●連載 #0299の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
13 忘れもしない、その年の12月。 僕は吹きつける木枯らしに逆らって自転車を走らせていた。いつものようにサド ルから腰を浮かせてペダルを漕ぎながら、枯れ葉が舞う夕方の坂道を上っていく。 夏から秋、秋から冬へと季節は当然のように移り変わる。僕は自分の持ち時間が 着実に削り取られていくのを、自覚せずにはいられなかった。 来週からは期末テストが始まる。これが終われば試験休みと短縮授業を経て終業 式、そして冬休みが来るのだ。 瞬に全てを打ち明けるのは、この時期をおいて他にはないだろう。夏休みの宿題 を年明けまで持ち越すのは不誠実だと思うし、それだけは避けたい。 いつ、どこで、どんなふうに話すか。 瞬の気持ちを傷つけないために、いや傷つけるのを最小限に食い止めるために、 僕は何をすればいいのか。 考えることを拒否するように、頭の中がぼうっとしてくる。 僕は坂道を上りきったところで、いったん自転車を止めた。肩を落として息を吐 き、片足を地面につける。 道ばたで結論を出せるような問題ではないが、帰宅する前に何かひとつだけでも 決めなければ、このままズルズルと時を過ごしてしまいそうな予感がした。 例えば、冬休み。 ふたりだけになれるところに瞬を呼び出して……でも、どこへ? 僕は深いため息を吐いて、頭をがっくりと垂れた。どうしてこう決断力というも のがないのだろう。あまりにも女々しすぎるではないか。 考えがまとまらないなら、ここにいてはじゃまだ。そう思っても、地面についた 片足は動こうとしなかった。嘘つきの仮面を厭いながらも、瞬の前に出ると自らそ れを被ってしまうという矛盾が僕にはある。 やっぱり引き返そうか。今日はバイトがないから、図書館で勉強したあと本屋で 雑誌の立ち読みをすれば、ある程度の時間稼ぎにはなる……。 僕が消極的な決断をしてハンドルを握りしめたとき、後ろで自動車のクラクショ ンの音がした。 ハッとして肩越しに振り向くと、大型のワゴン車が徐行しながら坂を上ってくる のが目に入った。シルバーグレーの車体は狭い道幅いっぱいに広がっていて、両側 にあるブロック塀との隙間は数センチほどしかない。 僕は慌てて自転車のペダルに足をかけた。この先しばらくは細い一本道が続くの で、ぐずぐずしているとワゴン車に轢かれてしまう。 家に帰れってことかよ! 僕は密かに舌打ちすると、再び自転車を走らせた。 ワゴン車に追跡されること数百メートル、僕はようやく脇道に入り、だらだらと 続く坂を一気に駆け上った。傾いた陽が作る建物や庭木の影をくぐり抜け、いつも の角を曲がる。 見慣れた家が視界に飛び込んできた刹那、僕の心臓は跳ね上がった。少し速めだ った鼓動がますます速くなって、息苦しささえ感じてしまう。 玄関の軒下に、瞬がこちらを向いて立っていた。眉根にしわの寄った、見るから に不機嫌そうな表情だ。両手をダッフルコートのポケットに突っ込んで微動だにし ないが、睨みつけるような視線を投げかけてくる。 何故、と改めて問うまでもなかった。 おそらく瞬は知ったのだ、僕が隠していたことの全てを。 日没までにはまだ間があるというのに、辺りが突然暗くなったように思えた。震 える手でブレーキをかけてスピードを落とし、車庫の脇のスペースに自転車を止め る。嫌な動悸を感じて気分が悪かった。 「幹彦」 背中で瞬の声を聞く。 「……帰ってたんだね」 自転車に鍵をかけながら、僕は小さく呟いた。振り返るのが怖い。 「話がある」 わかってるよ。そう答えようとしたけれど、言葉にならなかった。押し黙ったま ま、ずり落ちそうになっている首のマフラーを直す。 「聞いてんの?」 「……聞いてる」 僕は前カゴの中にある鞄をつかんで取り出し、それを肩にかけて身体の向きを変 えた。目の前には瞬がいるけれど、その顔を直視できずに下を向く。 「今朝、幹彦と別れた後、財布忘れたのに気づいて引き返したんだ。家の中に入っ たら、お父さんが珍しくまだいてさ。お母さんといろいろしゃべってた。盗み聞き するつもりはなかったけど、ふたりの声が自然に耳の中に入ってきて……」 瞬の言葉をさえぎるように、木枯らしが寒々しい音を立てて吹きつける。僕は肩 をすくめ、ズボンのポケットに両手を入れた。学ランの下に厚手のセーターを着込 んでいても、風は容赦なく身体の熱を奪っていく。 「とても信じられなくて、頭の中が真っ白になって……。俺、気がついたらお父さ んの前に飛び出してた。嘘だろって言ったら、すごくびっくりして、お前は知らな かったのかって言われたよ」 僕は目を閉じて下唇を強く噛んだ。瞬の衝撃は察するにあまりある。それもみな、 臆病な僕のせいなのだ。 「夏休みの後半、幹彦の様子が少し変だなって思ったことはある。だけど、あんな ことになってたなんて……すげえショックだよ……」 瞬が鼻をすする。僕に弁解の余地はなかった。 「卒業したらここを出て行くって……、ほんと? 俺、幹彦の口から聞きたいんだ」 「……ごめん」 「ごめんって……何それ? はっきり言えよ!」 荒げた声はひどく震えていた。目の奥が、発火しているように熱い。 「ご……ごめ……ん……」 僕はやっとの思いで呟くと、慌てて口元を押さえた。 「何でだよ」 瞬が呻くように言い、また鼻をすする。 「何で黙ってたんだよっ!」 いきなり怒鳴ったかと思うと、瞬は僕の両肩をつかんで強く揺すぶった。 「言えよ! 言えったら!」 そう言われてすぐに話せるくらいなら、あんなに悩んだりはしない。あの夏の夜、 伯母に告げられた言葉を思い返すたびに、悲しくて悔しくてやりきれない気持ちに なる。しかし、それだけは瞬に明かしてはならないことなのだ。 追い出されるとはいえ、僕にとって伯父夫婦はやはり恩人だ。感情の赴くままに 不用意な発言をして、家の中を混乱させてはならない。 「俺は嫌だ! 幹彦と離れて暮らすなんて絶対に嫌だ! こんなの納得できるわけ ないだろ!」 言葉のひとつひとつが、胸に深く突き刺さる。 僕だって瞬と離れたくない、ずっと一緒にいたいんだ! そう叫んでしまいたいのをぐっと堪え、深く息を吐いた。瞬の頭に血が上ってい るからこそ、こちらは冷静でいなければと思う。とても辛いけれど、今の僕がやら なきゃいけないのは、言葉を尽くして瞬を納得させることなのだ。 「か……隠すつもりは………、なかった……」 声が震えて、みっともないほどうわずってしまう。目を開けた途端、涙がこぼれ 落ちて顔を上げられなくなった。 「何度も……言おうって、思ったけど……言え……なくて……」 「だから、黙ってた?」 「……ごめん」 瞬は大きなため息を吐き、脱力したかのように僕の肩から手を離した。 「出て行くって、いつ決めたの?」 最も訊かれたくないことだが、答えなければならなかった。鼻をすすりながら、 手のひらで冷たい頬を拭う。 「夏……ごろ……」 「俺が……、俺が無理にやっちゃったから? だから出て行くって……」 「違う!」 「じゃあ、どうして出て行くんだよ。 俺のこと……嫌いになった?」 瞬も涙声になっている。僕は首を激しく横に振った。 「わかんねえよ……。幹彦の気持ち、全然見えてこない……」 そう言われるのも当然だった。僕が伯母とのやりとりを胸の中に閉じこめている 以上、瞬には理由の見当もつかないはずだ。 志望する大学が遠方にあるから家を出る。そんなもっともらしい理由をつけて、 この場を切り抜ける方法もあっただろう。馬鹿正直と言われるもしれないけれど、 僕は瞬に嘘を吐きたくなかった。どんなに追い込まれても、それだけは嫌だった。 「瞬のことは……好きだ。大切な存在だと、思ってる……」 「だったら何で……」 「しょうがないんだ」 思わずはっとして口をつぐむ。僕は自分の思考が大きな矛盾をはらんでいること に、このとき初めて気がついた。 「どういうこと? しょうがないって、どういうことなんだよ!」 「そ、それは……」 「ねえ、頼むから話してよ。何かあったんだろ?」 「別に……何もないよ」 「嘘だ」 「……嘘じゃない」 力なく言い返す。僕は結局、嘘を吐くはめになってしまった。 「顔、上げろよ。嘘吐いてないなら……俺の目、見られるよな?」 「……ああ」 再び頬を拭い、思い切って顔を上げる。 僕が誰よりも愛した少年は、病人のように青ざめた顔をしてこちらを見据えてい た。潤んだ両目は真っ赤に充血しており、きつく結ばれた唇は微かに震えている。 「ごめん……瞬……」 謝罪の言葉がむなしく響く。 「もういい……もういいよ……!」 瞬は身体の奥から絞り出すように言った刹那、踵を返して家の中に駆け込んだ。 「待てっ、瞬!」 慌てて従弟の後に続く。スニーカーを脱ぎ捨て、上がりかまちに鞄を放り投げた。 荒々しい足音を夢中で追いかけ、薄暗い居間を走り抜ける。階段を駆け上がったと ころで、僕はようやく瞬の背中をとらえた。 「瞬!」 手を伸ばして従弟の腕をつかみ、力まかせに引き寄せる。 「触るなっ! 離せっ!」 瞬は罠から逃れようとする猛獣さながらに身をよじり、つかまれていないほうの 手で反撃してきた。鉄拳が耳元をかすめてヒヤリとする。 「俺を捨てて出て行くんだろ!? 行けよ! 行っちまえ!」 外まで響き渡るような大声で怒鳴りながら、今度は平手を出してくる。頬をした たかに打たれても、僕は瞬の腕を離さなかった。 「幹彦の馬鹿っ! 嘘つきっ! お前なんか、お前なんか……」 怒声が嗚咽に変わっていく。僕は泣き崩れる瞬を抱き寄せて、小さな頃みたいに 頭をなでた。何の慰めにもならないとわかっていたけれど、そうせずにはいられな かった。 心が、叩かれた頬より痛い。まばたきをするだけで、熱い涙が止めどなくこぼれ てしまう。 でも、僕の仕事はまだ終わっていないのだ。瞬を落ち着かせた上で、きちんとし た話し合いをする必要がある。 「……おいで」 僕はしゃくり上げている瞬を抱えて、自分の部屋のドアを開けた。電灯を点けて 中に入り、ベッドの上に瞬を座らせる。冷え切った部屋を暖めるため、ファンヒー ターのスイッチをオンにした。 「さ、さっきは……ごめんね……」 背中で瞬の涙声がする。肩越しに振り向くと、従弟はうつむいて目のあたりをし きりにこすっていた。 「いいんだ、気にしないで」 首のマフラーを外しながら言い、瞬の隣に腰かける。震える肩に腕を回した途端、 瞬は昔に戻ったように抱きついてきた。 「い……行かないで……、行っちゃ……やだよ……」 僕がその願いに応えられない以上、どんなに言葉を尽くしても瞬は傷つくだろう。 いっそのこと、憎まれたほうがいいのかもしれない。 「もう泣くなよ、男だろ?」 「……だって」 「出て行くっていっても、外国とか宇宙とかに行くわけじゃないんだから。会おう と思えばいつだって会えるさ」 「嫌だっ!」 瞬は僕の身体に回した腕に力を込めた。 「ちょっと瞬、苦しいってば」 「幹彦が……幹彦が出て行くんなら、俺も……一緒に連れて行って」 「何言ってんだよ。そんなこと……」 「迷惑、かけないから。ねえ……いいだろ?」 「よくない。学校はどうするんだよ」 僕は瞬の顔を覗き込むようにして言った。 「あんなとこ、行きたくない。俺、頭悪いし、勉強嫌いだし……」 「でも中学は義務教育なんだよ。わかってるよね?」 「わかってるけど……行きたくない」 瞬は嫌々をするみたいに首を横に振った。 「先生も、先輩も……、すぐ恭一と俺を比べるんだ。兄さんは何でもできたのに、 お前はこんなこともできないのかって……しょっちゅう言われる……、もうやって らんないよ……」 「そうだったのか。ちっとも知らなかった……」 「学校辞めるのがいけないなら、公立に転校する。俺、幹彦と暮らしたいんだ」 瞬は潤んだ目でこちらをじっと見つめ、僕の叩かれたほうの頬を優しくなでた。 ふたりきりで暮らしたい。 それは僕も同じだ。どうして僕らは、高校生と中学生なのか。 急いで大人になる。だから、絶対に待ってて。 自転車屋へ行く途中で瞬が口にした台詞を、今さらのように思い出す。可愛い従 弟が高校生だったら、状況は変わっただろうか。 「暮らしたいって言われても……」 僕は口ごもって言葉を濁した。すぐには無理だと、続けることはできなかった。 「駄目? それとも俺と一緒じゃ嫌?」 「違うよ、嫌なわけないだろ。なあ、瞬。僕がせめて20歳になるまで待てない? 成人になったら、必ず迎えに行くよ」 共に暮らせるという保証はどこにもないが、たとえわずかな希望であっても、 今 はすがりつかずにいられなかった。 「20歳って……あと3年もあるじゃない」 「たった3年だよ。あっという間に過ぎちゃうぞ」 だが瞬は、納得しかねるとでも言いたげに首を横に振った。 「夏合宿の1週間、俺がどんな気持ちで過ごしたか……それなのに3年なんて! 幹彦には……絶対にわからないよ」 瞬の目から、再び大粒の涙がこぼれ落ちる。 「そんなに寂しかった?」 「すごく……怖かった……」 「どうして? 合宿で嫌なことがあった?」 「違う……、幹彦と離れたら……一生……会えなくなるって……」 「まさか! いくら何でも考えすぎだよ」 僕は苦笑し、短いため息を吐いた。瞬はかなり神経質になっている。気持ちが落 ち着いてくるまで、だいぶ時間がかかりそうだ。 「ここを出てもさ、お盆やお正月には顔出すよ。土曜や日曜に会ってもいいんだし。 瞬をほったらかしにはしないから、安心して欲しいな」 「ずっと……ずっと、一緒にいてって……言ったのに……」 「僕をもうちょっと信じてくれないかな? 約束するから」 僕はポケットからハンカチを出して、瞬の目元を拭いてやった。 ずっと一緒にいて……か。昔の台詞がボディブローみたいに効いてくる。 「……怖いよ」 「いったい何が怖いの?」 「だって、あのとき……幹彦は……、線路の上……歩いてた……。急にいなくなっ て……家に……帰るんだって……。いるよって、言ってくれたのに……何で、何で あんなこと……! 怖いよ……幹彦の姿、見えないと……俺の手、届かない……嫌 だよ、そんなの……」 瞬はしゃくり上げながら切れ切れに言ったかと思うと、瘧にでも罹ったかのよう にぶるぶると身体を震わせ始めた。部屋の中が寒いからではない。十分に暖まって、 ワイシャツ1枚になりたいくらいだ。 「瞬!」 慌てて瞬の額に手を当てる。 すごい熱だ! 「気持ち……悪い……吐きそう……」 顔がたちまち青ざめて、唇の色さえ白っぽく変わっていく。洗面器を取りに行っ ている暇はない。僕が側にあったゴミ箱をつかんで差し出した途端、瞬はそこに胃 の中のものをぶちまけた。 僕のせいだ、全部僕が悪いんだ! 懸命に背中をさすりながら、僕は自分自身を責めた。 瞬の身体を冒した病は、インフルエンザだった。 寒いところで僕を待ち続けたのが、罹患する原因になったのは否めない。40度 近い発熱で苦しむ瞬を尻目に、何事もなかったような顔をして日々を過ごすことは できなかった。 期末テスト前日まで学校を休んで、瞬を看病しよう。 伯父と伯母には、そんなことまでしなくていいと言われたけれど、このままでは 自分の気持ちが収まらなかった。 汗をかいた身体を拭いて、下着とパジャマを取り替えてやる。おかゆやうどん (他、瞬の喉を通りそうな物)を食べさせて、内服薬を飲ませる。熱が上がって辛 そうなときは座薬を入れて、落ち着くまで見守った。やっていないことと言えば、 食事作りぐらいのものだろう。 母親さながらに瞬の寝顔を眺めていると、あの日の言葉が頭の中で蘇ってくる。 怖いよ。 瞬にそう言わしめた原因は、僕の自殺未遂にある。線路上での出来事は、当時ま だ小学4年生だった従弟の心に大きな傷を残していた。ちょっと立ち止まって考え てみればわかるのに、当時の僕は自分のことに精一杯で、命がけで救ってくれた従 弟の気持ちには、何ひとつ注意を払わずに過ごしてしまったのだ。これだけは、悔 やんでも悔やみきれなかった。 単なる憶測でしかないけれど、瞬は僕と離れると、条件反射のように心の中で当 時の風景が蘇って、不安感がとても強くなるのではないか。そういう視点から日常 生活を見直すと、思い当たる節が数多くあった。 例えば、朝の登校時。瞬が小学生のときは、ほとんど毎日のように僕が遠回りを して駅まで送っていた。中学になってからは、さすがにひとりで行くようになった が、それでも月に何回かは一緒に駅へ行く。(高校と駅は方角が違うので、僕の負 担は大きいけれど、苦にはならなかった) 学校の友だちから遊びに誘われても、僕と過ごしたいからと言って断ってしまう。 小学生の頃から、制服姿のまま僕のバイト先に現れること度々。時には仕事が終わ るまで待っていて、驚かされることもあった。 僕が友人と出かけるときも、ついて行きたいと言って駄々をこねたことがあった っけ。(そのうちの何度かは根負けして、実際に連れて行った) ベタベタしすぎかもしれないが、恋人同士(組み合わせはどうであれ)なら有り 得るのではないかと、僕は軽く考えていた。しかし瞬の行動の全てが、強い不安感 から来ていたとしたら……。 何故、もっと早く気づかなかったのだろう。心理的な問題は、年月が経過すれば するほどこじれていくものだ。 最もいい方法は、原因を取り除いてやることだけれど、それにはどうしたらいい のかわからなかった。1年数ヶ月後にここを出て行くのが決まっている以上、僕は 魔力を失った魔法使いになったも同然だ。 筋道から言って、保護者である伯父や伯母に助けを求めるべきだろう。瞬と僕が 従兄弟同士のままだったら、迷わずそうしたに違いない。 でも――僕たちの間には、人に知られたくない秘密がある……。 発熱から1週間後、瞬はようやく起き上がれるようになった。 「もう学校に行ってもいいんだって」 帰宅した僕に向かって、以前のように瞬が話しかけてくる。 普通に口をきいてもらえることが、ひどく嬉しい。 「そうか、良かったな」 僕は笑って答えると階段を上った。瞬も後をついてくる。 「良くないよ。期末テストが受けられなかったから、全科目追試なんだぜ」 「うわ、きついな。追試っていつから?」 部屋の扉を開けて中に入る。僕は鞄を机の上に置き、マフラーを外して椅子の背 にかけた。 「3日後。最悪だよ。また熱が出そう」 瞬は沈んだ声を出して、僕のベッドに腰を下ろした。 「心配すんなって。僕のほうは明日で終わりだから、勉強見てやるよ」 学ランの上着を脱いでハンガーにかける。 「だけどテスト範囲広いし、俺の頭じゃ間に合わないかも……」 「僕がついてるだろ? 一緒に頑張れば何とかなるよ」 僕は瞬の頭をポンポンと軽く叩いて言い、ファンヒーターのスイッチを入れた。 「うん……あのさ、幹彦」 言葉を切って目を伏せる。肩を落としたその姿は、僕をひどく不安にさせた。 「この前は……わがまま言ってごめん」 「いいよ、そんなこと。僕のほうこそ、悪かったと思ってる」 僕は感情をこめて答え、瞬の隣に座った。 「俺、大丈夫だからさ」 瞬はふいにさばさばした調子で言い、顔を上げて僕を見た。目と目が合うと、少 しやつれた顔に笑みが浮かぶ。いつもの笑顔とはどこか違う、何となく貼りついた ような感じに見えてしまうのは、考えすぎだろうか。 「ひとりでやっていけるよ」 「ほんとにそれでいいの?」 「幹彦に頼りっぱなしじゃ、いつまで経っても成長しないからね」 頭をかきながら、照れくさそうに言う。本来なら、喜んでもいい種類の台詞なの に、不安感ばかりが強くなる。 「俺、頑張るから。その代わり、3年経ったら絶対迎えに来いよ」 そうだ、あと3年。瞬は覚えていてくれたんだ! 暗い心にひと筋の光が差し込んで、マイナスの感情が少しずつ薄れていくような 気がする。 「わかった。瞬こそ例のOBと浮気したら、ボコボコにしてやるからな」 「まだ気にしてんの? それってヤキモチ?」 「うっせー!」 笑い声が部屋の中に響いた。 瞬、本当に安心してもいいんだよね? to be continued
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