空中分解2 #2930の修正
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★内容(1行全角40字未満、500行まで)
部屋にもどった被沙は五年前に思いを馳せていた。 夢と現つのなかで自分の命を救ってくれた智可は、今では自分に敵意すら抱いている 。 それがどうしようもなく辛く、悲しかった。 もう二度と、あの時出会ったときのようにはもどれないかもしれない。 そう思うと尚更あの時のことが恋しくなる。 『今度ハズットソバニイルカラ・・・』 あの時くれた智可の言葉の一つひとつが胸によみがえる。 ・・・けれど今は・・。 『知ラナイヨ・・ソンナ約束・・』 ぎゅうっと胸がしめつけられるような気がした。 きつくまぶたを閉じる。 ・・僕があの子を幸せにしようと思うのは、間違いなのかもしれない・・。 智可が城にあがったという知らせを聞いたときに立てた、自分への誓いは、早くも瓦解 しようとしていた。 僕の存在があの子を不幸にした。 だから、今度こそは誰よりも幸せにしてあげたい。 ・・でも。 九年の時を経て、智可はすべてを忘れてしまっていた。 ★ 「何とおっしゃいました?!」 この城中でもっとも美しいと定評のある女性、由貴野の方は、夫である城主を凝視した 。 「智可はアレが見えるらしいと言ったのだ」 わずかに青ざめた被可がそれに答える。 「・・そんな・・」 由貴野の方は絶句した。 この城が化物の巣窟であるというのは、一部の家臣うちでは有名な事実である。しか もたちの悪いことに、見えてしまう人間ばかりが次々と襲われた。 抵抗する能力の無 い者、神経の細い者はことごとく毒牙にかかり、廃人にされたうえ取り殺された。 殊 に被可は、廃人になる一歩手前で奇跡的に助かったものだから、その恐ろしさ、凄まじ さは痛いほどわかっている。 「あの子にもしものことがあったら、わたくしとて生きてはおられませぬ。殿、どうか 智可をお救いくださいませ!」 必死に訴える由貴野をみつめながら、被可は考え深げに顎を摘んだ。 さて、どうしたものか・・。 もとより、むざむざと智可を殺させるつもりはない。 あれは被沙の精神安定剤だ。 生まれてからこの方、表情らしい表情を見せたことの無かった被沙が、智可の前で初め て子供らしい顔を見せたのだ。きっと智可から離せば、また人形のような子供に戻って しまうだろう。そんな人形のような子に家を継がせることなんてできない。嫡子に家を 継がせるために、あの子は必要なのだ。 しかし、事あるごとに智可のそばに駆けつけ られるとは限らない。 坊さんの祈祷程度でどうにかなる相手ではないことは経験済み だ。 途端、 脳裏に智可が襲われたときのことが浮かんだ。 そうだ、被沙のあの力だ。 あの子はあんなに強硬な結界をぶっとばしたのだ。その能力の使い方によっては、ある いは・・。 知らず、笑みが浮かんだ。 「殿?」 不可解な顔の由貴野に被可は答えた。 「由野、案ずることはない。なんとかなりそう、いや、なんとかしてみせる」 異称・化物とよばれるこの城の城主は、不敵に微笑んでみせた。 ☆ 城主の呼び出しがかかったのは、三度目の兄弟喧嘩の真っ最中のことだった。 「父上がおよび?」 被沙の問いに小姓は頷いた。 「はい。大切なお話があるそうにございまする」 「じゃあ、僕は帰るから」 憮然として立ち上がりかけた智可をいきなり被沙が押し倒した。 「お前の帰るところはここなんだってばっ!」 「ちがうっ!」 再び口論になだれこみそうになったふたりに、小姓は恐る恐る言葉をなげかけた。 「あのぅ、二の君さまも参られるようにとのことにございます」 ☆ げんなりとした智可の腕を掴んで、被沙はまるで智可を馬でもひくようにして、城主 と母の前に姿をあらわした。 「お呼びと聞いて参上いたしました」 「うむ」 城主はふたりを見ると、わずかに吐息した。 智可は拗ねてそっぽを向いたきり。一方被沙は、いとしい弟の腕を掴んで離すまいと、 すこしの隙もみせない。 まったく妙な光景だ。 父である被可はいまひとつ吐息をもらすと、智可にとって極めつけにあたる言葉を口に した。 「智可、お主、できるだけ被沙のそばを離れてはならぬ」 「なっ!」 「お主は我が城の名物に目をつけられたようだからな。化物を退散させる能力をつくま で、被沙か、そうだな・・」 被可は少しばかり考えて、 「宗春、神月宗春に護らせる。よいな?」 ちっともよくないっっ! 智可は心のうちで絶叫した。 被沙のみならず、よりによってあの宗春にまで・・! 「ご安心くださいませ、父上。被沙のそばにいることについては、智可も先刻承知して おりまする」 まるで智可の代理のように、ひとり、被沙が淡々とした声で続ける。 「きっと宗春についても同じく承知するかと・・」 この城の名物とは言うまでもなく『化物』の集団のことである。 正直、智可は泣きたくなった。彼にとって、化物も被沙も宗春も、みんな同じような ものだった。 かえりたいよぉ・・・。 半べそをかきながらそう思った。 けど。 反論するには先程までの被沙との口論でつかれきっている。 それに。 あの兄にはどんなに反論したところで言い負かされるに決まってる。 認めたくもないことだったが、先程までの口論でさすがに察しがついてしまっていた。 「・・父上の御意のままに・・・」 消えいりそうな声で智可は答えた。 ☆ 智可の部屋は南側の被沙の部屋のとなりにあった。調度類もすべて整い、あとは人が 入るだけとなっていた。 「はぁ・・」 部屋のなかで智可はひとり、ため息をついた。 とりあえず今のところは、兄から解放 された智可である。 「つかれたなぁ・・」 柄にもなくつぶやく。 智可は文机の上に俯せになった。 −これから毎日が地獄だぁ・・− つくづくそう思えて、智可は頭を抱え込んだ。 そのとき、だった。 「智可」 障子ごしに声がした。 「今、いい?」 被沙である。 「いいけど」 ぶっきらぼうに答えると、すっと障子が開いて、単衣姿の被沙があらわれた。 「あのさ、裏庭に蛍がいっぱい飛んでるんだ。一緒に見にいこうよ」 「ほたる・・」 「そう!」 ほんのすこし、心が動いた。 被沙は身を乗り出した。 「すごっく綺麗なんだから!あれを見ないなんて損だよ。ぜったい!」 ふいに、 「・・とっても綺麗だけど・・でも・・」 ほんのすこし、被沙の瞳が翳ってみえた。 「嫌ならいいんだ。無理しなくても・・」 一瞬、智可の瞳に、 被沙が泣きだしそうにみえた。 「そんなこと・・っ、そんなことない!」 気がついたら、そう答えていた。 ☆ 智可は被沙にを導かれながらすすんだ。 薄暗い夜の渡廊下を、ふたりはろくに話も せずに、ただ黙々と進んでいった。 「あそこの角をまがったとこ」 ふいに被沙は兎のように駆け出した。見失いそうになって、智可は焦って追いかけた。 「まってよ!」 言いながら角をまがった時、 さあっと視界がひらけた。 そこは、この城のかくれ里的存在な広々とした庭だった。 そのなかを蛍が飛びかうさ まは、何ともいいようの無いほど幻想的だった。 「綺麗だろ?智可」 被沙が蛍をながめながら話しかけてきた。 しばらくして、智可は信じられないというようにそれに答える。 「公家屋敷の庭園みたいだ・・。ひろい・・」 それを聞いて被沙はくすりとした。 「・・うちはね、もともと公家の流れを組む家柄なんだ。この庭は公家の全盛を偲んで 、なんとかっていう、うちのご先祖さんが造ったものらしいよ」 「へえ・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 ながい、沈黙。 被沙は笑わない。 もう、話しかけてもこない。 その横顔が、智可の目には翳りがさしているようにうつった。 一瞬の違和感。 おやっと思った。 被沙のこの表情は知っている。 さっきみたから、そう思うのか? いや、違う。もう、ずっと前に一度・・。 −ヤット、アエタノニ・・− いったい、どこで・・? −ココデワカレタラ、マタ、イツアエルカ、ワカラナイジャナイカ− 夢の・・夢のなかだ! 智可はハッとした。 まるで呪縛が解けたように、心の奥深くに沈んでいた記憶を、彼はつぎつぎと思いだし た。 そうだ。自分はたしかに約束した。 別れたくないという兄に、自分は五年後にまた会おうと約束したのだ。 たしかに、 約束したのだ。 そして今度こそはずっとそばにいると。 約束したのだ・・! 胸がぎゅうっと締めつけられるような気がした。 被沙はずぅっと待っててくれたのに・・! 「と、智可?!」 いきなり弟に抱きつかれて、被沙は飛び上がらんばかりに驚いた。 「ごめん・・ごめんなさい・・」 しゃくりをあげながら智可は告げる。 「思い出した・・。なにもかも・・」 被沙は目を見開いた。 「もういちど約束するよ、兄上。 今度はずっと傍にいるって・・」 しばらくして、被沙はやわらかく微笑んだ。 「約束・・だよ」 たくさんの蛍が辺りを飛びかう。 そんななかで、智可は被沙とふたりきりだった。 −終−
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