CFM「空中分解」 #0259の修正
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西へと向かう僕は前方に浮かぶものを見つけて唖然とした。 「あ、あ、あの山に登るのか?!」 「そりゃ、まーそういうことになりますやろな。」 ジャンさんはコンパスを見ながら平然とそう言い切った。恥しい話だが僕はコンパス のひとつさえ持って来ていなかった。ジャンさんはさすがに元エリートだけあって(か わいそうに!)その辺は用意周到である。コンパス等を駆使して優秀なナビゲーターを つとめてくれていた。 「しかし・・・五千メートルはゆうにあるだろうな・・・・。」 僕はあきらめにも似た気持ちでそうつぶやいた。 「そんなこと、ゆわはりましたかて、ほかにどないな方法がありますねん?」 そのとおりである。僕はジャンさんから手渡されたコンパスを見て、ため息を ついた。コンパスの指す西の方向にはどっかりとその山が腰を据えている。迂回して 行くにも両隣、そのまた隣にも八千メートルはあろうと思われる山々がそびえ たっている。避けて通ることは不可能だった。避けて通れたとしてもその山の上に 手がかりがないという保証はなにもない。 登らなければ−−。 僕は二度目のため息をついた。 「いくしか・・・ないだろうな・・・。」 「そうでっしゃろ、そうでっしゃろ。」 ジャンさんはコンパスを受け取ると喜々として、(スキップをしかねない程の はしゃぎようで)歩きだした。 −−いったいどういう神経をしているんだ? はりきっていた。進めば進む程生き生きしてくるようだ。 −−まさか、仕事なくしておかしくなったんじゃあるまいな? 額に落ちる汗を拭いながら僕は心の中で悪態をついていた。八つ当りであることは 自分でも重々承知していたが、そんなことでも考えていなければ疲弊と焦燥のまじった この気持ち押さえられそうになかった。 啓子。今頃何処で何をしているのだろうか−−。 チベットの自然。それはまさに雄大そのものであった。近付けば近付く程その雄姿を 際だたせ僕を威圧する。眼前に迫った巨体を前に、僕は彼が愛したチベットの自然を、 チベットの自然に魅せられた彼を、そして啓子が愛した彼を、彼が愛した啓子を 憎んだ。絵描きの彼はこの土地を愛し訪れて姿を消した。そしてその後を追った啓子を もそれは消し去った。虚像だった。この土地も、彼も、啓子も・・。求めても求めても むくわれない。つかみどころのない幻影に何度も何度もぶつかって・・なにも 残らない。残ったのは虚しさだけ。 僕は、いつのまにか泣いていた。 ジャンさんはなにも言わなかった。 そして優しく僕の肩をたたいた。 「さ、もうすぐそこでっせ。がんばがんば。」 僕等は歩く。悲嘆にくれる僕を現実に引き戻したのは、ジャンさんのはりあげた大声 だった。 「こりゃーたまげた! 芳岡はん、ありゃ洞窟やおまへんか?!」 山の麓にぽっかりと開いた洞窟。僕は手紙の中の言葉を思い出していた。 穴−−洞窟−−−。 僕とジャンさんは顔を見合わせるとうなずきあった。 「”鬼門の門”。」 僕はつぶやいた。背中に冷たいものが走った。 <つづく>
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