CFM「空中分解」 #0643の修正
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銀河の形に関する一考察 誇大盲走 「しかし、我々の住むこの地球は、」 松田教授は窓の外を見つめるようにして言った。何か青い色の広葉樹の葉が、五月の風にゆれていた。その木の向こうには高速道路が通っている。学生達はねむたそうな顔でノートをとっていた。 「太陽系の中の惑星の一つにすぎないのです。」 彼は振り返って、黒板に「惑星」と書いた。学生達はそれを見て、思い思いのことを書いた。「惑星にすぎない」と書いた学生もいた。何も書かなかった学生もいた。佐藤は、「惑星」とだけ書いた。 「しかも、この太陽系と同じような太陽系がいくつも集まって銀河を構成しているのです。」 「そして、この宇宙には、銀河が沢山あるのです。」 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 「先生、銀河にも個人差っていうか、えーそのようのものがあるのでしょうか。」 「え、どういう事だ。」 「銀河一つ一つの差というのは、どういう所に現れるのでしょうか。」 「うん、それはね、銀河の形だよ。渦巻形とか、球状とか。」 「と、すると同じタイプに分けられるものもあるわけですよねぇ。」 「そうだよ。」 「でも、それを構成している星の一つ一つは違うわけですよねぇ。」 「当然。」 「ではどうして同じ形を構成するのでしょうか。」 「んー。それはわからないというのが正しいんじゃないかな。つまり、」 「つまり、」 「つまり、僕達が学んできた物理で銀河全体の力のつり合いの式を書くことは出来るけど、物理っていうのは、」 鐘がなった。次の授業の始まりの鐘である。休み時間はみじかかった。もう理科教室には誰もいない。 「後でまたうかがいにきます。」 佐藤は教授に礼をして、二号館の心理学の教室の方へと走って行った。理科教室は階段教室であった。 ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 心理学が終って佐藤は食堂へ向かった。彼等のお決りの席には、今日は倉谷しかいなかった。 「村山は?」 「あいつ、昨日レポート書いて徹夜したんだとさ。午後はサボって寝るって言ってた。」 食堂は混雑していた。しかし彼等の周りに人はすくなかった。遠くの方の集団が、またあいつらだ、というふうな目で見ているようだった。 「なあ、倉谷。」 「なんだ。」 「個人差のあらわれる原因は、究極的にはどこなんだろう。」 「わかんね。」 「どうして俺たちの銀河は渦巻形なのに、この宇宙には球状のものとかがあるんだろう。」 「おめー、いっつもそんな事ばかり言うんだなあ。」 「だから、細胞一つ一つが違うのに、どーして同じ形の人間が仕上がって、しかもこんなに違うのだろうか。」 「神様に聞いてごらん。たぶん初期条件の問題だと思うけど。」 「村山はたしかゲージ理論をやってたよなぁ」 「そう。鳴門のうず潮がどーのこーのって言ってたぜ。」 「じゃ、あいつに訊いてみるか。」 ★ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ それから数カ月が過ぎた。 「宇宙の質量が保存される、と考えると、」 松田教授は、教室の隅にある非常口という文字を見つめるようにして言った。広葉樹の葉の青はいつのまにかくすみ始めている。 「密度はどんどん小さくなっていく。」 話は宇宙膨張のところに入っていた。学生の数はかなり減っていた。たぶん、教授が六月の上旬ごろに、どこかの会議室で撃墜王宣言をした、という噂が広まったからだろう。六月ではなく九月にしておけば、学生の数はもっといたかも知れない、と佐藤は思った。講座名は宇宙地球科学であった。佐藤は、わざと他人に読みにくいようなノートをとることにした。 松田教授は、黒板に「消さないように!」と書き加えて授業を終えた。 「佐藤君、君は随分と銀河の形にこだわっているようだね。」 松田教授は佐藤を呼び止めた。一体どこからききつけたのだろう。 「時間があるなら、明日の午後四時に僕の実験室にきてくれ給え。」 「はぁ。」 「僕の実験を見せてあげよう。」 「佐藤!こっちだ、こっち。」 店のおくの方に二人はいた。 「おい、昨晩のMTV見たか。」 「いや。それより、遂に松田教授に呼ばれてしまったよ。」 「お前が変なのに凝るからだよ。」 「やっぱり?」 「そう、やっぱり。」 「一緒に来るかい?」 「何だよそれ。」 「僕の実験を見せてあげよう。」 佐藤は松田教授のまねをして言った。 「面白そうだな。」 村山は、このふたり――佐藤と倉谷――の会話をボケッと見ていた。 「村山、お前も行く?」 倉谷が言った。 「松田教授って、あの逞しいにいちゃんだろ。」 「そう。たしかに物理教授というには、逞しすぎるねぇ。」 と、倉谷の台詞。佐藤がつづける。 「ほら、普通理科系の、特に数学とか物理とかてんもんとかコンピューターとかやる奴ってさぁ、僕みたいな骨皮スジエモン」 「か、オレみたいな水ぶくれのデブ」 村山が割って入った。佐藤はさらにつづける。 「がメジャーな体型じゃない?でも松田教授はどっちでもない。あの、よく経済なんかにいるタイプじゃないかな。」 「何やるんだろう。」 「とにかく、行くとするか。」 彫りの深い冷たいマスク。店のマスターが注文をとりに来た。三人はそれから八十分ほどだべって、校内にある食堂へと席を移した。 ★ ★ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 午後の授業が終ると、三人はいつもの土手に集まった。土手の下は道路、上はグランドだった。図書館で話をするとたいてい怒られる。倉谷がポケットから本を取り出して読み始めた。 「何、それ。」 「ブラウアー。」 「ふうん。」 「私は、若い頃よく、学校の中にある土手に寝っころがり、ポケットから一冊の文庫本を取り出して読んだ。」 「あっそれ、どっかで聞いたことがある。」 「その頃読んだ本の内容は忘れてしまったが、」 「そのときの感触は今でも覚えている、だよね。」 「そうそう。」 「何だったっけ、それ。」 「忘れた。」 「村山、お前は?」 「知らねぇ。」 「あれっ、村山、お前も本なんて読むの?」 村山は少しきたなめの文庫本を手にしていた。 「わりーか?」 「いや、そんな意味じゃないけど。何?ところで。」 「ヴァレリー。」 「おっ、やるな。」 「あと、ヴァトラー。」 「ひょっとして、エレホン?」 「そ、エレホン。」 「よく手に入ったなあ。」 「うん。高かった。」 今度は倉谷がのぞき込んできた。 「なあんだ。文庫本じゃん。」 「倉谷、何か、かんちがいしてない?」 「すんません。」 村山は時計を見た。 「もうすぐ四時だなあ。」 「よし、行くとするか。」 倉谷が立ち上がった。佐藤も一緒に立ち上がった。 「おい、村山、行かねえのか?」 「行きますよ。はいはい。あとはバカ騒ぎっと。」 ★ ★ ★ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ 理科実験室は地下にあった。三人は冷たい階段をそぉーっと降りていった。その部屋の入口の扉は、たぶん鉄のようなもので出来ているらしい。幾度も塗なおしをしたであろうはだ色の扉は、下のはじの方がさびていた。 「気味悪いなぁ。」 「うん。」 「なんかドラキュラでも出てきそうな感じだ。」 「だいたいこのエコーのかかり具合が不気味だよなぁ。」 「そう、900msecぐらいにかかるのは、いやだねぇ。」 「何時来てもここはこんなだから、いやになるよなぁ。」 「二音ぐらい遅れて来るから。」 「何言ってるのか聞きづらくなる。」 そのとき、はだ色のドアはきしみながら開いた。 「やぁ、佐藤君。よく来てくれたねぇ。おや、こちらは?」 「あっ、応用物理の村山です。」 「生物の倉谷です。一緒に見せて頂いても、よろしいでしょうか。」 「ん〜〜〜。まあいいだろう。よし、入り給え。」 三人が中に入ると、そこには大きなアクリル製のケースがあった。高さ二メートルくらい。底面は正方形で、一辺が六メートルくらい。中にはパチンコ玉のようなものが数十個入っていた。 「紹介しよう。右の方が青木君。左が山本君。二人とも僕にとって不可欠な助手だよ。」「すまん、ポンプの調子がよくないらしい。完全な実験が出来そうもない。また明日来てくれるかな。」 三人は顔を見合わせた。倉谷が、「おい佐藤、お前の役だぞ。」とでも言いたげな顔で指図をした。 「ええ、時間がありましたらぜひ。」 「ありがとう。」 松田教授はとてもうれしそうだった。 ★ ★ ★ ★ ☆ ★ ★ ★ ★ 場所はさっきのカフェーに移る。 「どう思う?村山。」 倉谷が不思議そうな顔で村山を見た。 「どう思うって?」 「少し変じゃなかったか。」 「ま、たしかに。」 「何か、変な団体がからんでいるとか。」 「あり得る。」 「恐いな。」 「新興宗教だったりして。」 「銀河教。」 「あははははっ。」 「汝、これを銀河と認めるか。」 「はい。認めます。」 「よし、汝はこれで救われる。」 「よせよせ。」 佐藤が止めた。 「佐藤、お前、明日行くのか。」 「ああ。付合ってくれるか?」 「そうだな、どうしようか。」 「いいんじゃない?」 「よし、じゃ、また明日って云うことで。」
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