空中分解2 #2926の修正
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第十二章 『 罠 』 そのときの、大佐の顔は、いつもとは違って、シェークスピア役者並みの見世物 だった。あまりの深刻さと猜疑心が、滑稽ですらあった。 『第十五号と聴いただけで、人口減少対策のプロジェクトだと、よく分かりました ね、博士』 と、大佐は、私に言った。その顔は笑っていた。しかし、私の出方を観察してい る、彼の態度は隠しようがないようだ。大佐の、今の言葉には、大きな誤りが、一 つ、あった。私は躊躇せず、それを指摘した。 『いや、私は、まだ、博士ではない、もっとも、そう呼ばれても、違和感はないが ね』 言い終えてから、私は、それが、大佐のお世辞であることに気付いた。確かに、 私は、そう呼ばれても違和感もなく、当然のように、感じていたことは事実であっ た。大佐の、今の地位は、この狡猾さによって、築かれたものなのだろう。大佐の 賢さに、私は、感心した。 『いや、そうですか、そうでしたな』と、言って、大佐は笑った。だが、場の雰囲 気は、ますます、緊張の度合いを増していた。私は、大佐が笑って何かをごまかし ているような空気を感じた。大佐は、これから、いったい、何を言うのだろうか? 大佐は、話をそらすように、矛先を変えて、世間話を始めた。ちょうど、同世代 でもあったので、大佐と私の学生時代や子供のころの話をした。大佐は、このよう なくだらない話をして、私を懐柔するつもりなのか? それとも、あけすけに懐柔 していることを悟らせ、別な何かを狙っているのか? はたまた、何の目的もなく、 なんとなく、こんな話をしているのだろうか? 私は、EVEとの二人きりの生活が、急に懐かしくなった。こんなくだらない雑 事に係わっているよりも、孤独な、辺境の宇宙空間のほうが、まだいいと思った。 私は、大佐の話に相槌を打って、ただただ、うなづいていた。私が、もう、うん ざりし始めたころ、やっと、大佐の話は、本題に戻った。 『あなたも、よくご存じでしょうが、バベル博士の存命中から、出生率の減少は、 政府部内では、少しは、問題になっていました。そこで、第十五号プロジェクト、 すなわち、人口減少対策プロジェクトが認可され、統計的な調査、生物学的な調査 などが、行われました』 私は、心の中で、うなづいた。 『もちろん、生物学者の中でも、最も権威のあるバベル博士にも、内々に、第十五 号計画のスタッフが派遣され、協力を依頼しました。といっても、バベル博士に、 統計的な資料、その他のデータを渡して、助言を求めただけでしたが』 大佐は、紅茶を飲み干してから、話を続けた。 『バベル博士が注目したのは、出産可能な女性の細胞の新陳代謝のデータでした。 このデータが、何に繋がるかというと・・・』 大佐は不安そうな顔をして、私の顔を見た。この分野に詳しい私に、こんな講釈 をして、私が不愉快ではないかどうか、気になったのだろう。 『ええ、分かります。遺伝子の種の保存のことでしょう』 私は、大佐に、話の続きを促した。 『生物の生殖行為は、遺伝子の種の保存行為のためだというのが、現在の学会にお ける、支配的な定説です。かいつまんで、簡単にいうと、遺伝子自体の増加のため に、生物が増殖しているという理論です。そのロジックは単純明快で、まず、生物 が生殖可能でなくなると、細胞の新陳代謝の鈍化が、遺伝子からの指令によって、 始まります。遺伝子のコピーを造り終えた生物は、その役目を終えるというわけで す。最近の研究で、病気やケガその他の要因を無視すれば、理論的には、細胞の新 陳代謝が続く限り、生物は生き続けるということが可能だということが証明されま した。また、生物の本能という点からも、別な説明がなされています。親が子供を 擁護する必要がなくなるころから、少しずつ、老化が始まり、子供に生活空間を明 け渡すために死ぬと考えることもできます。このように、いままでは、生物の種の 保存と考えられていたものは、すべて、遺伝子の種の保存に置き換えられてしまっ たというわけです』 (なんて、稚拙な説明だ)と、思いつつ、私は、口を挟んだ。 『そう、その理論で、生物の進化も説明がつく、遺伝子は、生き残るためには、そ の形態・形質の変化さえも、指示する。いわゆる、変態・変質者ってやつだ』 大学の講義なら、ここで、学生が笑うところだ。 『そう、そういえば、神とは、遺伝子、または、生命エネルギーではないかと、著 書で言っている学者もいます』 私は笑った。 『大佐、その学者とは、私のことだよ』 これも、彼の、一流のお世辞なのかもしれない。といっても、心地好いユーモア には違いなかった。だが、私は、ここで、彼に乗せられてしまうわけには、いかな い。 『でっ、大佐、さっきのバベル博士の話の続きは・・・』 また、脱線していた大佐の話は、再度、本題に戻った。 『バベル博士の指摘によると、男女とも、生殖可能な年齢のはずなのに、細胞の新 陳代謝が、微かですが、鈍化してきているというのです。その後も、データを取り 続けていますが、年々状況は、悪化しています』 大佐は、新しい紅茶を煎れながら、天気の話でもするように、簡単に言った。 『遺伝子の老朽化か、何かは、分かりませんが、遺伝子に、異常がおこっているの は確かです。しかも、それが、何なのか、いまだに、掴めていないのです』 私は、急に胸に痛みを覚えて、胸を押さえた。不快な感情が、心をよぎったよう な気がした。私は、紅茶をひと息で飲み干した。これが、酒ならいいのにと思いな がら。大佐の話は、なおも続いた。多少、具合が悪くなっていても、私は聞かなけ ればならない。私が、そう、仕向けたのだから。 『さきほど、ご質問の、バビロン計画の件ですが、第二段階として、ADAM型の 量産に入り、そして、ゆくゆくは、第三段階として、つがいの女性型を造り、人口 減少の歯止めにしたいと、我々は、考えています・・・』 大佐の話は、永遠に続きそうな気がした。私の体調は、なぜか、急速に悪化して いた。私は、このまま気絶するのではないかと、ふと、思った。
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