空中分解2 #2922の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「おおっ、マキ! 良く似合ってるぞ!!」 家の前で車にエンジンをかけて、妻と娘を待っていた秀明はマキの姿を見て、開口 一番そう言った。 お父さんに褒められて、嬉しそうに笑うマキを秀明は後部シートへと座らせる。 「しのぶ、お前も早く……」 妻を振り返った秀明の言葉は、ここで途切れた。 しのぶは玄関の前に立ち、悲しげに我が家を見つめていた。 「しのぶ……」 秀明の手が、妻の肩にそっと置かれる。 「いろいろありましたね」 「いろいろあったな」 しのぶの目には、大粒の涙が溢れている。 「泣くな、早く車に乗らないとマキが心配するぞ」 「ごめんなさい、もう大丈夫です」 ハンカチで涙を拭うと、しのぶはマキの隣のシートに乗り込んだ。 「ママ、ないてたの?」 心配気な瞳が、しのぶの顔をのぞき込む。 「なんでもないのよ、マキちゃん。目にゴミが入っただけ。パパに取ってもらったか ら、もう平気よ」 「ふーん」 朝、陽も明けないうちに家を出た秀明達は車のなかで朝食をとった。おむすびにサ ンドイッチ、フライドチキンに卵焼き、マキの大好きなオレンジジュース。その他た くさんの御馳走。これだけの御馳走を目にするのは久しぶりのマキは、目を白黒させ て喜んだ。 「マキちゃん、まだいっぱいあるからね」 「でも……。いまたべちゃったら、おひるのぶんが、なくなっちゃうよ」 幼いながらもマキは、いま自分の家が豊かでないことは何と無く分かっていた。いっ ぺんにこれだけの御馳走を食べてしまったら、あとで食べる分がなくなってしまう。 そう考えて不安になった。 「そんなことは心配しないで。お昼はディズニーランドのレストランで食べましょう」 もとより、ディズニーランドは、お弁当の持ち込みは禁止である。一度、食事のた めに外に出ることも出来るのだが、今日はせっかくである。親子三人で思い切り、贅 沢しよう。そう秀明としのぶは決めていた。 マキはもう、嬉しくて嬉しくてたまらない。近所の子ども達のほとんどが、一度は ディズニーランドに言ったことがあり、それを楽しげに自慢しあっていた。 そんな中で、一度もディズニーランドに行った事の無いマキは、仲間に入れずに外 から話を羨ましく思いながら聞いていた。 でも、これからはそんな事はない。堂々と仲間に入って、自慢が出来る。近所に住 んでいて、いつもマキを可愛がってくれるかなえお姉さんにもお話して上げよう。 おなか一杯にお弁当を食べたマキは、ポケットの中からビー玉を取り出してじっと 見つめた。 「マキちゃん、そんなもの持ってきたの?」 「ははは、よっぽど気にいったんだな」 「うん」 マキはビー玉を両親に見せながら言った。 「これの、おかげなの」 「ビー玉のおかげ?」 ハンドルを握りながら、お父さんは鏡に写るマキに言った。 「うん、おほしさまなの」 「ビー玉がお星様? そうだな、マキの言う通りだな」 マキの言葉を理解しないまま、お父さんは娘に合わせて答えた。 「おほしさまのおかげなの」 ビー玉は登り始めた陽の光を受け、キラキラと輝いていた。 係員に誘導されてマキ達を乗せた車は駐車場に入る。 「ミッキーだ」 もう、マキは大はしゃぎだ。 ミッキーマウス、ミニーマウス、ドナルドダック、ダンボ、ディズニーの人気キャ ラクター達の顔がマキ達を迎える。 ディズニーランドでは、駐車場にそれぞれのキャラクターの名前がふられている。 ミッキーの27番。そこに車を停めた。 「パパ、ぼうしかって!!」 入場口を潜ると、しばらくアメリカの開拓時代の町並みが続く。それぞれの建物が 土産物、レストラン、カメラやベビーカーのレンタルショップ等として、果ては銀行 までありゲスト(入場者)に様々なサービスを提供している。 その中の一件の店の前でマキは立ち止まり、指さす。 ミッキーマウスの耳を形どった帽子。ディズニーランドの人気商品の一つをねだる。 「欲しいのか、ミッキーの帽子」 「ほしい」 「しょうがないなあ」 そんな事を言いながらも、お父さんはすぐに帽子を買ってやる。 買ってもらったばかりの帽子をその場でかぶり、マキは飛び跳ねる。 「マキちゃん、そんなに飛び跳ねたらよその人にぶつかりますよ」 お母さんはあまりにもはしゃぐマキに、優しく注意した。しかし、この時期の平日 のディズニーランドは、それほど混んではいない。それに小さな子どもがはしゃぎ回 る事を不快に思う人も、ここにはいない。 マキが、生まれてから四年間の間でこんなにまではしゃいだことはなかった。 立体映像を駆使したお化け屋敷ではお母さんに終始しがみつき、カリブの海賊達には 勇敢にも「わることはだめ」と注意をする。 アリスやシンデレラが歌うと、知りもしない歌を一緒になって歌う。 移動の途中にミッキーマウスと出会ったときにはもう、目を真ん丸にして喜んだ。 ミッキーに抱っこをしてもらって記念写真をとり、すっかり有頂天である。 しばらくミッキーマウスについて廻った後に乗った、「イッツ・スモール・ワール ド」と言うイベントをマキはいたく気に入った。 小さなゴンドラに乗り、水の上を流れて幾つかのブロックを廻って行く。それぞれ ブロックでは世界各地の民族衣装に身を包んだ子ども達の人形が、様々な国の言葉を 歌っている。 「みんなが笑った、世界が笑った。楽しい世界」 最後にその歌が日本語で大合唱される。実に単純なイベントであるが、大人である 秀明やしのぶの胸にも大きな感動を呼んだ。幼いマキの胸にもその楽しげな歌が染み 渡った。 「ねえ、もういっかいのりたい!!」 ゴンドラから降りると同時にマキはせがんだ。 マキの要望は何の問題もなく、受け入れられた。もとよりマキのためのディズニー ランドだが、このイベントは秀明やしのぶにも十二分に楽しめるものである。 結局、途中に他のイベントや都内でも見ることの出来ない大規模なバーガーショッ プでの昼食を挟み、「イッツ・スモール・ワールド」を楽しんだ。 やがて陽が沈み、各イベントに灯が点り昼間とは違った幻想に包まれる。 マキ達は昼間の軽い食事とは雰囲気の異なる、硝子張りの落ち着いたレストランで 夕食をとった。 「これでワインでもあれば最高なんだがな」 きらびやかなネオンを見つめ、食事を負えた秀明はコーヒーを啜りながら言った。 ここディズニーランドには、アルコールの含まれたものはジンジャエールすら置かれ ていない。アルコールを飲み大人が酔うことで一緒に来た子どもがつまらない思いを しないように、と言うのがその理由だそうである。 「今日は楽しかったか? マキ」 「うん」 口の周りをハンバーグのソースだらけにしたマキが元気良く答えた。 「ほらほらマキちゃん、お洋服が汚れちゃうわよ」 お母さんは慌ててマキの口の周りを、ナプキンで拭いてやる。 「そうか、楽しかったか。よかったな」 秀明は独り言のように呟き、窓の外のネオンを見つめた。 「夜に……なってしまったな」 マキの口を拭いていた忍ぶの手が止まり、瞳に涙が滲んでいた。 「しのぶ」 そんなしのぶに気付いた秀明は、そっと首を横に振る。 「どうしたの、ママ。どうして、ないてるの?」 「ん、なんでもないの……。なんでもないのよ。そうだ、マキちゃんケーキでも食べ る?」 「えーっ、でも、プリンたべたよ」 「いいの。今日は特別よ」 そしてしのぶは、プリンを取りに席を立った。ここでは全てがセルフサービスになっ ているのだった。 『きょうは、とってもたのしかった。おほしさま、どうもありがとう』 マキはポケットの中のビー玉にそっとお礼を言った。 『でも、どうしてママは、ないていたのかな。へんなの』 その事を考えるには、まだマキは幼すぎた。それにとても眠い。いつしかマキは、 プリンを食べるためのスプーンを握ったまま眠っていた。 ディズニーランド周辺に立ち並ぶ豪華なホテル。その一画にまだ工事中のホテルが ある。秀明はその横に車を停めた。 「よかった、マキがあんなに喜んでくれて」 しのぶは隣のシートで小さな寝息を立てているマキを、愛しそうに見つめる。 「いいな」 「はい」 簡単な会話の後、秀明は車を降りた。車の後部に廻り、トランクを開ける。そこに は一本のゴムホースが収められていた。 秀明はホースの端を車のマフラーに繋ぎ、もう一方の端を助手席の横の窓に差し込 んだ。そして再び車に乗り込むと、ダッシュボードからガムテープを取り出し、窓の 隙間を塞ぐ。 「エンジン……入れるぞ」 秀明は車のキーにゆっくりと手を掛ける。 しのぶは何も言わずにマキを抱き寄せた。 −ポツ− 何かがシートの上に落ちて音を立てる。 「何だ、今の音は?」 キーに手を掛けたまま、秀明の手が止まった。 「ビー玉ですよ、あなたがマキにあげた」 しのぶがシートの上に落ちたビー玉を拾って、秀明に見せる。 「なんだ」 秀明は気を取り直して、再びキーを入れようとする。たが、ふと思い止まり、妻の ほうへ向き直った。 「ちょっと見せてくれないか」 「ビー玉を、ですか」 しのぶからビー玉を受け取ると、秀明はビー玉を窓の外にかざしてみた。遠くから のホテルの微かな光を受けて、ビー玉の中の星が輝いた。 「なるほど、『お星さま』か」 「え、何ですか」 「ほら、見てごらん。ビー玉の中に星が見えるよ」 「………、本当。これですね、マキが言っていたのは」 二人はマキの寝顔を見遣った。 「この子……、きっとこの星が幸せを呼んでくれたと思ったんですよ」 「ディズニーランドが幸せか。可愛いもんだな」 秀明は娘の寝顔に、目を細めた。 「あなた……」 「ん、どうした」 「もう少しだけ、頑張って見ませんか。いえ、私はかまいません。でも………この子 をこのまま死なせてしまうなんて、余りにも不憫で」 涙を浮かべて訴える妻と、静かな寝息を立てる娘を見比べながら秀明は沈黙した。 「私、どんなことでもします。この子のためなら、どんな仕事でもやります。だから ……」 すーすーと小さな寝息。すすり泣く声。 秀明は再度、ビー玉を光にかざしてみる。 「奇麗な星だなあ。これ、たぶんビー玉の製造過程で紛れ込んだゴミなんだろうな。 それにしても、本当に奇麗だ」 「あなた……」 秀明の言葉の真意を計りかねて、しのぶはしばらく茫然としていた。 「なんで死のうなんて考えてたんだろうな。俺達」 運転席から腕を延ばして、秀明は眠っているマキの頬を指でつついてみる。 「んん……」 マキの小さな手がそれを払う。 「俺達は生きなければいけないんだ。たとえ這いつくばってでも、俺達を頼りきって いるこいつのために」 「それじゃあ、あなた」 窓に張ったガムテープを、秀明は勢い良くはがす。 「今日はマキのために、親子三人でディズニーランドに遊びにきた。それだけだ、な、 しのぶ」 「え、ええ。そうですね」 「さあ、帰ろうか。明日からは大変だ」 「私も……、私もがんばりますから」 「ん」 しばらくして、何事も無かったかのように車は走り出す。事実、何もなかった。親 子三人の乗った車が星を見るため、しばらく停まっていた。それだけの事である。 空には無数の星が輝いていた。
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