空中分解2 #2888の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
逃避行 椿 美枝子 二人で居たい。叶わない。二人は遠い所に居る。 二人の知らない所に行こう。二人に等しく離れた街に。地図を開いてコンパス を使う。ここで会おう。ここ迄行こう。僕が決めた。君が思った。それは等しく 同じ事。僕と君は同じ魂、僕らは同じ傷を持つ。 きれいに交わる事がないと、そしてきれいに重なるのみと、既に二人はわかっ ていた。慰めにならない不幸に思えた。 二人が出会えば何を思うか、既に二人は知っていた。 人目を避ける様に、列車に乗った。さびれた街目指し、列車に乗った。このま ま一緒に居たいのは本当。違う、それだけが本当。他の全ては要らないものだよ。 全ての現実を捨ててしまおう。無理だという事はわかっている。 各駅停車の一駅毎に、晩冬の風が吹き込んで来る。夕闇の中で君が言う、磯の 香がしてきた、と。それならそろそろ、降りようか。海の見える所がいいね。僕 が言う。君が頷く。見知らぬ駅に降り立った。 海辺を探し、歩いてみる。民宿の客引きは老婆、薄笑いを浮かべ寄って来る。 導かれるまま素泊まりを決める。所詮は、当ての無い旅だ。どこでもいい。僕は、 君と居られるのなら。 陰鬱な部屋。黴臭い畳。薄汚い布団。不快だね。窓には林、灯台の明かり、潮 の風。外に出よう。 ちょっと海辺を散歩したい、と先程の老婆に玄関先で言う。いぶかしげに僕ら を見て老婆は言う。何も見えないよ、この時間だよ。いいんです、と言うと更に いぶかしげな顔。思わず愛想笑いを浮かべると、急ににやりと、そうだねえ、庭 から海への近道があるけれどそれでも二キロはあるしねえもう暗いからねえ真っ 暗だからねえ、あんまり遅くならずに戻って来て下さいねえ。 怪しまれたかな、と君。そうだね、と僕。警戒されたみたい、きっと、私達、 笑顔が足りなかったのね。長い事、仕事でやっていると、わかるそうだから。 小雨がぱらついて来ていた。海への近道、と書かれた立て札を暗がりで見つけ た。草木の茂る、けもの道。手を繋いでいましょう、ずっと。君の声が、霞む。 海が見えない。海は、どこだろう。随分長い間、歩いている。さっき窓から見え た林が、僕らの目的を覆い隠す。 あっ、と叫んだのは、君だったか、僕だったか。それは等しく同じ事。二人の 足元が崩れ落ちて行く。湿った土が、僕らを滑り落とす。草が、木が、指先を通 り抜けて行く。景色が見えないまま、足場のないまま、僕は君と繋いだ左手を、 君は僕と繋いだ右手を、硬く握りしめたまま。突然、右手に、大きな痛み。繋い だ腕を木の幹に、絡め取られた事にようやく気付いた。 こわかったね。 うん。 ジェットコースターみたいだったね。 うん。 君が、震えながら、木に寄り添い立ち上がる。 あ、海。君が言った。僕が思った。それは等しく同じ事。海は見えた訳ではな かった。視界は闇、ただ、さっきと違って視界を遮る林は無かった。波の音が聞 こえた。それは、すぐ足元、けれどとても下の方から、聞こえていた。砕け散る 音だった。知らず、木に、二人、しがみついていた。ずっと黙りこくっていた。 駄目だったね。 うん。 さっきのジェットコースターでさえ怖かったものね。 うん。 後ろの暗闇から列車の音。高く、遠く、そして小さく、列車が見える。 貨物列車よ。 どうしてわかるのさ。 昔々、小さい頃、夜になると列車の音が響いて来たの。でも、お家の近くでは 駅も線路も見た事がないの。そうしたら、あれは貨物列車だよ、貨物線の線路だ けあるんだよ、って。誰に教わったんだろう。見た事は一度もなかった。でも、 音だけは、わかるの。貨物列車の音だけは。引っ越してしまう前の、私の生まれ た、今はもうない、お家の近く。 そうなんだ。 うん。でも、そんな思い出も、何もかも、捨ててしまうなんて、やっぱり出来 ない。消したくない。怖い。 怖いね。 ね。 後ろの暗闇から列車の音、今度は反対方向へ向かう列車が見える。 きっと、あれは、夜行列車。 どうしてわかるのさ。 さもなければ、寝台列車。だって、もう、こんな時間よ。 本当だ。 小雨がやんで、月明かりが時計を照らす。もう海は見ない、そう決めて、僕と 君は引き返す。わかってしまった。気付いてしまった。僕も、君も。違う思い出 を持ち、違う感覚を持ち、決して同一ではない事を。 明日、帰ろう。 そうだね。 一緒に生きる事を夢見よう。何も夢見ないよりはいい。一緒に生きて行けない のなら、努力をしよう。今よりはいいさ。きれいに重なるのみでなく、共に何か を生み出そう。それが、僕と君の、運命なんだ。見る事の出来ない海を信じて進 んだ様に、見る事の出来ない未来を、信じて、進む。 それが二人の、運命なんだ。 1993.2.8.23:30 1993.2.16.25:30 終 楽理という仇名 こと 椿 美枝子
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