空中分解2 #2958の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
注意:本作は別のネットで発表した、クイズの一つです。この後に発表する作 品に、ほんの少し関係があるので、UPすることにしました。 *登場人物 東海麟太郎(とうみりんたろう) 奥原丈巳(おくばらたけみ) 露桐金蔵(つゆきりきんぞう) 「私」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私は手書き原稿から目を離した。ちまちました、読みにくい字が列んでいる。 「東海君の作品は、毎度お馴染みの、密室殺人だねえ」 私は皮肉のつもりで言ったのだが、東海麟太郎はよほどトリックに自信があ るのか、「ええ」とうなずくばかりである。 「トリックそのものは、形状記憶合金を使ったもので、それなりに斬新だ。だ けどね、どうして犯人は密室にしたの? 何のためにやったのか、それが書か れてないじゃない」 「決まってるでしょう。自殺に見せかけるためですよ。遺書はないけど、部屋 が密室なら、殺人ではないと考えるのが、自然でしょう?」 「この男、事件の被害者だがね、この男はナイフもなしに自分の手首を切って 死ねるのかね?」 「は?」 「君が書いているのを読むと、密室内に凶器のナイフはなかったとされている。 ナイフもなしにどうやって、自殺できるんだい?」 「あ……」 ようやく気付いたらしく、東海は頭を掻いた。ぼさぼさの長髪だが、フケは 落ちてこない。 「もう少し、勉強してきた方がいいようだね」 私は冷たく言い放った。 私は手書き原稿から目を離した。手で擦ったらしく、文字がいくらかかすれ て列んでいる。 「奥原君のは、アリバイ物か。まるごと時刻表付きとは、恐れ入ったね」 「えへへ。そうですか?」 奥原丈巳は、だらしなく笑った。こちらがちょっと誉めると、すぐに調子に 乗る。 「でもね、アリバイトリックがその時刻表に出ていない、回送列車を利用した ものだったなんてのは、ちょっとねえ。フェアじゃないな」 「はあ、そうですか」 途端に元気のなくなる奥原の声。心境がすぐに出る質の男だ。態度もそわそ わし始め、盛んに手で鼻をなでる。 「それとね、この犯人だけど、どうしてアリバイを破られたくらいで、あっさ りと自供しちゃうのかね? 警察の方は、まだ何も物的証拠を掴んだ訳じゃな い。ただ単に、あいつのアリバイは無効だ、ということを発見しただけだ。そ れなのに、犯人はあっさりと自供しちゃう。ちょっと、安易な終わらせ方じゃ ないか」 「はあ、はあ」 唇をとがらせ、首を平和鳥のように振る奥原。 「せめて、何か一つ、物的証拠を用意しないとね、困るんだよ。と、もう一つ、 細かいことを言うとだ、駅構内や列車内で起こった事件には、刑事が飛んで来 るんじゃなくて、鉄道警察隊というそれ専門の人達が捜査に当たるんだ。そこ のところを、もっと正確に書かないと、読者に相手にされない」 「……」 もはや、奥原は何も言わなくなっていた。 「もう少し、勉強してきた方がいいようだね」 私は冷たく言い放った。 私は手書き原稿から目を離した。金釘流の、飛び跳ねた、乱雑な文字がとこ ろ狭しと列んでいる。 「露桐君、君は、ダイイングメッセージとか暗号が好きだね」 「はい。子供の頃、スパイ漫画を読みまくった影響でしょうか、つい、使いた くなります」 まだ子供のくせして、露桐金蔵は懐古調の答え方をした。 「部屋全体を一つの空間と見なし、天井や壁の格子模様を座標軸及び目盛りに して、暗号を作っているんだ。発想としては面白い。だけど、死ぬ間際の人が、 ある物を示すのに、そんな手の込んだことをするかなあ?」 「それは、この被害者は、僕みたいにスパイ小説好きで、暗号好きだからです」 「しかしね、その、物がある場所の正確な座標なんて、普段から測っていない と、分からない訳よ。そんな人間、いくら暗合好きだからって、いないよ」 「それは……そうですね」 「もう一つ、納得が行かないのは、探偵が犯人だった点だ」 「そんな。古今の名作には、探偵が犯人だったという結末のは、いくらでもあ るはずです」 「いや、そりゃそうだがね、君のは、探偵が殺人を犯す動機が書かれていない んだ。解決と同時くらいになって、やっと動機らしきものが描かれている。そ れに探偵が犯行可能だったということが、明示されていない。犯行時刻のアリ バイがどうなのか、といった点が書かれていないんだよ。これじゃ、アンフェ アだ」 「そうですか……」 相手は、ついに口答えできなくなった。追い込むことは、楽しいものだ。 「もう少し、勉強してきた方がいいようだね」 私は冷たく言い放った。 以上は、五年前の、彼ら三人、つまり東海麟太郎、奥原丈巳、露桐金蔵の三 人が、中学生だった頃の原稿を私が評したときのことを、私が思い出して書い たものだ。 当時の彼らは、高校進学なんぞハナから頭にないらしく、気楽な就職法を模 索していたようだ。机の前に座って、嘘の話をでっち上げればいいという訳で、 作家はよほど楽な商売と思えたらしい。中でも推理小説は、適当に変わったや り方で人を殺し、適当に間抜けな警察が出てきて、適当に名探偵が犯人を指摘 するとこを書けばいいと考えたらしく、彼らは推理作家を志望していた。 赤川某を数冊、斜め読みにした程度の推理小説読書歴で、推理小説を書こう というのだから、それはもう、レールのない場所をリニアモーターカーで行こ うとするようなものだ。 私は、彼ら三人の近所にいる中堅推理作家ということで、彼らの目に止まっ てしまったみたいなのだが、初めて彼らに訪ねられたとき、私もマニアからの 訪問を受けるまでになったか、と内心喜んだのだ。それがこのざまだったので、 がっくりと来た。 でも、私は彼らを放っておけなかった。というのも、放っておいたら、彼ら はあんな作品のままで何かの新人賞に応募し、著者略歴として、**先生に教 えを乞うた、とでも書き込みそうな勢いだったからである。こうなると、ただ でさえ大したことのない私の名前に汚点が付く。だから、放っておけなかった のである。 私は彼らに高校は言うまでもなく、その上の大学進学を勧めた。大学生にな っても自分のやりたいことが見つからなかったら、私のとこへ来なさい、と言 ったのだ。これで作家への道を諦めてくれたらそれでよし、諦めなくとも、大 学まで行けないだろうと踏んでいたのが最大の理由だ。 ところが、彼らは怠け者だが、頭は良かったらしいのだ。見事、有名私立大 学に現役合格した。その上、彼らは推理小説の勉強も重ねていたらしく、入学 直後、それまでその大学になかった推理小説研究会というのを作ってしまった。 私はつい最近、五年ぶりに再会した彼らに、推理小説研究会の名誉顧問という 役を押し付けられてしまった。 「早速ですが、これ、見て下さい」 部室に着くなり、私を襲ったのは、三人のそんな言葉であった。彼らは皆、 原稿を手にしている。どうやら全部、ワープロ原稿のようだ。 「待ってくれよ。色々と聞きたいことがあるんだ。まず、部員は今のところ、 君達だけ?」 「はあ、一応」 答えたのは、東海麟太郎。彼が部長だと聞いている。 「何だね、その”一応”ってのは」 「いえ、サークルとして認められるには、五人集まらないといけないんです。 だから、友達二人から、名前を借りてるんです」 「なるほど」 そう言った私の目の前に、コーヒーカップが置かれた。奥原がいれた物だ。 「あ、ありがとう。で、聞きたいことの続きだが、私は時間が空いているとき に顔を出せばいいんだね?」 「それはもう、お忙しいときにも来ていただけたら、嬉しいですが。それは無 理だからということで、だいたい月一くらいにお願いできないかと」 「それはもう、大丈夫だ。知っての通り、私は五年前と殆ど人気が変わってい ないからね」 私は冗談混じりに言った。実際、本格復興の動きのおかげで、それなりに書 き下ろしの注文はあるのだが、雑誌連載等は皆無なのだ。 「さあ、読ませてもらおうかな。みんな短い物みたいだし」 各人とも、五年前と比べると、かなりの進歩を見せてはいた。五年前のよう なつまらないミスはなくなっていた。勉強の跡がうかがえる。 しかし、推理小説を勉強した影響か、叙述トリックを取り入れようとする傾 向がみられた。それがあまりにもあざといのだ。 「みんな、ものすごく進歩している」 私は切り出した。この程度のほめ方では、誰も嬉しい顔を見せなくなってい た。 「だけどね、みんながみんな、叙述トリックを使っているのは、どういう訳? 示し合わせたのかな?」 「いえ、たまたまでしょう」 部長の東海が答える。 「機械的・物理的トリックは、そうそう思い付けるものじゃないので、心理的 なのにまとをしぼるのは、自然な行為だと思います」 「それはそれで結構だが、この使い方は……。なんて言うか、ストレートすぎ る。例えば、東海君のは、密室状態の中、血塗れの死体が消えた謎を書いてい るけど、死体に犯人が化けていた訳で、犯人が身体に付けていたのは絵の具だ ったと。だから、地の文に『血』とは書けない。しきりに『赤い物』と書いて いる。これじゃあ、推理小説の初心者は騙せても、マニアには見破られる」 「そうですかね、やっぱり。フェアプレイを意識し過ぎてしまったみたいです。 次からは、もっと押さえて書きます」 「うん、期待してるよ。次の奥原君のは、トラベルミステリーに一人二役を絡 ませたものだけど、女の犯人が謎の男に化けている。視点は純粋な客観描写だ から、その男のことを、『彼』なんて書けない。そこに意を使いすぎというか、 そりゃもちろん、意を使わないといけないんだけど、そこだけが浮いているん だ。これもマニアには気付かれる」 「じゃあ、客観描写をやめて、一人称にしたら、いいでしょうか?」 奥原は、少し不満気に言った。 「そうか、君は確か、ホームズ譚みたいなワトソン役が出て来るのは嫌いだっ け。まあ、場合によりけりだな。今度の君の作品みたいなのは、一人称が一番 安全ではある。でも、三人称でもうまく書けるに越したことはない」 「はあ、やってみます」 「頑張ってみてくれ。で、最後は露桐君のだが、毒薬を巡る殺人と暗号を扱っ ている。ところが、この毒薬、本物の毒じゃないんだね。だから、やたらに『 白い粉末』を連発しちゃっている。これまた、マニアの目には耐えられないだ ろう」 「じゃ、奥原君と同じように、一人称をとった方がいいと?」 照れ笑いみたいなのを浮かべながら、露桐は頭をかいた。 「ま、初めはそれが無難だということさ。何とか工夫してみてもいいけど」 私の言葉に、露桐は「はあ」とだけ答えた。 「でも、みんな、格段の上達ぶりだ。もっと頑張って、出版社に紹介できるよ うなのを物にしてくれたら、こちらも鼻が高いよ。ワープロで打ってくれるか ら見易いし……」 そんな具合いで、この日の活動は終わった。 ミ ス テ リ 「推理小説評論学入門 −−あるいは揚げ足取り入門−−」 後日、私は上のような著書を出した。推理小説のひねくれた読み方の解説と いうことで、出版社が私に、白羽の矢を立てたらしい。 今まで書いてきた、東海・奥原・露桐の三人の習作を批評した文も、収録さ れている。もちろん、許可を取ってだ。 それなりに売れているらしく、私も出版社の担当もほっと胸をなで下ろして いたところに、電話が入った。東海だった。 「何だ、東海君か。次の打ち合せかね?」 「いえ、そうじゃなくてですね、先生の出された『推理小説評論学入門』には、 おかしな点が一つ、ありますよ」 勝ち誇った口調で、電話の声が言った。 「おかしな点? どこがだね?」 「それは、先生ご自身がお考え下さい。ヒントはですね、今年は1989年だ ということです。いつ、改訂版が出るのか、楽しみにしています」 一方的にそれだけ言うと、電話は切れてしまった。この前会ったときは礼儀 をわきまえていたが、今の電話にはそれがなかった。仕方のない奴だ。 さて、私にはどこがおかしな点なのか、だいたいの見当がついたのだが、読 者の皆さんはどうだろうか? (答:国鉄が民営化でJRになると同時に、鉄道公安官制度がなくなった。そ れに代わって鉄道警察隊が登場したのは、1987年の4月1日であり、19 89年の五年前、つまり1984年にこの言葉が出てくるはずがない) −終
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