空中分解2 #2837の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
13 頬を軽く叩かれて玲子は意識を取り戻した。正確には、カインが軽く刺激を加えて、 外れた精神のジャンクションを接続しなおしたのだ。 「…痛いわね」玲子はぼんやり呟いて、視線をさまよわせたが、不意に意識をはっ きりさせ、同時に恐怖を浮かべた。 「カイン!邪神が!」 「わかってるよ」カインは想像もできないほど優しく言った。まるで、玲子が12 才の少女で、カインが年上の青年であるかのようだった。「上がろう」 2人はプールから上がった。玲子は鞘をカインに返した。洞窟の照明は再び点いて いた。 「ねえ、一体何がどうなったの?」玲子は知りたがった。カインは度重なる戦いで 汚れてしまった聖剣を、きれいなハンカチで丁寧に拭いながら簡潔に事情を話した。 「そうだったの」玲子はため息をついた。「私は何の役にも立たなかったわね」 意外にもカインはその言葉を肯定する代わりに、慰めといっても差し支えないこと を言った。 「ツオ・ルがあそこまで追いつめられたのは、君のおかげでもある」カインは剣を 鞘に戻した。「どうやってここまで来たんだ?」 「ああ、ええと上でこの人に会って…」玲子は大佐を探した。大佐は、扉の影で胎 児のような格好でうずくまっていた。本能的に<旧支配者>の宇宙的なエネルギーを 直視しない場所に非難したのだろう。玲子は、そこに行くと、大佐の手をとって軽く プラーナを送り込んだ。大佐の身体がぴくりと痙攣し、目が開いた。 「う…。ああ、君か。一体どうなって…」 大佐の声をカインの鋭い声が遮った。知らぬ間に玲子の後ろに立って、大佐を睨ん でいたのだ。 ・・ 「きさま、荏室少佐!ここで何をしているんだ!」 「カイン、知ってるの?」玲子は驚いて訊いた。 大佐はカインを目にすると、にやりと笑って答えた。今まで、精神を閉じていたと はとても思えない。 ・・・・・・・・ 「やあ、久しぶりだな。エクベルファード、いや、カインか。今は大佐だよ」 「お前が大佐だろうと、二等兵だろうとどうでもいい。ここで何をしているんだ」 その声には隠しきれない憎悪がこもっていた。玲子はぞっとしながら、あっけに取 られて、二人を見ていた。 「任務なんだ」大佐は立ち上がると銃を探した。CZ85はカインの足元に転がっ ていた。大佐は肩をすくめると、それを拾うのをあきらめた。 「<ホロン>のか?」カインは詰問した。玲子はツオ・ルがその固有名詞を口にし たのを思いだした。 「<ホロン>って何なの?」玲子はカインに訊いた。カインは吐き捨てるように答 えた。 「世界で一番、汚らしい奴らが作っている組織だ」 「そんなにひどいことを言わなくてもいいじゃないか」荏室大佐は倒れている兵士 たちを見回した。「あーあ、こいつらの訓練には4年もかけたのにな。また、新兵か ら育てにゃならんとは」 「お前もそこに転がしてやってもいいんだぞ」カインは剣の柄に手をかけた。 「わかったよ。あんたと戦うつもりはないんだ。おれはさっさと帰りたいだけだ」 「帰る前に話せ。ここに何の用があったんだ」カインの声は静かだったが、それは 俗に言う嵐の前の静けさ、というやつだった。荏室大佐にもそれは充分わかったらし く、降参したように壁にもたれると、言った。 「ツオ・ルに用があったんだ」 「どんな?」 ホロン 「実は、ツオ・ルにここの事を教えたのは、うちなんだよ」 数瞬の沈黙の後、玲子が口を開いた。 「つまり、ブランデーワインとスワン、それに1才の子供を<従者>に売り渡した というの?」 「まあ、言葉を飾らずに言えばそうなるかな」荏室大佐は悪びれずに言った。 電光のようなスピードで玲子の右手が飛び、大佐の頬をひっぱたいた。洞窟にぱし んという小気味のいい音が響いた。カインですら、それを予測することも、動きを目 にすることもできなかった。大佐は自分が易々と他人に接近を許したことが信じられ ない、と言った顔をしていた。 「自分が何をしたのかわかっているの?」玲子は爆発した。「ブランデーワインと スワンはいいわよ。彼らは教団の人間で、常に危険にさらされていることは承知して いたし、覚悟もあったでしょうから。でも、1才の女の子に一体、どんな罪があった というのよ!」 「別に、おれ自身がそうしたわけじゃない」荏室大佐は後ろめたさを感じて、とい うよりも、玲子をなだめるために言った。「ツオ・ルに教えたのは、他の誰かさ」 「そんなことが言い訳になると、本当に思ってるの?」玲子はなおも、まくしたて ようとしたが、カインは手振りでそれを止めた。 「それから?」氷のような声でカインが促した。「何のためにそうしたんだ」 「ツオ・ルはどこか、アスラの研究をできる場所を探していた。一方、<ホロン> の方はアスラが欲しかったんだ。何のためか、訊きたいだろうから言うと、おれたち を使うわけにはいかない戦闘のとき、送り込む優秀な部隊が欲しかったのさ。それが、 人間だろうと、アスラだろうと何でもよかったんだ。だが、言っておくが、<ホロン >も<旧支配者>のことは充分、承知している。まさか、ツオ・ルが<旧支配者>復 活のためにアスラを生み出し、強化しているとは思わなかった。上層部が望んでいた のは、<従者>をコントロールしながら、利用することだったんだからな」 「ここの改造に秘かに手を貸したのも、お前達だな」 「資金と、掘削機械や建築材料を提供しただけだ。何を作るのは言わなかった。< ホロン>としては、アスラという狂戦士が安定して供給されるならば、金に糸目はつ けないつもりだったのさ。 ジャカリチャーチ 一番苦労したのは、他でもない邪狩教団に、探知されないことだったそうだ。おた くらの情報網はとてつもなく優秀だからな。そのために随分、金をつぎ込んだ」 「アスラの元の人間もあなたたちが与えたの?」玲子が低い声で訊いた。まだ、怒 りが収まっていない。大体、玲子とカインがこんな苦労をしなければならないのも、 元はといえば、この男の属する組織のせいではないか。 「いいや。だが、黙認していたのは確かだ。最初は浮浪者やなんかを捕まえていた らしい。そのうち、避暑客や通りすがりのドライバーをアスラを使って、誘拐させる ようになった。アスラの訓練も兼ねてな。ただ、それだけじゃ、あれだけの数をそろ えるのは無理だから、最後にはアスラに生殖能力を持たせたらしい。おれは実際にみ たわけじゃないが、アスラは雌雄両体でセックスなしで、子供を生める。妊娠期間は 人間の10分の1で、子供が成長するスピードも数週間くらいらしい」 「今日は何をしに来たんだ」 「ここ、数週間ツオ・ルも、キオ・ルも連絡が取れなかった。おれは様子を見てこ いと命令されたんだが、ツオ・ルが裏切った可能性もあるので、指揮下の部隊を連れ てきた。案の定、着陸した途端に攻撃して来たよ。撃退してやったがね」 「わかった」カインは柄から手を離した。「今日は殺すのはやめておいてやる。さ っさと帰れ。銃を拾うな。丸腰で帰れ。途中でアスラの生き残りにでも出会ったら、 素手で切り抜けるんだ」 「ひどい奴だ。一体、おれが何をしたって言うんだ」荏室大佐は悲しそうに言った が、目には自信が宿っていた。どうせ、身体のあちこちにいろんな武器を隠し持って いるに違いない、と玲子は考えた。 「一緒に行くかね?」荏室は訊いた。 「お前はこの洞窟から上がれ。ぼくたちは別の道から行く」 「はいはい。わかりましたよ。それじゃ、またな。さよなら、お嬢さん」 「2度と会いたくないわ」玲子は答えると、背を向けた。それは切実な希望だった のだが、残念ながら実現しなかった。玲子は時を経て、再び荏室と出会う事になる。 玲子とカインが歩き始めたとき、後ろからためらいがちな声が呼び止めた。 「待ってくれ、カイン」 カインは振り返った。 「何だ」 この男には似つかわしくないことに、荏室はしばし躊躇って、それから言った。 「姉さんは元気か?」 「お前の知った事じゃない」カインの瞳に怒りの炎が燃え上がった。「2度と姉上 のことを口にするな。穢らわしい」 言い捨てて、カインは荏室に背を向けた。玲子を促して歩き始める。玲子は最後に 一度だけ振り返るとカインの後を追った。荏室は失恋した中学生のように立ち尽くし ていた。 玲子とカインは、ツオ・ルがやってきた通路を逆にたどった。カインはここに来る 途中に、庭の倉庫に出るらしい階段を見つけていた。しばらく、どちらも口を開こう としなかったが、玲子はとうとう好奇心に負けた。 「カイン、ひとつ訊いてもいい?」 「駄目だ」にべもない返答だった。玲子は内心たじろいだが、聞こえなかったよう な顔をして続けた。 「あの荏室大佐とは前からの知り合いなの?」 返答は不機嫌を極めたものだった。 「君の知った事じゃない。ハミングバード」 玲子は少しむっとして言い返した。 「知る権利があると思うわ。私には」 実は玲子自身、そんな権利があるとは思っていなかった。だが、カインは内的世界 でどのような結論を出したのか、その権利を認めた。 「他言しないと誓ってくれ」 「神かけて誓うわ」玲子は厳かに誓った。自分が無神論者であることをわざわざ言 う必要もない。 「あいつは、<巫女>の一族の血をひいているんだ」 玲子は絶句した。カインは恥じるように口をつぐんでいた。何度か、口を開閉させ て、ようやく玲子は疑問を口にした。 イーブル・サイン 「み、<巫女>の一族!?確かに、ただ者じゃないとは思ったし、邪悪な瘴気を私 以上に敏感に感知してたけど。でも、大佐はホロンとかいう組織の一員なんでしょ? <巫女>の一族の者がどうして、外部にいるの?」 「それは少し複雑なんだ」カインはため息をついた。 二人は、洞窟の途中にある階段を昇った。確かに、まっすぐ庭の方に出ている。し ばらくして、カインは口を開いた。 「<ホロン>というのは、組織だと言ったが、その実体はないに等しい。その始ま りは相当古い。わかっている限りでは中世ヨーロッパの封建社会の時代にそれはすで にあった。その時は、もちろん<ホロン>という名前ではなく、別の名前だった。 それは、錬金術師達が協議して生まれたらしい。最初の目的は、純粋に科学知識の 広範な交換の会だった。また、科学を敵視する教会勢力からの迫害を逃れるための、 団結でもあった。 その集団は歴史の中に確実に存在していたにもかかわらず、浮上することはなかっ た。邪狩教団とよく似ているが、違うのはその集団が次第に、知識とそれによって得 られる富の独占への道を選び始めたことだ」 「時の権力者と手を結んだということ?」玲子は口を挟んだ。カインは頷いた。 「そうなったのは、神の名のもとに科学を弾圧した中世の教会が主な原因であると 言われている。多くの暗闘があり、時には放火や殺人、拷問などが応酬された。とう とう、錬金術師たちは科学知識という人類の宝を手土産に、権力者の保護を求めたん だ」 玲子は黙って耳を傾けていた。 「この段階で彼らは過ちを冒した。権力者−国王や封建領主たちは、確かに教会か ら、錬金術師達の知識を保護したけれど、彼らが望んだように、その知識を大衆に広 げようとはしなかった。それを独占し、自らの権益を守るために使ったんだ。 数世紀後、錬金術が科学と名を変えていた時代には、権力者たちの間には、知識独 占のための秘密結社が生まれていた。権力者の心理構造というものは、数千年前から ほとんど変わっていない。つまり、知識の可能性というものを知っていたんだ。それ は、権力者自身に利益をもたらすこともあるが、逆に大衆を抑圧や隷属から解放して しまうかもしれない。 秘密結社の目的は、すぐれた発見や発明がなされる度に、それをコントロールする ことだった。そして、自分達がそれによって充分甘い汁を吸えるのなら、慎重に世の 中に広める。逆に自由と平等をもたらすような知識ならば闇に葬ってしまうか、搾取 のシステムを変更してその知識に対応させるまでおさえておく。そんなふうにして、 一部の権力者が全人類の叡智を餌に肥太っていくなかで、大衆は、自分達がどれほど 貴重なものから遠ざかっているのかも知らないまま搾取され続けた」 「教団はそれに干渉しなかったの?」 「邪狩教団の目的は、<旧支配者>の復活を妨げる事であって、不幸な民衆を助け ることではないからな」カインは冷たく言った。「両者の利害が対立したとき、勝利 を収めたのは必ず教団だったそうだ。だが、基本的には教団は不干渉だった」 「そう」玲子は寂しげに呟いた。「さっきの話を続けて」 「その秘密結社は、それでも何度か壊滅したことがある。教会勢力に滅ぼされたこ ともあれば、ルネッサンスの前に自滅したこともある。人類の知識の発展、とりわけ 西欧科学文明の発達は、結社の小癪な妨害などはねのけてしまった。 しかし、彼らは必ず違った名前で復活した。最近では頻繁に消え失せ、忘れたころ に出現する。相変わらず結社の活動目的は、富と知識の独占にあるんだ。その活動範 囲は全世界の経済、軍事、科学技術、宗教に及んでいる。 1963年、結社は一人の政治家を暗殺した。軍縮を試み、科学の発展を願い、確 固たる信念と、立派な哲学を持っていた男だ。彼が死んだことでベトナム戦争は泥沼 化し、世界は熱核戦争の危機におびえることとなったんだ」 玲子の脳裏にその政治家の名が浮かんだ。有名なアメリカ合衆国の大統領である。 「その直後、結社は姿を消した。目的を果たして、闇に潜ったんだ。その後、84 年に<ホロン>として、どこからともなく現れたんだ。そのときすでに、<ホロン> は<旧支配者>に関して、かなりの知識を持っていた。明らかに<従者>を軍事的に 利用しようとしていたんだ」
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