空中分解2 #2960の修正
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時森邸の殺人(承前) 香田利磨 「お母さん、本当に再婚するの?」 食事も大方終わり、めいめいが雑談に興じているときだった。声の主は聡美。 それまでは、一人、退屈そうにしていたが、思い立ったように口を開いたのだ。 「え?」 急に静かになった食卓の中、夏子が聞き返す。 「だからぁ、私の気持ちも考えてほしいっての」 「……聡美は反対なの、お母さんが再婚することに?」 「……ううん。よく分からないんだけど、反対はしていないと思う。でも、一 度でも私に聞いてくれたことがあった? 私に何の相談もなしに、どんどん話 を進めちゃって……ひどいよ」 「それはね、おじいちゃんが」 助け船を求めるかのように、自分の父親を見やる夏子。 「こんな方向に話を持って行くから」 「お母さんもおじいちゃんも、私のことは考えてくれなかったの?」 「いや、決してそんなことはなかったぞ」 黙ってしまった夏子に代わり、時森の長老・譲が言った。 「聡美のことも考えて、わしはおまえの母さんの相手を選んだつもりじゃ。い や、選ぶつもりと言うべきかの」 「それなら、直接、私の口から聞いてよ。そりゃあ、おじいちゃんがお母さん のことを思って、おじいちゃん一人の考えで決めたいのは分かるけど、それで も聞いてほしいのよ」 またも静寂が支配する。それを破ったのは、朝日田だった。 「聡美ちゃんの言うことももっともですよ。思いませんか? ここは一つ、意 見を聞いてあげてはいかがでしょう、時森さん?」 「うむ」 自分に向けられた朝日田の視線を避ける風に、譲はうつむきながら考え込む 様子だ。 「私は異論はありません。夏子さんと家族になるということは、聡美ちゃんと も家族になるということです。聡美ちゃんともうまくやっていけないなら、意 味がない」 医者の永室が言った。理論的だが、ややくどい言い回しが引っかかる。 「自分はそもそも、夏子さんと聡美ちゃんの方に選択権があると考えているの ですが」 おずおずとした調子で、吉林が切り出す。 「いえ、時森さん。あなたの意志を無視するつもりではありませんので、そこ を誤解なきよう、お願いします。ただ、少なくともあなたと夏子さん、それに 聡美ちゃんの気持ちは全く等しい割合で尊重されるべきではないかと」 それからさらに沈黙が続いた。今度は誰かが喋り出す状況ではない。時森家 の主が喋り出すのを待っているのだ。そして、彼はようやく口を開いた。 「ふん。難しいもんじゃな。孫や君達に説得されて、また気持ちが揺らいでき おった。だが、わしは実際は、気持ちを変えるつもりはほとんどない」 「こうしたらいかがでしょう」 井沢が手を挙げて提案した。 「何かね」 「とにかく、時森さんは聡美ちゃんの意見を聞いてあげるのです。いいえ、聡 美ちゃんだけでなく、夏子さんの気持ちも。そうすれば時森さんの考えと合わ せ、三つの名前が上がるはずです。それを多数決としたらどうでしょう。複数 の名前を挙げられた方が、夏子さんのお相手ということですわ。そして万が一、 三人が三人とも、別の名前を挙げた場合のみ、時森さんの意見を最優先とする としては」 他人事のせいか、面白がる様子の井沢は、言い終わると全員を見回した。 「なるほど。いい考えかもしれん。夏子はどうじゃ」 「私は別に。元々、お父さんのお考えに従うつもりでいましたから」 「そうか。では、聡美は」 「私の気持ちを聞いてもらえれば、それで構わない」 「では、井沢さんの案を借用しよう。吉林君、朝日田君、永室君。君達も異存 はないな」 譲の問いに、無言でうなずく三人の候補。 「いつ決めるかとなると、やはりこの休暇の最後の日としたい。それまでに自 分の考えを決めておくんじゃぞ」 時森譲がそう宣言したところで、食後の雑談は、何となくお開きの形となっ てしまった。 時森譲の遺体が発見されたのは、翌早朝のことだった。 「では、七時に起きられて、いつも早起きの譲さんの姿が見えないので不思議 に思い、すぐに部屋に行ってみた。鍵はかかってなく、ドアを開けたところで 発見されたという訳ですね?」 鳥丸ひろみが夏子に聞いている。二人の髪は、共に寝癖で乱れていたが、そ んなことを気にしていられる状況ではないと言えた。特に鳥丸にとっては、刑 事としての職務に勤めなければならない。 「はい」 力なく答える夏子。ソファに腰掛けている彼女の身体は、今にもそのまま沈 み込んでしまいそうだった。 「とにかく、本土へ連絡をとらないと。この家に電話はなかったんでしたね?」 「はい。父が浮世を離れるためには電話もテレビもいらないと……」 「じゃあ、直接、船で行くしかありません。船を動かせるのは夏子さん、あな ただけ?」 「多分、そうだと思います。あの、皆さん……」 夏子が振り向いて、井沢や三人の男を見やる。四人ともが、首を横に降った。 「仕方がないですね。私も船舶免許は持っていません。夏子さん、お身体が大 丈夫になったらで結構ですから、行っていただけます?」 優しい口調で、鳥丸が言った。うなずく夏子。 「一応、一時間もすれば大丈夫になると思います」 「そうですか。あ、それと聡美ちゃんはどこに?」 「聡美には、おじいちゃんが亡くなったとだけ伝えました。今は、部屋に閉じ 込もっています」 「かわいそうに。井沢さん、すみませんけど、あの子についてあげていてくれ ませんか」 「え、ええ」 不意に名前を呼ばれた井沢は、どきっとした様な顔を見せたが、すぐに気丈 な態度になって返事をした。そしてすぐに聡美の部屋に行く。 彼女の姿が消えたところで、鳥丸はきびきびした口調で言った。 「皆さん。大変失礼ですが、刑事の私から言わせてもらいますと、皆さんは容 疑者です。もちろん、井沢さんも」 三人の男達は互いの顔を見合わせ、ついで鳥丸の方に顔を向ける。 「結構だねえ。もちろん、心得てますよ、刑事さん」 口笛まじりに言ったのは、朝日田である。ふざけているのか強がっているの か、それとも動揺を隠しているのかは分からない。 「推理作家にとっちゃ、当たり前の事態だ」 「協力的な態度で、喜ばしいです。しかし、私は一時間後には、夏子さんと一 緒に本土へ向かわなければなりません。その間の現場の保存等については、あ なた方を信頼するしかないのです。幸いにもカメラがありましたから、念のた め、現場の写真を撮っておきましたが」 「あなた以外の全員が共犯なんてことがない限り、その考え方は間違っていま せんよ。我々は互いを牽制する格好になる訳だ」 朝日田がまた言った。 「永室さんも吉林さんも、異論ないですか?」 「ないとも。それどころか、できることがあれば、喜んで捜査に協力しようじ ゃないか」 と永室。 「自分は何もしていないのだから、何のやましいところもなく、刑事さんの提 案に従います」 吉林の方は、硬い調子でこう言った。 「ありがとうございます。それからもう一つ。まだ時間がありますので、少し 時森さんの身体を調べてみたいのです。私も捜査一課の刑事ですから、多少は 法医学の知識もありますが、心許ないものです。そこで医者である永室さんに、 お力を貸してもらいたいのですが」 「いいですとも。先ほども言ったように、できることがあれば、喜んで協力し よう。正規の道具がないのが残念だが」 「そいつはどうかな」 朝日田が横槍を入れてきた。 「刑事さん、あんたは言った。我々は容疑者だって。ならば、この医師が犯人 だという可能性もある。こいつが時森さんの遺体を見て、自分に都合のいい診 断をしたら、どうなるんだね?」 「何を言うか、失敬な!」 「どうだかね」 もみ合いになりそうだったので、鳥丸は慌てて止めに入った。 「やめて下さい! 今からそんなことじゃあ、安心して現場保存を任せられま せんよ。確かに、朝日田さんの言うことも一理あります。でも、遺体を調べる のは早ければ早いほどいいんです。分かりますでしょう? どうしてもご不満 があるのでしたら、先に私が調べ、次に永室さんに診てもらいましょう。調べ た結果も、私のと永室さんとのを併記する形で文書にすればよいでしょう」 「いいですな」 「……そこらが妥協点かな」 二人とも、ようやく納得した様子だ。 銀行員の吉林を夏子の介抱役に残し(これには朝日田、永室の二人から若干 の文句が出たが)、鳥丸を加えた三人で、時森譲の部屋に入った。 部屋の造りはどこも同じで、十畳ほどの広さ。ドアから入って真正面に、白 いカーテンの付いた窓。向かって左手には簡単な机や鏡が、右手の壁際にはベ ッドがあり、ベッドの頭側の横には、小さな台があり、ウィスキーのボトルが 載っている。中身は半分程度まで減っていた。 譲はそのベッドの上で死んでいた。 と言っても、きちんと布団を被っていた訳ではない。布団の上に仰向けに倒 れ、咽をかきむしるようにして死んでいたのだ。 床の絨毯には液体がこぼれ、染み込んだ痕跡がある。そのすぐ横、ベッドの 下に隠れるようにして転がっているのは、被害者愛用のグラスだった。また、 机に備え付けの椅子が、ベッドの方向に向いていた。 状況から、被害者は寝る前に酒をやり、その中に混入されていた毒物で殺さ れたと見られる。しかも、椅子の向きから、時森譲には相手がおり、そいつが 酒を注ぎ合っている内に隙を見て、毒を入れたと考えられる。犯人が口を着け たグラスは、見あたらなかった。 毒物は青酸系のもの、恐らくは青酸カリと判断された。死亡推定時刻は、午 後十一時頃から午前二時頃の間。これらの点で鳥丸刑事と永室医師の意見は一 致した。 「仲々よくできた調書だぜ。推理小説でも、こうは一致しないんじゃないかね。 死亡推定時刻が、三十分から一時間ぐらいずれているだけだ」 見張りも兼ねていた朝日田が、二人が記したメモを見比べて、こう皮肉った。 「本当に失敬な奴だな、君は。死因が青酸系毒物であることは、時森さんの顔 色及び口臭やグラスからの香りから明白だし、死亡推定時刻もこれだけ幅をと れば、似たようなものとなってくる」 「分かりましたよ、永室さん」 朝日田は、肩を大きくすくめて見せた。 死亡推定時刻における、各人のアリバイ調べはおいて、鳥丸は夏子の操縦で 本土に向かうことにした。 しかし、船着場に行ってみて、大変なことが分かったのである。 「エンジンが壊されていた?」 すぐに戻って来た二人の言葉を聞いて、吉林がとんきょうな声を挙げた。 「そ、それはどういうことなんですか」 「正確には壊されていたのではなく、プラグが強引に外されていたと言うべき でしょうか。とにかく、船は動きません。ゴムボートの類もありませんし」 夏子が説明をすると、朝日田はすぐに飛び出し、じきに戻って来た。 「ちっ、本当に壊されてるんだな。まったく、いかにも小説めいてきたもんだ」 「あの、何でもご自分の目でお確かめになるのは結構ですけど、これからはあ まり勝手な行動はとらないで頂きたいのです」 「何だって?」 鳥丸の言葉に朝日田は目を剥くようにして反発した。 「ですから、連絡のとりようがなくなったのです。予定の四日が過ぎれば、向 こうでも不審に思って何等かの策を施してくれるかもしれませんが、それまで は孤立無縁、まさに孤島となったんです、この島は」 事実、時森邸がある島は、数多くの島がある瀬戸内海の中でも、孤立した位 置にあった。泳いで他の島に渡る等という芸当は、不可能に近い。 「では、どうしろと言うんだい?」 「ここは現在、殺人事件が発生した状況下です。刑事たる私の言うことを、聞 いていただきたいのです」 「はん、なるほどね」 そっけなく答えた朝日田は、無言の承諾という感じで、ソファに倒れ込んだ。 「では、現在の状況を聡美ちゃんと井沢さんにも説明したいと思いますので、 吉林さん、二人を呼んで来て下さい」 −続く
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