AWC ●短編



#569/571 ●短編
★タイトル (AZA     )  25/10/02  17:44  ( 68)
OSHI−KATSU   永山
★内容
 日本にやって来て七年目、初めて一人で定食屋に入った途端、「はい、オシカツドン
二人前、お待ち!」と威勢のよい声が轟いて、身体がビクッとした。自分に向けられた
ものかと思い、焦ったが、実際は違った。
 若い女性の店員さんがどんぶり料理を二つ、お盆に載せて運んでいく。ちら見してみ
ると、どんぶりの蓋から平べったく伸ばされた豚肉らしきかつが大きくはみ出してお
り、そこそこインパクトがあった。程なくして席に案内され、メニューに目を通す。さ
っき見たのは押しカツ丼という料理らしい。
 オシカツつながりで、頭の中が一杯だったため、必要以上に驚いてしまった。今、僕
は“オシ”のことばかり考えている。今日、初めて顔を合わせるのだけれども、緊張が
どんどん高まっている。どうしたらいいか分からないほどだ。
「お待たせしました。お席の方はこちらで大丈夫でしたか」
「はい、問題ありません」
「よかった。ご注文はお決まりですか?」
 まだ決めていなかった僕は、店の壁に貼ってある写真パネルを指さした。大柄な黒人
男性が店主らしき年配男性と肩を組み、一つのどんぶりを支えるようにして持ってい
る。黒人男性は僕も知っている有名な格闘家、オーガ・ヌーだ。どんぶり料理が美味し
そうなのはもちろんのこと、二人のにこやかな笑顔が非常にいい。
「あれは何という料理になりますか」
「あー、はい。あれはですね、こちらのメニューで言うと」
 メニューを手に取るとページをめくって、一つの料理を指先で押さえた店員さん。
「これになります。牛カツ丼ビーフカレー」
「この、あとから書き足されているのは何ですか」
 メニューの料理名のすぐ上に、“オーガ・ヌー、一推し”とあるのだけれども、“一
推し”が読めない、意味が分からない。“ひとすいし”だとしたら人間が溺れ死んだよ
うに聞こえるが……?
「それはあの外国人が強い格闘家で、あの人もイチオシしている、つまりえっと、推薦
している、おすすめしているという意味になります」
「ああ、分かりました。ではこの牛カツ丼ビーフカレーを一つ、お願いします」
「大盛りにもできますが、いかがいたしましょう?」
 僕の体格を見てのことか、おすすめしてきた――イチオシしてきた?――店員さん。
今よりもっと子供だった頃は、外見だけで判断されていわゆるOTAKU扱いを受けて
いたが、それに比べたら随分とましだ。
「ライスを増やすだけなら無料、具も増やすのでしたらプラス百円、多めに頂戴するこ
とになりますけれども」
 験担ぎだと思い、具も増やしてもらうことにし、注文をすませた。
 お水やおしぼりなどはセルフサービスのシステムだという説明を受け、理解して、店
員さんを見送る。さて水とおしぼりを取りに行くかと、腰を上げたところ、店のドアが
がらりと開いて、ほぼ同時に「おーい、せきとり頼むよ」という声が遠くから聞こえ
た。
 僕がまたびっくりして、出入り口の方を振り向くと、入って来たばかりの人が外に向
かって「大丈夫ですよ、先輩! 幸い、席は空いています!」と返した。
 何だ、せきとりって席取りのことか。僕は自分を見て言ったのではないと分かり、何
となくほっとした。そうして改めてお水とおしぼりを一つずつ取って来ると、元の席に
収まった。
 太い指でおしぼりを広げ、手を拭きながら、考えることはまたも“オシ”について。
 どうやったら“オシカツ”ことができるのか、堂々巡りが続いている。
 同じ部屋の先輩で部屋頭の豊羽島《とよはしま》関とは、稽古でもなかなか勝てな
い。僕も豊羽島関も突き押しを得意とし、立ち会いから一気に押し勝つのが身上。わず
かだけれども確実にある押しの差が、稽古場での差につながっているのは分かってい
る。幸い、同部屋だから本場所で当たることはなかった。けれども今日は地方巡業で、
同じ部屋の関取同士でも対戦が組まれる場合がある。土俵上で勝負する日がいつか来る
と思っていたけれども、ついに来てしまった。取組決定を知らされたのが昨日で、以
来、ずっと考えているのだが、よい対策が浮かばない。戦う相手と顔を合わせるのすら
精神的にしんどいから、ちゃんこの食事は早々に退席して、こうして食べに出て来たく
らいだ。
「おまえそれ、太い信者だと思われてるだけなんじゃね?」
「いや、そんなことない」
 また新たなお客が来店した。今度は僕と同じぐらいの若い男二人組だ。
「俺の拝金のおかげで、クビにならずに済んだって、推しから直接、お礼のメールが来
たんだから」
「いやいや。それ、おまえ宛だけじゃねーから、絶対」
 聞くともなしに聞いていた二人のやり取りに、何故かしらヒントを見出した気がし
た。オシカツためのヒント、光明。それは“太い”“クビ”じゃないか? 豊羽島関の
首はとてつもなく太くて頑丈だが、先場所、土俵下にもつれ合って落ちたときに傷めた
はず。完治していないとすれば……僕は自分の右手をじっと見つめた。
 太い首を喉輪押しでとらえる、はっきりとした手応えを予感した。

 終わり




#570/571 ●短編
★タイトル (AZA     )  26/01/31  17:41  ( 79)
書き出し指定>F&Mシリーズ   永山
★内容
※本作は、某小説投稿サイトの公式企画として催された書き出し指定のお題の一つに対
し、応えたものです。お家芸?のずるい手で攻略しております。(^^;

 〜 〜 〜

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

「堂本《どうもと》君、何それ」
「ん? ああ、これは例のやつだよ。今の時季恒例の」
「ていうことは、お題? 書き出しが指定された」
「それそれ」
「――ふうん。なかなかの難物って感じ」
「まあ、どんな物が来ても、面白くなるかどうかは別にして、とりあえずこういうやり
方をすれば対応できるというメソッドはあるから」
「にしてもよ。日本語としてちょっとおかしくない? 癖があるっていうか」
「お、木川田《きがわだ》さんがそういう日本語云々で疑問を呈するのは珍しいな。ど
こが?」
「何て言うか、距離感? 『あの夢』って話し手から多少離れた感じするじゃない?」
「そうだね。こそあどの中で“あれ・あの”は一番遠い」
「よね。でさ、『あの夢』と言っておいて、『これで』で受けてる。凄く違和感を覚え
たんだけど」
「うーん、なるほどね。『これで』と言っているからには、『あの夢』を最後に見てか
らさほど時間は経過していないはず。なのに、『あの夢』という表現には話し手との距
離感がある」
「堂本君もおかしいと思うんだ? 同じ意見で嬉しいかも」
「そうだねえ、難しいところ。微妙だな。ここにある『夢』というのを初めて見たのが
遠い昔だとしたら、『あの夢』と言い表しても構わない気もする。その後、間を置いて
繰り返す見るようになったんだとしたら、その度に『あの夢』と表現するのは間違って
いない」
「そっか。漫画やドラマなんかで、悪夢にうなされてガバッと起き上がって、夢だと気
付いたときに、『またあの夢だ……』ってな台詞を言うシーン、よくあるけどあれには
違和感ない。逆に『またこの夢だ……』と言われたら変に感じるかも」
「不思議だな。そのシチュエーションなら、『またこの夢だ……』であっても、論理的
にはおかしくないだろうに、何故か違和感があるなんて」
「ところで、九回も同じ夢を見たことってある?」
「その夢というのは、狭い意味での夢、つまり眠っているときに見る夢と解釈していい
んだな? それなら、ない、と断言しておこう。そもそも僕は、たいていの場合、目が
覚めると忘れてしまう質でさ。夢を見たこと自体は分かっているのに、内容については
きれいさっぱり忘れている。創作に使えそうな夢を見たという思いだけ残って、肝心な
中身を思い出せないあのもどかしさと来たらないよ」
「枕元にメモを置いとくとかしないの?」
「してる。それでもだめ、ほとんどの場合は思い出せない。そんな訳で、もしかしたら
同じ夢を九回も十回も見ているかもしれないが、覚えていないんだから確かめようがな
い」
「なるほど〜。私は覚えているつもり。その上で、九回も同じ夢を見たことはないな、
せいぜい三回ぐらいと言おうとしてたんだけど、案外、四回以上見ていても記憶してい
ないだけっていう可能性あるのかしら」
「まったく同じ内容の夢なら、飽きてきて覚えなくなる可能性はあるかも。いや、分か
らん」
「それにしても、何で九なの?」
「はい? ああ、書き出し指定の話か。多分、ここのサイトが主催するコンテストが十
回目を迎えたからだろう。去年の第九回まで全部参加して入賞を果たせなかった人にと
って、入賞はこれまでに九回見てきた夢だ、って」
「そういうことかぁ〜。細かいこと言えば、全部の回に出してる人なんて少数派だと思
えるけど」
「そこら辺は気にし始めたらきりがない。出さなくても夢だけ見ることはできるんだし
さ」
「おお、ちょっと名言ぽいけど、中身がないフレーズ」
「辛辣だな。それこそ夢がない。――あ、さっきのやり取りで思い付いたんだけど、こ
ういうなぞなぞはどうかな」
「なぞなぞ? いいわよ、どんと来い」
「正解しても何も出ないけど、真剣に考えてくれたら嬉しい。『探しても探しても見付
からない物ってなぁんだ?』」
「探しても探しても見付からない……って、まさか、夢、じゃないわよね」
「ないない。当てはまる人もいるかもしれないけれど、このなぞなぞの答ではないよ」
「うーん、夢じゃないとしたら……ヒントちょうだい。分かんないままだと、夜寝られ
なくなる」
「ヒントの要求が早いな。まあいいけど。ついさっき、答そのものをずばり言ってい
る」
「ずばり? ……う〜ん……思い出そうとしても無理だわさ。別のヒントを。ジャンル
でいうと何になるかとか」
「ジャンルか。あれは……大工道具かな」
「大工道具……分かったかも」
 ユキ――木川田|雪奈《ゆきな》は手の平を合わせ、こすり合わせる仕種をした。
「錐《きり》でしょ? 探しても探しても見付からず、きりがない」
「ご名答」
「ああ、よかった。これで夢見がよくなりそう」

 おしまい




#571/571 ●短編
★タイトル (AZA     )  26/02/28  13:46  ( 80)
余所のお題>書き出し指定>〇〇には三分以内に 〜   永山
★内容
余所のお題>書き出し指定>〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった


 角田《つのだ》には三分以内にやらなければならないことがあった。遅くとも三分後
にはここを発ち、駅に向かう必要がある。そしてプラットフォームに滑り込んできた電
車に乗り、自宅に戻れさえすれば、アリバイが確保できるのだ。
 このときのために、久しぶりに腕時計を装着した。携帯端末よりも素早く時刻を確認
できると踏んでのことだ。腕時計は正確に時を刻んでおり、狂いや電池切れの心配はな
い。
(指紋は別に残っていてもかまわない。よほど不自然な場所じゃない限り、以前この部
屋を訪れたときに着いたのだとすれば済む。問題は髪の毛だ。こいつと来たら、相変わ
らずきれい好きだったようだからな)
 先ほど、撲殺したばかりの男を見下ろす。山内《やまうち》は潔癖症とまでは行かな
いまでも、きれい好きで通っており、暇さえあれば自宅の掃除をしている。そんな性質
の男の部屋に、髪の毛が落ちていたら目立つ。
(掃除した日時を山内が記録しているとは思えないが、もし仮に警察がこの部屋を調べ
て、私の毛髪が見付かったとしたら、昨日よりも前に訪問した際に落ちたんでしょうと
主張しても、認められまい)
 角田はこの日に備え、なるべく髪を伸ばしてきた。さらに毛先を軽く脱色して茶色が
かったようにもしている。すべては、落ちた自分の毛を見付け易くするため。無論、髪
の毛をすっぽり覆えるサイズの帽子を被っては来たが、毛髪が落ちるのを完全に防げる
との確信は持てなかった。実際、犯行の際には帽子が脱げて、床に落ちてしまった。
(危惧したほどは、落ちなかったみたいだ)
 帽子をきつく被り直したあと、手早く三本拾い上げた時点でそう思い始め、その後二
分近くを要して探したが、四本目が見付かることはなかった。角田は、自分の特徴的な
髪をすべて回収し終えたと確信が持てた。
(見付け易かったのは、ある意味、山内がきれいに掃除をしていたおかげでもある。し
かし、そのせいで毛髪ごときに細心の注意を払わねばならなかった訳だ。卵が先かニワ
トリが先か論争みたいなものか。ま、どうだっていい。ぼちぼち立ち去らねば)
 腕時計を見た。あと二十秒ある。ざっと最終確認をして、玄関に向かった。計画通り
に事は運んだ。まだ途中ではあるが、とりあえず一安心すると口元に勝手に笑みが浮か
ぶ。
 速やかに外に出て、ドアを閉めると、そのまま振り返ることなく往来へ向かう。タイ
ムスケジュールには余裕を持たせてある。下手に走っては、周囲の目を集めかねない。
駅や道端の防犯カメラに映っても大丈夫なよう、軽く変装をしているが、それでも人目
に付かないに越したことないだろう。ゆったりと歩いても間に合うはず。ただ、分かっ
てはいても、気持ち、早足になるのは仕方がなかった。
 線路沿いの道路まで辿り着いたところで、念のため、時間のチェック。問題ない。歩
きながら、携帯端末を取り出し、鉄道各社の遅延情報を見る。これもまた問題は発生し
ていなかった。
(この路線は、事故率が極めて低いが、万が一、何らかの原因で遅れが出た場合は、B
プラン。もう一つの鉄道の駅に向かえば大丈夫。両方の路線で、同時に遅延が発生する
なんて、まずあり得ない)
 計画を思い返し、ほくそ笑んだ。
 と、そのとき。
「!」
 足元から地鳴りと小さな揺れが伝わってきた。程なくして、それは大きな大きな振動
へと変化する。

「ちくしょう……」
 角田は思わず口走っていた。
 三十秒くらいだったか、立っていられないほどの揺れに襲われた。もちろん、単に遅
れが三十秒程度なら、計画に支障を来すことはない。だが、ことは地震だ。すべての鉄
道が一斉に停まるのは確実。だめ元で携帯端末による確認を試みたが、もうつながらな
くなっていた。
「タクシーを拾う……無理か」
 ぽつぽつとではあるが、倒壊した家がある。道路が塞がれているのも確実だろう。そ
もそも、角田から見える範囲でも、道のあちらこちらにひび割れが出来ていた。
(何てこった)
 消防車や救急車の音を遠くに聞きつつ、角田は歯がみした。
(計画が台無しだ。まさか、こんなに大きな地震が、このタイミングで起きるなんて。
ああ、このまま山内の遺体が見付かったら、現場近くにいた私は真っ先に疑われる。だ
いたい、大きな地震が起きると分かっていたら、もっと殺し方を工夫したのに! 地震
による事故死に見せ掛けるくらい、簡単だろうに)
 そこまで考えた角田は、ふと冷静に立ち返った。
 今からでも何とかならないか?と。
(犯行現場に戻るのは危険な行為だ。しかし、あの近所だけじゃなく、誰も彼もが混乱
し、右往左往しているだろう。私の存在など、気に留めまい。幸いと言っていいのか、
山内の死因は撲殺。地震による揺れで、何かが頭に落下し、死に至ったと見なされるよ
うに細工できるんじゃないか? あいつの家が倒壊してなければ、部屋に入ることさえ
できれば、どうにかなる。少なくとも、様子を見に行くだけの価値はあるぞ、絶対)
 そうして今来たコースを引き返した角田は、山内の一軒家が何事もなかったように建
っているのを視認した。
(よし、いいぞ)
 角田はまた帽子を被り直し、俯きがちな姿勢を取って、山内の家に入っていった。

 直後に、最初の揺れに匹敵する地震が起き、倒壊した家屋の下敷きになって、命を落
とすとも知らずに。

 終




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