空中分解2 #2915の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
話題作だったのと日曜日だったのとで映画館は人で溢れ帰っておりしかたなく僕は前 から2番目の席でみる事にした。首が疲れるんではないかと不安だったが始まると映 画に集中していて気にならなかった。 その映画は最後主人公が死に、もう戻らない人を女の子が悲しみ泣きじゃくるという シーンで終わった。悲しい主題歌が流れる時、僕はほんの少し泣いた。 場内からはすすり泣きがあちらこちらで聞こえてくる。 「おにーちゃん!」 その時叫び声が聞こえた。それは奇妙な感じで耳からではなく心で聞いたというよう だった。自分の心の中からの声のようにも思えた。辺りを見渡しても出口に向かう人 々がいるだけ。 思い出してみれば、あの子の声に似ていた気がする。余りに気にし過ぎるので聞こえ た幻聴にすぎないのだろうか。 炭酸飲料の空き缶を少しは悪いと思いながらも椅子の下に転がして立ち上がった。 バックで流れる主題歌はやはり切ない。死がなお一層悲しい物のように今思えた。 DJの陽気な声。雑誌で散らかった床。消えている電気。うごめくステレオのイコラ イザ。闇の中電話のベルがなり赤い光が点滅するのだがしばらくすると諦めたようだ。 やっぱり考え過ぎなのだろうか。 ベッドの上では僕が天井を見ている。天井から吊るされた野球ボールほどの地球はさ っき触れたので揺れていた。僕からはアフリカ大陸が見えている。 ため息が漏れる。あの子の事が気になって仕方がないのだ。考えてみれば人が消える はずはない。 しかし僕の関心は消えた事に対するよりもあの瞳にあった。こんなに気になる目とは いったいどのような目だったのだろう。 それも今となっては思い出せない。 ただあの時の胸の高鳴りはうっすらと覚えている。 流行の曲を流すステレオの電源をリモコンで切る。一瞬前の騒から恐ろしいほどの静 けさが訪れた。 僕はカーテンを閉めるためにベットから起きあがった。白いカーテンを握り何気なく 見上げた空には満月。 導かれるように僕はキーを握りしめて家をでた。 ふと気付くと車に乗っていた。 海を見たくなったのだ。車は寂しい夜道を走っている。 どうして車に乗っているのだろうか。あの夢のような海をみたい。 不思議な事にそれだけで車を走らせているのだ。行き先も決めずただアクセルを踏む。 冷静になって考えてみれば益々奇妙な事だ。 暑さのため車窓を開けると涼しい風がぼおうと入り込む。どのぐらい車で走ったか分 からない。 ステレオをつけようかと思ったが思いとどまった。磁石はNを指している。 車を止め鍵もかけずに降りるとそこは林だった。海のささやきが聞こえる。暗い林を 満月の光だけを頼りに進む。 蜘蛛の巣が顔にかかった。蜘蛛は嫌いだったのだがその時はそんな事はちっぽけに思 えて反応する気になれなかった。 林はすぐにぬける事が出来て僕の目の前に広がったのは海だった。塩風。波のささや き。言い切れぬ平安。 夢と同じで林に囲まれたそう広くない砂浜。そして浮かぶ満月は静寂。 夢と同じ。僕は呆然と立ち尽くす事しかできず、波の音が頭と心に響いた。 随分と経った後砂浜へ座った。聞こえるのは波の音、繰り返し繰り返しの波の音だけ。 月に映し出され、きらめく波は何処までも広く水平線は地球の広大さを物語った。 もしかしてあの子が夢のように来るんじゃ無いかと期待していた。 月の位置は明らかに移動してた。随分と時間がたった。あの子の事は殆ど時間に諦め させられていた。時間の説得に一握りの期待だけで断固として座り続けた。 波に昔を思い出していた。高校時代、中学時代、小学校時代、幼稚園の頃。 記憶はそこまでだった。初恋は中学の時で一つ年下の子。 淡い思い出と辛い思い出とが波と共に押し寄せては帰ってゆく。 幼稚園の頃以前は何をしていたのか思い出せないでいた。お父さんに抱かれて甲板で ジュースを飲みながら押し寄せる風の強さを楽しんでいる、これは現実だろうかそれ とも僕が作り出した空想だろうか。 月の光は波に揺れている。 「おにーちゃん」 はちきれんばかりに高鳴った胸を僕は抑える事が出来ない。振り返れば夢.....心をよ ぎる思いが邪魔をして高鳴る胸に苦しむだけで不安が振り返るのを妨げる。 震える指先は砂を握りしめた。動く足音。隣に座ったのは紛れもなくあの子だ。 ちょこんと座り口を開いた。 「おにーちゃん」 顔いっぱいに微笑みを浮かべ、幸せがにじみでている瞳を僕に向ける。 「やっと来てくれたんだね。ねえエ お話しよう、よっ」 広い瞳の中には僕がいた、戸惑っている僕がいた。 その中は神秘的で深い海のよう、海底を思わせるほど静かだった。広い空間に波に音 だけが聞こえている。 「どういうこと?お話って。それに君は誰?」 絞りだした勇気で口を開く。 その子の目は僕の目から遠い水平線へ。 波は何度も押し寄せてくる。淡い音を引っ提げて。 「やっぱり忘れてしまったのね」 悲しそうな表情を無理に作り替えて 「しょうがないか。でもいつまでも一緒だっていったのにね。 あんなに一緒に笑ったのにね。いつもいつも一緒に笑ってたのにね」 水平線から移らない横顔。 大きな瞳に溜まった真珠が崩れて小さな頬を伝わり砂浜に落ちた。 ポトリ、ポトリ、ポトリと。 それでもなお涙をこらえているようで。 「ねえ おにーちゃんお話してよ」 涙声で僕に言う。 見つめるこの子の瞳の奥に、遠い遠い昔を草原でこの子と走り回っている自分を夜海 の砂浜で静かにこの子と話をしている生き生きとした自分をみたような.......そんな 気がした。 そして僕の目からも涙がこぼれる。なぜだろう。今の僕は誰なんだ。 段差を作った波は砂浜に押し寄せ崩れる。 次の日僕はいつものように満員電車にもみくちゃにされていた。 あの子はしばらくすると見えなくなり、波が押し寄せてくるように静かに僕の心に宿 った。 さあ、まず僕は何をすればいい。失われた翼を取り戻すために。車内冷房が強まった。 放送が入りドアが開く。僕は右足を踏み出した。アスファルトをしっかりと蹴り歩く 僕は昨日とは確かに違っていた。 ----END----
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