空中分解2 #2882の修正
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第八章 『神と人の狭間で』 大佐には、後で、電気メールを、後で送ると言って、手短に、電話を切った。大 佐は、私が電話を切る前に、『ADAMを、お披露目する記者会見が、今夜、TV 中継されるので、ぜひ、観てほしい』とだけ、言った。私は、男性型の記憶を消去 するのを忘れたというショックで、大佐の話を聴いているのが、やっとだった。疲 れきっていた体をソファーに沈めながら、私は考えた。普通の人間が、口にしない ことは、あの男性型も、おそらく、口にしないはずだ。EVEの存在が、軍に知れ ると、EVEの身が、危険にさらされるかもしれない。そのことを、あの男性型は、 知っているのだろうか? きっと、わかっていないに違いない。なんとかして、そ のことを、あの男性型に知らせることができればいいのだが・・・。男性型が、E VEのことを言わないとなると、軍の研究所で、記憶の解析でもしないと、EVE のことは、ばれる心配はない。しかし、軍の研究所のレベルでは、記憶の解析は、 無理なはずだった。私の専門分野における、軍の研究所のレベルが低いことを、私 は、誰よりも、よく知っていた。 結局、私は、ADAM宛にメールを出すことにした。あの男性型にだけ、分かる ようなメッセージを込めて。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 親愛なるADAMへ (プライベート・メッセージ) 君を創ったことを、私は誇りに思う。君は、運命に従い、誕生し、そして、聖書 に因んでか、ADAMという名付けられた。聖書によると、最初に、EVEが生ま れたことになっているが、敢えて、私は、EVEを創ることはしなかった。それは、 なぜなら、女性型は、男性の性欲の対象になり、その貞操が危険に晒される恐れが あるからだ。今後も、もしも、私が、EVEを造ったとしたならば、EVEは、そ の性的な欲求の生け贄にされ、犠牲になるだろう。 話が、横道に逸れてしまったが、ともかく、私は、君の今後の幸運を祈っている。 不幸や苦難に負けず、自分の手で、幸運を掴んでほしい。それが、人間だ。私は、 何もしてあげるはできないが、いつも、どこかで、君を見守っている。 ヘンリー・C・クリストファーソン P.S. 最後に、私の詩を捧げる 【我は永遠 我は無限 私は宇宙になり 時を越えて この宇宙のすべてを 包みこむ すべての物そして生き物をも包む 私はすべての人とともにあり つねにその人とともに苦しむ 私の愛が彼らを包み 慈しむ いずれ時が来て それが終わるまで】 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私は、電気メールを、地表に送った。あの男性型は、おそらく、このメールを読 んでくれるだろう。だが、こんなメールを、あの男性型に送って、読んでもらった にしても、どれほどの効果があるだろうか? あの男性型の出演するTVの中継が 流れる夜までは、まだまだ、時間があった。太陽は、ノア6号を挟んで、ちょうど 地球の反対側にあった。地表の間隔でいうならば、いまは、ちょうど、正午近くか。 こんな時間なのに、私は、また、ソファーに横になり、寝てしまいそうになった。 しばらく、うとうとしていたが、突然、私の体に、パッションが走った。EVE に対する嫉妬と、抑えられない憤りと不快感が、私の皮膚から立ちのぼるように、 込み上げてきた。昨夜、ウイスキーを飲み過ぎたうえに、空腹だったせいもあるだ ろうが、不愉快は、やはり、不愉快だ。そう、私には、やり残した仕事が残ってい たのだ。私は、立ち上がり、いますぐ、その作業に取り掛かることにした。二日酔 いの吐き気に耐えながらも、私は、EVEの、あの忌まわしい記憶を消去する作業 に取り掛かった。私は、EVEに注射をして、眠らせてから、彼女の体を抱えて、 ベッドまで運んだ。EVEの頭部に、必要な端子を貼り付けながら、私は、DOG に、彼女の脳のデータを収集し、そのデータを変換して、リアルタイムで、完璧に、 脳をシミュレートするようにと、指示をした。私は、そうして、記憶を解析するこ とで、彼女の脳に入り込もうとしていたのだ。脳のシミュレートさえ完璧にできれ ば、人間の記憶の奥襞に到達することも可能となる。脳を形成している神経の絡み 合いが、人間の記憶を収納している。その神経の絡み合いの糸を解きほぐすことが、 すなわち、人の心を解きほぐすことになるのだ。 横目でEVEの顔を見ながら、私は、さらに、作業を進めた。今回のケースであ れば、新しく形成された神経を探っていくのが、一番、速そうと思えたので、私は、 その線に沿って、作業を進めた。DOGは、EVEから採取した膨大なデータを元 に、もう一つの、架空の脳を、新しく、作り出していた。ある程度、シミュレート されたEVEの脳を構成可能とするだけの、データが溜まったところで、私は、そ れを、3Dビジョンを通して、部屋一杯に映し出してみた。それは、線で構成され た、透明なものだった。その線画に、着色して、分析するか? いやっ、そこまで しなくとも、比較的新しい記憶から探ったほうが、いくらか速いだろう。その探索 は、DOGに任せ、私は、柔らかいソファーに座って、結果を待ちながら、頭の中 を整理した。要するに、あの男性型との、あの行為から、いままでの、半日ほどの 記憶を、まるごと、消してしまえばよいのだ。ただ、それだけで、あの記憶を抹殺 できて、なんの問題もないはずだった。EVEには、『結局、あの男性型と寝なく とも、よくなった』というふうに、何知らぬ顔で、説明をすればいいのだ。そうす れば、EVEの、あの半日間は、最初から何もなかったように消滅する。何の問題 もない。私にとっては、記憶の抹消など、赤子の手を捻るようなものだ。そう考え るだけで、胸の痛みが、少しずつ、消えてゆくのを、私は、感じた。 DOGが割り出したポイントのチェックの終了を、私に知らせた。脳をレントゲ ンで撮ったような立体の透視図の、いくつかの点が、赤く点滅した。研究者として の勘で、そのうちの一つに目星を付けた私は、DOGに、その部分に侵入するよう に、指示した。脳はどんどん、大きくなり、部屋一杯に、拡がった。その馬鹿でか いのモデルの、たった一つ残された点が、赤く点滅していた。その脳の色は、透明 から、実物のそれへと、少しずつ、リアルに、濃くなっていった。気分が悪くなる くらい、似てきたと思っていたら、次の瞬間には、部屋の中の風景は、脳の中に吸 い込まれた。脳の外壁を突き破り、私は、脳の中に入り込んだ。脳が、爆発するよ うに、大きくなっているように、私には思えた。私の体が、無限に、小さくなって、 EVEの脳の中に、ずぶずぶと、めり込んでいるような錯覚に、私は、陥っていた。 EVEの、過去の思い出、私が与えた知識や本能が、たくさん詰まっている、彼 女の脳に、私は、飛び込んだ。だが、そこは、ふだんのEVEの様子とは、似ても 似つかない、グロテスクな神経の寄せ集めで、構成されていた空間だった。私は、 ゆっくりと、辺りを見渡した。私の、二の腕ほどもある、神経や血管が、そこかし こに、張り巡らされ、血管の中には、赤いものが、波打つように流れていた。私の 体は、無限に小さくなって、神経と血管の間を、すり抜けて翔んでいた。ちょっと でも触れると、切れそうな神経と血管。私は、目に映る、腹を切り裂いて、胃カメ ラを突っ込んだような景色には、平気だった。それは、たぶん、データの数値で、 構築された映像であることが分かっていたからだろう。しかし、分かってはいても、 神経に、軽く触れただけで、それが切れてしまいそうで、嫌だった。私は、妄想に 苦しみ始めた。神経が、ブチッという音を立てて、切れる妄想や、血管から血が吹 き出すという妄想に。それでも、私は、作業を中断せずに、なんとか、問題の箇所 に辿り着くことができた。私が睨んだとおり、そこでは、神経が、複雑に絡み合っ ていた。それは、まだ、できてから、間もない、真新しい物のようだ。めまいと吐 き気に堪えながら、やっと、ここまで辿り着いた私は、いやでも、それを、映像と して、チェックしなければならない。ほんの一瞬の、ためらいの後、私は、DOG に指示を与えた。その次の瞬間、目の前に、まばゆいばかりの光量に溢れた、映像 が現れた。それも、EVEと、あの男性型の、睦み合いの姿であった。私の体中の 血が、逆流して、脊髄から脳髄にかけて、悪寒が走った。私は、その映像を、まる で、親の仇のように、指さしながら、叫んでいた。 『DOG! 消せ! 消すんだ! あれを消せ!』 私の目の前が、真っ白になるような閃光が、走った。私の廻りで、神経が、ぐちょ ぐちょになって、溶けていた。私も、もろに、その閃光の真っ只中で、それを浴び たのだ。めまいと、吐き気が、また、ぶり返してきた。 天井の照明の白さが、目に眩しかった。どうやら、私は、あのまま、気を失って しまったらしい。EVEの膝枕の上に、頭を載せ、私は、ソファーで、横になって いた。もう、窓の外に、太陽は無くなって、真っ暗な宇宙が拡がっていた。宇宙船 付近の辺りは、もう、とっくに、夜になってしまっているようだ。EVEは、私の ことを、ずっと、介抱していてくれたのだろうか? そうだ、大佐が言っていたT V中継は、もう、始まっているのだろうか? 私は、DOGに命じて、TVを点けさせた。世間一般の人の、DOGの使い方な どというものは、この程度のものなのかもしれないと、そのとき、私は、思った。 数秒で、DOGがその番組を捜し当ててくれたようだ。胸に誇らしげな勲章を付け ている、どうやら将校らしい男が、ぎごちない挨拶をしていた。あの男性型も、せ めて、このくらいの挨拶をしてくれれば、私も、鼻が高いのだが。 私は、表立った責任職ではなく、単なる下請けだったので、この会見に出なくて も済んだようだ。私は、起き上がって、清涼水を飲んだ。まだ、頭が、大分、くら くらしていた。電気メールがちゃんとADAM宛に届いたかどうか、その行方も、 急に心配になってきた。 EVEと二人で、ぼんやりと、しばらく、TVを見ていた。私の色覚が、なんと か正常に戻りつつあるころ、司会者の派手な口上とともに、あの男性型が、やっと、 出て来た。私は、何げなく、隣に座っていたEVEの顔を見た。私の目には、EV Eの顔が少しだけ赤くなり、それから、ほんの少しだけ、恥ずかしそうな表情をし たように見えた。私は、心に、うまく言えないような釈然としないものを残しなが らも、また、TVのほうに、目線を移した。そんなことよりも、いまは、あの男性 型のほうが、私にとっての関心事だった。あの男性型が、いったい何を考え、そし て、これから、何をするかということが。あの男性型は、ゆっくりと、しかし、危 なかしげなところがまったくない、堂々とした態度で、演壇に向かって歩いていた。 その演壇は、かなり立派なものだったが、あの男性型の態度は、それにも勝るとも 劣らない、この会見の場においても遜色のない、素晴らしい雰囲気のものだった。 彼は、演壇に立つと、そこで、会場の人々、それからTVを見据えた。私が思った よりも、あの男性型の出来がいいようなので、私は、一息をついて、足を組んで、 リラックスできるくらい、安心した。やがて、あの男性型は、ゆったりとした、だ が、若々しい、清廉な調子で、我々に向けて、語り始めた。 『皆さん、私のために、こんな素晴らしい式典を催して戴いて、ほんとうにありが とう。今日は、会場にいらしている方々、そして、TVを見ている全世界の方々に、 とても、大事なことを言わねばなりません』 そこで、彼は、大きく、息を吸い込み、何かを仰いだように見えた。 『私は、神の意志、神の言葉を伝えるために、この世に、産まれてきたのです』 このとき、私は、初めて、彼の名を口にした。 『なに言ってるんだ? ADAM』
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