●連載 #0276の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
9 高校入学とほぼ同時に、僕は駅前のスーパーマーケットでアルバイトをすること になった。高校生にしてはちょっと高めの時給750円、競争率は高かったけれど 運良く採用されたのだ。 月、木、土曜日の週3日で、午後5時半から午後9時半まで働く。学費や生活費 は伯父夫婦に頼っても、身の回りの物や学用品ぐらいは自分で賄いたかった。 高校の勉強とアルバイト。新しい友人との付き合いもある。僕の日常は、前とは 比較にならないほど忙しくなり、瞬と過ごす時間は当然ながら減った。でも僕は、 それをあまり寂しいとは思わなかった。新しい環境に慣れようと必死だったし、リ セットされた世界は意外と新鮮に映ったからだ。 過去を思い出す余裕もなく、瞬をほったらかしにするほど忙しいことを「充実」 と呼ぶのなら、僕の生活はまさにそのとおりだった。 梅雨入りしたばかりの6月初旬。 僕は学校から帰った後、いつものように部屋で着替えをして、バイトに行く準備 をしていた。ちょっと蒸し暑いけれど、レインコート代わりのブルゾンに袖を通し たとき、ドアをノックする音が聞こえた。 「入っていいよ」 気安く声をかける。誰なのか確かめてみるまでもない。 「幹にい、もう行くの?」 瞬が部屋に入ってくる。でも、その声はひどくかすれていた。今朝は普通だった はずなのに。 「うん。それより瞬、声が嗄れてるな」 「ちょっと喉が痛いだけ……」 瞬は弱々しく笑って答えた途端、急に身体を折り曲げて咳き込んだ。 「風邪ひいたな」 そう言いながら、瞬の背中をさすってやる。 「……幹にい」 瞬は身体を起こすとすぐ、僕に抱きついてきた。背が少し伸びたようで、頭の位 置が前と違う。 「今日、一緒に行ってもいい?」 「どこへ?」 「Lマート」僕のバイト先だ。 「何言ってるんだよ。風邪ひいてるんだから、家で大人しくしてないと」 「だって……」 「だってじゃないよ。外は雨が降ってるし、こじらせたら大変だろ」 「風邪なんかひいてない」 そう強弁する瞬の頬は妙に赤い。変だなと思う。僕は試しに自分の額を、従弟の それに当ててみた。 「熱、測った?」 「ううん、まだ……」 「体温計持ってくるから、僕のベッドで寝てな」 「やだ、離れたくない」 「わがまま言わないの! ほら、早く寝て!」 僕はすがりつく瞬を引き離して、ベッドの中に押し込んだ。1階に下りて、救急 箱から体温計を取り出す。そろそろ家を出ないとまずいのだけれど、瞬をこのまま にしてはおけない。階段を駆け上がって部屋に戻る。 「測ってみな」 僕はそう言って、瞬の脇の下に体温計をはさんだ。従弟の顔はさらに赤くなった。 まいったな。伯母さん、早く帰ってきてくれないかな。 伯母は先月から週に2日ほど、知り合いのアンティーク・ショップを手伝いに行 くようになった。いつもならとっくに帰ってきているはずなのに、今日に限ってま だ戻ってこないのだ。 「瞬、伯母さんの店の電話番号ってわかる? どこかにメモとか……ないかな?」 「……わかんない」 訊くだけ無駄だったか。店の電話番号を調べるより、僕のバイト先に電話したほ うがずっと早いのはわかっている。でも、本当は休みたくない。節約しているつも りだけれど、出て行くお金が予想より多いからだ。 「幹にい、僕……大丈夫だから。バイト、行って」 こちらを見て薄く笑い、心の内を見抜いたようなことを言う。 「いや、でも……」 「ちゃんと、寝てるから……あ、鳴った」 僕は瞬の脇から体温計を取り出した。 37度8分。やっぱり発熱している。 「ここで待ってるからさ、行ってきなよ」 ためらう僕を後押しするような口ぶりだった。甘ったれの瞬が、こんなふうに言 うなんて珍しい。 「本当に、ひとりで大丈夫?」 「うん」 「わかった。今日は早めに上がらせてもらって、急いで帰ってくるよ」 僕はそう言って、瞬の唇にキスをした。 結局、バイト先には見事に遅刻してしまった。マネージャーに平謝りをし、ロッ カー室で制服代わりのエプロンを身につける。僕の持ち場である食料品フロアに出 ると、タイムサービスを目当てに来たお客で、ごった返していた。 それから2時間半、僕は懸命に働いた。お客の波が引け、空になった冷蔵ケース が目立つようになると、今度はフロアの掃除をしなければならない。本当はこれを パスしたかったけれど、遅刻した手前、マネージャーに「帰らせて下さい」とは言 えなかった。 瞬のことが心配で仕方がない。伯母は帰っているだろうか。こんな気持ちになる のなら、休んであいつの側にいればよかった。なんて馬鹿なんだろう! 勤務中のために電話もかけられず、僕はじりじりする気持ちをモップがけにぶつ けるしかなかった。 午後9時43分。 やっと解放された僕は、自転車置き場に急いだ。雨はすでに止んでいたが、湿気 を含んだ重い空気が身体にまとわりつき、むしむしとする。 入り口の近くで、僕は見覚えのある自転車が置いてあるのに気がついた。同じメ ーカーの製品なのだろうと思い、通り過ぎようとしたが、後ろ泥よけについた傷を 見て立ち止まった。 「嘘だろ……」 首を伸ばし、乏しい街灯の光でフレームに書かれた文字を読む。 まさか、そんな! 「瞬! どこにいる!?」 辺りを見回し、声を張り上げる。 ちゃんと寝てるって言ったのに! 心臓をぎゅっと締めつけられる感じがして、僕は自分の胸に手を当てた。 「瞬! 返事しろ!」 声がうわずってしまう。50メートルダッシュをしたあとのように、動悸がする。 久しく忘れていた恐怖が蘇ってきて、冷たい汗がどっと噴き出した。 「幹にい……ここ……」 弱々しい声が、奥のほうから聞こえた。 「瞬、大丈夫か?」 従弟を気づかいながら、奥の暗がりに目を凝らす。雨よけのトタン屋根がそこだ け張り出しているため、街灯の光がほとんど入ってこないのだ。並んでいる自転車 にぶつからないよう、気をつけて歩く。 「……痛いよぉ」 「怪我してるの!?」 「……うん」 僕は焦った。早く見つけなければ! 再び目を凝らしてみると、大人用自転車の 影でうごめくものを発見した。 「瞬!」 従弟は膝を抱えるようにして、しゃがみ込んでいた。怪我の状態は暗くてよくわ からない。 「幹にい……ごめん」 瞬は鼻をすすりながら言い、苦しそうな咳をした。 「もういいよ。さあ、早く家に帰ろうな」 僕は自転車の後ろに瞬を乗せて、裏道に出た。普段なら明るい大通りに向かうの だけれど、今夜は近道をして早く家に戻らなければならない。 瞬は笑って僕を送り出したものの、不安と寂しさがつのってここまで来たのだと いう。途中の道で転倒し、自転車の前輪をパンクさせながらも目的地にたどり着い たのは、幸運としか言いようがない。怪我のほうも、肘と膝をすりむいただけで済 んでいる。もし頭でも打っていたらと思うと、背筋が寒くなった。 高台へ続く坂道を上りきったとき、僕は汗だくだった。今ごろ、伯母は帰ってい るだろう。叱られると思うと、気持ちもペダルを漕ぐ足も重い。 いつもの角を曲がって家のほうを見る。 あれ? 窓という窓が暗い。 いったい、どうなってるんだろう。伯父の帰宅はいつもかなり遅いから別として、 伯母がいないのは絶対におかしい。 僕は車庫の脇のスペースに自転車を止め、瞬を降ろした。それを待っていたかの ように、雨が再び降り始める。 瞬を連れて玄関に駆け込むと、僕は急いでドアの鍵を開けた。家の中は、当然な がら真っ暗だ。片手を伸ばしてスイッチを探り当て、電灯をつける。 「伯母さんが帰ってないなんて、変だな。瞬、本当に何も聞いてない?」 そう言いながら、僕は額の汗を拭った。シャワーを浴びたい気分だ。 「電話……あったよ」 「えっ!? いつ?」 「幹にいが学校から帰ってくる、ちょっと前。お店の人と、ご飯食べに行くことに なったから、遅くなるって……」 瞬はそこまで言うと、胸を押さえて咳をした。顔色が悪い。 「どうしてあのときちゃんと言わなかったんだよ! まったく、もう!」 つい声を荒げてしまう。そうと知っていたなら、最初からバイトを休んだのに。 「ごめんなさい……。怒ってる……よね?」 「当たり前だろ! メチャクチャ怒ってるよ!」 僕はそう怒鳴りつけるなり、瞬を強く抱きしめた。 「今日みたいな無茶は絶対にするな。瞬はひとりしかいないのに、もし何かあった ら僕は……」 ふいに、鼻の奥がツンとする。僕はそれ以上言葉を紡げなくなって、唇を噛んだ。 「幹にい、どうしたの?」 嗚咽を飲み込んで、目元を拭う。問いかけには答えられなかった。 居間で傷の手当てをした後、瞬と僕は2階に上がった。僕のところに来たがる従 弟を、引きずるようにして彼自身の部屋へ連れて行く。 中に入ると、僕は木製チェストの引き出しを開け、新しい下着とパジャマ、タオ ルを取り出した。瞬は小さな咳をしながらのろのろとソックスを脱いでいる。この ペースに合わせていると、いつまでたっても着替え終わりそうもない。僕は従弟の 前に立った。 「瞬、手上げて」 瞬が命令どおりに手を上に挙げる。僕はバナナの皮でも剥くように、Tシャツの 裾をつかんで一気に脱がせた。 「下は?」 「自分ですること」 突き放したように答え、着替えをまとめてベッドの上に置く。 「ちぇっ」 瞬は唇を尖らせて、半ズボンとパンツを脱いだ。従弟の裸を見るのは、あの3月 以来のことだ。肩幅がちょっと広くなって、身体そのものが大人びた感じがする。 「幹にい、あれ……やってよ」 「え?」 「あれだよ。すごく……気持ちよかったんだ」 「ほら、さっさとパンツはいて」 言葉の意味がわからない僕ではなかった。しらばっくれて、タオルで瞬の頭をご しごしと拭く。 「ねえ、幹にい……」 「下でラーメンでも作ってくるから、ちゃんと着替えて寝てろよ」 「食べたくない」 「だったら、何が食べたい?」 「幹にい」 いったいどこでそんな台詞を覚えたのか。思わず嘆息してしまう。 「わがままばっかり言うと、ほんとに怒るぞ」 「わかったよ。着ればいいんだろ、着れば」 瞬は不機嫌に言いながらパジャマの上着だけに袖を通すと、ベッドに座って股を 大きく広げた。ひと回り大きくなったペニスが、上を向いて起っている。 「な……何やってんだよ!」 胸が、どきりとした。責める言葉とは裏腹に、顔がカッと熱くなる。 「どうしたの? 顔、赤いよ」 瞬は後ろに手をついて小首をかしげ、口元に薄い笑みを浮かべてからかうように 言う。それはもはや媚態と呼ぶにふさわしい仕種だった。 「あ、暑いんだっ!」 声が震えてしまった。身体の芯に火がついて、燃え広がっていくようだ。心臓の 鼓動は速くなり、股間の僕自身が早くも瞬を求めている。 「この間みたいに、抱いてよ」 「いや、あれは……その……」 「僕のこと、嫌いになった?」 「違うよ」 「じゃあ、どうして抱いてくれないの?」 「風邪治すほうが先だろ」 「抱いてくれなきゃ治らない!」 瞬は大声を出した途端、喘息発作のような咳をし始めた。ベッドに突っ伏して、 激しく肩を震わせる。 「瞬!」 僕は慌てて従弟に駆け寄り、苦しがっている背中をさすった。 「これでわかっただろ? ちゃんと着替えて寝ような」 「幹……にい……」 瞬は荒い呼吸をしながら仰向けになると、幼い子供がするように、僕に向かって 両手を伸ばした。潤んだ目から、涙があふれてくる。 もう、逆らえなかった。僕は瞬を抱きしめて、震える唇を吸った。ベッドが軋ん で深く沈む。熱い舌が口の中に入ってくるのを感じた。 こんなことやってられないのに。 だが日常に戻ろうとする試みは、瞬の舌になめ取られてしまった。興奮だけが膨 張し続ける今、行けるところまで行くしかない。 「んん……」 僕は唇を重ねたまま、早い上下動を繰り返す薄い胸に触れた。体毛のほとんどな い肌は滑らかで、熱く柔らかい。指先に触れた小さな乳首を、刺激するようにもて あそんでみる。 「……あっ」 瞬が背を弓なりに反らす。熱い息を吐いて、僕の髪を両手でくしゃくしゃにする。 「ねえ、幹……」 「まだ駄目」 僕はくぐもった声で答えると、唇を這わせて可愛い顎に優しくキスをした。瞬を じらすように、耳たぶから首筋をゆっくりとなめ、乳首を何度も甘噛みする。 「早くっ!」 瞬は喘ぎながら言い、手に力を入れて僕の髪を強く引っ張った。顔が上がりそう になったとき、僕はやっと従弟のペニスをつかんだ。カリに口づけし、洩れてくる 透明な液体を舌ですくい取る。裏スジをていねいになめて口に含んでやると、雄の たくましさを発揮して硬さを増した。 ほんの3ヶ月前は、勃起していても頼りなかったのに。 さっきとは違う汗が、僕のTシャツを濡らす。トランクスの中では、僕自身が先 走りを出して、下腹にくっつきそうなほど起っている。 今日こそは、入れるぞ。 僕は真剣だった。瞬の快楽を満たしてやるのも大切だが、自分も満足できなけれ ば意味がない。 口でペニスを愛撫しつつ、手を股の間に入れ、指先で固くすぼまったアヌスを探 り当てる。僕がまだ青い蕾の中に、人差し指を入れようとした瞬間――。 バタンという大きな音がした。はっとして顔を上げる。 「今の、な……」 僕は驚いている瞬の口を手で塞ぎ、耳をすました。窓の外で、低いエンジン音が 遠ざかっていく。続いて、ガチャガチャという音。 やばい! 僕は慌てふためいて、瞬の上から飛び退いた。 「瞬っ、早くパジャマ着てベッドに入れ!」 「何、どうし……」 「伯母さんが帰って来たんだよっ!」 「ええっ!」 これには、さすがの瞬も跳ね起きた。 1階に下りた僕は、帰宅した伯母に、瞬が熱を出して寝ていることを話した。情 事を気取られまいと、努めて冷静にしゃべったつもりだが、動悸がひどくて生きた 心地がしなかった。うまくごまかせたのかどうか、自分でもわからない。 それはさておき、伯母が瞬の部屋に向かうと、僕はトイレに直行した。先走りに 濡れたまま萎えているペニスをつかみ、いつものように慰めてやる。 いつかは、バレるんじゃないか。 恐ろしい考えに、僕は我が身を震わせた。 風邪が治っても、瞬の声は元に戻らなかった。おそらく1オクターブぐらい低く なっただろう。 「すごく変な感じだよ。俺の声、おかしくない?」 自転車屋へ行く道の途中で、瞬が僕に訊く。修理に出した従弟の自転車を、ふた りで引き取りにいくのだ。 「慣れれば気にならなくなるよ。瞬のクラスにも、声が変わった奴っているだろ?」 従弟の新しい声には、「俺」という自称のほうが合ってるなと密かに思う。 「うん、まあね」 「最初は笑われることもあるけど、男はみんなそれが普通だからさ」 「幹にい」 瞬がふいに立ち止まる。 「どうしたの? いきなり……」 「待ってて」 「は?」 何のことかまるでわからず、僕は大きなまばたきをして瞬の顔を見た。梅雨時ら しい、生暖かく湿った風が吹いてくる。 「俺、急いで大人になる。だから、絶対に待ってて」 瞬は真剣な眼差しで僕を見つめ返している。 年を重ねたら、4年の差など気にならなくなるのかもしれない。 でも、今は違う。 「待ってるよ」 僕は笑った。 その日は必ず来ると、信じていたから。 to be continued
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