CFM「空中分解」 #0617の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
【<ロンリー・クリスマス>】 コスモパンダ 私の会社は東京のチベットと呼ばれる八王子の少し手前の日野市にある。JR中央線 で東京から一時間という辺ぴな田舎の豊田駅で下車する。 しかし、田舎とは言え、あのバイカーンが活躍した都民銀行強盗事件では一躍有名に なった土地でもある。事件後には観光客が殺到したこともあった。 今でも駅前のロータリーには、戦闘服に身を固め、空気入れのポンプを構えた「勇者 バイカーン」の碑が立っている。暇な人は是非とも見に来られることをお勧めする。 さて、この田舎町にある私の勤める会社の一部が移転することになった。 もともと、工場に営業技術スタッフがいるという変則的な会社組織であり、正午に営 業が客の電話を受け、「すぐに来い!」と言われても、JR中央線に乗って東京駅まで 延々一時間の旅。客の所に辿り着いた時には既に夕闇が迫っていた、などというのも珍 しくもない。 こういった営業部隊を迅速に動かそうと、この田舎の小さな会社の社長さんは一大決 心をしたのだ。 「しんずく(新宿)にビルを借りるけん、営業マンはそこさ、行け。行って、お客さ、 とっつかまえて、売上さ、伸ばすだ!」 そして、この迷惑な一言が、私を含めた田舎者社員達を映画「クロコダイル・ダンデ ィ」のようなカルチャーショックに陥れたのである。 引っ越しだ!と決心して、引っ越すまで、たったの一ヵ月。営業技術部隊の精鋭五十 人が慌ただしく荷作りし、とにもかくにも引っ越し準備を始めた。 「しんずくビルは、いんてりずぇんとビル(インテリジェント・ビル)だべ。すかりふ ぁいぶぁ(光ファイバー)のケーブルも引いてあるだべ。すかりふぁいぶぁは、ええぞ ーっ。おめえ達の欲しいぞうほう(情報)を、すんげぇ速さで運べるで。でんすふぁー る(電子ファイル)も、その内に置くだべ。紙の資料さはとにかく邪魔だべ、どんどん 捨てろーっ」 捨てた、捨てた、とにかく捨てた。こんなに簡単に捨てられる資料やファイルをどう して後生大事に何年も保管していたのか、首を捻る営業マン達も少なくなかった。 引っ越し準備の喧騒の中、社内回覧が回った。 我が社の新宿ビルは、JR新宿駅から、KS線に乗り換えて五分、KS線のHD駅か ら歩いて五分の所にある。一方、JR新宿駅から歩くと、だいたい十五分で行ける、と その回覧は伝えた。が、しかし・・・。 さて、私を含めた精鋭達が引っ越しを済まし、新宿ビルへの初出勤の日。 朝、私は新宿駅から一生懸命に歩いた。というのも、「新宿駅やHD駅での乗り換え に時間が掛かり、KS線に乗るより歩いた方が早く着く」という噂があったからだ。 だが、歩けども歩けども、目標のビルは現れない。辺りはだんだん人通りも少なくな り、寂しくなって来た。本当に我が社のビルはあるんだろうか? 空ではカラスがあほ ーっ、あほーっと鳴いている。何か虚しくなってくる。 何回も信号で止まり、横断歩道を渡った後、ようやく我がビルの雄姿が見えた。 我がビルのステンレスとガラスの壁面は朝日を受け、一段と輝いて見えた。 一階ロビーのエレベータ前に着いた時には、ゼーハーと息切れしていた。そしてエレ ベータ前の黒山の人。 「おーい、このエレベータはねえちゃんが運転してるんと違うんか?」「ボタンを押し たのに中々来んなー」「わーっ、押すな押すな、狭いんだぞー」 田舎者ばかりの我が社員達は、ビルに同居する他の会社員達の白い目を物ともせず、 子供のように騒いでいた。その中に大下と高山、それに杉田がいた。 「おーい、なんでブザーがなってるんだ?」「乗りすぎ、お前、降りろ!」「なんで俺 が降りなきゃならないんだ。お前こそ降りろ」「まあまあ、皆さん、ここは話し合いで すまそう。お互い、日本人じゃないか」「クジ引きだ」「ジャンケンだ」 頭が痛くなった私は、結局、階段を歩いて十一階の事務所に辿り着いたのだ。 しかし、十一階でまた騒ぎ。フロア共通のマスターキーが開いていないため、事務所 に入れないのだ。我が社員達はドアの前に屯している。一階の警備室から野坂が鍵を借 りて来た。 「おいこのカードはどうすんだ?」 野坂は銀行のキャシュカードのようなものを持っていた。彼はそれをどうやって使う か検討もつかないといった様子だった。 「野坂、それはICカードというもんだ。そのカードが鍵の替わりだ。ドアの近くにそ れを差し込むスロットがある筈だ」と、私は豊富な知識の一端を披露した。 野坂が壁に付いていたカードロックのスロットにICカードを差し込んだ。するとそ のカードロックのスピーカから女性の声がする。 「暗唱番号を入力して下さい」 何と二重ロックだ。だが、不幸なことにその場に居合わせた者は誰一人、暗唱番号な ぞ知らなかったのだ。暗唱番号を知っている総務課の木村はまだ来ていない。 結局、十時に重役出勤の木村が出て来るまで、社員達は事務所に入れなかったのだ。 「木村、新宿から十五分で歩いて来れるってのは嘘か。三十も掛かったぞ」 「えー? そんなことないぞ。おっかしいな?」私の文句に木村は腕を組んだ。 「あっ、お前、赤信号で止まったか?」 「ああ」 「分かった。それでだ。信号で止まるから、三十分も掛かったんだ」 「危ないじゃないか!」と私。 「そう言えば、社長べったりの総務課長の尾崎なんか『絶対に十五分で行く』と言って 信号無視したあげくに車に撥ねられたらしい」 悪徳不動産屋の誇大広告と同じである。 るるるるる、るるるるる、るるるるる。電話だ。 「おーい、誰か出てくれ。この電話、使い難いんだ」と横山。 「はいはい」と出た青山。しかし、いんてりずぇんと電話機のボタンを押し間違って、 電話は切れてしまった。 るるるるる、るるるるる、る。またまた電話。 「はい、営業二課でございます。ああ、横山でございますね。じゃあ、電話をそちらに 回しますので、お待ちください」と、今度はうまく受けた青山。 「おーい、横やん、電話回すから、受け取れよ」 「や、止めろ。電話の転送なんて慣れんことするな!」と、机一つ挟んで横山の声。 「よし、転送!」と、かの青山は意気揚々と転送ボタンを押した。 ぅ・・・、ぅ・・・、ぅ・・・。 哀れ、電話は、フロアの。か彼方にある電話に転送されてしまった。 気の毒な横山君は、延々と走って電話を取りに行くはめになったのでした。 「なんの電話だった?」トボトボと帰って来る横山に私は尋ねた。 「ああ、三国が、このビルを見つけられなくて、迷子になったって電話してきた」 私は開いた口がふさがらなかった。自分の会社が分からんとは・・・。 「どっから電話してきたんだ?」 「目の前に東京タワーが見えるって言ってた」 ここは、しんずくである。方向音痴で田舎者の三国はどうやら東京縦断のウォークラ リーを一人で敢行しているらしい。 「おい、神崎、ちょっと外を見てくれ。雨が降ってるのと違うか?」 私はガラス窓の向こう、。か彼方の高層ビルの上空を覆っている黒い雲を見ながら、 神崎に外の様子を聞いた。 神崎は、窓ガラスに顔をくっつけていたが、暫くすると振り返った。 「だめだ、人が通れば、傘をさしてるかどうか分かると思ったのになぁ。このビルの前 は人も車も通らんから・・・。寂しいとこに島流しになったなぁ・・・。豊田に帰りた いよーっ」と、泣き出した。 我が新宿ビルは新宿の果て、既に大地の果てであり、この先にはビルも無く、「無」 しか存在していない。正に鳥も通わぬ「しんずくビル」なのだ。 いんてりずぇんとビルの目玉である「すかりふぁいぶぁ」の機能を、松本が実験する というので同じ十一階のOAコーナーに様子を見に行った。 一階のコンピュータと「すかりふぁいぶぁ」とやらで繋がれたパソコンが一台。 しかし、何の表示も現れない。 「おっかしいなー? どっか切れてんのかな」と首を捻った松本は、工具箱の中からゴ ソゴソとなんかの道具を取り出した。 そして暫く、部屋の中をガサゴソ這いずり回ったあげく「やっぱりだ! ケーブルが どっかで切れてるよ」と、ケーブルのコネクタに電気テスターのテスター棒を当てて、 得意げに示したのでした。 彼は「すかりふぁいばぁ」が電気ではなく、光を伝えるということを知らなかったの だ。切れてるのは、ケーブルではなく、彼の方だった。 暫くして、松本が「すかりふぁいぶぁ」で電話をつないだという話を聞き、「大した もんだな、やっぱり技術屋だ。短い時間にハイテク技術をものにしたか」と関心した私 は彼の実験室と化したOAコーナーを再び訪ねた。 そこで、松本は数人の男女を前に「すかりふぁいぶぁ」を自動販売機のコーヒーの紙 カップの底に繋いだ新型の糸電話を、得意げに紹介していた。 大下と高山と杉田は一階のエレベータの前で、まだジャンケンをしている。 歩いて十五分の実現を目指していた木村も、尾崎の後を追って病院行きとなった。 青山と横山は電話の転送合戦を続けている。 神崎はガラスの外ばかり見つめて「お家に帰りたい」と泣いている。 三国は、横浜の中華街で晩飯に七面鳥を食うという電話を最後に消息を絶った。 現在、午後九時、私以外の社員の姿は無い。 ICカードを持ったまま野坂は退社。カードロックの暗唱番号を知っている木村は病 院のベットの上。 遠くに見えるビルの窓の明かりが、クリスマスツリーの形になって見える。 私は光のクリスマスツリーを見ながら、一人寂しく事務所で寝ずの番をすることにな ったのである。 −−−−−−−−−−−−−−−−お わ り−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「空中分解」にアップする私のメッセージには二種類あります。 【 】で囲まれたタイトルのメッセージはフィクションです。 < >で囲まれたタイトルのメッセージはノンフィクションです。 そして【< >】で囲まれたタイトルのメッセージは・・・・ コスモパンダ
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「CFM「空中分解」」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE