CFM「空中分解」 #1670の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
六つ子の恋 「ねえねえ。それってホント? 本当にピーター、っていうの?」 「そう。ぼくたちは、みんなピーター。ピーター・杉本」 「ぷっ」 長い髪の彼女は笑う。大笑い、ってんじゃないけど。 「戸籍にもそう書いてるんだったら許したげる」 戸籍の写しぐらいは小道具の内さ。ぼくらはその紙切れを見せる。 「げー」 彼女はそれを手にとり、連れに見せる。ショート・ヘアーの、さっきからむっつりし ている女だ。そして長い髪の彼女は言う。 「つくりもんでしょ、これ。どうせつくりごとならさぁ。もっとジョーク効かして欲し いのよ。……だいたいさー。六つ子に同じ名前つける馬鹿いないじゃん」 あきれ顔したロングヘア。もう一人の方は怒ったように、 「テメエら、六人掛りじゃないとナンパも出来ないってわけかよ」 「そっか。六対二じゃ怖いわけか」 少し屈み気味だった姿勢を正し、見下すような演技。ぼくらはそっけないふりを装お う。それに二人の兄貴も、三人の弟も、息の合った、ばっちりのタイミング。ぼくたち は興味を失ったような目をして、振り向き、歩きかける。 そんでここで…… 「じゃさ。二人ならいいって事だろ。おれたちならどうだい」 いっちゃん下と、いっちゃん上の兄貴。上々の出来。まあ、三流劇団員とタメを張れ るだけの演技力はあるわな。 ぼくら、残りの四人は振り向いて、 「いるんだよなー、こういう風に抜け駆けする奴って」 「この子に目ぇつけたの俺だぞ」 「こっちは俺が先」 三人が短い髪、三人が長い髪。大騒ぎして、周りの視線をさらに集める。だいたい、 六つ子が六人揃ってナンパするのが、目立たない方がおかしい。これが、成功の本質。 「さあさあ、早く飲みいこ」 ぼくらが連れていくのは「ラバーソウル」という店。調度品がホンモノであるとか、 店の人間はもちろん、客も外人ばっかりというのが主な特徴。「リボルバー」もいいが それは「サージャントペパー」がいっぱいで入れなかったら、だ。 そんな店をよく利用するのは、野獣のような黒人や、才能のある人間の放つ、独特の 臭気「「もちろん、ジゴロや女豹たちの臭いもだが「「を利用させていただきたいから だ。ここを教えてくれたいかしたオヤジが言うには、昔の女は店に入った途端、びびっ てしまって「私、帰る。」だったそうだ。 「すんごい店」はショート。 「やだなー」はロング。 「すげーだろ」 まるでぼくらの店のような言い方。ぼくらが入ると、店んなかの連中の「けっ、青二 才が」という視線がわかる。そんな事は気にしない。どうせ借りものの雰囲気なら、一 番いいものを借りたいと思うのがとうぜんだろ。 「ちょっとぉ。何びびってんのよ、ショウコ」 「だってぇ」 こりゃしくじったかな。一対三で……と思ったのに。ちょっと無理だな。一対六は大 変だ。痙攣でも起こされたら、赤っ恥をかいちまう。 「そりゃ、マリは今度留学するくらいだから、こういうの好きなんだろうけどさ」 長い髪のショウコは泣き出しそうな声をだしてそう言った。顔は泣き出してはいなかったが、よくない兆候だ。もう少し大人数でかたまっていた女を狙うべきだったな。今日 は負けだ。 「言ってやってよ。びびってんのよ。この娘」 「肌が黒いからって、獣じゃないんだ。噛みつきゃしないよ」 日本語が解る何人かが、こっちを睨む。やべぇ。 「そうそう。今日は何の日だか知ってる?」 「何の日?」 「ぼくらの誕生日」 去年もツイてなかったんだな。そういえば。 「そんじゃあさあ。あんた達のこと。十九年前の今日の新聞に載ってるわけ?」 再び小道具の登場だ。ハイハイ。今見せてやっかんねー 「なにー。新聞まで持ってんの、あんたたち」 「あんたたち、っての止めてくれないかな」 「ぼくらを「あんたたち」って呼ばないなら見してやるよ」 「いーじゃない。見せて見せて」 去年の今日もこんなシケた晩で、一人がワンワン泣きだしちゃったっけ。しかたなし に連れの一人だけを、いっちゃん上の兄貴が連れ込んだんだ。んで、俺達が頃合をみて のそのそ押しかける。あの女はびっくりしてたっけ。何しろ「終わった……」って思っ ても相手はまだヤッてもいないようにビンビンしてんだから。六回イッて、彼女がどう も変だって気付いたときには裸の男が六人、部屋に立ってたってわけ。 「どこに書いてあんの?」 「ここだよ、ここ」 「えっ。なになに。世界で最初の試み、クローン・ベビー誕生……って、なによ?」 「わかんない?」 「表現悪いけど、ぼくらはトカゲのしっぽ、みたいなもんなのさ」 「卵から生まれるたんじゃなくて、細胞分裂したんだ」 「ばか、その言い方は誤解を招くだろ」 「どうでもいいけど、新聞の一面に載ったなんてすごいね」 「そうそう。結局どうでもいいんだ。有名ならさ」 「どうでもよくないわ」 不意にテーブルの横からの声。その声の響きにはぼくらを脅えさせるなにかがある。 ぼくらは振り向く。髪の長い女。黒のジーンズ。黒のジャケット。ミラーコーティング のサングラス。 女は引き攣る様な微笑みを口元に浮かべる。店の客もその緊張感を感じ取ってか、し ん、となる。ぼくらの緊張が頂点に達したとき、女はサングラスを外す。 「おぼえてない。そういうツラね」 「ぼ、ぼくは覚えてるよ。確か、君。刑事さんだったよね」 「優秀な遺伝子をもらってる割に、肝心なことを思い出さないのね」 「もちろん。おぼえてるさ。けど、あんなこと。……気にするような事じゃないよ」 彼女はその言葉を聞いてない風に、 「去年よ。ぴったり去年の今日。あんたたちにはどうでもいいこと。そう。どうでもい いことだったら、私はこの一年の地獄を味合わずに済んだのにね」 そういい終わると、彼女はサングラスをかける。そしておもむろに右手を左脇に差し 込み…… 「死になさい」 銃声。 喚き、泣き叫ぶ女達、逃げ惑う人々。 ぼくらは走った。あの女はマジだ。マジに気が狂ってる。逃げなきゃ、出来るだけ遠 くに、追ってこられないところまで。 店の喧騒の中を飛び出すと、静寂が辺りを支配していた。その世界では、ぼくらだけ が妙に浮いてた。心臓がドンドンいう。脳はどんどん高周波を吐きだし始める。考えは 巡りながらも、何も答えを出さない。 あっ、兄貴がいない? 一番上の兄貴はどうしたんだ。ぼくは足を止める。 「もうぶっ殺されてるよ」 「兄さん、走らなきゃ」 煉瓦の建物が並ぶ中を、ぼくらは走った。だが…… 「こっちにもいる。どうして……」 銃声。 駅へ行く道は塞がれた。でも、どうして。何であの女が、ぼくらに追い付いたんだ。 車か、バイクか? それとも、あの女は世界最速のスプリンターか? ぼくらは港へ向かう。埠頭へ、倉庫へ。ぽつんぽつんとある街灯の光りを避けながら 張り裂けそうだ。心臓が、肺が。車も通らない、五番埠頭への道路にぶつかると、弟は 叫ぶ。 「まだいるのか……おい。悪かった。やめてくれ!」 オレンジの街灯の下にサングラスの女。黒いジーンズ。黒いジャケット。そして銃声 僕の女に強く映るのは、吹き飛ばされた頭と、血の飛沫。 女は弟が動かなくなったのを確認すると、自分の頭に銃を向ける。再び銃声、女は弟 にかぶさるように倒れ、血を重ねる。 「こっちだ!」 二番目の兄貴。 「あの女も、クローニングしたんだ」 六番埠頭に向かって、もう三人になっちまったぼくらは走る。息が切れながらも、兄 貴は言葉を続ける。 「一人を殺すのに一人づつ」 兄さん。言わなくたって分かってる。今はあの狂った女から逃げることが先だよ。走 りながら無理して喋る事なんかないんだ。 どうにもならない。そんな気がする。だからぼくらは、もう、街灯の明りを避けるこ ともしない。 「ちくしょう。よりによって誕生日に!」 「私の誕生日でもあったのよ。六月六日は」 女はそう言い、闇の中からオレンジのサークルにふっと現われる。 「兄さん!」 「死ぬんなら、お前一人で死ね」 向けられた銃を奪おうとする。だが、無情にも彼女の引き金にかけた指が一瞬、早かった。立ち止まってしまうと、ぼくら二人の足が震えた。長い髪の女はその白い頬に、ミ ラーグラスの下の頬に透き通る液体を滴らせる。そして、すべての力を奪ってしまうよ うな、銃声。 一番近い弟に置いていかれないようにして、かたまって逃げる。道路から奥に入り、 倉庫を回りこんで、辺りに置いてある木の台に隠れる。ぼくらは息をひそめて話し合う 「ぴったりくっついていよう」 「そうだな。二人掛りでやれば、やられないで済むかもしれない」 「二人で一人づつ、慎重にやっつけるんだ」 「……あそこのドア」 「開けてみるか」 辺りを慎重に見回しながら、ドアまで静かに走り、ノブをひねる。鍵がかかってない 「あぁ!」 ドアには倉庫のナンバーが記されていた。「666」と。ぼくは騒ぐ弟の口を抑え、 耳を澄ます。遠くにパトカーのサイレン。一台ではない。こっちに向かっている。警察 があの気違い女刑事を捕まえるまで生き残れば、ぼくらは助かるかもしれない。 「いいか、ここに隠れるんだ。じっとして待っていれば、警察が助けてくれる」 「け、警察なんか当てになるか」 「いいから。ここに入るんだ」 陶器で出来たハケのような形のレバーをあげると、倉庫に明りがつく。だが、明りは 如何にも頼りなげで、いっぱいに積み上げられたダンボール箱のせいで、影が多過ぎ、 ぼくらの不安をつのらせる。 弟はしゃがんでしまい、膝を立て、胸の前で指を組み合わせている。迷信深い奴だか らな。ドアの獣の数字を見て完全に自分を見失ってしまったらしい。 「しっかりしろ。じっと待ってればいいっていっても、あの女がもし、ここに現われた らどうするんだ」 「ああ、わかってるさ。わかってるけど……」 「お前はここにいろ。おれは何か武器になりそうなものを探してくる」 ぼくの声も震えている。 「わかったな。ここにいろよ」 「兄さん。し、静かにして」 コツ、コツと靴音が響く。警備員か? 夜間の作業者? 警察? いや、あの女だ。 決まってる。だが、何処から入った? あの重いシャッターを開けたというのか? そ うでなければ、こっちのドアから入らねばならないはずだ……待ち伏せ? 「ちきしょう。おれらの行動を全部予想してやがったっんだ」 「落ち着け。向こうだって全部読んでるわけじゃない。チャンスはある」 コツ、コツ、コツ…… 「よーく聞いてみろ。一人だ。ここにいるのは一人だ。こっちは二人。大丈夫。落ち着 いて仕掛ければ、相手も所詮女だ。なんとかなる」 靴音がやみ、ぼくらは後ろに冷たいものを感じたように、そっと振り返る。そして、 銃声。 「完全にいかれちまってるぜ」 「無理もない。あんな死に方を見ればな」 「またいつ暴れるかわからんからな。しっかり鍵をかけとけよ」 「わかりました」 警官は留置所の鍵を閉め、うつろな目をした人形のような男を見て言った。 「遊びたい盛りだったのはわかるがな。相手が悪かったのさ。うちの署でも……いや全 国でもだな……優秀な女刑事をもてあそんじまったんだから」 そう言い終わって、彼は帰りかけた。そして、 「彼女の方も、気の毒といえば、気の毒な女なのさ。おまえたちとの噂が署内に広まっ てな……よくこの一年仕事を続けられたもんだよ」 ドアが開き、格子の中の男を照らす。 「おとなしくしてろよ……って言ったって解らないか」 ドアはギイギイと音を立てながらゆっくり閉まる。細くなっていく光りに照らされた 若者の顔は、まるで生気のない老人のようだった。だが、左目の辺りにかかっている最 後の光りが消えかけた時、再びドアが開いた。 そして、二発の銃声。 おわり
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