空中分解2 #2924の修正
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マンションに帰ってからも、かなえの心は晴れなかった。久に気持ちを打ち明けた ことでの満足感はない。寧ろ却って気分が重くなっていた。結局のところ、結果を先 延ばしにしただけである。 「私は、何が望みなんだろう」 それさえ分からない。時間を掛けて考えれば、解決するのだろうか。今のかなえに は、とてもそうは思えなかった。 かなえはコートを脱ぎ、無造作にソファーへと投げた。 −−カン−− コートから飛び出した何かが、硝子製のテーブルの上を跳ね回る。 −−カン カン カン カン カン カン−− テーブルを跳ね回ったそれは次第に勢いを失い、やがて絨毯の上へと落ちた。 「?」 かなえは絨毯の上に落ちたそれを拾い上げた。 「あ、マキちゃんから貰ったビー玉」 このとき、かなえはこのビー玉を初めてはっきりと目にした。マキから貰った時に はよく見ずに、そのままポケットへとしまい込んでしまったのだ。 「うわーっ、星が見えるわ。きれい……」 ビー玉の中には小さな幾つかの星が入っていた。それが明かりを受けて、きらきら と不思議な輝きを見せた。 『あのね、マキのおまもりなの』 マキの言葉が思い出される。 「そうね。素敵な御守りだわ」 ビー玉の中の星に見惚れながら、かなえは呟いた。その星の輝きは、この安っぽい ビー玉をダイヤモンド以上に美しく感じさせている。 『でも、もうマキ、いいことあったから、おねえちゃんにあげる』 なんて欲がないのだろう。 今、マキの家が豊かでないことは、かなえもよく知っていた。マキもそのことを、 幼いながらも、なんとなく分かっているのだろう。他の子ども達に比べ、洋服や靴、 おもちゃやお菓子などを買って貰えずに仲間外れにされても、そのことを両親に話し てはいないようだった。 それを見かねたかなえが初めてマキを自分のマンションに呼び、手作りのケーキを 御馳走したときの嬉しそうな顔は今も忘れない。 そして、その後かなえとお話をしながら、ずっと辛抱していたつらいことが堪え切 れなくなって、大粒の涙をぼろぼろと溢したものである。 そんなマキがたった一度、家族揃ってディズニーランドに行けただけで「幸せを呼 ぶ」と信じている御守りをかなえにくれたのである。 そのことを思うと、かなえの胸はぐっと熱くなっていく。 「いやだな、私。なにをウジウジてたんだろう」 かなえは頬を一筋の涙が伝わって行くのを感じながらも、爽やかな気持ちに包まれ ていた。 「かなえ先輩、お早うございます」 バス停に並んでいたかなえは、自分を呼ぶ声に振り返った。 「あら、百合香」 そこにいたのは、かなえの大学の後輩でやはり小学校の教師をしている岬百合香だっ た。 「もうすぐですね、かなえ先輩と秋山先生の結婚式。いいなあ、先輩の花嫁衣装、素 敵だろうなあ」 「フフフッ。あなたも早く、いい人見つけなさい」 嬉しそうなかなえの笑みは、同性の百合香からみてもうっとりとするものだった。 「でもかなえ先輩、結婚したら先生辞めちゃうんでしょ? もったいないなあ」 「教師は続けるわ、お母さまも協力してくれるそうだし、家庭と両立させている先生 はいくらでもいるもの」 「わーっ、良かった。私、実はかなえ先輩を教師としての目標にしてたから、その目 標が無くなるようで寂しかったんですよ」 かなえは百合香の言葉を嬉しく思いながらも、くすぐったく感じた。 『私が、目標』 百合香がお世辞を言う程、器用でないことはよく知っていた。それだけに自分を目 標とする人間の存在を聞き、驚きそして今までつまらないことを思い悩んでいた自分 を恥ずかしく思った。 「あ、バスが来ましたよ、先輩」 「うん、それじゃ。結婚式には必ずきてね」 バスが到着して二人の会話は、そこで終わった。かなえはバスへ、百合香は自分の 学校へと歩き始める。 「あっ、百合香。ちょっと待って」 バスの階段を登りながら、かなえはふと思い立てビー玉を百合香へ投げ渡す。 「きゃっ」 百合香はそれを不器用に受け止める。 「な、何ですかこれ!」 すでに動き始めたバスに、百合香が叫んだ。 「幸せを呼ぶ御守りよ。あなたにあげるわ」 走るバスの窓には、幸せそうなかなえの笑顔があった。 §南川真奈美 「真奈美、真奈美! いつまで寝てるつもりなの。学校に遅れるでしょう、起きなさ い」 耳が痛くなるような声で、母さんが怒鳴っている。真奈美は布団の中から、時計を 見た。 七時四十分。いつもならとっくに起きて、全ての支度を終わらせている時間だ。 「真奈美!」 「学校、行きたくな〜い」 いかにもだるそうに、真奈美は母さんに答えた。 「どうしたの、珍しいわね」 さすがにいつもと様子の違う真奈美に、心配になった母さんがベッドにやってきた。 「何だか、体がだるいのぉ」 母さんの様子にチャンス到来とばかりに、真奈美は甘えた声を出す。 母さんの暖かい手のひらが、真奈美のあてられる。 「熱は……ないわねぇ」 「んー、でもとってもだるいの」 そうは言ったものの、こんな間近では顔色の良さは誤魔化せない。 「あなた……まさか」 ある予感に捕らわれて、母さんの顔が俄かに曇った。 「学校で、誰かにいじめられたの? 真奈美、そうなのね、真奈美」 「そんなんじゃ、ないよぉ」 「本当に? いじめられたのなら、ちゃんと言いなさい、真奈美。本当にいじめられ たんじゃないのね? どうなの、真奈美」 「もう! 学校に行く」 嘘をついている後ろめたさと、あまりにも母さんを心配させた心苦しさからたまら なくなり、真奈美はベッドから飛び起きて学校へ行く支度を始めた。
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