CFM「空中分解」 #0086の修正
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佐々警部も、この二人の女学生がなにかてがかりを持っているのかも知れないと 考え始めていた... 「なにが聞きたいのか知らないが、言うことがあったら早く言いなさい」 こわごわと室内に入ってきた二人は、床にチョークで書かれた人型を見てギョッとした ように立ち止まった。 「あのう、昨日の帰りに、ここの廊下を後藤先生と毛利先生が一緒にこっちのほうに 歩いて来るのを見かけたもんですから..」 「ふん、そうだろう...やはりあの教師が怪しいな...」 「毛利先生が殺されたのはいつごろですか?」 「死亡推定時刻は夜の8時前後だと言うことだが、それがどうかしたかね?」 「私が見かけたのは5時すぎだったから、二人ともそんなに長い時間ここに いたのかしら?」 「大人同士には子供にわからない話があるもんさ」 絵美と俊江は顔を見合わせると、ませた含み笑いをみせた。 「そこは恋人同士ですもんね!」 この二人の女子高生を相手にしていると、佐々警部もなぜか心が晴れてくる... 「ところで毛利先生はどうやって殺されたんですか?」 今度は絵美のほうが聞く... 佐々警部はそこまでこの女学生たちにはなしていいものかどうか迷ったが、 どうせ明日の朝刊には載るのだからと思い直して話すことにした。 校庭には下校の合図であるドヴォルザークの『新世界』がスピーカーから 流れ始めている.... 「こんな室内で溺死だよ...俗に言う土左衛門ってやつだ... いくら残暑きびしいといってもなぁ... しかもプールで泳いだように全身濡れ鼠ときている」 ポニーテールの絵美は、ゆっくり辺りを見回すと部屋の隅の小さな流しに目を止めた。 「先生は、あそこで溺れさせられたのでしょうか?」 佐々警部は内心舌を巻いた、この前の泉という女子大生といい、この娘といい最近の 学校は探偵学でも教えているのだろうか? 事件とみると、すぐ首を突っ込みやがる。 それでも警察の威信を見せて驚いた顔をせず、ごく当然といった風の返事をした。 「まぁ、普通に考えるとあそこしか無いだろうな...しかしあそこで行水は無理だ、 それで誰が何のために死体に行水させたのかが謎ってわけだ」 そう言われて二人がよく見ると木タイルの床が死体の人型のあたりだけ黒く濡れている 佐々警部はタバコを取り出すと100円ライターで火をつけてうまそうに吸った。 俊江が言いにくそうに頬を赤らめて質問する... 「あの...毛利先生は...その...乱暴されていたんですか?」 「いや、少し着衣に乱れはあったが多分犯人ともみ合ったもので、そう言う意味では 乱暴されてはいない...安心したまえ」 だらしなくワイシャツの袖をまくり上げて折り目のとれたグレーのズボンをはいた 佐々警部は、いつしか先生の事を心配してきた二人の女学生に好意を感じていた。 愛知県警捜査一課の鬼の佐々警部も人の子と言うわけだ。 その夜、捜査本部の取調べ室では後藤茂樹教諭の任意取調べが行われていた。 佐々警部のダミ声が殺風景な取調べ室に響く... 「後藤先生、貴方は昨日の夜8時頃は何処にいましたか?」 野生味は不足しているが整った顔立ちの見るからにやさしそうな後藤教諭が、 はっきりと答えた。 取調べを受けているというより捜査に協力しているといった態度である... 「下校途中で時間があったので大須に行きました」 「アリバイの証明になるような所に行きましたか?」 「いえ、人混みの中でコンピュータショップを見ていただけで、 誰とも話していませんし知合いにも会いませんでしたから」 どうやらアリバイの証明は無理のようである... 後藤教諭によれば昨日は5時過ぎから1時間程家庭科実習室で彼女と話をして、 午後6時過ぎに、テストの採点をしていくという彼女を残して一人で帰ったとの事だ。 毛利美保との仲はここ半年程のもので、 一応来年早々に結婚したいと二人とも思っていたのだが、彼女がここにきてなんとなく 話しを渋りだしたので不審に思って、昨日話し合ったとの事である... 「理由は教えてくれなかったですが、私との結婚に対する彼女の気持ちに変わりはなく 障害になっている事もすぐ解決すると約束してくれたので何も聞かずに帰りましたよ」誠実そうな後藤教諭が嘘を言っているとも思えない... その時、鑑識課の猪井主任が来て佐々警部に耳打ちした... 「家庭科実習室の例の流しのゴミ受けから被害者のコンタクトレンズの片方と髪の毛が 出まして、水道の蛇口のハンドルからは後藤教諭の指紋が検出されました」 キザな銀縁眼鏡を光らせた猪井鑑識主任は警察官と言うより歯科医師といったほうが 似合いそうな男だ。 落語の大ファンで、本質的に浪花節的な性格の佐々警部は、こういうキザったらしい 男は性に合わないのだが仕事とあらばやむをえない... 佐々警部は、ゆっくりと机の方に歩くと後藤教諭と机をはさんで向かい合って 椅子に腰掛けた。 「後藤先生、大変お気の毒ですが殺人現場の水道の蛇口から貴方の指紋が検出されまし た、つきましては今夜お帰ししても何処にも行かないで下さい、 そして明日も任意出頭をお願いします」 顔色を変えて後藤教諭は反論する。 「そんなバカな!私はあそこの水道なんぞ、ここ半年以上触ったこともありませんよ!」「まあまあ、なにも今ここで貴方が犯人だと言ってるわけではありませんので、 どちらにしても真実は一つです」 片手を上げて後藤教諭をなだめるようなジェスチャーをして立ち上がろうとする 後藤教諭をおさえた。 「しかし、貴方が家庭科実習室に入ったのも確かですし昨日被害者と会っていたのも 事実なんですから今度の事件の重要参考人という事はまぬがれませんよ。 そこのところをよくご理解ください...ではまた明日...」 後藤茂樹は青い顔をしていかにも口惜しそうだ、あまりにも状況は不利である... 野球なら同点で9回の裏ノーアウトフルベースで四番打者に投げるピッチャーみたいな ものだ。 名古屋城の南に道路をはさんで愛知県警の本部がある... とぼとぼと歩いて市役所前から地下鉄に乗り、マンションに帰ったのは 午後9時ちょうどであった。 独身貴族の特権で3DKのライオンズマンションに一人住いしているから、 少々夜遅く帰っても文句はでない... エレベーターを降りると、驚いたことに私服の女の子が二人部屋のドアの前に 待っていた...依田絵美と羽島俊江の二人だ。 思いがけない教え子の出現で、教師の顔に戻る... 「君達、一体こんな所でなにしてるんだ?」 背の高い方の依田絵美がホッとしたように、こちらを見るなり笑顔を作って声を出した。 「ああよかった!私達もう30分以上も待っているんですよ.. 先生ちっとも帰ってこないから、もう諦めて帰ろうか?と話してたところなんです」 「こんなところで立ち話も出来ないから部屋に入りたまえ」 白い鉄のドアを開けてきちんと整理された部屋に二人を招き入れた。 「そこのソファーに座っていてくれ、今コーヒーを入れるから...」 ネクタイを緩めてスーツを脱ぎ、手近な椅子に放り投げた。 それまでだまって絵美の後ろに隠れるようにしていた俊江が急に立ち上がると... 「先生はお疲れですから休んでいてください、コーヒーはキッチンでしょ?」 確かに長時間にわたる県警の事情聴取で神経は疲れきっていたし、今は一刻も早く 休息したかったので俊江の言葉にしたがう事にした。 「そうか、すまんな...」 俊江はいそいそとキッチンに入って行った、私服でもあるし制服の時とは違って新妻の ような大人びた雰囲気がある... 依田絵美は俊江を見送ってから静かな声で茂樹に話しかけた、こちらはまるで姉の ように落ち着いた態度である。 「大変でしたわね、随分と警察で聞かれたんでしょ?心配して様子を見に行くって 俊江がきかないものですから」 「ああ、まるっきり犯人扱いさ...心配してくれて有難う」 茂樹はため息混じりに吐き出すように言った。 「毛利先生はお気の毒でしたね」 疲れてはいたが警察での取調べで、たまっていたものが一気に噴出して俊江のいれて くれたコーヒーを飲みながら事件の顛末を細かく話してしまった... 毛利先生との事は、あまり詳しく話さなかったが二人とも概ね知っているようである。 俊江がちょっと不思議そうにこくびをかしげて聞く... 「後藤先生は水道の蛇口にさわっていないんですか?」 「もちろんだ、隣の理科準備室にはコンピュータが置いてあるので週に二日くらい 行って成績処理や...そのほかいろいろな事をやっているがね」 いろいろなことというのはコンピュータゲームの事で、後藤先生のゲーム好きは生徒の 間にすでに知れ渡っているのだが御当人はまだ生徒は知らないと思っているようだ。
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