空中分解2 #2853の修正
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第三章 『 呪 縛 』 モーゼルと食事をした一時間後、私は、大佐の部屋にいた。大佐の部屋といって も、彼も、また、我々と同じく、出張中らしく、部屋には、まったく、生活臭とい うものが、なかった。大佐は、大きなギョロ目で、私の顔をじっと見た、いや、見 たというよりも、私がどういう人間なのか、観察しているようだった。それから、 おもむろに、大佐は、私に、ココアを飲むように勧めた。私は、大佐のココアを受 け取った。そのココアを飲みながら、私は、大佐のようにあからさまではなく、さ りげなく、大佐を観察した。大佐のあごは、少し、しゃくれていて、パイプが似合 いそうなかんじだった。高貴な海賊か、海軍の突撃艇の船長といった趣の男だ。大 佐は、もったいぶった口調で、口火を切った。 『それで、君の案は、いったい、どういったものかな?』 いきなり話を振られて、私は、少し戸惑った。しかし、そのとき、大佐に訊ねよ うとしていた質問を、私は、思い出した。 『私の提案の前に、ひとつだけ、確認しておかなければならないことがあります。 今回のバビロンで創り出される人間は、前回と同じように、超人ではなく、我々と 同じような普通の人間なんですね?』 『そう、その通りだ。そのコンセプトは、最初の時と、まったく、変わっていない』 『いままで、さんざん叩かれて、もう飽き飽きしているかもしれないことですが、 敢えて、お聞きします。普通の人間と変わらないものを創り出すのであれば、なぜ、 遺伝子レベルから、始めるのですか? 健康な男女の精子と卵子の結合だけで、充 分なのではないのでしょうか?』 大佐は、大袈裟に、かぶりを振った。 『いやっ! 遺伝子レベルからだ。純粋な虚無からの、遺伝子を創造し、そして、 それを培養して、人間を創り出す。しかも、超人ではなく、まったくの常人を創り 出すことが、この計画の前提条件だ』 『そうですか』 と、言ってから、私は、少し黙りこんだ。バビロン計画のコンセプトが、以前と、 ほとんど、変わっていないことを確認して、私は、自分の懸念が晴れて、安堵した。 そのせいか、私の舌も、いくぶんか、滑らかになったようだ。 『大佐のご返答を聞いて、安心しました。これで、私の案にも、確信が持てました。 それでは、次に、バビロン計画の進行状況をお聞かせください』 『創り出された人間の人体のほうは、ほぼ完璧だ。しかし、どうも、オツムの中身 のほうが、うまく、いかんのだ』 大佐は、自分の頭を、人差し指でこづきながら言った。やはり、そうかと思いつ つ、私は、自分の手を、あごに持っていった。 『彼らは、我々人間のような感情を持っているんですか?』 『いや、ほとんど、持ち合わせていない。彼らには、感情らしきものは存在しない と言ってもいいだろう』 『生きる気力は?』 『無い。まったく、無い。皆無だ。人間の脳をシミュレートしてもだめ。感情をプ ログラムしてみても、それだけで、進歩せず、感情が育たない。正直言って、もう、 我々だけでは、お手上げという状態だ』 大佐は、身振り手振りで、獅子のように唸りながら、私に、そう言った。大佐の いうことが真実とすれば、計画の進捗度は、私が予想していたよりも、かなり悪い ようだ。一時間前のモーゼルが話した見解も、ある意味では、正しかったというわ けだ。私は、大佐の話の中の、ある点に興味を持った。その、ある点とは、新しく、 創り出された人間の脳に載せられるプログラムのことであった。私は、すぐさま、 大佐に、そのことを聞いてみた。 『そのプログラムというのは、バビロン計画用の、オリジナルのものですか? そ れとも、ロボットやアンドロイドに使っているプログラムを流用しているのですか ?』 『オリジナルの開発にも着手しているが、当面は、既製のアンドロイド用のものを 改良して、使用するつもりだ』 『その改良したバビロン計画用のプログラムというのは、ロボットやアンドロイド に使われている条件反射や分岐選択と、基本的な構造は、いっしょなんですか?』 『そう、そのとおりだ』 私は、笑いながら、大佐に言った。 『それでは、ロボットやアンドロイドと同じような、鈍い動きしかできないのでは ないのでしょうか?』 『いや、アンドロイドよりも、もっと、滑らかだ』 と、大佐は、憮然とした表情で答えた。 (人間なんだから、滑らかなのは、当然だろう)と、私は思ったが、大佐が、ます ます、気を悪くしそうなので、言葉には出さなかった。私は、大佐のユニークな人 柄が、気に入った。そのせいかはわからないが、私は、自分の考えを、率直に、大 佐に言うつもりになった。 『しかし、大佐、それは、ちょっと、進む方向が違うと、思います』 『どういうことかね?』 と言いながら、大佐は、私のほうに、身を乗り出してきた。 『人間は、ロボットではありません。死を恐れ、子供を作り、服を着て、時には、 休まなければならないのです。ロボットのものとは、別の思考体系が必要です。人 間と同じものを望むのであれば、その意志決定は、単なる○×式の選択プログラム ではなく、深層心理の呪縛といったものでなければなりません。我々人間は、本能 ともいうべき、無意識下の呪縛とでもいった共通の行動様式を持っているのです』 ここまで言ってから、私は、一息ついて、ココアをがぶりと飲み、大佐の顔を盗 み見た。大佐は、葉巻に火を点け、その葉巻を持った右手で、私に、話の続きを促 した。 『共通の呪縛とは、例えば、死は苦しみである、生殖行為は快感を伴う、裸は恥で ある、などの無意識の集合体のようなものです。バビロン計画が、我々人間とまっ たく同じものを創り出すのが目的であるのなら、人間の長所だけではなく、欠点や 苦悩をも模倣しなければなりません』 大佐が、何かを言いたそうな顔をしたので、私は、話を中断した。大佐は立ち上 がって、あごの下に、手をやった。それから、大佐は、葉巻をくわえたまま、時計 の振り子のように、部屋の左右を行ったり来たりしていた。何かを考えているよう だ。大佐の、その物腰には、初めて会ったときに感じたような、上品な、気品といっ たものが漂っていた。 『つまり、君は、君のいう線に沿った、オリジナルのプログラムでなければ、うま くいかないと、そう言うんだな』 『そうです』 『我々、現場のスタッフも、そのことは痛感して、オリジナルのプログラムの開発 はしている。だが、それには、時間がかかりすぎる。十年、もしかすると、二十年 はかかるかもしれない』 私は、黙って、話を聞いていた。大佐は、本当に困り果てていたのか、私のほう を向いて、どなるように言った。 『君は、我々のバビロン計画に参加したいのか?』 『はい、もちろんです』 と、私は答えた。 『それでは、もし、君に、バビロン計画に参画してもらったとして、私たちスタッ フに、どういうメリットがあるのかな?』 『私に委託していただければ、オリジナルのプログラムの開発期間が、大幅に縮ま ることになるでしょう』 大佐は、疑問符そのものといった表情を浮かべながら、私に聞いた。 『もしも、君に任せたとして、どのくらい時間がかかる?』 『その質問に答えるためには、成人の人体の培養時間を聞かないと・・・。人体の 培養には、いったい、どのくらい時間がかかるのですか?』 『成人として培養するのなら、数週間だ。ただし、頭の中は真っ白でだがな。大量 生産をすれば、もっと、培養期間を短縮できるが、実験用のプロトタイプなら、そ れでも、大丈夫だろう』 大佐の態度には、何かに追いつめられたような、鬼気迫るような迫力があった。 私は、大佐の、その態度に圧倒されながらも、彼に言った。 『それでしたら、一、二ヶ月もあれば、十分です』 驚いたような顔をして、椅子に倒れ込みながら、大佐は、私に聞いた。 『しかし、ソフトウェアの開発に時間がかかるんじゃないのか?』 『人間の深層心理に存在している呪縛の、個々の原型は、もう、とっくにできてい ます。あとは、それを組み合わせて、プログラム全体を作り出す作業が残っている だけです。人体を培養している間に、プログラムのほうは、なんとか、完成させる ことができるでしょう』 『本当に、二ケ月でいいのか? どうして、君に、そんなことができるんだ』 大佐の発言は、ちょっと、失礼なかんじもしたが、彼の態度は、かなり、真剣だっ た。私は、大佐の態度を見て、彼と同じくらい、まじめに、彼の質問に答えた。 『私の専門は、脳神経科学と精神科学です。いままでは、愚にもつかない、机上の 空論と言われていて、誰も手を付けなかった分野だったので、私のほかには、たい した奴はいないはずです。私は、三冊も専門書を出しています。私の能力や、言っ ていることをお疑いなら、私が書いた本を買って、ご覧になるのが、よろしいかと 思いますが』 大佐は、ココアを啜りながら、私に言った。 『うん、そうだな、そうするよ』 大佐は、右手をハンカチで拭き、そして、握手を求めて、その右手を、私に差し 出した。こうして、バビロン計画への、私の参加が決まったのであった。
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