空中分解2 #2208の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2 6月になったばかりの北海道はまだ寒い。まだ昼過ぎなのに玲子はトレーナーを持っ てこなかったのを後悔していた。薄手のブラウスにブルーのライダージャケットとGパ ンでは夜になったら凍えてしまうかもしれない。玲子はバイクに乗るわけではないが、 ツーリングライダーの多い北海道でライダージャケットは、オフィス街の背広姿ほどに 目立たないのだ。 玲子が潜んでいる木陰の100メートル先に警察の無線指揮車が停まっている。機動 隊員がひとり車から降りて、ぼんやりといった様子で辺りをうかがっている。万が一、 事情を知らない旅行者などが通りかかっても、うまく云い抜けるつもりなのだろう。も っともいかにそれを装おうとも、手にしたショットガンと鋭く緊張した眼光がそれを裏 切っているが。もちろん玲子の訓練された視線は、機動隊員の動きに少しもスキがない ことに気付いている。 ザッ…。玲子の右耳に押し込んであるコードレスイヤピースに通信が入った。 『ハミングバード。長官だ』 玲子は腕時計に組み込まれた送信器に囁いた。 「感度良好です。いまどちらに?」 『札幌市内だ。機動隊員の様子はどうだ』 「かなり緊張してます。おそらく凶悪犯か猛獣説を信じているんでしょう。例の映像 も見ているのかもしれませんね。本土からの応援部隊はどうなってますか」 『こちらも到着を遅らすように可能な限りの妨害を試みている。だが、どんなに引き 延ばしてもやはり明日の夜明けがギリギリの線だ』 「わかりました。もう少し様子を探ってから包囲網の中に潜り込んでみます」 『了解。1時間後に連絡する。通信終わり』 それから数分後、玲子は物音一つたてずに別の機動隊員の持ち場へ移動した。こちら は無線指揮車はなく、3人組の1人が無線機を持っている。こちらの方がすり抜けやす そうである。玲子は行動を開始した。 数10メートルを後戻りして、隊員達から見えない場所で道に出た。そして、重要な 目的を持って急いでいるように歩きだした。 機動隊員の前に出た。 「お嬢さん」一人が玲子を見て、驚いたように問いかけてきた。「どこから現れたん だね。ここからは立入禁止だよ」 「あらどうして」玲子は無邪気に問い返した。 「どうしてって、ニュースを見なかったのかね?凶悪犯がこの先に潜伏してるんだ」 「まあ、そうだったの。でも私なら大丈夫よ。今日は風のない火曜日だし、雨も振り そうにないわよ。空を見てよ、雲ひとつないわ」玲子は隊員の目をじっと見つめながら ゆっくり話した。 「そ、そういえばそうだな」隊員の顔に眠気が射したようだった。いつのまにか他の 2人の隊員も寄ってきている。3人とも魅入られたように玲子の顔を凝視していた。 「私はどうしてもこの先の村にいかなきゃならないの」玲子がそういうと、隊員は正 気を取り戻したように叫んだ。 「だ、ダメだよ、そんな。誰もここから先に通すなとの命令なんだ」しかし、その声 は自信なげに弱々しく響いた。 「大丈夫だったら。わたしのような可愛い女の子なら、熊だろうが、凶悪犯だろうが 避けて通るだろうし、森の妖精ともわたしはお友達だし、あなたには素敵な奥さんがい るんでしょう?どんぐりやノイチゴだってそろそろ見つかるだろうし、ソ連は解体した わ。アインシュタイン博士だって今度のオリンピックを楽しみにしてるのよ。ね、わか った?」 「そうだな」中年の機動隊員はぼんやりといった。「いわれてみればなんの問題もな いな。うん」 残りの2人の隊員も頷いた。 「じゃあ、私は行くわ。お仕事がんばってね」玲子は3人の傍らを通り抜けながら、 手を振った。 「ありがとう。ほんとに機動隊員ってのはつらい職業なんだ。給料は安いし、仕事は きつい。女房はいつも文句ばかり垂れるしな。大体、おれが警察に入った頃はだな、学 生運動のまっただ中で…」機動隊員は自分の内面に注意を向けて、誰も喜ばない自伝を 喋りだした。玲子は悠々と歩きだした。 「おい、待てよ」5、6歩進んだところで後ろから声がかかった。さすがに玲子はギ クリとして、振り返った。機動隊員が鋭い口調で質問した。 「あんたが、森の妖精と友達だってのは本当だろうな?」 玲子は笑い出しそうになった。必死でこらえ頷いた。妙なところで職業意識が復活し たらしい。 「そうか、じゃあ気をつけてな」機動隊員は手にしたショットガンを振ってみせた。 玲子はもう一度手を振ると歩きだした。 心臓が10拍ほど鼓動を打ったとき、玲子はそっと振り向いてみた。3人の機動隊員 は座り込んでタバコをふかしながら、なにやら話しに興じていた。一人が演説口調で話 しているのをみると、機動隊員の組合を結成する相談でもしているのだろう。彼らは次 の定時連絡と同時に何事もなかったように元通りの人格を取り戻すはずだ。そして、玲 子のことなど完全に記憶から消し去っている。 玲子は足早に小道をすすんだ。
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