことだ』 『何言ってるんだ! 値段を付けて売られたあいつらの人権は、どうなるんだ?』 『彼らに、人権はありません。彼らは、人間ではないのです』 『そんなことは、新聞を読んでわかっている。可哀想だとは、思わないのか? お前 のせいで、何百何千万という人間で苦しんでいるんだぞ。かよわい女性が虐待され、 ひどい目に遭っているのに・・・』 私は、何を言っているのか、わからなくなっていた。(真実が・・・真実が・・・) と、心の中で、繰り返し、繰り返し、言っていたような気がした。悲しい想いで、私 の胸は、いっぱいになった。私は、過去に、こぼれ落ちた何かを拾おうとしているよ うな気になっていたようだ。これを阻止することができれば、昔、失った何かを取り 戻せるような気がしたのだ。 『おい! ヘンリー! 聞け、聞くんだ!』 どうやら、同時に、喋っていたようだ。 『確かに、いまは、彼らに、人権はないかもしれない。しかし、ここ、二、三年中に は、彼らは、必ず、人権を持つはずだろう』 『それは、そうかもしれませんが、しかし、政府と軍が、反対工作をすれば、彼らが 人権を持つのは、大幅に遅れるでしょう』 『ばかな!そんなことが許されるもんか! 世論がそんなことを許すはずがない!』 『それは、表面上の世間体の部分では、皆、反対するでしょう。だが、裏に廻った影 の部分での、現実の行動は違うものなのです』 電話の向こうで、大佐が、手元の紙を拾いあげたような気配がした。 『いま、ADAM型の頒布数は、一億体を超えています。軍隊用に、あと十数億体、 民間用にも同じくらいのバックオーダーを抱えています。圧倒的に、通販のような形 での匿名希望でね。注文は、これからも、まだまだ、増える予定です。これは、大衆 の指示があるとみていいんじゃないのでしょうか』 私は、心臓が痛くなって、胸を押さえた。私の目には、EVEがひどい目に遭って いる妄想が浮かんだ。私は、また、何かが、指から、こぼれ落ちそうになるのを感じ た。 『いったい、誰のために行われる、何のための、計画だ』 『ですから、全体の利益のためにはしょうがないのです』 大佐は、沈黙した。どうやら、煙草を吸っているようだ。電子電話の向こうの、大 佐の勝ち誇った姿が、私の目に浮かぶようだ。このままでは、大佐に負けてしまいそ うだった。だが、ここで、負けるわけには、いかなかった。私は、また、口火を切っ た。 『何が、全体の利益だ。薄汚い、狂った、変質者どもの、欲望を満たすためにやって いるんだろう。じゃあ、あんたは、どうなるんだ。自分は、どうなるんだ。あんたも、 金を出して、女を買って、おもちゃにしてるんだろ』 大佐は、少し黙ったが、やがて、ゆっくりと、話し出した。 『ほう、それでは、君は、君がEVEを抱いたときは、そうではなかったとでもいう のか? 自分とEVEとのことは違う、まったくの例外だったとでもいうのか?』 私は、大佐に意外なことを指摘され、絶句した。その、私の沈黙は、しばらく、続 いた。大佐は、私に、追い打ちをかけるように、言葉を続けた。 『こういう場合には、どうなりますかな? あなたは、契約の報酬として、金銭の外 には、ノア六号以外のものを、何も要求していない。契約書の条項によれば、バビロ ン計画の一環として、作り出されたものは、軍に引き渡さねばならないことになって いますが・・・。つまり、通常の解釈によれば、EVEさんは、軍の所有物とみなす のが、普通でしょうな。こういうときは、軍の特性を生かして、彼女を強制連行する こともできますな』 私の口は、金魚のように、ぱくぱく、動いて、言葉にならない言葉を、小さな声で 出した。そうしているうちにも、大佐の言葉は続いた。 『いえっ、それは、必ず、そうすると言っているわけではないのです。事情によって は、EVEをどうこうしようというつもりはありません。我々が認めるか、見てみぬ ふりをすれば、あなたの行為も、合法的な、まったく、正当な行為となるのです。も ちろん、それは、これからも、博士が、我々の計画に、よきパートナーとして、協力 してくれればの話ですが』 大佐は、私が、彼の申し出を必ず了承するものと思って、話を進めているようだ。 その判断は、正しい的確な判断だった。大佐は、上品な紳士であった。約束は、守る だろう。たとえ、それが、脅迫という、悪い約束であっても・・・。 『とりあえず、我々の計画に協力するという証しをみせてください』 私は、EVEを失いたくなかった。どんなことをしても、EVEを失いたくなかっ た。私の横には、事情をまったく知らないEVEが心配そうな顔をして、立っていた。 私の心臓の鼓動は早くなり、冷汗が、体中から噴き出てきた。私は、いつものように、 EVEの顔を見つめた。私の額を、ひと筋の汗が流れた。 『博士、聴いていますか?』と、コーチェフ大佐は、私に聞いた。 『ADAMの処刑は、ほぼ、間違いなく、執行されます。あなたには、開発者として、 ADAMの死刑の執行の決定、そして、ADAMの死刑の執行のボタンを押していた だきたい』 私は、自分の気が遠くなってゆくのを感じた。それから、何を話したかは、よく、 覚えていない。大佐の申し出を、了承したこと以外のことは、何もなかったような気 がする。 とにかく、私は疲れていた。電子電話を終えた私は、ソファーに倒れ込んだ。私は、 EVEの膝枕の上で寝させてもらった。そのとき、私は、あることに気付き、DOG を呼んだ。そして、DOGに、ノア六号内の盗聴器の捜索を命じた。その直後、私は、 眠りに落ちていった。 (ADAMの処刑か) 精神的に疲れきったはてに、深い眠りに落ちながら、私は、 心の中で、そう呟いていた。
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