CFM「空中分解」 #1736の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
(2)増産指令 彼女は淡いパープルの静電気防止ウイッグを付けていた。 「鉱区監督官はどなた?」 りんとした声が中央管制室の喧騒の中に響いた。 「私です。ルヲ・コルグです」 ルヲがのそっと椅子から立ち上がる。ブーツの底のマジックテープが丸い彼の身体 が浮かないように止めていた。 「私は視察団団長のアニタ・グレイ。本社の命を受け、ルナ管理局から来ました。こ れから百日間、この鉱区の視察を行う予定です。本社からの連絡は来ていますね。K LS9023B鉱山の全面的協力を要請します」 立て板に水の事務的な口調だった。女らしさのかけらもない。整った非のうち所の ない顔立ちが余計に反感を抱く。 「はい、あなた方、視察団の便宜を図るように指示されております。何なりとご用命 のほどを。できうる限りのご協力を致します」 ルヲは必要以上に慇懃(いんぎん)に応えた。 「結構。それから、輸送監督官は?」 ロックは、ゆっくりと彼女の前に一歩踏み出した。 「口があるんでしょ。名前は?」 「ロック・マツオ」 ぶっきらぼうに返事をした。 「そう、あなたが有名なマツオね。絶妙のコントロールで鉱石を数億キロも投げるっ てピッチャーのことを聞いたわ。でも、もう少し速い球が欲しいの。それにボークは やめて欲しいわね。ルール違反に支払う金は我が社にはないのよ」 「鉱石が流星雨と衝突するような時や、航行する船のコースと鉱石のコースが交差す る時に、少し休んでいるだけだ。安全に確実に鉱石を送り届けるのが俺の仕事だ」 「良心的ね。でも結局は臆病なだけよ。こんなだだっ広い宇宙の中で、小さな船に小 さな石ころがぶつかる確率がどれだけあるって言うの? 神様だって分かりゃしない わ。臆病者じゃ、宇宙では生きていけないわよ」 「反対だな。ここじゃ、ちょっとしたことが命取りだ。臆病なことが美徳になる」 アニタは、唇をきっと結んだ。両手の握り拳が震えていた。 「グレイ団長、何億キロもの長旅でお疲れでしょう。お部屋を御用意しています。係 の者に案内させましょう」 ルヲが張り詰めた空気を破った。 一人の女性係員がやって来て、アニタを案内して行った。 「どうした、ロック。やけに突っかかるじゃないか。美人は嫌いか? しかし、口に は気をつけた方がいい。口のきき方一つで、地球本社か冥王星鉱山かが決まる」 遠ざかるアニタのウイッグはショートだった。 ジェニファーもそうだった。 彼の錆びた記憶の中に、同じ光景があった。 「おいっ! ルヲ、ルヲはいるか。ルヲを出せ! 返事をしろ。ルヲ、ルヲ!」 中央管制室のコンソールのスクリーンに映ったボーイが騒いでいた。 「うるさいぞ。何を騒いでいる」 ロックがコンソールのスイッチを押すと応答した。 「あんたには用はない。ルヲを出せ! ルヲを!」 スクリーンのボーイの剣幕は、ただごとではなかった。 「ルヲはここにはいない。落ち着けよ、ボーイ。どうしたって言うんだ?」 ロックはボーイをなだめた。 「今日、作業工程表が変更になったんだ。十日間に十万トンの鉱石を掘り出せだと? ふざけんじゃない。何を考えてるんだ、鉱区監督官は!」 「何かの間違いだろ? 十日間に十万トンと言えば、今までの十倍の量だ」 「ロック、あんただって一枚かんでるんだろ?」 「いい加減にしろ、ボーイ。俺は何も聞いてない。第一、ここのマスドライバーはそ んなに大量の鉱石を発射できん」 「いいえ、できるわ」 アニタと、彼女の部下のベンソンが、ロックの後ろに立っていた。 「なんだと?」ロックは憮然として彼女を睨んだ。 「一日に一万トンの鉱石を発射できるって言ったの」 ロックは、もうコンソールのボーイのことなぞ忘れていた。 「どういう意味だ」 「新型のマスドライバー・ガイダンス・システムを使えば、今までより最短コースに 乗せ、しかも発射のインターバルを最小限に抑えることができる」 ベンソンがアニタに代わって答えた。 ロックはアニタの前に歩み寄った。 「マスドライバーはデリケートなんだ。ちょっとのことで発射した鉱石の飛行コース が大きく変わる。マスドライバーに手を入れるなんぞ、正気の沙汰じゃない!」 「我々はその道のプロだ。あと二十四時間で、改造作業も終わる」 「なんだと!」 ロックは今度はベンソンに詰め寄った。 「この鉱山は、他の鉱山に比べて鉱石採掘量が少ない。地球では鉱石を必要としてい る。非効率的な作業を続けていては、駄目だ。我々が運んで来た装備を設置して、効 率を上げるんだ」 「ここは宇宙だ。宇宙には宇宙のやり方がある。強引なやり方は危険だ」 「臆病なの? それともサボタージュ?」とアニタ。 「知ってる筈だ! ソラリア連邦の大移民船団がイオの近くから発進する。そのコー スは、このKLS9023Bのマスドライバーの鉱石発射コースと重なっているんだ ぞ。万が一の時、移民船団は大惨事に見回れる」 「ソラリア連邦の船のことなんかに構ってられないわ。地球は鉱石が必要なのよ。そ れに、こんな広い宇宙で石ころが船になんか当たるもんですか」 「あんたの部下の作業を止めさせろ。マスドライバーはそれぞれ固有の癖がある。下 手に触ると、取り返しがつかないぞ」 「分かったわ。それじゃ、あなた達にやってもらうわ。もちろん、嫌とは言わないで しょうね。嫌なら、A級宇宙鉱山監督官の資格を剥奪するわ。一度資格を剥奪された スペースマンは、二度と宇宙には来れないのよ。分かってるでしょ?」 ロックの手が震えていた。 「ロック、落ち着けよ。グレイ団長の言う通りにしろ」 ルヲがロックをなだめた。 裏切り者め! 無重力の中、ロックの体内の血液が音を立てて逆流した。額にうっ すらと汗が滲んでいた。ロックはコンソールのスイッチを乱暴に叩いた。 「ボーイ! ロンと一緒に何人かで、視察団の手伝いをしろ! 新型のマスドライバ ー・ガイダンス・システムを設置するんだ」 「なんだって!」 スクリーンの向こうでボーイは狐につままれたような顔をしていた。 冷やかなアニタの横顔に、ロックは忘れていた何かを感じていた。 −−−−−−−−−−−(TO BE CONTINUED)−−−−−−−−−−
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