空中分解2 #2909の修正
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「警察に任せる気は?」 克にしてもそんな気は全然なかったが、一応、聞いてみた。 「ないわ。今まで二人も殺されてしまってるのに、今度、あっさりと一造さん が殺されてるのよ。警察を信用しろってほうが無理じゃなくて?」 そう言って、スプーンを噛むようにしてアイスを口に運ぶ玉美。 「それにね、死刑になるかどうか分からない裁判に、犯人を引き出すつもりは ないの。自分の手で捕まえて、犯人を殺してやらなくちゃ、気がすまないのよ」 さすがに声を落としてはいたが、それだけに玉美の台詞には迫力があった。 「どうしてそんなことを? これだけの殺しを重ねた犯人だ、死刑になるのは 目に見えてる」 「本気で思ってるの、それ? それとも、新聞、読んでないのかしら。異常者 じゃないかって言われてるでしょう、犯人は。精神異常の奴が犯人なら、住々 にして罪に問われない場合が出てくるのよ」 「知ってますよ、それぐらい。僕は最初から事件に関わらされている。刑事か らも、少しは話を聞いてる。その結果、異常者が犯人じゃないと思ってる」 「……どういう理由で?」 克は面倒に思いながらも、相手に今までのいきさつを話して聞かせた。 「……で、特に変だと感じてるのは、今度の場合ですよ。犯人は一造さんの会 社に電話をかけ、呼び出したらしい。そんなことを精神に異常のある人間がや るとは思えない」 「そうね……。私、そんなこと、まるで聞かされてなかったけど」 「それは警察の配慮なんでしょうね。悲しみが去るまでは、普通はそっとしと こうとするんでしょ。僕は悲しんでなんかいなかったから、ずけずけと刑事に 聞いてやった」 「悲しんでなかった? どういうことよ?」 怒ったように、玉美が言った。もうとうに、アイスはなくなっている。 「あなたのお父さんが殺されたのよ? 何で悲しくなんかない訳?」 「親父はあまり誉められた人間じゃなかった。いや、それなら自分だってそう だけれど、子供から見た父親として、相原孝助という男は最低に近かった。少 なくとも、僕はそんな判断を下していたから。だから、親父が殺されたと聞い ても、マイナスの感情は働かなかった」 「信じられないわ……」 「色々あるってことですよ」 「そうじゃなくて、だったらあなた、どうして犯人を捜そうとしているの? 私みたいに犯人へ復讐したいとかいうんじゃないなら」 「……簡単に言えば、犯人への純粋な興味。そして犯人へ、あんな親父を殺し てくれてありがとう。そう言いたい」 静寂が訪れた。が、それも一瞬のことで、お冷やの氷が溶け、からんという 音が響いた。 「一緒にやれそうにないわね」 平沼玉美は、呆れたような口ぶりだった。 「そうでもないでしょう。犯人を見つけたら、まず僕が礼を言う。その後、あ なたがそいつを煮るなり焼くなり、好きなようにすればいい」 「……私って狂ってるのかもしれないって、ほんのちょっぴり思ってたけど、 大丈夫みたいね。あなたを見てると」 「お互い様ですよ、きっと」 何とも言えない笑みが、二人の表情に出た。楽しくて笑っているのではない、 奇妙な笑顔。 「ま、気が向けば、情報交換もいいわね。これ、私の電話番号」 ナプキンを取ると、玉美はボールペンをゆっくりと走らせ、数字を連ねた。 「じゃあ、こっちも」 克も同じことをし、ナプキンを交換した。 玉美はそれをしまい込むと、腕時計を見やった。 「あ、もうこんな時間。ご両親が出て来られるから、迎えに行かなきゃならな いのよね。また悲しみを思い出しちゃいそうで、嫌なんだけど」 「本当に大切な人を失ったなら、強がりはやめるべきだと思いますね」 「まともなこと、言えるじゃないの」 平沼玉美は、珍しい物でも見たかのような顔になった。 「妹がいますから」 克の答に、相手は「そうなの……」という様な表情をしてくれた。 「じゃ」 会計の紙を手に立った玉美に、克は聞いた。 「遠藤さん関係の人には会ったんですか?」 「会ったことは会ったけど、あちらはおじいさんにおばあさんだったから、と ても話せやしなかったわ」 そんな答を残し、若くして夫を亡くした女性は店を出て行った。 克は家に帰ると、妹の康子に、遺体確認や平沼玉美と会ったことを話した。 ただし、玉美がどんな意図を持ってこちらに近付いて来たかまでは話さないで おくことにした。 康子は、さほどショックを受けた様子もなく、元気なそぶりを見せていた。 ひょっとしたら、先に帰った副院長から少しは話を聞いていたのかもしれない。 克としても、その方がありがたかった。 ところが、何とか平静を保っていた雰囲気をぶち壊すような知らせが、夜の 十一時過ぎにテレビで流れた。 <……次に、今日、午後四時頃、**市**町**区の市役所公務員・白井五 郎さん宅で、白井さん本人が殺されているのを、訪ねて来た知人が発見しまし た。警察の調べでは、白井さんは絞殺された後に首を切断されており、凶器は 残されていませんでした。また、室内に荒された形跡がないこと等から、警察 では一連の連続首切り殺人と関連があるものと見て、捜査を進めています。白 井さんは一人暮し、今日は祝日ということで、仕事は休みでした……> 言い様のない衝撃に襲われている相原兄妹の眼前で、テレビの画面は現場の 様子を映し出していた。録画らしく、まずは夕方の住宅街。いつもなら静かで あろう通りも、この日ばかりは人であふれている様子だ。貸家らしい、同じ格 好をした家が並んでいるが、その一つだけが、ロープを張り巡らされ、人の動 きが激しい。 若手のレポーターが喋り出そうとする瞬間に、康子が手を伸ばし、テレビの スイッチを切った。 「……」 それに対し、克は何も言わなかった。妹のショックが分かるからだ。 だが、克自身が感じているショックは、妹のそれとは恐らく、種類が違って いただろう。 何て手際がいいんだ、犯人の奴。それに、段々、殺しの間隔を狭めている感 じだ−−これが克の心境だったのだ。 「もう、テレビや新聞の方が優先になったらしい。警察だって、俺達ばかりに 構っていられる状況じゃないんだな」 知らせてくれていない警察に対して、そんな悪態をついてみせた克。 「分からないわ、もう!」 突然、康子が叫び声を上げた。 「克兄さん。私だって、何かお父さんが悪いこともやってるんだなって、何と なくだけど感じてた。知らない女の人に会いに出かけるのも嫌だった。でも、 こんな、気がおかしくなったみたいな人に殺されたんじゃ、いくらなんでもか わいそ過ぎる。でたらめに殺してるのよ、殺人鬼だわ! そんなのに巻き込ま れただけなんて……」 「いや、俺は……」 異常者の犯罪じゃないと思う。そう言いかけて、克はやめた。根本的には、 何のフォローにもなっていない。 克は決心した。今度の連続殺人の犯人は、異常者ではない。何かの理由を持 って殺しを続けている。この前提に立って、犯人を見つけてみせる。そのため にはどんなことでも、例え、父親が持っていた病院が潰れてしまうようなこと でもやってやる、と。 警察の力を借りるのは、もう敬遠したかったが、学生一人の力でできること もたかが知れている。克は最低限の話だけ、湯川刑事から聞いた。 公務員が殺された事件は、やはり一連の殺人と関係しているとされている。 未だに公表されていないことだが、T字に壊された十字架が、またも置いてあ ったからである。 被害者は首を切断されてはいたが、持ち去られてはいなかった。この点は、 三番目の殺人と同じである。 被害者・白井五郎が死んだのは、九月二十三日の正午から午後二時までと判 定され、絞殺ということから犯行時刻もこの間に絞り込める。 発見者は職場の同僚二人で、麻雀に誘いに来たところだったらしい。この二 人の当日の行動ははっきりしており、事件とは無関係とされている。 白井は独り者の二十九才で、仕事ぶりはどちらかと言うと適当にこなしてい た方。一般からの苦情等を受け付けている窓口業だったが、あまり評判はよく なかった。この年になっても独身だったのは、カタブツだった訳ではなく、不 特定多数の相手を求めていたからと、もっぱらの噂であった。 これだけの情報を仕入れたところで、克が自宅で今後の作戦を考えていたと ころ、電話があった。 「何だ、玉美さんか」 「誰かからの電話でも待ってたの? いいご挨拶じゃない」 平沼玉美は怒った様子もなく、話を続けた。 「四人目の犠牲者が出たの、知ってるわね?」 「もちろん」 「相原病院に関係のある人?」 「調べ切った訳じゃないが、まず無関係」 「そう、やっぱり……。それとなくね、遠藤さんのとこにも聞いたんだけれど、 何も知らないって。どう考えても、犯人は『無差別に計画殺人』を実行してい るとしか思えないわ」 「いや、自分はそうは思わない。絶対に動機があるはずだ」 「でも、殺されるような人は少ないんじゃないの? あなたのお父さんは、ど んな悪いことしていたのか知らないけど、遠藤福子って女性は、仕事の注文に きつい場合はあっても、恨みを買うような性格じゃないわよ、絶対に。私の夫 だってね、私が言うのもおかしいけど、真面目でいい人よ。少しずぼらな性格 だったかもしれないけど、そんなことで殺される? 今度の人だって公務員で しょ? 真面目の代表みたいな」 「ちょっと待って下さい。途中まではまあ、聞き流せますが、白井五郎が真面 目人間てのは嘘だ。刑事から聞いたんですが、この男は色んな女性とつき合っ てたそうだから、動機があるかもしれない」 「そ、それにしたって、全員が殺される動機を持っているんじゃないのよ。ま さか、殺したい人間だけを殺すとすぐに犯人が分かるから、関係のない人まで 殺したのかしら?」 「それはないでしょう。その説を採るなら、もっと簡単に狙える人間を物色す るとは思いませんか? 家に入り込んで殺さずとも、通りがかりの人を襲えば いい」 克の考えに感心したのか、玉美は黙ってしまった。 「……でも、それだと一造さんだって、何かの理由で殺されたことになるのよ。 信じられない」 「あなたが知らない一造さんの側面てのがある。付き合い始める前に、いや、 一緒に暮らし始めるより以前に、何かあったのかもしれない」 「……」 「それを頭に入れて、一造さんの両親とかに聞いてみてはどうです?」 「……考えとくわ」 玉美が静かに言ったかと思うと、電話は切られた。 「個人的な職のことは、部外者には話せません」 それが、克に対する市役所の答だった。 「それでも、どういう苦情を受け付けてたのかぐらい、構わないでしょう?」 「いえ、プライバシーの関係上、記録に残っていないものがほとんどですし」 気の強そうな女性職員は、拒否の構えを崩そうとしない。 「じゃあ、苦情に来ていた常連の人、それぐらいは教えてくれてもいいでしょ う」 「常連? 私は元々はこの係ではなかったですから、お答のしようがありませ ん」 らちが開かんな、と克は嘆息した。本当は、白井の女性関係についても聞き たかったのだが、これではとても聞けそうにない。 「でも、圧倒的に多い苦情は分かります」 「え?」 さほど期待せずに、克は聞き返した。 「駐車違反とゴミ処理のことが、双璧ですわね」 こう答えると、職員は、これで義務は果たしたと業わんばかりに、克の後ろ の人に目をやった。 「次の方」 −続く
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