空中分解2 #2949の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
* 「ねえ、おじいちゃん。ビールっておいしい」 まなぶは、おじいちゃんが、一息でビールを飲み終えると「ぷうう」と大きな 息をはいたのを見て、つられて小さなため息をもらしました。 「ははは、おいしいぞ。どうだ、まなぶものむか」 おじいちゃんは、からっぽのコップにビールをつぎながら、まなぶの頭をごし ごしなでました。 「おじいちゃん、そんなにビールが好き」 まなぶは、トクントクンと鳴る音を聞きながら、おじいちゃんの顔を見上げま した。 お風呂からあがったばかりのせいか、おじいちゃんの鼻の頭はまっかです。ひ たいのしわは、ひからびたたんぼのようですし、ほっぺたはしみだらけで、それ に口のはじっこはいつもぐちゃぐちゃで気持ちが悪いのですが、どうしてか鼻の 頭だけは、いつもつるつるに光っています。おまけに、ビールをのむといっそう つやつやしてくるのです。 まなぶは、コップの底から数え切れないほどの小さな小さな泡つぶが、次から 次から生まれてはどんどん上にのぼっていって、白いあわの集まりになっていく のを、あきずに見ていました。 「ま、まなぶ」 とつぜん、おじいちゃんが大きな声をだしました。 「あれだ。その、なんだ。なんでもいいぞ」 そう言いながら、おじいちゃんは、2本目のビールの栓を勢いよく開けました。 「はじまった。だめよ、おじいちゃん」 おかあさんが、からのびんを下げながらいいました。でも、どうしておかあさ んは、自分のおとうさんのことをおじいちゃんと呼ぶのか、まなぶはいつもふし ぎに思っていました。いちど、おかあさんにそのことを聞いたことがありました。 でもおかあさんは、 「ははは、なによ。まなぶのおじいちゃんでしょ」 といって笑っただけでした。 「いいか、まなぶ。さあ、なんでもいってみろ。え、なにがほしい」 おじいちゃんは、コップからあふれたあわを、チューチュー音をたてて吸いま した。 「なにもほしくない」 まなぶは、おじいちゃんが大好きです。そして、よっぱらったおじいちゃんは 、もっと好きです。でも、おじいちゃんは、よっぱらったときに約束したことを 一度だっておぼえていたことがありません。 「まあ、そう言わずに。なんだ、あれか。ええと、ええと」 まなぶがとりあわなかったものですから、おじいちゃんは、すこし気落ちした のでしょうか。コップを持つ手がぷるぷる振るえているのが、まなぶにも分かり ました。 「だって、おじいちゃんは、すぐわすれるんだもん」 まなぶは、悪いのはおじいちゃんだ、そう思ったものですから、つい口をとん がらかしてしまいました。 「へへへへ。そうかもな。うん。でも、それは、いいかまなぶ。それはきのうま でのことで、きょうのおじいちゃんはちがうぞ。うん、きょうはちがう。たしか だ。なにしろ、お雛さまの日だからな。なあ、ちひろ。さあ、こっちへおいで」 おじいちゃんは、歩行器にまたがったままブウブウ言いながら、おかあさんに まとわりついているちひろに、おいでおいでをしました。ちひろは、まってまし たとばかりに、おじいちゃんめがけて歩行器ごと飛んできました。 「ほひょひょ。どうちた、どうちた」 おじいちゃんは、それまで一秒だって放さなかったコップをテーブルに置くと 、両手でちひろを抱き上げました。 「あっ、だめ」 おかあさんが、あわててかけ寄り、おじいちゃんからちひろをとり上げてしま いました。まなぶは、へん、いいきみだと思いながらも、半分は、せっかくちひ ろが寄ってきたのに、おじいちゃん、かわいそうと思いました。 「ててて、だめだこりゃ」 そう言いながらも、おじいちゃんは少しもがっかりした様子はありません。 まなぶは、せっかく味方になってあげようと思ったのに、しゃくにさわりまし た。 「ねえ、泊まっていくからって、あんまり飲まないでね。もうすぐあの人も帰っ てくるし。少しペース落してよ」 おかあさんは、とっておきのしかめ面をしてみせました。でも、あの人って、 いったいだれのことでしょう。おじいちゃんのほかにも、だれかお客さんがくる のでしょうか。 おじいちゃんは、バイバイするときのように両手をふりながらそんなことを言 いました。よその人が聞いたらなんのことか分からないでしょうが、まなぶには ちゃんと「わかった、わかった」と聞こえました。 おじいちゃんがよっぱらいだすと、どうしておかあさんが口うるさくなるのか 、まなぶは知っています。 おかあさんが、うんと小さいころ、よっぱらったおじいちゃんが、チュウして あげるといって追いかけまわし、とうとうつかまえたあと、大きな舌でほっぺた をべろべろなめまわしたというのです。 おまけに、ジュースだとうそをついてワインを飲ませたものですから、おかあ さんは、ゼエゼエ息をあらげてひっく返ってしまったのです。 まなぶはそのはなしを聞いたとき、一度でいいからだまされてお酒を飲んで、 おかあさんのようにぶっ倒れてみたい、そんなうらやましい気持ちでした。 「ねえ、おじいちゃん。ひとつ聞いていい」 「ほいきた。みっつでも、よっつでもどうぞ。タバリシュ」 タバリシュというのは、ロシア語で同志とか仲間、という意味です。おじいち ゃんは、ボケ防止のためだとかいって、NHKラジオでロシア語を勉強している のです。 「あらら、もうロシア語が出たの」 おかあさんに言わせると、ロシア語が出るようになったら、危険信号らしいの です。だいぶよっぱらっている証拠です。 「ビールを飲むと、どんな気持ちになるの」 まなぶは、どうしてもいっぺん聞いてみたかったのです。 「む。いいぞ。いい質問だ。さすがまなぶだ。なあ、ちひろ」 なにがさすがなのか、ちっとも分かりません。それに、歩行器をよだれだらけ にして、ぶうぶう言っているちひろにそんなことが分かるわけがありません。 「おじいちゃんはね。ほんとうは、お酒はきらいなんだ。ほんと。お酒を飲みな がらみんなと、この、なんだ、その、語り合うというのでしょうか、友誼を結ぶ というべきか、それがいいんだな。その場がさ。な、ちひろ」 また、ちひろです。 「おじいちゃん、ぼく、よくわかんないよ。それに、聞いたのぼくだよ」 まなぶは、おもしろくありません。 「パジャウルスタ」 また、ロシア語です。あ、失礼、といった意味です。 「ダア。いいかい、まなぶ。お酒はよっぱらうために飲むんじゃない。結果とし てよっぱらうらけだ。どうら、わかったかなブヌーチカ。オーチンハラショらろ うが」 こりゃあ、いよいよ危ない。ロシア語がポンポン飛び出すし、ロレツが回らな くなってきている。 「とうさん。いい加減にしてよ」 おかあさんが、台所で大声を上げました。おかあさんが、おじいちゃんのこと を「とうさん」と呼ぶのは、低気圧の発生をしらせる、赤信号のようなものです。 でも、まなぶは、どうしてもおじいちゃんから答えが聞きたかったのです。よ っぱらうとどんな気持ちになるのかを。 「ねえ、おじいちゃん、ってば」 「やめなさい、まなぶ」 おかあさんの声がまなぶにも飛んできました。 「あれっ」 気がつくと、いつのまにかおじいちゃんは、ほっぺたをテーブルにくっつけて 、居眠りをはじめたようです。 「あらら」 料理を運んできたおかあさんは、お皿をそっとテーブルに置きました。 「毛布でも持ってきてあげようか。どれ」 おかあさんは、ビールびんを両手に、大きくため息をつきました。 おじいちゃんは、もう眠ってしまったのでしょうか。まなぶは、自分もほっぺ たをテーブルにくっつけて、おじいちゃんの顔をのぞきこみました。 よく見ると、おじいちゃんのまぶたが、ぴくぴく小さく動いています。しわく ちゃのまぶたを見ているうちに、まなぶは、よっぱらったらどんな気持ちになる か、そこにかくされているような気がしました。 まなぶは、人差指をのばすと、おじいちゃんのまぶたを、そっとついてみまし た。 「ふーん」 −おわり− 3/3
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