CFM「空中分解」 #1707の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第4回 店 長 この前の日曜日、私は『いもうと』達(第3回「いもうと」参照)に誕生パーティ をしてもらった。 それが兄と『いもうと』という関係であれ、彼女らは痩せても枯れてもナレータ。 流石に人目を引く二人の若い美女に連れられて、都会の街をデートするというのは、 気分のいいものである。 さて、ディナーに彼女達が選んだ店が、六本木の駅から少し離れた「スイスイン」 という洒落た店。 店内に入ると、名前の通りスイス風の造りの落ち着いた雰囲気で、テーブルの上の ローソクの演出効果が憎い。外の猛暑が嘘のように感じられるほど、店内は涼しい。 もちろん、スイスの気候を再現しているのである。 テーブルにつき、メニューを見て一通り悩んだふりをして、実は来る前から料理を 決めていた彼女達が選んだディナーは、「チーズ・フォンデュ」。 チーズ・フォンデュは、寒いスイスの鍋料理といった名物料理である。 鍋の中にトロリと溶けたチーズと芳しい香りのワインを少々をいれ、その陶器の手 鍋をアルコールランプで温める。長い金串の先に小さく切った固いフランスパンを刺 し、鍋の中の溶けたチーズにからめて食べるというもの。 ワインのアルコール分と温かいチーズに、身体の中からポカポカとしてくる。 「美味、美味」と我々三人は、最初のうちはがっついていたのだが、さて、これも 食べ続けると、流石に味に飽きてしまうのである。 それに昼間、おやつに食べたサンドイッチのせいか、皆おなかが膨れていて、もう 駄目とサジならぬ金串を投げ出したところ……。 黒のスーツに白いシャツ、黒の蝶ネクタイという、いかにも店長という恰好の男性 が我々のテーブルにやって来た。眼鏡を掛けたこの店長、歳は私と同じくらいか。 「如何ですか」の質問に我が妹の一人、「大変、美味しいです」と答えたが、この 店長、なかなか鋭く突っ込んでくる。「味に飽きてきましたか?」 うーん、できる。と思ったのだが、本当にできるところを見せられたのは、これか らだった。店長、かってヨーロッパに行った話なぞを始めた。 「……ところでヨーロッパなんかには行かれたことは?」の質問に、自慢そうに一人 の『いもうと』が、「昨年の今頃、スイスにいました」などと答える。 「スイスの料理はどうでした?」「美味しかったです」と、彼女が答えると、かの店 長、しきりに首をひねりながら、「美味しかったんですか?」。流石に我が『いもう と』も不思議そうに店長を見ると、彼は金串に刺したフランスパンで鍋の中のチーズ を掻き回しながら、「ひょっとしてあなたはマクドナルドの世代ですか?」「ええ」 と答える彼女に、店長は再び頷く。「そうですか、それじゃ味が分からないんだ。我 々の世代は鯨の揚物なぞ、今では食べようと思っても食べられないようなものを食べ ていた世代の人間は、味を大事にするんです」とチクリ。これには、我が『いもうと』 達もギャフン。 でも、優しい口調に私達は店長の話に引き込まれていった。 しかも、雑談をしながら店長が掻き混ぜていたチーズが、少し焦げたような香ばし い臭いになり、その味も少しずつ変わっていったのに私は気付いた。 「ところで、今日はどういうお集まりですか?」 「今日は、こちらの(私のこと)お誕生パーティなんです」と、『いもうと』。 「男の誕生祝いなんか、つまりませんよ。で、どういう御関係で?」と店長。 「私達は『いもうと』なんです」彼女らは声を揃えて言う。 「そうですか……」店長はさも気の毒だと言わんばかりに私を見つめた。 「いいですね。こんな若い美人とこんな一時が過ごせて。私も女性の友人が多くて、 あなたと同じ『いもうと』ばかりなんですよ。私、○○(地名)に住んでるんです。 遊び過ぎてタクシーも中々拾えなくなった女の子が、夜中に電話してくるんですよ。 『車で家まで送ってくれって』。こっちは寝てるんですよ。当然、電話を切ります。 そうすると、今度は玄関のチャイムが鳴り出します。出て行くと、たった今、電話し てきた女の子が立ってるんです。それも私の見知らぬ友人達を連れて。気が付くと勝 手に冷蔵庫を開けて何か飲んでるんですね、これが。そうなると、彼女らは、もう家 に帰るつもりがなくなるんでしょう。結局、私は寝室を追い出され、ソファで寝るは めになるんです。翌日の彼女ら、会社に出勤なんですが、これが凄い。三人が着てい る服を交換して着替えて、私の家から出勤して行くんですよ」 我々、三人は腹を抱えて笑い出したのである。そして、食べられなかったはずの料 理についつい手が出てしまう。 この店長、惚けた顔をしているが、なかなか口がうまい。「ところで、いい人は、 おいでですか?」と、一人の『いもうと』に声を掛けた。しかし……。 「ええ、主人がいます」の彼女の答えには、流石の店長もゲッという表情。 「なんと、『幸せ』してるんじゃないですか。今日は旦那さんは?」 「会社に出ています」 「あらら………、ご主人は働きもんなんですね。大事にしてあげてください。私も、 朝、家を出て深夜に帰る。そんな生活を繰り返していて、ある日言われました。『私 は慰安婦じゃない』って。悲しかったですね。そして、ハンコをつきました。二回も つきましたよ。しかし、人妻でもいいですね。こうやって、一時を過ごせるのは。私 の周りにも若い人妻がいて、食事に行こうというんですが、彼女、主人を連れて来な い。自分の主人を連れて来ると、私と割り勘になるんで連れて来ないんでしょうが、 しっかりしてますよ。それに若い子らは、私くらいの歳の男と食事に行きたがるんで す。我々なんか、結構食事もそこそこの所で食べるし、当然勘定は持ちますからね。 とにかく、しっかりしてますよ。彼女らは一線を引いて絶対にそれを越えようとしな い。とにかく、『原爆が落ちても壊れない鉄壁の一線』を持ってるんですから。私も 女性によく『いい人ね』と言われてたんですが、この頃考えを変えたんですよ。『い い人』を止めようと決めたんです」 ここまで聞いていた私、思わず店長と握手をしてしまった。なんという似た境遇か と、感極まったのである。 二人の『いもうと』達はそんな私達を見て笑い転げていた。 「そうそう、あなた、指輪をしてませんね」という話に、人妻の『いもうと』は「こ の頃は結婚指輪は指じゃなくて、ネックレスにして服の下に付けるんですよ」 そう聞くと店長は、自分のシャツの胸元からシルバー・チェーンに繋がった指輪を 出して見せた。「何しろ、二回もハンコを押しましたから……」 なる程、別れのハンコと、再びのハンコ。それで二回。納得。 気が付くと、私達のテーブルの上の鍋は空っぽ。フランスパンもおかわりしていた のである。 店長は私に向かって一言。 「人妻でも独身でも、いいじゃないですか。素敵な女性と、いい一時を過ごせるんで すから、今度はディズニーランドにでも行かれたらどうですか?」 「はあ、もう行きました」という私達に、呆れ顔の店長は食器をさげていった。 食後のコーヒーを頼んだ私達のテーブルに再びやって来た店長は、三本の細いロー ソクの立ったチーズケーキを手にしていた。 「いつになっても誕生日はいいものですよ。おめでとうございます」 私は、三人の拍手の中、そのローソクを吹き消した。 そして、二人の『いもうと』と私は、大満足でその店を出たのである。 ちなみにコーヒーとケーキはサービスだった。 ごちそうさま、店長。また来ますよ、必ず……。 1989年7月24日 コスモパンダ
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