CFM「空中分解」 #1735の修正
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喜三郎をはじめとする三本松高校野球部員らを乗せたバスは、静かに夕暮 の街を走っていた。車内の空気は重く沈んで、部員たちは皆一様に沈黙を続 けている。今日の試合を残念そうに嘆く者さえいない。数分前に天津が皆の 暗い雰囲気を改めようと、快活な口調で、 「まあ、来年もあるのだからな。いや、我々は今年で卒業か。いつまでも若 い若いと思っていても、もう高校生じゃなくなるんだな。これあ一本、取ら れたよ。いやっはっは」等と口走ったが、何の役にも立たず、かえって険悪 なムードを強めるだけに終わった。 梅田手児奈の座席は、運転席側の最前列であった。簡単に言えば、運転手 の真後ろである。そこにはコーヒーや日本茶のポットが備えられており、部 員の要望に従って、手児奈がコーヒーなりお茶なりを煎れて、渡してやる様 になっていた。けれども手児奈は、今日一日の、興奮したり、残念がったり したその疲れが一時に出たと見え、幼い寝顔をさらして、小さな いびき を かいていた。 「手児奈」突然耳もとでささやかれて、手児奈は、はっと目を覚ました。横 を見ると、喜三郎が立っている。 「ああ。いやだ。わたし眠っていたのね。ええと、お茶? それともコーヒー がいいのかしら」手児奈は慌てた。少しの間でも喜三郎に自分の寝顔を見ら れていた事が、恥しくてたまらなかったのだ。 「うむ。ミルクがいいな。しぼれば有るだろう」そう言って喜三郎は笑った。 無論冗談のつもりである。けれども、手児奈は慌てている。急いで自分の着 ていたブラウスに手をかけて、言われた通りの事をしようとした。 「いや、冗談だよ! そんな」喜三郎が大声で止めた。「君は今どうかして いる。少しおかしいよ」 「ああ、そうだったわね。冗談よね。今の事誰にも言ってはいやよ」 「わかっている。それより、唐突だけど、このバスが学校についたら、家に は帰らずに僕の家に来ないか。ほら、君が以前聞きたいと言っていた、例の 『およげ鯛焼きくん』のテープが手に入ったんだ」 「ええっ。およげ鯛焼きくん? いいわねえ。是非聞きたいわ。今夜は両親 も家にはいない事だし・・・・・・いいわ。行く」手児奈は自分が普段の自分でな いことを心の中で感じ取りながらも、野球の試合が終わったという開放感に 押されて、放心した様にうなずいていた。 「じゃ、必ずだよ。おや、バスが停まった。ああ、休憩所だ」そう言った喜 三郎の声をさえぎる様に、運転手がアナウンスを流した。 「ここで五分休憩します。トイレ御利用の方はどうぞ。売店もございます」 「ちょっと行って来るよ」喜三郎はバスを降りて行ってしまった。 一人残された手児奈は、およげ鯛焼きくんの旋律を小声で口ずさみながら、 体を左右に振っていた。 「梅田さん」突然呼ばれて、手児奈は驚き、声の方向を見た。 立っていたのは杉野森弥三郎であった。 「杉野森君・・・・・・」手児奈はそれ以上ものが言えなかった。 「さっきの、試合前に申しあげたお話し、ここではっきり返事をして下さい。 今はさいわい喜三郎君も居ない様だ」弥三郎は真面目な表情で言った。 「あの・・・・・・駄目だわ。わたし・・・・・・」 「はっきり言って下さい。今夜僕の家に来るのか来ないのか。僕はただ、あ なたに美しい星を見せてあげたくて、それだけの気持ちで、言っているので す。どうか、一度だけでも」 「だ、駄目よ。やっぱり駄目だわ。わたし今夜は喜三郎君と約束があるの」 ようやくそれだけ言った。 「何だと」手児奈の言葉を聞いて、弥三郎の態度は急に横柄になった。「ほ う、約束があるのか。これあちょっと遅れたな。まあいいさ。こんな淫売婦、 こっちから御免こうむる」そう言って自分の座席に戻っていった。 喜三郎がトイレから戻って、バスの中に見たものは、手児奈がうつ伏せに 座って肩を小さく震わせている姿であった。 「手児奈」喜三郎は急いでかけ寄った。「どうしたんだ。まさか笑っている のでもあるまい。とすると、泣いているか、そのふりをしているんだね」 「ああ。わたし、わたし・・・・・・」手児奈は喜三郎の胸へ飛び込んで、激しく 泣いた。 続く
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