CFM「空中分解」 #0332の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「光子エンジン−作動状況良好」 「空間湾曲装置−チェックOk」 「タイムシールド−動作正常」 「船内電気系統−異常なし」 「飛行コース−順調です」 ……本日も異常なし、か。 船内の各セクションから次々に入ってくる定時報告を聞きながら、船長のクラーク は一人つぶやいた。 この船は、宇宙探査局所属の最新鋭の調査船で、その性能は今の時代ではトップレ ベルである。 最新の技術結集の結果、空間湾曲装置という代物が開発されたお陰で、それまで想 像の産物でしかなかった空間跳躍航法(いわゆるワープ航法)が可能になり、少し時 間をかけさえすれば、かなり遠くまで行くことができるようになった。 もっとも、この装置を作動させるには光速の75%以上の速度が必要だが、この船 は光子エンジンを積んでいるので、光速の80%くらいまでの速度なら簡単に出す事 ができる。そして、光速に近付いた時に起こる時間の進み方のずれを補正するのが、 タイムシールドだ。 ただし、この空間湾曲装置にも弱点がある。空間跳躍距離が1万光年から5万光年 までとなっていて、1万光年以下の距離で使うことは出来ないし、また5万光年以上 跳ぶこともできない。 それじゃ1万光年までの距離の所には、どうやって行くのかって? 簡単なことだ。 一度2万光年くらいまで跳んで、そのあと任意の距離の所に戻ってくればいい。 あと5万光年以上の所なら、何度か作動させれば行くことができる。 ただ、問題は、この装置を一度作動させると、次の作動までたっぷり24時間は休 ませなければ動作の保証がされないってことだ。 それでもなんとか、地球から簡単な望遠鏡で見える範囲ならば数日かければ行ける 筈である。 ここで、なぜ「行ける筈」などという言い方をするのか。実は、この装置を本格的 に使うのは、今回が初めてだからだ。 今回の飛行計画ではアンドロメダ方面の調査が目的となっている。 アンドロメダ星雲は我々の属している銀河系と全く独立し、しかも最も昔からその 存在がよく知られている銀河だから、初めての外宇宙の探査対象として選ばれたのは 当然と言えば当然かもしれない。 そして、ここ数日は特に異常もなく、あと少しでアンドロメダ銀河の中に飛び込む ことができる所までやってきている。 船内のスクリーンにはアンドロメダ銀河が一杯に広がっている。 もう一回空間跳躍を行えば、そこはもうアンドロメダ銀河の中の筈だ。 「空間湾曲装置スタンバイ。次のジャンプでアンドロメダに突入します」 空間跳躍セクションから連絡が入る。 「光子エンジン出力正常」 航行第一セクションからも連絡が来る。 「空間湾曲開始10秒前、9、8、7、……2、1、空間跳躍開始!」 空間跳躍セクションからの掛け声と共に、スクリーンからは星々の姿が消え、船は 軽いショックと共に空間跳躍を開始した。 「跳躍完了。空間内に再突入します」 次の瞬間、スクリーンには満天の星空が広がっていた。勿論、前方は青みがかって いて、後方は赤みがかっている。この船が光速に近い速度で航行しているため、光の ドップラー効果現象が現れているのだ。 空間跳躍を終えたばかりなので、あと24時間待たなければ次の跳躍には移れない。 それまでは慣性航行を続けるしかない。 「光子エンジン異常なし。このまま光速の80%で航行を続けます」 航行第一セクションからの連絡。ここ数日間の毎度お馴染みの言葉でもある。 クラークは、人類が初めて出会ったアンドロメダ銀河の星達を見ながら、ようやく ここまでたどり着いたという感慨にふけっていた。これは、クラークに限らず、皆同 じに違いない。 突然、船内に緊急アラームが鳴り響き、緊急を示す赤いランプが点滅を始めた。 「前方に巨大なブラックホールを確認。距離0.3パーセク。至急回避願います!」 レーダーセクションから緊急連絡が入る。 「航行第二セクション! 緊急回避! 急げ!」 クラーク船長が叫ぶ。 「了解! 回避します!」 「航行第一セクション。第二セクションの指示に合わせてエンジン出力を調整せよ!」 「了解」 クラークは前方に広がる暗い空間を見ながら指示を出す。あの暗い空間のどこかに 単独で存在するブラックホールが待ちかまえているのだ。 ……やれやれ、一番始末が悪いな。白鳥座X1のように連星系なら、すぐ判るんだ が、よりによって単独でブラックホールやってるやつに出会うなんて、まったく運が 良いんだか悪いんだか。 クラークは、そう思っていた。 星の存在形態として最もありふれているのが連星系だが、それでも片方がブラック ホールになっているなんてのは、そうそうあるもんじゃない。 ましてや、どちらかといえば珍しい単星のくせにブラックホールをやってるなんて のは、本当にお目にかかれるもんじゃない。10回連続で宝くじの1等に当たること よりも、もっと珍しい。 「航行第二セクションより連絡! 既にブラックホールの引力圏に入った模様です!」 「つまり、どういう事だ? 第二セクション」 「ブラックホールの回避は不可能だってことです!」 その言葉と共に緊急アラームが一層騒ぎ立てる。 「緊急停止! 航行第一セクション、緊急停止だ!」 クラークは、とっさの判断で指示する。 「緊急停止、了解! メインエンジン停止。逆噴射エンジン作動。出力30%…50 %…80%…100%」 その言葉と共に体が投げ出されそうな感じを受ける。 「航行を停止しました。逆噴射エンジンパワーダウン。メインエンジンスタンバイ」 「航行第二セクション! 緊急反転だ! 急げ!」 「了解! 180度ターンします」 「航行第一セクション! 反転終了後、直ちに発進せよ」 「了解。逆噴射エンジン停止します」 「航行第二セクションより、反転完了しました!」 「メインエンジン始動。発進します」 再び加速度を感じ、今までと逆の方向に進み始める。 「メインエンジン出力30%…50%…80%…100%」 しかし、なぜかスクリーンに映った星は後ろから前に動いていく。 「航行第一セクション。後ろに向かって進んでるぞ。エンジン出力は、どうなってる んだ!」 「メインエンジンの出力は100%です。これ以上はパワーアップできません!」 その間にも後向きに加速していく。 「第二セクション! 再度反転だ! ブラックホールの彗星軌道を確保せよ!」 「了解。彗星軌道に乗ります」 再び反転。スクリーンの一部には星の全く見えない暗黒の空間が広がっている。 「彗星軌道に乗りました」 やれやれ、どうにか一安心だ。あとは、このまま彗星軌道に乗って移動していって、 この忌まわしい星から最も離れた時に引力圏を脱出すればいい。 船はブラックホールに近付いていく。強力な潮汐力のせいか、船体がギシギシいい 始めている。 「航行第二セクションより緊急連絡。この星の重力はかなり大きいため、現在の軌道 のままではシュワルツシルト半径内に突入してしまいます!」 「何、本当か! おい、軌道修正だっ!」 「軌道修正装置がオーバーヒートしました! 軌道修正不能です!」 「タイムコントロールセクションより連絡、タイムシールドが破壊されました」 「Oh! My God!」 クラークは頭を抱えた。既にメインエンジン出力は100%。それでいて軌道修正 不能の状態では、助かる道はない。 その時、クラークは、ふと頭を上げた。 「空間跳躍セクション。空間湾曲装置は作動可能か?」 「正常な動作は保証できませんが、どこに跳ぶか判らなくてもいいのなら可能です」 「それで十分だ。航行第一セクション。エンジンを停止せよ」 「そんなことしたら、ブラックホールに吸い込まれちまいますよ」 「そんなことは判っている。だが今のままでも、いずれ吸い込まれるんだ。だからブ ラックホールの重力に身を任せて自由落下体制に入る。その状態でシュワルツシルト 半径ぎりぎりまで我慢していれば速度が光速の75%を超えるだろう。75%を超え た時点で空間跳躍を行う。確率は低いが、今のままでも助かる道はないんだ。一つ、 やってみようじゃないか。」 「了解。エンジンを停止します」 「跳躍セクション。装置の作動準備はOkか?」 「いつでもOkです」 「よし、タイミングを逃すなよ」 船体は、ますますきしんで音をたてる。満天の星が青く染まる。 ブラックホールに近付くにつれ、周りの星が動いたような感じがした。そしてそれ は、もはや感じだけでなく実際に動いていた。シュワルツシルト半径に近い所では、 通常の空間に比べて時間の進み方が遅くなるため、通常なら数百万年から数千万年も かかる星の移動が、この空間なら数秒で済んでしまうからだ。 空間との相対速度が上がり、光速の50%を超えた。周りの星達が近付いてきた感 じがしたが、そんなことを気にする余裕はなかった。 シュワルツシルト半径が目前に迫ってきた。速度は光速の70%にまでなっている。 もう少しだ。 「……よし、今だ。作動開始」 光速の75%になった瞬間、作動の指令を出す。 再び軽いショックと共にスクリーンから星達が消えた。なんとか空間跳躍は成功し たらしい。 「空間内へ再突入します」 跳躍セクションから連絡が入る。それと共に、スクリーンに妙な景色が映る。 「何だ? これは」 前方にはブラックホール。後方には星達が迫る。 「どうやらシュワルツシルト半径に近付きすぎたようです。それでもタイムシールド が正常なら時間補正がかかって問題ないんですが、破壊されていたために数百億年程 進んでしまって、宇宙全体が収縮に向かっている時期に来てしまったようです」 タイムコントロールセクションから説明が入る。 「何だって? どういうことだ?」 「つまり、宇宙空間は閉じていたってことですね。多分、今から数億年後にはビッグ クランチを迎えることになるでしょう」 「それじゃ……」 「多分、我々の故郷は、なくなっていますね。太陽系の寿命がとっくに尽きている筈 ですから」 そう言ってる間に、船は再びブラックホールに向かって落ちていく。 そして、再びシュワルツシルト半径が目前に迫り、後方には全宇宙空間が迫ってき ている。 船が、今まさにシュワルツシルト半径を超えようとしたその瞬間、やはりシュワル ツシルト半径を超えようとしていたブラックホール自身の地表に接触し、同時に全宇 宙空間は、このブラックホールもろとも数学的な点の状態にまで押しつぶされ、最後 の瞬間を迎えていた・・・ − 終わり −
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