●連載 #0467の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「麻宮さんは6番だった。それから、一度目のヒントを聞いていたとき、ウタ マロの『4番ではない』という声に、ダヴィンチが顔色を変えた気がする、と 麻宮さんが言うので、俺と彼女は『4番ではない』と吹き込むことに決めた。 そしてその通りに実行した。残る二人、ダヴィンチとピカソは、小さい順にと いう方針なのか、ともに『2番ではない』と入れていた」 「運よく、とはならなかった訳だな。それ以上に、次に麻宮かおまえのどちら かが、『2番ではない』と吹き込まなかったら、組んでいることが他の二人に ばれる危険性が出て来たと言える」 「あ、そんな意味のことを、麻宮さんも言っていた。だが、対策を練る前に、 事態は動いたんだよ」 「どういうことだ? まだ誰も、確信を持ってチャレンジを行えるはずがない」 「ところが、館内放送が掛かった。ピカソからダヴィンチへチャレンジ成立、 だとさ」 「……馬鹿な」 奇妙な静けさが、空間に降りてきた。 そこへ、からん、と音がした。グラスの中に残っていた氷が溶け、崩れた。 「信じられない。無謀なチャレンジにしか見えんぞ」 「俺もそう思ったし、麻宮さんも意外そうだった。まさか、俺達の同盟に早々 と感づいて、それならばと一か八かの勝負に出たのかとすら思ったよ。けれど、 ピカソの決断の早さから言って、ありそうになかった。何しろ、ヒントを聞き 終えるや、すっと立ち上がって、部屋に向かったんだからな」 「ピカソが勝ち残ったのかどうか、分からないんだよな?」 「うん、知らされなかった。ピカソは思慮深い印象だった上、自信に満ち溢れ ていたから、正解したに違いないんだが」 「だが、二度のヒントだけでは、絶対に特定不可能だ……。チャレンジされた と告げられたときの、ダヴィンチの様子は?」 「どうだったかな……驚きが一番で、次に冗談でしょう?みたいな感じ。うう ん、違う。何か言ったんだ。えっと、『道連れにする気? 巻き込むのなら他 の二人でもよかったでしょうに』とかどうとか。きんきん声で喚いていた」 「そうか。それじゃあ、ピカソとダヴィンチが組んでいたとも考えにくい」 「え?」 「仮にピカソとダヴィンチが、おまえと麻宮みたいに番号を教え合っていたと したら、ピカソがダヴィンチを裏切ってチャレンジを仕掛けたと見なせる。だ が、実際はそうじゃなかった。組んでいたなら、『道連れにする気?』なんて フレーズは出て来ないはず。ここは真っ先に、『裏切ったな!』だろうから」 話を区切ると、近野は頭をかきむしった。思わず、「分からん」と吐き捨て た。一連――かどうか断定できないが――の事件で登場したパズルの中で、今 突きつけられたこれが最も難問だ。 「立会人と通じていた? だが、それでは真ん中で勝ち抜ける意図が理解でき ない。いかさまをやるなら、一番に勝ち抜けるか、最後までスリルを味わうか、 だろう」 「うん、俺もそれはないと思う。チャレンジのメールを打つために、部屋に向 かったピカソの表情は、必死のように見えたし」 「他に考えられるのは……麻宮が実はピカソとも通じていたとしたら、どうだ ろう?」 「ま、まさか」 遠山がしゃっくりめいた反応をした。ぎょっとした顔つきもおかしい。 「あらゆる可能性を考えてみなければいけない。この仮説に従うと、ピカソは 一度目のヒント及び麻宮からの情報により、1、2、6番のバッジの持ち主を 知った。さらに本人の番号も除ける。よって、ダヴィンチの番号は3番か4番。 それから……」 一気呵成に喋ったが、先が続かなかった。絞り込めないのだ。 「この説もだめだな。第一、麻宮が情報を漏らしたとしても、それを頭から信 じるのはお人好しにも程がある。遠山、君はバッジを麻宮に渡したんじゃない だろう?」 「ああ。見せただけだよ。彼女も俺にバッジを見せ、番号を教え合ったんだ」 「うむ。それが当然だ。『ゴーギャンは2番よ』と聞いただけで信用すること は、有り得ない」 「ついでにいいか? 仮に近野の今の説が現実に行われたとしたら、ピカソは そこまで他人の番号を知っておきながら、ダヴィンチにチャレンジすることに 固執したのか、理由が分からないよ」 「なるほどっ。やっと冴えを見せてくれたな。他人の番号を把握して、場をコ ントロールしようとした訳でもないようだ。これでこの説も捨てられる」 「もうないんじゃないか?」 「いやいや。おまえの冴えを見せつけられて、閃いたよ。ピカソはルノアール と組んでいたんだ」 「ん? ルノアールって、最初に勝ち抜けた?」 「ああ。二日目のヒントだけなら、4番の可能性があるのはルノアール、ダヴ ィンチ、ピカソの三名。この内、ピカソは自らが4番でないことを知っている。 その彼が、ルノアールから彼女自身の番号を教えられていたら、そしてそれが 4番ではなかったら――ダヴィンチが4番に決定する」 「……ああ」 無意識の動作なのだろう、両手の平を一度、ぽんと打ち合わせた遠山。 「これで謎が解けたよ。俺も麻宮さんも、さっぱり分からなくて、頭を悩ませ ていたんだ」 「そうか? 実際はそれどころじゃなかったはずだが」 近野は、晴れ晴れとした気持ちを押し隠し、正面に座る男を見据えた。 「残り二人、おまえと麻宮だけになり、どちらかが死ぬという状況になったん だからな」 「……そうなんだ。ピカソのからくりに気付けなかったのは、そのせいもあっ たかもしれない」 「ピカソはもういい。ゴッホとゴーギャンの話を聞かせてくれ。どうなった? どうやっておまえは生き残ったんだ」 「残り二人になって、まずしたことは、抜け駆けの防止だった。お互いの部屋 のパソコンの電源を落としたんだ。自室のパソコンから発信したメールでない と、その当人だと認識されないシステムだったから」 「その取り決めは、話し合いで?」 「うん。理性的にね」 苦笑いを浮かべる遠山。言葉遣いとは裏腹に、容貌はひどく老けたような印 象になった。 「こんな状況に陥るとは、予想していなかった。お互いの番号を知っているの だから、最早パズルだのヒントだのは無意味。二人が勝ち抜けるためにした同 盟が、今や疑心暗鬼の元になっていた」 「感情の推移は省け」 語る遠山の様を見ていられなくなり、近野は忠告した。敢えて、ぶっきらぼ うに、冷たい口調で。 「どうなったのかだけを教えてくれ。麻宮の立場を見極める手がかりになるか もしれない」 「そうだな……。俺達はぎりぎりまで粘った。七日目の午後一時過ぎまで。粘 ったと言っても、することはなかった。話し合いで、二人とも生き残れる解決 策が生まれようもない。ただただ、お互いの抜け駆けを監視するような、神経 戦だった気がする。俺は麻宮さんの部屋のドアにもたれ掛かり、麻宮さんは俺 の部屋のドアにもたれ掛かって、一日を過ごしたよ」 抜け駆けを防止するには、それが最善の方法だろう。眠り込んでも、相手が メールを打つためにドアを開けようとすれば、必ず気付くという寸法だ。 「タイムリミットが近付き、彼女が切り出した。『こうしていても埒が明かな い。このままチャレンジせずに時間切れになって、無条件で二人ともに殺され るよりも、運を天に任せてメールを打ちましょう』と」 「……受けたんだな」 受けるしかあるまい、と近野は思った。眼前の遠山も首を縦に振った。否、 振ったと呼べるほどの勢いはない。がっくりと、うなだれるように。 「二人一緒に、それぞれの部屋に入り、最初に、パソコンの電源を入れた。そ れぞれのパソコンが完全に起動し、メールソフトが起ち上がったのを確かめ合 った。それから、部屋を出て、広間の椅子に、向かい合って座った。自室まで の距離が同じになるように、位置を調節したのは言うまでもない。……ああ、 広間には大きな掛け時計があって、三十分おきに音が鳴るんだ。午後一時半の 音が鳴り始めるのを合図に決めた。鳴ると同時に、部屋にダッシュ、文章を打 った上で、メールを送信する」 「予め文章を作っておき、合図の音と同時に送信ボタンを押す、でもよかった んじゃないか」 「そこまで気が回らなかった。それにな、実際、俺は大変な失敗をしでかした。 送信したあとになって気が付いたんだが……『ゴッホにチャレンジする。番号 は2番』と書いていたんだ。頭の中で、いつの間にか自分の番号を繰り返し唱 えていたよ」 「ば……馬鹿な」 一瞬、口をぽかんとさせてしまった近野。 「それじゃあ、先に着信したとしても、不正解じゃないか! なのに、どうし ておまえが勝ち残れた? ま、まさか、麻宮も同じミスをしており、彼女のメ ールが先に着いたのか?」 「何分かして、アナウンスがあった」 質問に、ストレートには答えず、続きを話す遠山。近野は口を噤んだ。 「『ゴッホからゴーギャンへチャレンジ成立』。メールが先に着いたのは、麻 宮さんだった。そして、彼女はミスを犯していなかった」 「だったら、何故……」 「裁きの間に入り、その威圧的で狭い室内を、きょろきょろと見回していた俺 に、立会人が声を掛けてきた。俺もこれまでかと肝を据えようとしたとき、立 会人はターンテーブルを使って、銃ではなく、紙切れをよこした」 「うん?」 「手書きのメモだった。麻宮さんの字が踊っていた。急いで書いたはずなんだ が、やけに整然として、きれいな字だった。『今日から一生、私・麻宮レミに 服従を誓えば、特別に許してあげる』とあった。末尾にハートマークでも付け そうな調子だったな」 「許してあげる、だと? 当然、代わりに死んでやるって意味じゃないな。要 するに、麻宮はやはり、ゲームの主催者であり、全てを掌握していたのか」 「そうなる。そのときの俺は、思考停止も同然で、地獄に垂れてきた糸に必死 ですがりつくだけだったが」 「と、いうことは……遠山。おまえは今、麻宮の……何なんだ?」 不意に緊張感を覚え、背筋を伸ばした近野は、ゆっくりと相手を指差した。 「しもべ、ぐらいにしておいてくれ」 自虐的な笑いとともに、遠山は答えた。弛緩した顔つきは、当時を思い出し ての安堵の表れなのか。 「遠山……まだまだ聞きたいことはあるが、とりあえず、これに答えろ。俺の 前に現れた目的は何だ?」 「疑り深いな、近野。行方不明だった親友が、久方ぶりに姿を見せたんだぞ。 無事の生還を祝ってくれて、いいじゃないか」 遠山はいきなり陽気になり、ジョッキを掲げた。近野は反射的に身を引いた。 「疑り深いは、俺には誉め言葉でね。この性質のおかげで、馬鹿げた殺人ゲー ムに放り込まれずに済んだ」 「そうそう、麻宮さん、残念がっていた。本来なら、おまえにも参加してもら って、最後は俺とおまえの一騎打ちを演出したかったらしい。その場合、頃合 を見計らって、彼女が助け船を出してくれる手順だった」 「そうして、俺も服従を誓わされたってか」 「『近野君にヒーロー役は無理ね、友達を見捨てて逃げるんだもの』とも言っ ていたぜ」 「結構だよ。最善の選択をして生き残ったまでだ。雅浪島に乗り込んで行った のは、気の迷いだったと自省しているくらいさ。それよりも、他の参加者もぐ るだったのかい? 少なくとも、死んだウタマロ以外の三人は、麻宮の命令を 受けて動いていた可能性がある」 「さあ、どうだろう」 「聞かされていないのか。本当に、ただのしもべなんだな。まあいい。身元不 明だが、ウタマロ氏の殺害容疑で、警察に捜査してもらおうじゃないか。いく ら秘密の館でも、徹底的に探せば見つかる。そして館内を徹底的に調べれば、 遺体を切断した際の血痕や複数の人物の毛髪などが、きっと見つかるはずだか らな。該当する行方不明者がいるかもしれないし」 「違う違う。最後に来て、近野も的外れなことを言う。ウタマロも死んではい ないんだよ」 意外な発言に絶句した近野だったが、振り絞るようにして返事をした。 「……おまえの話に嘘がなかったのなら、それは有り得ない」 「単純なことだよ。氷に閉じ込められていた遺体のパーツは、精巧な造り物。 麻宮さんの周りには、その手の造形を得意とする輩が大勢いる」 この種明かしに、近野は遅蒔きながら気付いた。歯ぎしりを堪え、推理をぶ つける。 「そうか。面城薫の遺体発見の状況をミスディレクションにしたな。あれがあ ったからこそ、造り物の遺体に騙され、氷を砕いて調べることもしなかった」 「そう、俺もすっかり信じ込まされた。やむを得ないだろ」 邪気のない表情で言うと、遠山はテーブル縁のフックに掛けられたプラスチ ック板を一瞥した。そこに挟まれた紙は、オーダーの明細だ。 「ま、そういうことだから、警察を呼んでも無駄だろう。おまえが恥を掻くだ けで終わるよ」 言い終わると、明細に手を伸ばそうとした。この話題そのものを終わりにさ せるつもりらしい。近野は遠山の手首を掴み、止めさせた。 「おまえ、麻宮からヂエの事件の真相を聞いたんじゃないか?」 「聞いていたとして、素直に答えるとでも? 俺は彼女のしもべなんだ」 「……よかろう」 近野は遠山の手を払うと、板を取り上げた。 「もう関わりたくない。今日を最後に、二度と現れるなよ」 「約束できない。麻宮さんの命令があれば、従うのが今の俺なんだ。たとえそ れが、近野創馬の殺害指令でも」 救いようがない、と小さく呟き、近野は椅子を蹴った。そのままレジの方へ 向かうと見せかけ、くるりときびすを返すと、立ち上がりかけの遠山に告げた。 「おまえの女主人が言ったように、俺はヒーローの柄じゃない。狙われれば逃 げる。どんな手段を使ってでも、逃げ延びる。たとえその結果、おまえが女主 人の怒り買い、罰を食らおうともな」 「……それも仕方がない」 直立不動の姿勢を取る遠山。 「以前の俺なら敗色濃厚だったかもしれないが、今は違う」 近野はこれには応えず、再度向き直ると、歩き出した。背中を向けたまま、 「おごりじゃねーぞ」とだけ言った。 (対決は続く、か) ――終
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