●連載 #0225の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「若柴刑事!」 思わず、絶叫する。 駆け寄り、跪いて、肩に手を掛け揺さぶった。 その刹那、手のひらを、ぬるりとした嫌な感触が這い回る。反射的に、両手 を引っ込めた。 背中に、近野ら四人の息づかいを感じながらも、遠山の意識は自身の手のひ らに吸い付けられる。 「おい。どうしたんだ。何があった?」 近野の声が聞こえる。聞こえるが、しかと認識できていない。 「警部、一体――あ! 若柴刑事!」 嶺澤が息を飲むのが、ありありと想像できた。遠山はゆっくりと立つと、身 体の向きを換え、手のひらを見せた。 「斬られている。暗くて箇所は不明だが、この失血量では恐らく……」 言葉を飲み込む。血の乾き具合からして、まだ襲われて間もないはず。望み は薄くとも、助ける努力を全くしないなんてできない。彼は叫んだ。嶺澤を護 衛にして麻宮と志垣に救急の準備を頼み、自らは近野と二人がかりで、若柴を 屋敷に運ぶ。現場保存のことは頭から消えていた。若柴の生存を信じ、慎重か つ大胆な足取りで、可能な限りスピードを上げた。 屋根の下に入り、充分な光を得ると同時に、遠山は気付いた。若柴の手首に 拘束の痕跡が残っていることに。ロープの類ではなく、手錠か?。この分だと 足にも何らかの枷を填められ、完全に自由を奪われていた可能性が高い。 「若柴刑事の行方不明以来、犯人――恐らくヂエ――が、ずっと彼を監禁して いたのだとしたら、何故、今になって襲ったのだろう?」 近野も拘束の痕に気付いたのか、そんな疑問を早口で言った。遠山は考えよ うとしても考えられず、「今はともかく、手当てが先決だ」と応じるので精一 杯だった。感情を抑え込むのに非常な努力を要する。 玄関から最も近い部屋に運び入れ、布団に横たえる。首と肩口にできた傷は 相当深い。朱に染まって、血の流出は止まっているのか止まっていないのか、 一見しただけでは判別のしようがない。 志垣が手当に取り掛かる。遠山や嶺澤も多少の知識はある。全力を尽くした。 あるだけの包帯やガーゼを使い、体温を保とうと暖房を効かせ、意識を呼び戻 そうと気付け薬に、大声による呼び掛けも繰り返した。 だが……だめだった。 ヂエの毒牙に、ついに警察の人間までもが掛かってしまった。さらに深刻な のは、拳銃と手錠が敵に渡った可能性が非常に高いこと。これらの現実が、生 き残っている島の者に、新たなる暗雲をもたらした。 遠山は、精神的にも肉体的にも、疲労のピークに達していた。刑事になって からも含めて、こんなにきつい状況を体験するのは初めてだ。深夜になっても やむことのない殺人。 またもや全員を叩き起こし、事情聴取をするのには無理があった。犠牲者が また出たという事実を伝えた段階で、一部の人間から、警察は何をしてるのだ と非難を浴び、それどころではなくなった。多くの者は気が立っており、遠山 達と同様に、心身ともに疲れ切っていた。こんな状態で事情を聞き出そうとし ても、正確な話を得られないばかりか、今後の捜査協力を期待できなくなりか ねない。 遠山達刑事は仲間が殺されたにも関わらず、非難の声を甘んじて受け、ご自 身でも警戒を強めてくださいと重ね重ね頼んだ。そして、各人の返り血の有無 を調べただけで、皆を部屋に帰らせた。 遠山は、これ以上の犠牲者を出さぬよう、警備に当たるのが我々の役目と肝 に銘じた。 「しかし、休まないと、いざというときに、ヂエを取り逃がすぜ」 方針を聞いた近野が、片目を擦りながら刑事達に意見した。 「失礼だが、いくら徹夜に慣れているにしても、気力が持たんだろ? 交代で もいいから仮眠を取ることを強く願うよ」 「だが、一人では屋敷と宿の両方を警備できない」 甘めの缶コーヒーをすすり、ため息を交えながら言う遠山。嶺澤の方も意気 消沈した体で、肩を落としている。手にした缶コーヒーは、とうに空になった らしく、ほとんど水平に傾いていた。治り切らない足で動き回っという理由も あろう、額には汗が滲んで玉になっていた。 「何なら俺を加えて三人で見張るか。二人ずつ、交代制で」 「それはよくない」 遠山は内心で感謝しつつも、きっぱりと言った。 「近野、おまえもヂエの標的にされてるんだ。暗号解読の結果を忘れたんじゃ ないだろうな?」 「ああ、あれか。名指しをされた割に、ちっとも襲って来ないな。それどころ か、他の人達が犠牲になっている」 「そもそも、83752が姿晶を示すのだって、訳が分からないままなんです よね……」 嶺澤が沈んだ口調で付け加える。 「それもあった。パズルは得意なつもりだが、全く結び付かないな」 近野は弱音を吐いたように見せながらも、目は死んでいなかった。何かを必 死に考えている、そんな目つきだ。 「――待てよ。パズルだの予告だのよりも、今起きたばかりの事件を元に考え れば、容疑者の枠をかなり絞れるんじゃないか」 近野の提案を咀嚼する遠山。頭の中のもやが徐々にではあるが、晴れていく 感覚があった。思わず手を打つ。 「あ! そうだ、そんなんだ。我々は事情聴取を終えて、屋敷に向かっている ときに、若柴刑事を発見した。凶行間もない状態で、だよ。犯人は、それをや ってのけられる人物。逆に言うなら、あのとき屋敷に向かっていた私と近野、 嶺澤、麻宮さん、志垣さんは犯人ではない」 「ていうことは」 嶺澤が受けて、考え考え、言葉を紡ぐ。 「容疑者は、今行方不明の伊盛を筆頭に、布引支配人、調理師の吉浦、画廊管 理の淵、その手伝いの榎、そして絵描きの面城薫の六名ですね」 「その内の淵と榎には、八坂殺しのときのアリバイがまあ成立していると言え なくもない。毒殺のようだから、絶対の確信を持つのは危険だが」 「先に進める前に、返り血がなかったことはどう説明する?」 近野の推測にストップをかけ、遠山は二人に問うた。最前、全員の衣服に血 痕がなかったことを確認したばかりである。 「背後に回って、手際よくやれば、返り血を派手に浴びることはなかろう」 近野が答える。 「相手が自由に動き回れるのなら、難しい方法だが、今度のケースでは、若柴 刑事は手足の自由を奪われていた。後ろに立って、凶器を振るうのは容易かっ たに違いない」 素人から指摘されて感心するのもみっともないので、遠山は無言で小さく頷 いた。それから新たな疑問点を提出する。 「誰が犯人にしろ、若柴刑事を監禁しておく場所が必要だ。姿の見えない伊盛 についても、どこにいるのか気になる。なのに、捜索をしてもそれに適した場 所は見つかっていない。が、足を踏み入れていない場所がまだある」 「面城薫のアトリエですね」 部下の言葉を目で肯定し、遠山は続けた。 「そもそも、面城本人にお目に掛かっていない。島に着いて一夜が空けようか というのに、おかしな話だよ」 「女主人様に懇願して、無理にでも会わせてもらうしかないな。でなきゃ、多 少強引な手段に訴えてでも、あの地下室に入るべきだね」 近野が茶化すような調子で言った。そこから一転して、真顔で語る。 「俺達は麻宮レミに甘い顔をしすぎていた。惚れた弱みってやつだな。しかし、 事ここに至ってまだ甘い顔をしていたら馬鹿だ。令状なしでも、何とかしろよ、 遠山」 「叱咤激励されるまでもない。今からでも言ってやるよ。無論、彼女が関与し ているとは思っていない。面城にいいように利用されているんだろう。化けの 皮を剥いでやろうと思う。近野、君も来ないか」 「君達の許可が得られるなら、喜んで同行する。望むところだ」 「よし。じゃあ、善は急げだ」 酒が入った訳でもないのに、遠山のテンションは急に高くなっていた。勢い よく立ち上がると、さて、どうするかと思案に暮れる。気ばかり急いて、方針 がまとまっていない。 「警部?」 「……あー、嶺澤刑事。君はここに残って、警備だ。人の出入りをチェックし てもらいたい」 「了解しました」 「私は近野と一緒に、直接、面城に会いに行く。麻宮さんの承諾を得る煩は避 けることにする。起こすのも気の毒だ」 実際には、煩わしいというよりも、彼女の顔を見て決心が鈍るのを恐れただ けだが。 「くれぐれも用心してください。近野さんも充分にご注意を。私がこんな有様 でなければ、民間の方に手伝わせはしないのですが」 嶺澤が絞り出すような声で言った。近野は黙ってただ首を横に振る。気にし ないでくれというサインらしかった。 「君も用心を。もうたくさんだ」 遠山はそう言い置いて、先頭を切って部屋を出た。拳銃に伸びそうになる手 を押さえ付けるのに、多少の努力が必要だった。 地下のアトリエ。その扉の前に再び立った遠山と近野は、薄明かりの下、顔 を見合わせた。 「やはり、銃を構えておくべきじゃないか?」 険しい目つきの近野が囁く。遠山は唇を噛みしめた。しばし考え、応じる。 「そうだよな……。扉の向こうに殺人犯ヂエがいるとして、そいつは拳銃を持 っている可能性が高い。それに島内だけで三人を殺している。充分に危険を予 測できる」 己に言い聞かせる口調だった。遠山の手が拳銃を掴んだ。なおも迷ってから、 結局、いつでも発射できるように準備万端整えた。 「近野。君は下がった方がいい」 「おいおい。俺を何のためにここまで連れて来たんだ?」 声のボリュームが少し上がる近野。肩をすくめ、忍び笑いをした。 「君を盾に、後ろに立っているだけなら、木偶の坊でもできることじゃないか。 せめて後ろではなく、扉の横に付けとでも言ってくれ」 「扉の横?」 「扉の陰に隠れて、奴さんが出て来たら、飛びかかって捕まえるのさ。それに、 ヂエに、相手は一人だと思わせるのは有効だろう。そのためには、後ろよりも、 横だ」 「……分かった。壁に張り付くように立ってくれるか」 「OK」 言われた通り、壁際に立つ近野。扉の蝶番側に着き、いざとなったら飛びか かろうという態勢だ。 「いいぞ」 目配せを交えて、彼らは頷き合った。会話をやめると、途端に静寂が訪れる。 空調が稼動しているので、完全な無音ではないはずだが、慣れてしまったのか、 ほとんど気にならない。この場が地下なのだと否応なしに教えられる。黙って いると、耳が痛くなるような感覚に襲われる。 (まともに呼び掛けても、開けて貰えるかどうか。かといって、いきなり扉を ぶち破るのは、かなりの重労働だろうな……。物音に気付かれても、相手が逃 げ出す心配はない。地下なのだから) そのようなことを色々と考え、算段を巡らせる遠山。やがて扉に接近した彼 が最初にしたのは、ノブを握る――そう、ロックされていることの確認という、 基本中の基本だった。 「……あれ?」 直前までの緊張感を台無しにしそうな、間の抜けた声が、遠山の口から漏れ た。眉間にしわを寄せ、首を傾げる。ノブが楽に回ったのだ。 「どうした? どうかしたのか」 唇を舌で湿らせ、遅ればせながら近野が問う。遠山の手元がよく見えていな かったらしい。 「鍵、掛かっていないんだ」 どうしよう?という風な目線を向けてしまった。 近野も受けた意外感は遠山と同等のようで、顔の半分をしかめて、ゆっくり と壁を離れると、ドアの前、遠山の横に立つ。ノブに手を伸ばそうとして、遠 山に聞いた。 「指紋、かまわないか?」 「あ? ああ、この時点ではもう」 近野もノブを回した。音もなく、すっと回る様が、傍目からでも見て取れた。 「本当だな。好都合じゃないか。迷うことはない」 「好都合と言えば好都合だが、まさか開いているとは。このまま入ったら、下 手すると、我々は不法侵入罪だぜ」 「くだらんことに縛られてるな。ふむ。じゃあ、こうすればいい。空き部屋だ と思って捜索をした、とな」 「無茶な。俺もおまえも、ここが面城薫の部屋だと知っており、だからこそ調 べに来たんだろうが。麻宮さんも言っている」 遠山の返事に、近野は「飲み込みの悪いやつだな」と苦笑した。 「だからぁ、彼女が言っているのは冗談だと思った。面城なんて人間はいない ことを証明するために、ここに押し入るんだ。これでどうだい?」 「……分かった。表面上、そういうことにしておこう」 だからといって法律上の問題が払拭される訳ではなかろうが……。今は非常 事態、緊急事態なんだと、自身を納得させた遠山は、再度、ドアノブに手を掛 け、扉を開けた。 できた隙間から、こぼれ出るのは闇。当然とすべきか、室内の明かりは落と されている。 ――続く
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