空中分解2 #2980の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
★ 桐の紋だった・・。濡れた着物の色と紋の色が似通っていてかなり見にくかったが、 あれはたしかに桐だった。桐の紋といえば加賀の腹心早坂の紋。ということはあの人は ・・。とまで考えて智可は首をふった。早坂の紋がついている着物を着ていたからとい ってあの人が早坂家の一門とはかぎらない。紋はそれに仕える人間にも与えられるのだ から。 だけど、もしかしたら・・。 あの人は早坂の嫡子・明かもしれない。あの諸国に伝わるほどの才気、武術・・。 ぜひ、欲しい。 大名の一門なら、誰でも考えることを智可も考えていた。 しかし彼の場合、明を軍師や一軍の将軍にしたてて戦わせたいからという理由からでは ない。 ただ、武術の稽古の相手や話相手になってほしいのだ。 そう思うにはそれだけの理由 がある。城内で彼の稽古の相手になる人間は、申し合わせたようにすぐに降参して話に ならないし、城内一の腕前をもつといわれる兄・被沙も、過保護のあまり智可に本気で 向かってこない。どう見ても日頃の稽古がただのお遊び程度なのだ。彼にしてみれば。 客観的にみれば、被沙はともかく、ほかの者は、彼の見事な剣捌きについていけない だけなのだが、自分の力が標準程度と勘違いしている彼は、まわりの力が標準だとは思 えず、ひたすら『相手が弱すぎるから僕程度の人間にさえ勝てないんだ』と思い込んで いる。 話相手のことにしても、彼に仕える小姓たちは、彼の話がだんだん深みをおびてくると もう、自分たちの知識ではついていけなくなる。そこで、だんだん寡黙になっていき最 後には沈黙するしかなくなるのだが、これを智可に言わせれば、勉強不足ということに なるのである。被沙や智可の小姓たちは、選りすぐりの秀才の集まりのようなものだが それでも、智可には物足りない。物足りなすぎるのである。 あのひとがあの早坂明ならいい。 聞けば親に疎まれ、主君にさえその才気を妬まれている彼である。この美濃の城下にあ んな形で流れついたということは、何かとんでもないことが彼に降りかかったからだろ うことは容易に察しがつくのだが、それでも智可は彼が早坂明であることを望んだ。 勝手なことは十分承知で。 彼は早坂明に臣になってほしいというより、友達になってほしいのかもしれなかった。 ★ 「智可ッ!」 びくん、とした。不意撃ちにちかい怒声だった。 おそる、おそる、声のほうを見る。 襖をけたおす勢いで被沙が智可の部屋へ入ってくるところだった。 「お前、ひとりで城を出たなっ!どういうつもりだ!そんなに刺客に殺されたいのか! 」 一瞬の間、その勢いに気圧されて、智可は言葉をなくした。 「いくら神月の屋敷が城の敷地内にあるとはいえ、敵に襲われることがあったっておか しくない広さなんだぞ!それくらいのこと、知ってるだろうがッ」 「しっ、刺客くらい・・ッ」 やっと声がでるようになった智可が必死に反論する。 「ひとりで、相手できるよッ」 その言葉に被沙はますます目をつりあげた。 「多勢に無勢というじゃないか。刺客のほうはひとりとは限らないんだぞ!」 「じゅ、十人くらいなら・・っ」 たじたじとなりながらも智可は反撃する。しかしどう贔屓目に見ても智可に勝ち目はな かった。 「とにかく!お前のひとり歩きは認めないッ。いいねっ」 怒鳴るだけ怒鳴ると被沙は宗春の屋敷の方角を睨み付けた。 「ったく、宗春も宗春だ。僕の弟をたったひとりで帰らせたりしてッ。よぉし、文句言 いにいってやる」 言いながら、被沙は足音も荒く智可の部屋を後にした。 ばたんっ、と襖の閉まる音で、やっと被沙から解放された智可は、ほっとしたように吐 息した。 ー・・なんで兄上がお忍びのことなんて知ってんだよぉ・・ー そう、思ったときだった。 とつぜん、どかどかという足音が戻ってきて、ばたん、とでかい音をたてて被沙が現わ れた。 「げっ!」 「なにが『げっ』だ。ご親切にもお前の質問に答えてやろうともどってきたのに」 「し・・質問??」 「お前のお忍びがわかったのは、僕の第六感のせいだよ」 「第六感って兄上・・いつのまにっ」 「さあね。他に質問は?ないね。じゃあな!」 「じゃあなって・・」 再び閉められた襖を、智可はしばらくのあいだ呆然とながめていた。 が、すぐに我にかえると、げんなりと肩をおとしてつぶやいた。 「じゃあ僕の考えることは全部兄上に筒抜けってわけ?冗談きついよぉ・・」 ★ 智可が被沙の第六感に磨きがかかったことを知り、嘆いていたころ。 一方の明は、神月屋敷の一郭の自室でぼんやりと空をみつめていた。 冷えきった心が、わずかに暖かさを取り戻してきたようだった。 膝を抱えたまま、明は天を仰いだ。 ーこの暖かさを僕は父母に求めていた・・? ふと思った瞬間、心底ぞっとした。 こんな状態になってまで、父母を求める自分自身がひどく浅ましく思えた。 あれほど疎まれていながら、 自分は・・! やりきれなくなって、明は拳を床に叩きつけた。 その身体がわずかに震えている。 ーいっそ、 ただひたすらに憎むことができたら・・。 そう思わずにはいられない。 表向きはどんなに憎んでいるつもりでも、裏を返せばそれは憎んでいるのではなく、む しろひたすらに求めているのだ。 両親の暖かい言葉を。 両親の暖かい眼差しを。 きつく、唇を噛んだ。 青鈍の小袖に、血がひとしずくおちて滲んだ。 ★ 「この雨のなか、よういらっしゃいましたなぁ、被沙さま」 怒りを隠そうともしない被沙に、宗春はこれ以上はないというほど冷静に彼を迎えた。 被沙にしてみればそれがたまらなく怒りを掻きたてる。 「宗春ッ!」 「は?」 「おぬし、智可をみすみす危険にさらして、どういうつもりだ!」 「はぁ?」 「とぼけるな!智可をたったひとりで帰らせただろうが!」 「ああ、そのことでございましたか」 言外にやっぱり、という声を聞いたような気がして、被沙はギリッと宗春を睨みつけた 。さすが、智可と双子なだけあって美しい。頬をほんのりと紅潮させている姿は美少女 で通ってもおかしくはないほどだ。 その彼が再びがなった。 「宗春!」 「はい」 「智可にもしものことがあったらどうしてくれるんだ」 怒鳴りっぱなしだったせいか、被沙の声はわずかにかすれている。 何とはなしに微笑 ましさをおぼえて、宗春は艶やかに微笑みながら口を開いた。 「恐れながら申し上げまする。私の屋敷は恐れ多くもお城の敷地の内に建てさせていた だいております。ですからお城同様、十重二十重にも塀がはりめぐらされ、一の門をは じめとして各門の警備はもちろんのこと、お城から私の屋敷までの警備も万全にござい ます。仮に部外者が入りこもうとしたところですぐに捕らえられるような仕組になって おりますから、敵が侵入することは不可能にございます。それに・・」 「・・それに・・?」 殆ど返す言葉を無くしながらも、残った意地だけで被沙は問いかける。 「智可さまは文武ともに秀でたお方。被沙さまのご心配は杞憂かと存じます」 「・・・・」 被沙に返す言葉などなかった。 べつにここの安全性がわからないわけではない。いちいち詳しく説明などしなくても この人の冴えた頭脳はしっかりとここの安全性を理解している、と宗春はみている。 ただ。 こと、智可に限っては、過保護のあまり冷静な判断が鈍るだけのことなのである。 宗春もそのことはよく知っているから、いちいち細かく説明はしない。ただ、安全だと いうことを強調しておけば、あとは被沙の潜在意識がちゃんと処理してくれる。 「・・・宗春」 しばらくして、被沙が気まずそうに口を開いた。つぎに紡がれる言葉がどんなものか、 宗春にはわかっていた。 「あ、被沙さま、雨がやんだようですよ」 だから、 「虹がでているかもしれませんね。外をみてみませんか?」 最後まで言わせる必要はなかった。 その小さな思いやりに気づいたのだろう。 被沙はふぅわりと微笑んでみせた。 「そうだね・・。すこし、出てみよう」 ーはたして、空には宗春の予想どおり、見事な七色の虹がかかっていた。 ★ この頃は戦に有利な山城が殆どだった。山の頂上から順に、本丸(天守)、二の丸、 三の丸などがあり、ほかに小天守というものが、北、西、東にそれぞれ配置され、それ ぞれの小天守が大天守ともいうべき本丸に渡廊下でつながれていた。 三層五階の天守 をもつ天奏被可の居城・大桑城は、一階から四階までそれぞれ名がつけられていて、そ れぞれその名で呼ばれていたが最上階の五階は主に『天守閣』略して『天守』と呼ばれ ていた。名がつけられなかったわけではなかったのだが、城主がこの呼び名をいたく気 に入り結局天守閣のなかに天守閣があるという、呼び名の上で何とも妙な結果となった 。そこで、天守閣全体を指すときは本丸、最上階は天守閣、または天守と改められた。 その妙な結果を生み出した天奏の殿様は、その頃天守から城下をながめていた。 「神月はいないのか?」 数枚の密書を携えながら、被可はひとりの小姓にたずねた。 「はい。只今神月さまはお屋敷にお戻りになられておいでです」 「そうか・・。では被沙は?」 「被沙さまも神月さまのお屋敷に行かれました」 そうか、と言いかけて、被可はその言葉を飲み込んだ。 「なぜ、被沙が宗春のところに?」 「何でも、智可さまをお一人でお城にお帰しになったことで大変お怒りになられて・・ 」 「・・怒鳴りこみにいったのか・・?」 はい、と小姓はこたえる。 被可は大きく吐息した。 そして、雨上りの空を見上げる。 「被沙はあの雨のなか行ったのか・・?」 「・・はい」 「・・よく行くものだな・・。そう暇ではないはず、なんだが・・」 しばしの沈黙。 再び被可は小姓のほうに目を向けた。 「被沙と宗春を呼び戻してくれ」 「御意」 小姓は小さく頭を下げると、天守から静かにさがっていった。 それを見送ってから、被可は独り言のようにつぶやいた。 「そうだな・・智可も呼ぶか」 そして、もう一度空をあおぐ。 先程は目にはいらなかった大きな虹が、彼の視界をうばった。 ☆ 「たった今、北庄城に潜りこませていた間者からの密書が届いたゆえ、詳細をおぬした ちにも知らせておこうと思ってな」 「北庄城・・。加賀ですね」 書面に目を通しながら正装した直垂姿の宗春がいう。 被可がうなずいた。 「加賀・・早坂・・」 宗春は端正な顔をしかめる。 「・・そうだったのか・・」 「何?」 聞き咎めた智可の声さえ耳に届かないのか、宗春はうつむいたまま黙りこくっている。 その手から密書を抜き取ると、智可はおもむろに読みはじめた。 「・・・へぇ・・、早坂も酷なことをするものだ。実の子を見殺しにするとはねぇ」 えっ、と被沙も書面を覗き込む。 「・・・・ほんとだ・・」 「いつかはこうなるんじゃないかって思ってたけどさ・・」 言いながら智可は書面をパン、と弾いた。 「やり方が気に入らない」
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