●連載 #0223の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「九時から一時間ほどは、雑事に追われておりました。本来の業務の他、こん な事件が起こりましたので、目の届く範囲で館内を点検したり、今日までに届 いた郵便物等に不審な物がなかったか再チェックしたり、吉浦に食材の安全確 認を命じたり。それと、時間は覚えていませんが、お嬢様のお宅にも二度、足 を運び、指示を仰ぎましたね。一度は、来週以降の宿泊のご予約を、全てお断 りすべきかどうか。お断りするのなら、どのような形を取るかといったような ことです」 「確かか?」 遠山が短く聞くと、麻宮は「ええ」とだけ答えた。それから、「私も時間は 覚えてないけれど、十時までだったことは確実よ」と付け加えた。 遠山は傍目からでは分からない程度に頷き、布引に続きを促した。 「館内を見回っていると、カウンターに見覚えのない封筒を見つけまして…… あとは、刑事さんがご存知の通り」 「ああ。屋敷の方に持って来てくださった、あれですか?」 「はい。あのとき、ご一緒したのは十分ぐらいでしたでしょうか……。お屋敷 を出ると、またこちらに戻って来て、業務日誌をつける等しておりましたが、 気分がすぐれず、途中で筆を置き、横になりました。多分、十一時過ぎだった と思います。そのままうとうとしてしまったようです。それが、刑事さんが来 られて、目が覚めたんです」 八坂死亡の件で、話を聞きに行ったときのことだ。遠山は黙って首肯した。 「十一時五十五分頃でしたね」 「刑事さんが仰るなら、そうなんでしょう」 「あれは五分程度で切り上げたので、午前〇時からのことを」 「そう言われましても、疲れが本格的に出て来ましたから、きちんと眠ろうと、 布団を敷いて床に就いたとしか。ああ、ただ、こんなときですから、宿を離れ る訳にはいかないと思いまして、こちらの部屋で休みました。普段は、お屋敷 の部屋で眠るんですけれど。そのことを、お嬢さんに告げにお屋敷の方に行き ました」 この点に関して、またも麻宮に確認を取る。肯定の返事があった。 「そうして、いつの間にか寝入ったようですけど、そこをまた刑事さんに」 「分かりました」 遠山が次に指名したのは、布引の話に出てきた吉浦。白髪混じりの頭に手を 当て、思い出すのに努める体で始めた。 「とにかく、いらいらしてたな。お客さんが食堂で亡くなるってな嫌なことが あったもんだから、腹立たしくってね。食べ物から調味料から、水道の蛇口に 到るまで、全部調べたよ。あっと、もちろん、布引支配人も姿を見せましたよ。 で、調理道具や器の類も全て洗って、それから明日の食事の下ごしらえに取り 掛かった。この辺のことは、志垣さんがそばにいて手伝ってくれたから、確か だ」 「はい、そうでした」 聞かれる前に、志垣は手短にフォローをした。遠山は無言で了解の首肯をし、 料理長の話の再開を待つ。 「準備を済ませたら、〇時になってたかなあ。手を洗ってるところへ、刑事さ んが来たっていう成り行きだ」 「そうそう。志垣さんとご一緒だった。つまりは、九時から〇時過ぎまで、ア リバイがあるんですね?」 「そのつもりですよ。認めてもらえると、ありがたい。で、だ。刑事さんの短 事情聴取のあと、志垣さんとは別れた。自分は三分ほど、調理場に留まってい たんで、志垣さんを先に送り出す格好でしたが」 「調理場に残ったのは、何の理由で?」 「……刑事さんにばれたら、大目玉を食らうかな。こういう物を一本――」 言いながら、懐から何かを取り出した吉浦。彼の膝上に置かれたその長細い 物は、さらしに巻いた包丁だと知れる。 「――拝借してから、部屋に戻った」 「護身用のつもりですか。犯人に襲われたときのための……」 「ご明察、その通りですよ。布っきれを巻いたままなのが、ちょいと間抜けだ が、なに、脅かす分には役をなすだろうと思いまして」 「状況が状況なので、咎めだてしませんが、気を付けてください。志垣さんと 別れてから、どうされました?」 「自分の部屋で寝るだけでさあ。ちっとも眠くならない内に、こうして起こさ れましたがね」 遠山は嶺澤が書き付け終わるのを待って、次いで志垣に話すよう求めた。 「吉浦さんと重なっているところは飛ばして、かまわないでしょうか?」 「特に気付いたことがなければ、それで結構です」 「はい。九時過ぎから十二時過ぎまでは、吉浦さんが話された通りで……調理 場を出たあと、私はお屋敷の方に向かいました。レミお嬢様と少しお話をして、 お休みをいただきました。すぐに寝付けたみたいですが、何だか嫌な夢を見た 気がします。だから、刑事さんに起こされたときの目覚めときたら、ひどかっ たです」 遠山は、どんな夢だったのか聞きかけたが、やめた。事件と無関係なのは明 らかな上、嘘をつかれたとしても確かめようがない。 「それでは次は……」 遠山はしばし黙考し、淵厚仁に声を掛けた。今いるギャラリーの管理人は、 「他の皆さんと違って、単純なもんだが」と前置きをしてから述べ始める。 「本当なら七時からやる予定だった画廊内の点検を、九時過ぎからやった。も ちろん、この榎も一緒だ。絵や照明設備なんかの点検だけでなく、いつも以上 に厳重な戸締まりと、怪しい奴が居残って隠れていないかどうかも見て回った から、結構時間が掛かったね。まあ、時計と睨めっこしていた訳じゃないんで、 正確な時刻は分からん。多分、十時三十分は回っていたんじゃないか」 淵の隣では榎が、そうそうという具合に、無言で小さく首肯している。目に 留めた遠山はこの機会を捉え、時刻について覚えているか、聞いてみた。 「僕も気にしてませんでした……。でも、終わって、自分の部屋に戻って、テ レビを入れたら、ローカルニュースがちょうど始まったから」 この地方のテレビ番組に、遠山はまるで詳しくない。 「午後十一時前という意味?」 「はい……十時五十四分ぐらい、多分」 「作業を終えてから、部屋に戻るまでの間、何かやっていたのかな?」 「シャワー浴びて、着替えて……十五分ほど」 「じゃあ、作業終了は十時三十五分頃と見なせそうですね。淵さんは終わって から、シャワーを浴びたんで?」 「いいや。シャワーなんかじゃ満足できねえ性分だもんでね。夜中に、風呂を もらうつもりだったが、ごたごたが起きたせいで、入れずじまいだ」 淵は腕組みをし、唇をひん曲げた。 「それじゃあ、何をされてたんです?」 「仕事が上がってからか? そうだな、いつも通り……と言っても、時間はぐ っと遅いが、一人で晩酌した。届いたばかりの酒瓶を開けたよ。見せようか」 「いえ、それはどちらでも結構です。場所は?」 「てめえの部屋に決まってる。疑うんなら見てくりゃいい。するめの袋が放っ てある」 疑心暗鬼の気が出ているのか、淵はやたらと証拠を示そうとする。遠山は両 手で抑える仕種をした。 「まあまあ、型通りの質問なので、お気を悪くしないでください。ずっと部屋 でお一人だったんですか?」 「飯のあとは、たいてい一人だ。今日に限ったことじゃあない。あんたら警察 が来るまで、一人だった」 「聞き込みが終わって、淵さんはまた部屋に入りましたが、そのあともお一人 で晩酌を?」 「酒はやめにして、さっきも言ったように風呂をもらいたかったんだが、どう も気分がよくねえ。風呂場で裸になってるところを襲われたら危ねえってのが、 頭の隅っこにあったしな。結局、部屋にいた。そうしたら、またあんたらが来 たって訳だ」 「他に、誰も来なかったと」 「残念ながら、その通りだ」 足を開き、両膝に手をどっかと乗せて前傾姿勢になる淵。疑いたければ、い くらでも叩いてみなと言わんばかりだ。埃の出ない自信があるように見えた。 遠山は目礼すると、榎雄次にも、同じことを尋ねた。 「僕は、仕事終わって、部屋に戻って、テレビを何となく見ていて……それか らお屋敷に急いで行きました。今日着いた船荷の中に、面城さんへの届け物が あったのを忘れていたので……」 「あ、そうだったみたいね」 麻宮が不意に声を上げ、肯定の意を示す。遠山は彼女にも話を聞いた。 「志垣さんは厨房で、私は面城君と地下室にいたから、気付かなかったけれど、 勝手口に雑誌と道具の包みが置いてあったわ。あれ、いつ持って来たの?」 「十一時十五分ぐらいだったと思います。ご返事がなかったので、事件のこと もありましたし、すぐ引き返しました」 榎の言葉に遠山はうなずき、その後どうしていたかを重ねて問う。 「自分の部屋に戻って……戸締まりを厳重にして、休もうとしてたら、刑事さ んがやって来て、お客の一人が死んだと知らされました。それが終わって、や っと寝床に着いてうつらうつらしていると、また殺人があったという知らせで、 起こされました」 遠山は、嶺澤がメモを取れたのを確認すると、少々考えた。 事情聴取は大方済んだ。行方知れずの伊盛を除けば、あとは面城だけと言っ てもいい。だが、当人の姿はまだない。地下室の中を見せてもらう約束もある ことだし、こちらから出向く方が、手っ取り早いではないか。第一、面城をあ まり表に出したくない節が、麻宮に見受けられる。 「完全にアリバイ成立した方は、いないようです。皆さん、ひとまず、お戻り になってかまいませんが、戸締まりだけは厳重に願います。人が訪ねてきても、 不用意に戸を開けないように。それから、何かあった場合や、思い出したこと があったときは、私か嶺澤刑事に知らせてください」 解散を告げると、嶺澤や近野とともに、麻宮を取り囲んだ。屋敷に部屋のあ る志垣も残る中、遠山が、面城のことを持ち出すと、麻宮は髪をかき上げ、た め息混じりに応えた。 「分かってるわよ。地下室に行きましょうか」 「内線電話をもう一回、入れておいたらどうだい? こちらに来るつもりはあ っても、眠ってしまったのかもしれない。だとしたら、いきなり押し掛ける形 になる。機嫌を損ねるんじゃないかな、芸術家という人種は」 近野の提案に、麻宮はコンマ一秒ほど思慮したか、そうねとつぶやくと、視 線を走らせ、人の輪を抜けると、壁の電話に歩を進めた。 「――面城君? やっぱり、まだいたのね。いつまで経っても来ないから、警 察の皆さんがかんかんよ。寝てた? 違う? ああ、そう。いつものことね。 それで、今からそっちに行くから。ええ。ええ。じゃあ」 電話を戻すと、麻宮は遠山達に振り返って、苦笑顔を作った。 「一回目の電話で起こされて、少しだけのつもりで、筆を執ったら、時間を経 つのを忘れてしまってた、ですって」 「やれやれ」 近野がこれ見よがしに嘆息する。 「その言い訳が事実だとしたら、捜査の参考になりそうなことは、聴けそうに ないねえ。研究一筋の博士と一緒で、集中したら周りが何も見えないタイプじ ゃないか」 遠山と嶺澤が前後に立ち、間に近野と麻宮、それに志垣の順で挟む形で、屋 敷に向かう。懐中電灯の明かりを頼りに、足早に進んだ。 「縄梯子が出ていたということは、角さんは自らの意志で、二階から直接外に 出た、と考えるべきだな」 近野が遠山の背中に話し掛ける。遠山が前方への注意を怠ることなく、応答 したのは記すまでもない。 「ああ。だけど、何のためにそんな真似をしたのか……」 「思うに、いや、可能性の一つとしてだが、角さんとヂエは共犯関係にあった という見方は、どうだろう?」 「え? つまり、角さんはヂエと何らかの秘密の連絡を取るため、部屋を忍び 出た。そしてヂエと仲間割れし、殺されてしまったって?」 「仲間割れとは限らない。ヂエは端から、共犯者を道具のように使い捨てる気 だったかもしれんぜ」 肩越しに振り返りたくなるのを辛抱し、遠山は近野の意見を検討し始めた。 と、後方で、嶺澤から声が上がる。 「仮に、角さんがヂエの共犯者だったとしましょう。それが、ヂエの犯罪に、 どういう風に役立ったか? 自分には皆目見当が付きません。そもそも、角さ んは恋人の練馬さんを、ヂエに殺されたんですよ」 「嶺澤さん。それらのテーマには、まとめて答を与えられなくもない」 近野が軽快な調子で喋る。遠山は聞き耳を立てた。 「角さんが恋人殺害をヂエに頼んだとすれば、筋道が通らないだろうか?」 「は、はあ。なるほど。恋人の練馬を殺害する代わりに、俺の犯罪計画に協力 しろ、と?」 「そういう考え方もできる、と言ったまでです」 近野の台詞を背後で聞いた遠山は、次の瞬間、視界に捉えたある物のおかげ で、息を詰まらせた。 歩みを遅くし、前方を指差すと、声を絞り出した。 「人が……倒れている」 周囲に意識を払いつつ、後方の四名に向き直る。遠山が指差した先には、屋 敷があった。 玄関先以外は暗い屋敷のすぐ前に、だるまのようなシルエットが、ぼんやり と浮かぶ。座禅を組んでいるのではあるまい。泥酔者が地べたへたり込み、舟 を漕いでいるのにも似ているが、どこかおかしい。 女性二人の警護を、部下と友人に任せ、遠山は単独で、その影に近付いてい った。距離が縮まるにつれ、それが男性らしいと分かる。 (……まさか) ごくり。唾を飲み込む音を、どこか遠くの出来事のように聞いた。 遠山の予感は、的中していた。 ――続く
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