●連載 #0799の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
*弊作品は歴史を題材としたフィクションです。* 山の老人、という伝承がある。ある村を見下ろす山に住む老人は、毎晩村の若い青年 を自宅へ拉致し娼婦と大麻を宛がう。 そして、ある日、山の老人によって大麻中毒者に仕立て上げられた若者たちは、大麻 が欲しいあまりに老人の命令を忠実に遂行する殺人者になるのである。大麻はアラビア 語で「ハッシッシ」。これが形を変えて、「アサシン」という言葉になる。これが、俗 にいう「暗殺者」の始まりである。 山の老人ラシード・ウッディーン・スナィーン。この男は、イスラム教シーア派イス マイール分派の一つであるニザール派の巨星として、十二世紀後半に台頭した。 ******************************************************************************* *********************************************************************** 駆ける。アブガッスムは、風をきって馬を叱咤させていた。エルサレムに向かってい る。ラシードが向かっているのはここの他ありえないと思ったからだ。聖地であるエル サレムがラシードの手に陥ってしまうことだけはどうしても避けたい。砂漠の原住民ベ ドウィンたちの助けを借りて、ダマスカスを出て五日後、アブガッスムはエルサレムへ 入った。 エルサレムは、聖地として有名である。太古の時代、「ダビデの町」として知られた この土地はユダヤ人の神ヤハウェが存在する。のちに続くキリスト教、イスラム教も信 仰の対象はこの砂漠が生んだ姿なき神だ。また、キリストがロンギヌスによって処刑さ れたのもこの土地である。 「このような形で聖地に入るとはな」 馬上のアブガッスムは、一人つぶやいた。この場合、ムスリムである彼の指す聖地と は岩のドームといわれるモスクである。このモスクには、イスラム教の教祖で大天使ガ ブリエルから啓示を受けたムハンマドが、カアバ神殿から一夜にして舞い降りたったと いう伝承が伝わっている。 が、この時点では、エルサレムにはエルサレム王国という十字軍国家が成立してい る。第一回十字軍の際エルサレムになだれ込んだ彼らは、軍靴を響かせ手当たり次第に ムスリムやユダヤ教徒を虐殺している。後の時代、当時フランク人と呼ばれたヨーロッ パの人々は自らの先祖の行いに恐怖したと伝わっている。 予想通り、エルサレムの門には武装した十字軍兵士が警備をしていた。アブガッスム はエルサレムを一望できる小高い場所から言う。 「もう少しでラシードに追いつけるのに」 ダマスカスでニザール派の要人から受け取るはずだった『聖遺物』を奪い、そしてその 要人まで殺したラシードを、アブガッスムは十字軍と浅からぬ繋がりがあるのだと推測 している。 その『聖遺物』がいったいなにものであるのかは、アブガッスム自身も解らない。夜を 待ってエルサレムへ潜入することにした。 ******************************************************************************* ************************************************************************** 男がいる。その男は、猟奇的な性格をしていた。目的のために人を殺すことは厭わな い。その一方で、冷静に物事を判断する側面も持ち合わせていた。また、人を誑かすこ とにも長けている。ラシードである。漆黒のカフィーヤを頭に巻きつけて、隙間から覗 く眼光は鋭い。頭からつま先まで漆黒の布類でまとめている。中東地方で黒い衣装とい えば、女性がまとうものであり男性が使用するのは殆どない。体の線が細いラシード は、怪しまれることもなく、神学者の付き添いとしてエルサレムに入ることができた。 エルサレムに入ってすぐに、ラシードは神学者を殺害した。 「お助けを・・。意味のない殺生はアッラーが許さないでしょう」 「俺の神は俺だけだ」 そういって右の腕に仕込んである小さなナイフを神学者の首筋に突き刺した。 「ひぃ」 小さく断末魔をあげて、神学者は多量の血を噴き出したまま倒れこみ、そして動かな くなった。ラシードの白い顔が返り血で真っ赤に染まっている。ラシードは上手に群衆 に紛れると聖墳墓教会へ向かった。どこをみても十字の旗がはためく。カナン人と呼ば れるセム語族の一集団によってつくられたこの都市も、今は十字軍の手により欧風の建 築に変わってしまった。胸に堂々と十字架の刺繍が入った楔帷子を着用し、これまた十 字に加工された鉄製の兜をかぶったのが十字軍の一般的な井出達で、その中にひと際一 風変わった服装の集団がいる。 (テンプル騎士団か) 広場で騒いでいる十字軍を横目で見ながら、ラシードは確認した。テンプル騎士団は、 第二回十字軍の際にフランス王ルイ七世を助けたとして、パリ郊外に拠点を持つことに なる。この時点では、まだまだ彼らの隆盛は輝かしいものだった。エルサレム神殿から もらったその名前は、後世悪名高さで有名となる。諸外国で、十三日の金曜日が不吉と されるのは、十字軍のあとにテンプル騎士団が十三日の金曜日にヨーロッパ各地で一斉 に処刑されたことによる。 テンプル騎士団については、明白な資料文献は残っていない。彼らテンプル騎士団は不 幸にもその実績よりも、悪魔崇拝など神秘的なイメージばかり脚光を浴びている。この イメージは多くの作家たちには大変都合のいいものとなった。ダヴィンチ・コードを始 め、テンプル騎士団のその神秘性を取材した本は多い。19世紀まで、禁忌とされたきた 彼らだが1907年ドイツの歴史学者ハイリンヒ・フィンケがテンプル騎士団の一連の騒動 を、フィリップ4世のよるものだということを明らかにした。現代のカトリック教会当局 もその事実を認めている。 目的地についた。聖墳墓教会。恐らくテンプル騎士団の拠点であったといわれる教会 で、マグダラのマリアとイエスの子であったとされる--------ユダという少女の木像が 現代でも残っている。この偶像について特筆すべきは、肌の色が黒く塗装されているこ とである。この黒い木像から得られる情報は、黒人種の肌の色と同じであったろうとい うこと。この説は、ある種のトンデモ説にあたるのだが、近年盛んに議論されている題 材である。 ラシードは無造作に頭のカフィーヤをはずして、その白い顔を露わにした。目線の先 には一人の男が立っている。フィリップ・ド・ミリー。テンプル騎士団の七代目団長で あった男。愛用の剣を一人の兵卒に手入れさせている。ベージュの頭巾を深く被り、そ の下から甲冑を覗かせ鉄製のレギンスはよく磨かれている。シーシャンを吸いながらフ ィリップははじめた。 「やっと来たか、暗殺者よ。シャームの奇跡を持ってきたか」 「ああ。ここにある」 騎士団の兵士がラシードの前にやってきて、差し出した『シャームの奇跡』に手を伸 ばす。次の瞬間。ラシードはすばやく後転した。 「われわれと取引するというのか」 「取引条件は、十字軍全軍の聖地撤退だ」 「それはできない。残念だな、暗殺者よ。我々は同志であった筈なのに」 刹那。壇上のフィリップが突進してきて、不意をつかれたラシードはその場に倒れこ んだ。左手に掴んだ『シャームの奇跡』を奪われてしまった。 「・・・・これがシャームの奇跡。聖ヨハネの首。これで三つの聖遺物がテンプル騎士 団に渡った。これで、先代からの夢も目前」 ラシードは立ち上がり、フィリップに襲いかかるが駆けつけた騎士団たちに物量で負 けてしまう。右手方向から来る白刃を回り込むようにしてよける。頸動脈を斬り裂く。 前。鉄球を持った兵士の顔が見える。その眼球に投げナイフを見舞ってやる。そのすき に背中をやられた。斜め後ろに殺気。右手に忍ばせた小さなナイフをわき腹に貫通させ る。よく聞き取れない断末魔を挙げて兵士は肉片になった。 兵士たちの包囲を切り抜け、聖墳墓教会のドアを蹴飛ばしラシードは群衆に紛れこも うとするのだが、今回ばかりは戦闘の傷や浴びた返り血が多大な量であったため、路に 出た途端に騒ぎとなった。 「人殺しだ」 「殺せ!ムスリムがいるぞ」 十字軍国家にはムスリムは一人もいない。エルサレムに棲んでいたムスリムたちは、第 1回十字軍の際に蹂躙され土となった。 ラシードは走る。テンプル騎士団を見くびっていた。このエルサレムから脱出して、騎 士団の企みを妨害する。これが彼個人の目的だった。 崖に出てしまった。後ろの見れば、騎士団兵士が剣を抜きこちらをみている。忍ばせた 暗殺具はすべて使ってしまった。それよりも背中の傷がみるみる開いている。あとはな い。 ラシードは、透き通るような青い色の地中海に崖の上から飛び込んだ--------。 ゲルマン系の顔をした騎士団兵士が呟くように言った。 「あいつ、今、笑っていなかったか?」 <了>
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