CFM「空中分解」 #0082の修正
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連絡船(シャトル)は音もたてず、ゆっくりと動き出した。 十分もすると窓からかすかに青い地球が見える。(もっとも太 陽光を避けるためガラスはまっ黒になっているのだが一一。) 船内放送(アナウンス)に耳を傾ける暇もなく、窓には人工惑 星墓地(セミトリ−)の機体が覗く。メタリックシルバ−のセミ トリ−は鋭く冷たい光を放ち、男の瞳を突き刺した。 当時、墓地不足はかなり深刻な問題となっていた。 始めは、若干残っていた山地を政府が音頭をとって墓地として 造成していた。しかし、それもすぐに足りなくなった。 次に考えられたのがアパ−ト墓地、そして高層墓地だった。靴 箱のような箱を用意し、そのひとつひとつを骨壷入れにしたのが アパ−ト墓地。高層ビルを立て、その各階を墓地としたのが高層 墓地である。しかしついにそれも、十分ではなくなってしまった。 一部では、棺桶や骨壷を宇宙(空)に飛ばして骨壷衛星としゃ れこんでは...。骨壷が夜空に星の如く光のもなかなか風流で いいのでは..。とか、海底に墓を造ればいい。土地はいくらで もある。等と言う人もいた。しかし、それもスパイ衛星やキラ− 衛星の活動の邪魔になる、海底資源発掘の障害になる、との考え で採用されなかった。 その頃になると、国会も墓地の造成に躍起になっている政府を 、疎ましく思う傾向が強くなってきた。それも当然の流れだった のだろう。墓地は何も産み出さないし、何の役にもたたないのだ から一一。 墓地は廃止されていった。跡地には工場や農場が造られた。 それでも昔からの仕来りを守ろうとする人々は墓地を求めた。 墓地は宇宙(そら)へと広がっていった。 骨壷衛星案の欠点であった軌道を、太陽系いっぱいに広げた人 工の惑星墓地。それがセミトリ−だった。 セミトリ−の開発で墓地問題は皆無に等くなった。 セミトリ−は地球の衛星軌道をたどるのではなく、太陽の惑星 軌道をたどる。すなわち、人工衛星の障害にならないのだ。 男の妻は些細な交通事故が元で五年前に他界した。今年は彼女 の五回忌、そして同時にセミトリ−の近日点通過の年でもある。 今日男は息子と二人で、妻の墓参りに来たのだ。墓の造成は宇 宙開発事業団に一任していたのでセミトリ−を見るのは今回が初 めてである。 「お父さん、そろそろセミトリ−に着きますよ。」 息子は顔中に笑みを浮かべて言った。 「ああ。」 「まったく、気のない返事ですね。やっとかの憧れのセミトリ− に 到着するというのに。」 墓地問題の救世主であったセミトリ−に残された若干の課題。 一つは、セミトリ−の公転周期が五年で、五年に一度しか墓参り が出来ないという事。そしてもう一つは金の問題だった。セミト リ−の建造には莫大な費用がかかるのだ。多くの人々がセミトリ −を求めたが、実際に手に入れる事が出来たのは一部の裕福な者 のみだった。まさにセミトリ−は人々の憧れの的であったのだ。 息子は前借りした退職金をはたいてそれを買った。しかし、男 には何故息子がそんなにまでしてそれを欲しがるのか分からなか った。たぶん、ただの見栄だろう。彼はそう思っていた。 シャトルはかすかな振動を残してセミトリ−に接弦した。 「さあ、行きましょう。」 息子はいちはやくベルトを外すと荷物を持って立ち上がった。 彼の表情は満面期待に満ちあふれていた。 男は適当に返事をし、ゆっくりと立ち上がった。 セミトリ−は全長百メ−トル、直径三十メ−トルの円筒状をし ている。内部は三十層に分かれ、機関部を除く全層が墓地になっ ている。男の妻の墓はそのセミトリ−の十七層目にあった。 男は妻の墓の前に立った。 それはリノリウム張りの床の上に、大理石(金属から合成した 人工ものだが...)の体をどっしりと構えていた。墓石には妻 の戒名一一これも息子が高い金を払ってつけてもらったものだ一 一が刻まれている。空調の、うめきのような音がやけに耳につい た。 一一これが墓か...。 男はしばらくそれを眺めていた。息子はきょろきょろと辺りを 見回した。 「なんだ。高い割にはたいしたことないな。」 息子は手を合わせるのもそこそこに何処かへ消えた。 男は鞄から雑巾を取り出すと、ほこりを隅々までふき取った。 事業団の係員がそなえたらしい花が枯れてからからになっていた 。それが妙に痛々しかった。花を取り替え、線香をそなえる。 手を合わせると自然に涙がこぼれた。 ふと辺りを見回すと、同じシャトルに乗り合わせた人々が、そ れぞれ一心に手を合わせている。 おかしなものだな一一所詮ただの骨なのに一一。 男はそう思い、先刻の自分の姿をふりかえって苦笑した。 帰りのシャトルの中で男は死んだ妻の言葉を思い出した。 一一もし、私が死んだら...そうね、お葬式もお墓もいらな い...あなたが私の事覚えててさえいたら...。 私の事覚えててさえくれたら..か。 彼は軽く溜息をついた。 そう思うと墓を多額の金を支払って必死に手に入れようとする 行為が、ひどく愚かな事のように思えた。 窓からセミトリ−が見える。 セミトリ−が地球(テラ)から去って行く、ドクロを載せて宇 宙の彼方へ...。今年も何機ものセミトリ−がうち上げられる だろう。そして、帰って来るのは五年後...。 男は想像してついふき出した。 セミトリ−を異星人がみつけたらどう思うだろう。きっと驚く に違いないな。なにせ骨だけの宇宙船だもの一一。 <Fin.>
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