CFM「空中分解」 #1653の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
病院の母はもう左手しか動かせない。 食べるだけで一言も話せない。 ほんの四、五年前までの母は、 お喋りで、おしゃれで、苦労性だった。 −−−−− あれは数年前親類と海辺へ旅行した時のこと、 初めて知った母の異常、その思いがけなさ、 心に最初の鋭い鋼鉄の楔が打ち込まれた。 見渡す限り海原の見えるホテルの展望台で、 ジュースを手に母は亡くなった父を思うように、 景色を背にし虚に立ち尽くし動かなかった姿。 海はるか 母迷い入る 春がすみ 訪れるたび言葉は少なくなり笑顔だけが残った。 愚痴も言わず九九を、文字を練習していた母。 「苦労しなくなって楽になったね」と慰める。 「楽になった」とおおむ返しに答えた母。 心をペンチで抓るような痛みが突き抜けた。 言わなければ良かった!本人しか苦しみは分からない。 したたる汗 つぶやく九九も 夕暮れて 母の手料理、私の好きな豆を一生懸命煮て、 焦げ崩れてしょつぱい煮豆を嬉しそうに出す・・・ 面倒を一さいみている兄がてれ隠しに笑う。 何でもいい、母の一言が聞きたくてじれて話しかける。 帰りがけやっと「ぁ−今日、−−よかったなぁ」と一言。 一年ほどして已むなく東京へ転勤することになった。 兄に電話をしたが丁度留守で母がでた。 「−−−はい、−−−****−−−」 「おかあちゃん!僕だ。息子の淳だ。わかる?」 「−ぅ−−、わからん−−−−−」 「 」 震える手をおさえ受話器を切った。 出口の無い着実な母の悪化が伝わってくる。 階段から落ちる、火傷する、公衆浴場でそそうする。 歩けなくなり、しもの始末も総べて兄がする。 仕事の間に兄が世話をする限界はとうに過ぎた。 兄が参る寸前、今から一年前にやっと入院出来た。 病院の母は私の顔も、むろん名も分からなかった。 親不孝な私の当然のむくいだが−−悲しい。 むかし、母は寝たきりの老人になることを怖れ、 人一倍身体を氣づかったが、運命は容赦しない。 現実の前に成すすべも知らず、ただ母の手を握る。 まだ生々しい母の傷口や、痣が苦渋を語りかける。 ぼ 母惚けて ふさぎ切れない ひたい傷 母痴呆 ベットのしわ手 血のぬくみ 見詰めおり 弥勒の笑みか 母むごん 兄を追う はは目ばかりの 動きかな 新しい老人痴呆の専門病院に母は移る事が出来た。 素晴らしい建物と環境、そして多くの同病者たち。 クラシックの流れる明るい午後の病室、 背を向けた母の左手が何か求める様に動いている・・・ 春昼を 言葉なくして 動きおる 惚けし母の手 宙を藤づる おしゃれだった母に兄が化粧をしてあげる・・・ 驚くことに母は手鏡を見たいと手を伸ばした! 忘れ果てて 横たふ母に 化粧する 兄のすがたも やせて老い 惚けし母や化粧 鏡へ伸ばす手 覚悟していたものの、手を取ってはじめ顔を見た時の母、 痩せ窪んだ目、地の底のような表情は忘れられない。 息を呑んで、呼び戻そうと手を揺すり懸命に話しかけた。 空な細い目、乱れた白髪、表情は変わらない!−−− 落胆と絶望のうちに、じりじりと過ぎる時間。 母呼べど 動くひだり手 ちからなく 諦めなければならないか?心は必死に望みと戦う。 耐えられない!私の細い神経ではとても耐え切れない時。 −−−−−−−−−−−− 眉間に立てのしわが深くなり、心なしか目に光りが? 確かに母の表情が戻ってきた!和やかな顔だ。 惚けし母 卯月ぐもりの ひかりかな これだ、母の顔だ!笑って喜んでいるのかも知れない。 何が何処まで分かり、また苦しみ泣いているかも知れない。 かすみこめ わずかに笑むか 泣くか母 妻と話しかけ、身体の向きを変え、食べさせ、 車椅子で散歩し、身体を拭いてあげる。 丁度母が子供の頃してくれたように。 遠くにいるものの、せめての償いを込めて・・・ 動かれぬ 母の目じりの なみだ塩 現代の医学ですら癒しようのない老人痴呆性、 希望の全くない、地底への洞窟に果てはない。 誰もが持つ人の無力さと、哀しみと・・・ 生きていてくれるだけで、心は暖かく包まれる。 心の破れがつなぎ合わされ、支えられる・・・・ 完 ID:UMC62826 野水 淳
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「CFM「空中分解」」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE