空中分解2 #2908の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
平沼玉美は鍵のかかっていないことに、まず違和感を覚えた。共働きの身で はあるが、夫が自分より早く帰ることなぞ、滅多にない。 それでも部屋が明るければ、不安がることはなかっただろう。滅多にないと いうことは、決してないということではない。 しかし、室内は暗かったのだ。わずかに夕焼けの光が差し込んではいるもの の、こんな状態で明りをつけずにいるなんて、普通ではない。 玄関の明りを点灯し、靴を見る。夫の靴があった。 「あなた? 帰ってるなら、電気ぐらいつけないの?」 努めて明るく声を振り絞った玉美だったが、この時点で嫌な予感に覆われて いた彼女は、自分の声が震えるのを意識した。 暗いながらも勝手知ったる間取りを行き、キッチンに到着。壁のスイッチを ひねると、明りがついた。誰も見えない。 が、アコーディオンカーテンが開かれ、キッチンの明りが隣の居間に届いた とき、玉美は声を上げた。 「ひっ!」 息を飲んで彼女が見つめる先には、二人掛けのソファに横たわる夫の姿があ った。 「うっ、ううう」 猛烈な臭い。玉美は、血の臭いだと直感した。 彼女は夫の姿を見たくなくなっていた。しかし、確かめない訳にはいかない。 吐き気をこらえ、彼女は居間の明りをつけた。 「………………」 もはや、口から漏れ出る音は、声になっていなかった。何かが胃から逆流す るのを感じ、彼女は流しに取って帰した。 ソファに横になる平沼一造の身体は、首のところで二つに分かれていた。 新聞は、センセーショナルな扱いで、連続首切り殺人の第三の事件が起きた ことを報じていた。 「平沼一造、二十五才……」 「克兄さん、どうしたの? 何を熱心に……」 父親が亡くなってから二週間、ようやく本来の家に戻った相原康子が言った。 「おまえ、学校は?」 「今日は祝日。秋分の日よ」 「そうか……。俺の方も、長い夏休みが終わりになる訳だ」 「それで、何を読んでいたの?」 克が答える前に、妹は朝刊を取ってしまった。 「見て気持ちのいいもんじゃない」 克の声が耳に届いたかどうか、康子は黙って問題の記事を読みふけっている 様子。 「また起きたのね……」 一言だけ口にすると、康子は黙ってしまった。父親の死を知らされた直後、 気分をかえるためにか、彼女の髪は二つのおさげになっていた。それがいつか のように、震えるように揺れている。 「実は昨日」 克は切り出した。 「警察から連絡があったんだ。親父の頭部が見つかったそうだ」 「え? どこで?」 顔を上げる康子。 「それが……その事件の現場らしいんだ。犯人は、親父と二番目に殺された人 の首を、放置して行った……」 想像してしまったのか、康子は顔を両の手で覆ってしまった。 「昼から確認に行くつもりだ。副院長さんと一緒に行くんだが、康子はここに いてくれよ」 「どうして? 私だって」 「確認に行きたいか? 行きたいだろうけど、向こうから、できればやめさせ るように言われたんだ。『あまりに凄惨だから、若い女性には見せない方がい い』って」 「……分かった」 コクンとうなずく康子。そして彼女は付け加えた。 「早く、お父さんに元の身体になってくれなきゃ……」 「間違いありません」 死んでから二週間が経過しているはずだが、相原孝助の顔は、まだ判別でき る状態であった。 「そうですか。改めてお悔やみ申し上げます」 湯川刑事は克と副院長に対し、深く頭を下げた。 「では、私はこれで……」 副院長は仕事が残っているせいもあってか、早々に引き上げた。 「あの、刑事さん。いつ、返してもらえるんでしょう?」 「あ? ああ。まだ調べ終わってないもんでね。なるべく早くにお返しするつ もりだが……」 「犯人の目星は?」 「まことに申し訳ない。これだけの犠牲を出しながら、まだ何も掴めていない。 全力を注いで……」 「言い訳は結構だから、三番目の殺人で分かっていることを教えて下さい。少 しでも、力になれるかもしれない」 刑事の言葉を封じ、克はきっぱりと言った。 「そう言うがね、これはもはや、普通の動機で考えて解ける殺しじゃないんだ よ、君。君の父親の相原孝助と遠藤福子の間には、何のつながりも見い出せな い。今度の被害者、平沼一造にしたって、すぐに捜査に取り掛かっているが、 関係はなさそうなんだよ」 「異常者の犯行だと言うんですか? それが真実ならそれでも構いませんがね。 どうもそうは思えない」 「ほう、何故だね?」 面白そうに、刑事が聞いてきた。 「今まで、犯人は何らかの方法で二人の人間の首を保存していたんでしょう? それがどうして今度の事件では持ち出したんだろう? しかも、えー、平沼? とかいう人の首も切り離しただけで、その場に放置していたんでしょう? 異 常者が犯人なら、こんなことはせず、同じことを繰り返すだけだと思う」 「……異常者故の気まぐれかもしれん」 「それじゃ納得できないんです。ともかく、教えて下さい、分かっているだけ のことを」 「まあ、いいがね……。異例だよ、こりゃ。 いいかね? 今度の事件は今までに比べると、早い時間に起こっている。死 亡推定時刻は昨日、つまり二十二日の午後一時から三時とみられている。死因 は扼殺のようだ。素手で締め殺したんだな。それから鋸か何かで首を切断。凶 器は未発見のまま。ここまではいつもと同じだ。違うのは首を持ち去らず、逆 に今までの二人の首を持って来たことだ。 居間で遺体は奥さんに発見されたんだが、どうやら首の切断もそこで行われ たらしい。居間には大量の血があったし、浴室とか台所には異常がなかったし な。 乱闘の跡はさほど認められてない。少なくとも、犯人が部屋に押し入ったっ て雰囲気じゃなかった。指紋は残っていない」 「なら、異常者の犯行じゃなく、顔見知りの犯行と考えられるんじゃ……」 「そう簡単に断言できやしないよ。犯人の奴、こっそりと玄関から忍び込んだ のかもしれん。そうして、被害者の背後から腕を回して……」 「気付きそうだな。少なくとも、自分なら気付く」 克は言い切ってみせたが、刑事はかすかに笑みを返してきた。 「実はね、被害者の平沼氏には、慌てふためいている理由があったんだ。彼は 会社員なんだが、会社の方へ彼を呼び出す電話があったそうなんだよ。『奥さ んが交通事故に遭いました。入院しなくちゃならない程の容態なんですが、手 の空いている者がいません。家から必要な物を取ってから、**病院に来て下 さい』という具合いの」 「ちょっと。その電話は事実じゃなかったんでしょう? 奥さんは遺体の発見 者だったんだから」 「そうだ」 「じゃあ、なおさら異常者の仕業じゃない。異常者が、そんな偽の電話をかけ ますか?」 「ここは確かに、警察でも意見が割れている。だが、計画的な異常犯罪者だっ ていないとは限らんだろ? 誰でもいい、適当に『平沼』を呼び出したら、た またまいたのかもしれん。会社から出て来る車をつけて、被害者宅まで到着、 犯行に及んだと言えなくはない」 「……いいです。続けて下さい」 納得できなかったが、克は先を促した。 「今度の場合、遺体発見者が身内だったせいもあって、すぐには通報されなか った。おっと、言ってなかったが、被害者夫婦はアパート暮しなんだ。自家用 車を持っている分、住まいの方は質素にって感じなんだな。で、アパートの隣 室−−松谷って人のところに飛び込み、助けを求めた」 「アパートなら、犯行の物音を聞いた人がいるんじゃないんですか?」 「いや、それがなあ。防音はさほどじゃないんだが、証人はまだつかまってな い。犯人の奴は、随分とうまくやったらしい」 感心した風な口ぶりになるなよな、と内心で思いながら、克は話を聞き終え た。 「まあ、また平沼一造関係で病院の方に寄せてもらうかもしれんが、そんとき はよろしく頼むよ」 「僕は病院には何の関係もないですがね。ま、財産として考えるのなら、何か 関係ができるかもしれませんが、そうなるにしたって、経営は専門家に任せる でしょうから」 相原克は、軽く笑ってみせた。 「あなた、相原さん?」 警察を出て駅に向かおうとしたところで、こう呼び止められた。女の声だ。 「そちらこそ、誰なんですかね?」 少しむっとしたので、克は強く聞き返した。声の主は、化粧もそこそこに、 髪をひっつめにした若い女性だった。服装だけは、黒のそれなりの服を着てい る。 「平沼よ。平沼玉美。分かるかしら?」 「……ひょっとしたら、昨日の事件の被害者の……」 「そう、死んだのは私の夫なの」 気丈そうに、玉美は言った。刑事から聞かされたイメージとかけ離れている ので、克は戸惑っていた。 「で、何か?」 「冷たい言い方ね。いくつなの、あなた?」 「二十才の学生っすよ」 変な言い方をしてみる。どうも相手の目的が分からないから、ややひねた雰 囲気の学生を演じてようと試みるのだ。 「あまり違わないのね。私、二十四よ」 「何の用件すか? 急いでるんだけどね」 「あなたもお医者さんと一緒ね。身近な人が殺されても、平気でいられるの?」 今までからかうような口調だった玉美の声が、不意に変化した。感情がこも っている。それも悲しみが。 次の瞬間、克はどきっとした。目の前にいる女は、両目から大粒の涙をこぼ していたのだ。 「……分かりました。どこか落ち着いて話せる場所に行きますか?」 克は提案しながら、辺りを見回した。警察の近くに喫茶店をやるような奇特 な人物はいないと見え、いい具合いの店を見つけるには駅までいくらか歩かね ばならなかった。 「ごめんなさいね。いいから何でも頼んで」 奥の二人席に向かい合って座ると、相手はコンパクトを手にしながら言った。 顔がひどいことになっていないか、見ているらしい。 「ブルーマウンテン」 「あら、喫茶店でコーヒーを飲むなんて馬鹿よ。高い料金払って」 何でも頼んでと言っておきながら、文句をつけることはないだろう。克は心 で舌打ちしながら、もう一度メニューに目を走らせた。実際、父親の死顔を見 せられて、あまり入りそうにない。 九月の終わりにしては暑かったので、これが閃いた。 「アイス」 「ふーん。じゃ、私も」 注文後まもなく、同じアイスが二個、テーブルにやって来た。他に客がいな いせいか、早い。 「話は?」 「私ね、あなた達より早く、夫の遺体を見せられていたの。悲しみはそのとき までで、ほとんど出尽くしたわ。一造さんのためには、犯人を見つけ出すこと が一番じゃないかって考えたの」 これを聞いて、克は察しがついた。一種の被害者同盟を結成しようという腹 づもりらしい……。 −続く
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