空中分解2 #2878の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
3 黒田香澄は学校帰りに呼び止められて振り返った。 「あの、失礼ですが、これを落としませんでしたか?」そういって、ハンカチを差 し出しているのは、背が高く、整った顔立ちの若い男だった。突然、香澄の心臓が跳 ね上がり、手が震えた。特に、人目を惹くような顔であるわけでもないのに、香澄は 何故か魅入られたように男の瞳から目が離せなくなってしまった。 時が、見つめ合っている二人に構わず静かに流れた。 「どうかしましたか?」 香澄は我にかえって、赤面した。わたしったらどうしちゃったのかしら。 「あ、ああ、いえ」香澄は幾分、ぼうっとした目で女物のハンカチを見た。「私の ではありません」 「そうですか」若い男は、困ったようにハンカチを見た。「他に女の人はいないよ うだし。どうしたらいいでしょうね」 「そこの木の枝にでも結んでおいたらどうですか?」香澄は考えもせずに言った。 「そうしますか」男はつぶやいて、そばにあった街路樹の低い枝に軽くハンカチを 結わえた。香澄は男の行動をじっと眺めていた。普段なら、その隙にさっさと帰って しまっただろうが、足が動かなかった。 男が戻ってきた。何かに気付いたように、首を傾けた。 「以前にお会いしませんでしたか?」 すっかり忘れていた記憶が、その言葉に誘発されたように甦った。 「クラークの短編集!」思わず叫んで、香澄は頬を染めた。 「そうそう、駅前の文泉堂でしたね。覚えていてくれるとは思わなかった」 「あの時は、譲っていただいてありがとうございます」香澄は頭を下げた。 「いいんですよ。それほど読みたかったわけでもないんです。おもしろかったです か、あの本?」 「ええ」答えた香澄は自分の口から出たとは信じられない言葉を付け加えていた。 「あの、よかったらお貸ししましょうか?今、持ってるんです」 男は嬉しそうに微笑んだ。香澄の静まりかけていた心臓は再び、飛び上がった。 「それはありがたいですね。どうです。立ち話も何ですから、お茶でも?」 驚いた事に香澄は頷いていた。普段から奥手で、ほとんど男と口をきいたこともな かったのに。 ・・・・・・・・・・・・・ ああ、私どうしちゃったのかしら。まるで魔法にかかったみたい。これが恋という ものなの?香澄は頭の中で考えた。だが、身体の方は男について、歩き始めていた。 「ぼくは島村圭介といいます。あなたは?」男が訊いた。 「黒田香澄です」 「うまくいったでしょ?」グレーチェンが言いながら出現した。もう、慣れたとは いうものの、やはり驚いて圭介は文句を言った。 「頼むから空中から現れるなよ。心臓に悪い」 「あんたのアパートの中なら構わないでしょ」セーラー服姿のグレーチェンは、勢 いよくベッドに座り込んで、繰り返した。「うまくいったでしょう?」 「ああ、まあね」圭介は、ついさっきまで喫茶店で香澄と交わした、楽しい会話を 思い浮かべた。 「それで、あの女の子のものを何か借りてきた?」 「うん。本を貸してくれた」圭介は机の上に置いてあった本を指さした。 「本ね」グレーチェンはそれを取り上げて、ページをパラパラとめくった。「本当 は、指輪とかネックレスとかだとよかったんだけどね。まあいいわ。それで、デート の約束もしてきた?」 「日曜日に海へ行くってやつか?」圭介は気に入らない、という顔をしてグレーチ ェンを見た。「一応、言われた通りに誘ったら、OKしてくれたよ。だけど、ぼくは 車なんかもってないぞ」 「運転はできるんでしょ?」グレーチェンは、微笑んだ。 「そりゃ、免許はもってるけど。2年ぐらいペーパードライバーだけど」 「じゃあ、大丈夫。車は土曜日の朝に届けるわ。1日、練習して、運転に慣れとき なさい。音楽も用意するのよ。それから、この本は借りとくわ。明日には返すけど」 「車を届けるって、どこから?」圭介は疑問を呈した。「盗んでくるんじゃないだ ろうな。それとも、古めかしい馬車とか、クラシックカーなんてやだよ?」 「大丈夫だって」グレーチェンは、からからと笑った。「パリパリの新車じゃあ、 かえって何だから、去年のモデルのオートマ車にするわ。トヨタかホンダのね」 「わかったよ。信用してるさ」 「よろしい。出かける前にはちゃんと歯をみがくのよ」言いおいて、グレーチェン は消え失せた。 「素敵ね」香澄はうっとりと、夕陽を見つめた。それは今まさに、水平線上に沈も うとしており、地上に燃えるような最後の残光を投げかけていた。打ち寄せる波は、 立ち尽くす二人の足元で、静かなBGMを奏でていた。 香澄の肩に圭介の手がかかった。優しく抱き寄せられて、香澄は顔を熱くした。自 分が映画の中のワンシーンに登場しているようで、夢をみている気分だった。 香澄は、圭介を見た。全く、同時に圭介も香澄を見た。たちまち、香澄は頬を桃色 に染めた。乙女の恥じらいが、顔をうつむかせようとした。だが、恋する者にしか持 つ事をゆるされない熱く雄弁な視線が、いかなる物理的な力にもまして、香澄を強烈 にしばりつけていた。 香澄を抱き寄せる手に力がこもった。二人は正面から見つめ合った。夕陽の残光も、 波の音楽も、二人の視線をふりほどくことは不可能だった。気付かないうちに、香澄 の両手は圭介を抱きしめていた。 「香澄…」圭介が囁いた。ありとあらゆる想いがその一言にこめられていた。 「圭介さん…」香澄は目を閉じた。 震える熱い唇がそっと重なった。香澄の心臓は、破裂しそうなくらい激しく打って いた。 「今日は、ぼくの人生最良の日だ!」グレーチェンが姿を現すと、圭介は大喜びで、 その手を取って、狭いアパートを踊り回った。グレーチェンのほうは、呆れたように その小さな身体を振り回されていたが、やがて口を開いた。 「まあまあ、落ち着きなさいよ。他の部屋の人に迷惑じゃないの」 「落ち着けだって!落ち着いてなんかいられるか」圭介は、それでも踊るのはやめ て、ベッドに転がった。「あの、素敵な甘いキス!これからどんなことがあっても、 あの輝かしい一瞬は忘れないぞ。ああ、世界中の宝と引き換えにだって、あの一瞬を 売り渡したりしないぞ!」 「誰も欲しがりゃしないわよ、そんなもん」こっそりと、グレーチェンは呟いた。 幸い、圭介は忘れ得ぬ一瞬を何度も何度も、プレイバックしていたので気付きもしな かった。 「それじゃあ、うまくいったのね?」グレーチェンは圭介の注意を引いて、そう訊 いたが、たちまちそれを後悔した。圭介は顔を輝かせて、微にいり、細にわたってそ のときの、情景を話し始めたのである。グレーチェンはしばらく、我慢して耳を傾け ていたが、ようやく喋り疲れた圭介が満足そうに口を閉じると、ため息をついて言っ た。 「次のデートは?」 「ええ、何だって?ああ、次か。次は来週の日曜日に、ディズニーランドに行く事 にしたよ」 「来週ね。わかったわ。当分、キスだけで我慢するのよ。いい?絶対に焦って、身 体を求めたりするんじゃないわよ。ああ、わかってるわよ」グレーチェンは不満そう に何か言いかけた圭介を制した。「確かに、彼女は、あんたを拒んだりしないと思う わよ。だけど、しばらく待ちなさいって。ここで、あんたが香澄ちゃんを抱いたら、 きっとこう思われるわよ。圭介さんは、わたしの身体だけが目当てで近づいてきたの かしらってね」 「でもなあ…」圭介はまだ不満そうな顔をしていた。 「今、あんたが抱いたら、彼女をあんたが奪ったことになるのよ。でも、もう少し 待てば、彼女があんたに捧げるという形になるの。いいから、あたしの言う通りにし なさい」ききわけのない子供に言い聞かせるような口調だった。 圭介はしぶしぶ頷いた。 「わかったよ。なんてったって、こうなれたのもお前のおかげだからな」 「わかればいいのよ」グレーチェンは圭介の肩を叩いて、慰めるように付け加えた。 「まあ、後1カ月かそこらの辛抱よ」 「やあ、よく来たね」圭介は優しい微笑みを浮かべて、香澄を出迎えた。 「お邪魔しまあす」香澄はもの珍しそうに狭いアパートを見回した。 「散らかってるだろう?」圭介は照れくさそうに言った。「お茶いれるよ」 「でも、結構片づいてるね。夕べは徹夜だったとか?」香澄はベッドに腰を下ろし て、からかった。 「実をいうとね」圭介はポットから新品のティーカップにダージリンを注いだ。「 いきなり、来たいなんて言うもんだから焦っちゃったよ」 「女の人と同棲してたりして」 「ばか」圭介はカップを渡した。「はい」 「ありがとう。いただきます。あ、後で、わたしの手料理作って上げるね。材料買 ってきたのよ」香澄はスーパーの袋を示した。 「それは楽しみ。胃薬はそろってるから安心して腕をふるってくれ」 「どういう意味よ、もう」 二人は楽しそうに笑った。 「今年は受験なんだろ?」圭介は訊いた。「どこを狙ってるの?」 「それが悩みなのよね」出会った頃は、丁寧語ばかり使っていた香澄も、最近はぐ っとくだけた話し方をするようになっていた。 「圭介さんの大学は理工系しかないでしょう?でも、わたしは文系の頭しか持って ないのよねえ」 二人は時の立つのも忘れて話した。7時になると、香澄は持参したエプロンをかけ て、キッチンに立った。楽しそうに鼻歌を歌いながら、包丁で軽快なリズムを刻んで いる香澄を見ながら、圭介はばかみたいにニヤニヤしていた。 「さあ、召し上がれ」得意気に香澄がテーブルに並べたのは、御飯、シジミの味噌 汁、ハンバーグの和風ソースかけ、ツナとポテトのサラダ、白菜の漬物、ほうれん草 のごまあえといったメニューだった。圭介は、大喜びで、食べ始めた。 「うん、うまい」たとえ、どんなにまずくても圭介はそう言っただろうが、香澄の 料理の腕はちょっとしたものだった。「おいしいよ」 香澄は恥ずかしそうに、頬を染めた。 あっという間に、全ての皿は空になった。デザートのストロベリームースを食べて しまうと、圭介は満足そうに香澄をほめた。 「いやあ、こんなにうまいもん食ったのは久しぶりだなあ。いいお嫁さんになれる よ」 途端に香澄は真っ赤になった。はにかんだまま、皿を抱えて流しに運んだ。圭介も 流しに行って、皿洗いを手伝った。 その後、二人は仲良くテレビの映画を見ながら、くつろいで喋った。圭介がふと、 時計を見ると、11時を回っていた。 「しまった。もう11時だ。早く帰らないとお家のひとが心配するよ」 香澄はうつむいて、黙り込んだ。 「送ってくよ」圭介は腰を浮かせた。その手を香澄がしっかりと掴んだ。 「香澄?」 「いいの」微かに震えていたが、決意を秘めた声だった。「友達の家に泊まるって 言ってきたの」 「香澄…」圭介は香澄の震える肩に手をかけた。「いいのか?」 「帰りたくない」香澄はそういうと、圭介の肩に顔をうずめた。圭介はこみあげて くる愛しさにまかせて、香澄の柔らかい身体を強く抱きしめた。 「ベッドに行こう」圭介は香澄を促して、立ち上がった。香澄はうつむいたまま、 小声で言った。 「シャワー貸して」 香澄が長い時間をかけてシャワーを浴びると、圭介のバスローブを着て戻ってきた。 入れ替わりに圭介がバスルームに入った。心は焦っていたが、その瞬間を先に延ばし て楽しむように、圭介は熱い湯を身体に浴びせた。 香澄はベッドに入って、背を向けていた。肩が小刻みに震えている。自分のしたこ とに少しおびえているようだ。圭介はベッドにもぐりこむと、そっと肩を抱いた。ピ クリと香澄の身体が反応して、硬くなった。 圭介は優しく香澄の身体を抱き寄せると、そっと唇を重ねた。香澄は目を閉じて、 両手を圭介の首に回した。圭介はキスを続けたまま、バスローブの上から香澄の胸の に手をおき、ゆっくりと柔らかなふくらみをなぞった。 「あ…」 香澄の唇からかすかにうめき声がもれた。圭介はもう我慢できなくなって、香澄の バスローブの前を開いた。 白い胸のふくらみと、桃色の乳首が圭介を圧倒した。これほど美しいものは見た事 がない。 「おねがい、電気消して…」消えそうな声で香澄が哀願した。圭介は部屋を暗闇に すると、香澄の胸の中に顔を埋めた。 再び、香澄は小さく呻いた。
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