#566/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/07/01 19:40 ( 77)
映像収集のお仕事 永山
★内容
家から出て来たのは髪を引っ詰めにした、多分主婦だ。私は営業スマイルで話し始め
る。
「突然お邪魔してすみません。私、“デジタルメモリレコード”の梶原信樹《かじわら
のぶき》と言います。今日はご自宅にあるテレビ放送の映像を買い取らせていただけな
いかと参った次第です」
「デジタルメモ……?」
会社名を途中まで呟き、きょとんとする主婦。
「デジタルメモリレコード。ありとあらゆる映像をデジタル化して、後世に残すとの目
的で活動する、個人の非営利組織です。テレビ局にも残っていない映像、または残って
いても門外不出の映像を発掘すべく、回っています。ご自宅にビデオテープ、ございま
すか」
「それなら結構あるわ」
「一九九〇年までのテレビ番組を録画した映像を、一時間百円を基本に買い取ります。
ここで言う一時間とは可能な限り良質な画像で換算した数値、たとえばVHSなら標準
録画での時間になります。三倍録画で三百六十分なら、標準録画に直すと百二十分にな
りますので二時間、つまり二百円です」
「中身はチェックするのかしら」
「確認した上で値付けし買い取ることは著作権法に触れる可能性が高いですので、あく
まで中古テープを再利用目的という形に」
「そうは言ってもレーベルが貼ってある物は内容がだいたい分かるわ」
「今のは建前でして、ざっとですが中身を確認させていただくこともございます。その
場合、『お客様は内容を消去したつもりだったが実際には消せていなかった』としてお
ります。現実問題、すべての映像を買い取るのは無理です。映画やドラマ、アニメなど
物語の番組はNG。ニュースやワイドショー、スポーツ中継などは無条件で買い取りま
す。年によっては多少割増できるかと」
「悪くない話だけど、実はうちにはもうビデオデッキがないのよね」
「心配無用、車に積んできています」
私は少し離れた路地に止めた大型バンへ視線を振ってみせた。
「VHS、βは無論、オープンリールや8ミリビデオその他希少な規格の機種をすべて
取り揃えており、確認のための再生も車内で行えます」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「ありがとうございます」
私は最上級の笑顔でお辞儀した。
* *
「木村《きむら》さん、ただいま戻りました」
雇い主である木村|浩一《こういち》氏の豪邸に入り、彼の書斎の前に立つとドア越
しに声を掛けた。
「ああ。いつものように関連ありそうな物を選り分けておいてくれるか」
「もちろん。今日のお宅は息子さんが思春期だった頃にため込んだテープがどっさり」
「それは期待できるな。あっ」
不意に声の調子が変わった。しばらく待ったが会話は打ち切られたまま、再開の気配
がない。これはもしや。
「ついに見付かりました?」
「分からん。とにかく入って来たまえ」
ノブをそっと回しドアを押し開けた。中は薄明かりが灯され、窓にはカーテン。この
方が映像がより鮮明に見えるらしい。
木村氏は机に覆い被さらんばかりに前のめりになっていた。真横まで来ると、モニ
ターを食い入るように見つめているのが分かる。
「記憶に間違いはなかった」
ぽつりと言った木村氏。満足げな口調だ。画面は、深夜お色気番組の素人参加コー
ナー。
最初にこの件を依頼されたとき、ご老人の思い出のアダルトビデオでも探すのかと思
った。関西ローカルの深夜お色気番組映像をかき集めてくれというのだから。
だが、詳しく聞けばまるで違った。木村氏は一人息子を亡くしている。関西弁を使う
水商売風の女と付き合い、大金をだまし取られたのを親にも言えず、気に病んで自殺を
図った。一時は命を取り留めるも回復に至らず、およそ半年後に帰らぬ人となったそう
だ。放任主義だった木村氏は息子からその女を正式に紹介されたことはなく、二度ほど
見掛けた程度だったが顔は覚えていた。また、息子が遺書めいた走り書きに、「彼女が
あんな深夜のアダルト番組に出るような女と分かっていればもっと警戒したものを」と
遺していた。
息子の死から時が経つに連れてかえって恨み辛みがうずたかく積もっていった木村氏
は、女がどこの誰なのかを突き止めると決意し、深夜お色気番組の映像を徹底的に集め
始めたのだ。
木村氏ぐらいお金と地位があればテレビ局に問い合わせて何らかの有益な返答はもら
えそうだが、そうしないのは恐らく私的な復讐を果たすつもりだからだと思う。私は素
知らぬふりで頼まれた仕事をこなすだけだ。
「おお、名前が出たぞ。昭和は個人情報の管理意識が緩かったのは分かっていたが、こ
こまでとはな。ありがたいことだ」
一時停止ボタンを押した木村氏は、画面の文字を書き取りながら私に言った。
「梶原さん、ビデオテープ集めの仕事はもうおしまいだ。だが、次の仕事を頼まれても
らいたい」
女の現在の居場所を突き止めてくれと言うのだろう。どこまで深入りしていいのや
ら、私は判断を迫られていた。
終
#567/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/08/15 17:19 (126)
クラスのアイドルが僕の親友の〇タマを舐めた? 永山
★内容 25/08/15 17:21 修正 第2版
親の仕事の都合で、転校が多かった。でも高校入学を前にして、「これで最後だ」と
いうことで生まれた地元に戻ってこられたのはよかったと思う。偶然なのか縁なのか、
小学校時代の親友、鎌田俊光《かまたとしみつ》も同じ高校で、しかも同じクラスにな
ったのには正直嬉しかったし、懐かしさ混じりでちょっと感動もした。おまけに、席が
隣同士になるなんて。
そういった昔の友達との再会とは別に、ラッキーなことがもう一つあった。
鎌田は僕の席の左なんだけれども、では反対の右はどんなクラスメートかというと、
女子。それもとびきりかわいい。いや美人・美女と言って差し支えない整った顔立ち
で、スタイルもいい。ついでに勉強もできるし、運動も人並み以上にこなせる。もし仮
に校内美人コンテストをやったら、学年で一位は確実で、ひょっとすると全校でもトッ
プ3に入るんじゃないかと思う。
人には好みがあるから「当然」とは言わないが、僕もその他大勢の男子と同じく、彼
女――吉岡麻美《よしおかあさみ》さんに好意を持った。隣の席ということで、他の連
中に比べたら会話する機会は多く、順調に距離を縮めていくことができそうな感触があ
った。
けれども、ちょっと予想外のことが起きた。いや、発覚した。
一学期が始まってしばらくしてから、鎌田が急に吉岡さんと親しげに喋るようになっ
たのだ。最初は、密かにアプローチして成功したのか鎌田の奴うらやましいぞ、なんて
勘繰ったのだが、よくよく会話を聞いてみると、中学が同じで同クラスだったこともあ
るらしい。何で高校に入ってすぐにそのことを言わなかったんだよと、鎌田に聞いてみ
たら、「男連中がどういう風に吉岡さんに接するか、観察してみたかっただけさ」など
とさらっと言われ、ちょっぴり立腹したね。
尤も、そういう鎌田だって、吉岡さんの彼氏とかではもちろんなく、少し親しい友達
にすぎない。吉岡さんの友達(男子)のランク付けをすれば一番だろうけど、僕とそん
なに差がある訳ではないと感じた。
そんな訳で、吉岡さんを巡って多少の牽制はし合っても、鎌田との親友付き合いが壊
れることはなかった。
しかし、七月に入って定期考査がもうすぐ始まるという頃合いの昼休み、僕は校内で
思わぬ場面を目撃する。
そこは僕ら一年生があまり出向くことのない第二校舎の三階に続く階段の踊り場で、
実際そのとき、周りには僕ら三人――僕と、鎌田と吉岡さん――以外には誰もいなかっ
た。もっと言えば、鎌田と吉岡さんは僕が見ていたことを知らなかっただろう。最初か
ら内緒の話をするつもりだったのか、鎌田が吉岡さんを誘い出したのだ。それを察した
僕は、二人のあとを付けたというわけ。
声はよく聞こえなかったけれども、鎌田は写真らしき物を吉岡さんに見せながら、何
かを頼み込んで約束を取り付けようとしている風に、僕の目には映った。対する吉岡さ
んは、いつもの落ち着いた表情が見る見るうちに赤く染まり、俯きがちになってしまっ
た。最後の方はうんうんと頷きながら、分かったから早く行ってとばかり、鎌田をちょ
っと押す仕種すらしていた。
目撃者たる僕は、あまりにも意外なシーンが繰り広げられたことに、しばし呆然とし
てしまった。あとから思い返せば、すぐに飛び出していってでもことの真相を突き止め
るべきだったかもしれない。けれどもそのときの僕は行動に移せなかった。幸か不幸
か、吉岡さんや鎌田に姿を見られることなく、僕はその場をそっと離れた。
同じ日の午後の授業で一コマ、思い掛けず自習になった。と言っても、もちろん自由
にお喋りしていいはずはなく、みんな静かに試験勉強に精を出す。僕としては、鎌田に
さっきのことを問い質したかったんだけど、できない。でもそんなもやもやを抱えたま
まじゃあ、勉強に集中できない。結局、思いあまって、鎌田にメモ書きを渡した。『昼
休み、吉岡さんと何の話をしてた? 何を見せてた?』と。
紙切れを受け取った鎌田は一読し、一瞬ぽかんとしたようだったけれども、じきにニ
ヤリとして、返事を裏面に書き始めた。程なくして、僕に紙切れを寄越してくる。
僕は右隣の吉岡さんを横目でちらっと見てから、鎌田の返事に目を通した。次の瞬
間、思わず「何っ」と声を上げてしまった。
何事?とみんなに注目され、焦ったけれども、無論正直に事情を言う訳にはいかな
い。黙ったまま両手を拝み合わせ、四方に「ごめん」のポーズをしてやり過ごす。
僕に声を出させた、鎌田からの答。それは、
『中学のとき、僕の〇タマをなめてる吉岡さんを写真に撮った。それを使ってちょっと
からかっただけ』
というものだった。
僕のもやもやが晴れることはなく、かえって悪化した。もやもやに悶々が付け足され
たくらいだ。
そもそも、鎌田が書いたことが真実なのか? 本人に再度、聞いてみたが、例によっ
てにやにや笑いながらはぐらかされるだけ。ならばと、吉岡さんに聞いてみるなんて真
似、できるはずもなく。もやもやを抱えたまま受けた定期試験は、よい成績だったとは
とても言えなかった。
そんな僕とは対照的に、鎌田はそこそこよい点を取れたらしく、ご機嫌だった。英語
だったか古文だったか。とにかくその辺のテストが返却されたあと、恨み言の一つでも
言ってやりたいと、先に教室を出た鎌田を追い掛ける。と、その行き先があのときと同
じ題に校舎三階じゃないかと直感した僕は、声を掛けずに、つかず離れずの距離を取っ
て尾行した。案の定、着いたのは例の場所。しかも吉岡さんが先に来ていた。
僕は前と同じように身を隠し、二人の様子を伺う。今度同じことが繰り広げられた
ら、絶対に飛び出してやるんだと決意を秘めて。むしろ同じことが起きろと、念じてい
たかもしれない。
すると現実に、同じように展開した。またも写真を取り出した鎌田。赤面する吉岡さ
ん。
もう辛抱できない。僕は身を潜めていた手すりの影から、すっくと立ち上がり、素早
く鎌田へと駆け寄る。そしてすかさず、あいつの手から写真を奪い取った!
「え、あ――」
鎌田の間の抜けた声を耳にしつつ、僕は再び距離を取り、写真を一気に破こうとし
た。が、どうしても気になってしまい、ひと目だけと、写真に焦点を合わせる。
「……え?」
このときも僕は思わず声を出していた。
映っていたのは確かに、タマを舐める吉岡さん……なんだけど、詳細かつ正確に言う
と、『調理器具のお玉を舌先で舐めている吉岡さん』を遠くから収めたショットだっ
た。
「それな、中二だったか、林間学校に行ったときのやつ。シチューが思いの外絶品の味
に仕上がってさ。班のみんなで争奪戦になるレベルだったんよ。で、食べ終わったあ
と、洗い物をする役目に立候補したのが吉岡さん。一人に任せていいのかなと気になっ
たもんで、見に行ったら、そこにあるように、お玉をペロっとしてたんだよ。うぉ、な
にあれかわいい〜って、持っていたカメラで思わずパシャリ」
「もう、思い出させないでよっ」
僕に説明した鎌田。その背中をぺしっと強めに叩く吉岡さん。何なんだこれ。ちなみ
に問題の写真は、すでに僕の手にはない。吉岡さんが回収していた。
「このあとすぐ気付かれたんで、写真は一枚しか撮れなかった。赤い顔をして恥ずかし
がる姿も撮っておきたかったな〜」
「だまれ」
吉岡さん、今度はグーで、鎌田の脇腹辺りをドスっとやった。
「え、でも、鎌田。おまえ、こう書いてたよな。『僕の〇タマ』って。これ、キャンプ
場のお玉だろ?」
僕は僕で、勘違いした&騙された恥ずかしさから、鎌田に詰め寄った。
「嘘は言ってない。そこのキャンプ場は感染症対策で自己責任というのを打ち出してい
たんだよな。調理道具は持参するようにって。つまりそのお玉は、俺が家から持って来
た物なのである」
「マジか……。じゃあ、この間は写真見せて、吉岡さんと何を話してたんだ? 本当に
からかっていただけか?」
「あー、それはテストの予想を聞き出すために」
「鎌田君てば、高校に入ったあとは自力で勉強するって約束したのに、前期の定期試験
があんまりよくなかったからって、また中学のときみたいに教えてくれって」
鎌田のあとを引き取り、吉岡さんが早口で喋る。
「約束と違うから断ったら、こんな写真を持ち出して来て……一回だけの約束で、教え
てあげたのよ」
「写真を渡すって約束したから、いいじゃん」
「ま、まあ、これで終わりだと思えばよかったと言えなくはないかもだけど……」
喜んでいいのかどうか迷う、複雑な顔つきになる吉岡さん。
その様子から判断するに、恐らく彼女は知らないんだろう。
鎌田がその林間学校に持って来ていたのは、どうやらフィルムカメラだったようだ。
そして何故か、吉岡さんはフィルムカメラで撮影した写真が焼き増しできることを知ら
ないみたいだ。今の便利なデジタルカメラと違って、昔の物はコピーなんてできないと
信じ切ってる?
僕はそのことを教えていいものかどうか、ちょっと考えたかった。
おしまい