#563/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/04/10 13:51 ( 88)
やたらとボックスの出て来るクイズ番組 永山
★内容
「はい、始まりました、クイズ『その英語、どんなカンジ?』。司会のスリーボック
ス、スリーラインこと品川品三《しながわぴんぞう》でございます。もうお馴染みとな
ったでしょうこの番組。ルールなんかは説明しなくてもお分かりと思います。知らない
という向きにも、追々と分かるようになっているのでご心配なく。では前置きはこれく
らいで切り上げて、第一問。早押し問題です。タクシーに乗ってきた外国人に、“スタ
ックトスリーボックス、アポストロフィエイト”駅に行って欲しいと言われた。さて何
駅?」
ぴぽん。
「川藤《かわふじ》さん、どうぞ」
「目白駅」
「正解! 重ねた三つの箱で“目”、エイトは8でデジタル文字に置き換えると“日
”。これにアポストロフィを付けると“白”ということで、二つ並べて、目白になりま
す。ということで正解は目白駅。川藤さんには三ポイント入ります。
では第二問。早押し問題です。外国人から“クロスブレイクスルーボックス”と“ゼ
ット”は対義語ですかと質問された。何のことを言っているのだろうか。……さあ、ど
うだ。まだかまだか。制限時間が迫るっ」
ぴぽん。
「おっと、ぎりぎりで来た。田野倉《たのくら》さん、どうぞ」
「甲と乙、じゃありませんか?」
「正解! どうやって正解に辿り着きました?」
「最初の“クロスブレイクスルーボックス”ってのが、いまいち形にならなかったの
で、後者の“ゼット”から考えたら、アルファベットのZは“乙”しかないよねと。そ
れで乙の対義語っぽい漢字を連想していったら、“甲”かなって。そう思って考える
と、十字がボックスを上から下へ突き破ったような形だし」
「お見事。それでは続いて第三問。記述問題です。外国人から、『ワンライン パイ、
スタックトツーボック アンダーライン』の習わしについて尋ねられた。どのような習
わしがあるのか、一つでいいので、教えてください。ただし解答は、質問者の流儀に合
わせたものにしてほしい。制限時間は三分、それではスタート!」
・
・
・
「――はい、そこまで。ペンを置いて、フリップをお立てください。おや、やはり時間
的に厳しかったか、何も書かれていないか試行錯誤のあとだけの方が結構いますねえ。
それじゃあ、井本《いもと》さんから見ていきましょう。『フラッグインロングヘアウ
ィッグ』、これは何ですか」
「えっと、凧、です。空に浮かぶ方の」
「うーん、なるほどなるほど。かぜかんむりをかつらに見立てて、その中にある巾を旗
と言い表したと。それじゃあそもそもの『ワンライン パイ、スタックトツーボックス
アンダーライン』をどう解読したのか」
「元旦でしょう。横線一本にπで“元”、二つの箱を重ねた“日”にアンダーラインを
添えると“旦”」
「正解です。あとは凧をどう評価するかに掛かってきます。凧揚げはお正月の風習の一
つで間違いではないが、元旦に限った物ではないですので、その辺りがどう響くか。次
は……竹山《たけやま》さん、行ってみましょう。あなたも“元旦”は分かっていたみ
たいだ」
「はい。それで答が『スタックトツーボックス スタックトマウンテン』で“日出”、
つまり日の出。初日の出にしたかったんだけれど、“初”や“の”は難しすぎて」
「ちょっと苦しいかなあ。漢字の“山”の形をマウンテンと認識してくれるかどうか。
横倒しにしたEを重ねたとかの方が、“出”の形状は伝わるような気もしますねえ。“
の”にしても、数字の6を俯せにしたと表現するとか……。でもなるべくシンプルな英
語表現にするのが難題か。何はともあれ、苦心の跡が忍ばれます。
さあ三人目は……木部《きべ》さんと川藤さんは同じですね。『ゲート アップア
ローインハット マスタシュ エー』。説明を……木部さんに伺いましょう」
「これはもう、今までこの番組で何度か出て来たのを使おうと思いました。認められて
いる訳だから。ゲートはそのまま門。木偏を表すのが帽子を被った上向き矢印、マスタ
シュが八の字髭で、その下にアルファベットのAを置くと、松の字に似た形になる。二
文字で門松になります」
「なるほど。川藤さんも当然、同じですね。はい、分かりました。安全パイなのは悪く
ないけれども、ここは新たな創造性を見せて欲しかった気がしないでもない」
「だったら時間をもっとくれなきゃ」
「おお、そうでした。えっと、他に解答されている方はと」
「――今回、予選を勝ち抜いてファイナルステージに進まれたのは、田野倉|薫《かお
る》さんとなりました。田野倉さんにはこれから最後の問題に挑んでいただき、見事に
正解された場合は豪華賞品を手にする権利が得られます。
当番組をご愛顧なさっている皆様には言うまでもありませんが、ラストの設問と言っ
ても、さほど難しくはありません。どうぞ、気を楽にして挑み、勝ち取ってください。
田野倉さん、心の準備はよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく。では、最後の問題です。ノリとハサミ、そして『コンマプラスボックス
』、これら三つから連想される生物を、英語と漢字でフリップに書いてください。制限
時間は二分、早ければ早いほど賞品の中身が豪華になります。では始めます」
「――はい、できました」
「早い! 早速拝見しましょう、どうぞ出して。……これは……正解! sparro
wと雀。ミスはないと確認されました。おめでとうございます、田野倉さん。さすが」
「いえ。問題を読まれているときから考えていたら、閃いただけです。コンマとプラス
とボックスを上から下になるよう順番に並べると、舌という字に似た形になる。ノリに
ハサミに舌ときたら、日本人なら昔話の『舌切り雀』を連想するのは難しくないです」
「いや、それにしてもお見事でした。所要時間、たったの五秒。これ、記録ですよ。お
っと、そろそろおしまいの時間が近づいてきました。尻切れトンボにならないよう、豪
華賞品獲得のチャンス、選択の時間です。今回はラストの問題にちなんだ形で用意しま
した。そこからご覧になって、お持ち帰りになる一つをコールしてください!」
品川品三が腕を振った先では、幕がばさりと落とされ、司会者の言葉の通り、三つの
物体が現れた。
手のひらに載る小さな箱と、腰掛けられる程度の中くらいの箱、そして一台の軽トラ
ックに匹敵する大きな箱が。
終わり
#564/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/05/18 20:42 (140)
証拠は雲間を抜けて 永山
★内容
|岸上東《きしがみあきら》、前から気に入らない奴だった。
見た目も性格もおとなしく、異性にがっつくこともない、いわゆる草食系男子に分類
されるんだろうけど。
何故かあいつには勝てない。勉学やスポーツではよくて引き分け、俺が好きになった
女はたいてい岸上になびく。
岸上には天才肌っぽいところがあるからかもしれない。本の大まかな内容なら一度読
めば覚えるし、詳しい内容でも三度読めば充分。初めて来た町でも地図が頭の中にイン
プットされているのか、近道や抜け道を簡単に割り出す。何かの飲み会の余興で、みん
なが苦戦していたマッチ棒パズルを、あとからやってきた岸上があっさりと解いちまっ
たこともあった。
唯一、勝てそうなのは、電化製品に関して詳しいかどうかぐらいか。それとて岸上は
使えないのではなく、必要性を感じないと使わないタイプというだけらしい。初めて触
れる音楽プレーヤーや録画機器でも、説明書をちらと見ただけで、一通り使いこなす。
変わっているのは、パソコンは小さな子供の頃から使っていたのに、携帯端末となると
未だにガラケーすら持っていない。奴の中ではデメリットの方が大きいと判断されたよ
うだ。
まあ、そんな奴だから頭がよくて、試験やレポートではだいぶ助けてもらった。俺と
しちゃあ、うまく利用しているつもりでいた。
ところがあるときを境に、俺の内には岸上への殺意が芽生えた。それには訳がある。
所属するサークルに入ってきた一年生を、俺はいいなと感じたんだが、いつものように
岸上になびくんだろうなと思っていたら、案の定だった。その一年生は積極的にアプ
ローチし、岸上とのデートを取り付けたようだった。珍しいことなので驚いたし、岸上
を冷やかしもした。手応えはなかったが。
だが、岸上の奴、デートの約束をすっぽかしやがった。何か趣味でやっている研究に
没頭して、完全に忘れていたんだ。ファミレスで一人、お茶をしているときにいいアイ
ディアが閃いたらしく、夢中になってしまったという。ファミレスにいたおかげで、一
年生の方から岸上へは連絡が取れず、岸上は岸上で完全に失念していたから、一年生に
連絡を取ろうなんて思いもしない。
それだけならまだましだ。問題は、すっぽかされた方の一年生が夜、帰宅する途中に
暴漢に襲われて性的被害に遭った末に、亡くなったことだ。犯人逮捕が早かったことが
せめてもの慰めだが、殺人での立証は難しく、傷害致死になるのではないかという噂
だ。
岸上は常識を持ち合わせているから一年生の葬儀には出たし、遺族へ謝罪もした。だ
が、金銭的にも道義的にも責任を取ろうとまではしなかった。
自ら責任を取ろうとしない輩には、何十倍もの責任を負ってもらう。岸上の場合、そ
れは死だ。
俺の判定は厳しすぎるという向きもあるに違いない。一方で、それくらいは当然だと
いう考えの人も必ずいると信じている。
岸上の住居は、川がすぐそばを流れる眺望のよい六階建てマンションの五階にあっ
た。
近くにある大学へ通う者にとって立地条件は最高によいのだが、設備が少々古く、防
犯カメラは一階エントランスホールを映す一台しかないという古くささ。
だが、このおかげで、俺は非常階段を通れば防犯カメラに写ることなく、岸上の部屋
に出入りできるのだ。
俺の立てた計画は、特に凝ったトリックを弄する訳ではない。いたってシンプルに、
見咎められないように岸上の部屋を訪ね、奴を自殺に見せかけて殺害、その後速やかに
立ち去る。決行日は、あの一年生が被害に遭った日からちょうど三ヶ月後とする。
可能であれば、遺書を用意したい。もちろん偽造だが、本人に書かせる。といって
も、長い文章は無理だろう。「ごめん」とか「すまない」の一言でいい。それが書き遺
してあれば、あとは一年生の月命日に死んだという事実と結び付けて、警察は勝手に、
「岸上東は後悔から自殺を選んだ」と解釈してくれるだろう。
繰り返すが、遺書は絶対条件ではない。月命日に死ぬ、これこそが肝心だ。
当日は雨が降り、風もそれなりに強かった。天誅を下すのにふさわしい荒れ模様と言
えなくもない。
サークルに顔を出さなくなった岸上を心配してやって来た、という体で俺は奴の部屋
を訪問した。これまでに何度か訪れているので、別に不自然な行動ではない。
「よう。大丈夫か」
手土産にたこ焼きを買ってきた俺を、岸上はすんなり迎え入れてくれた。上がり込ん
だらこっちのもの。あとは可能な限り手早く、後ろから首にロープを回して地蔵背負い
で奴の身体を担ぎ上げ、一気に絞殺。その後、部屋のドアノブにロープを結わえて自殺
したように装うのが段取りだ。部屋の構造上、梁がないので、こうするしかない。
しかし。
岸上の見た目から、俺はこいつの実力をつい軽く見積もってしまっていた。首にロー
プを掛け、背中合わせになるまでは思惑通りだったが、次に奴を背負おうとした途端、
手応えがなくなった。岸上は自ら跳ぶことで、俺の頭越しに床に着地し、しかもロープ
からの脱出にまで成功した。
「何のつもりだい」
どこか余裕を感じさせるその言い種に、俺はちょっとかっとなった。と同時に、すで
に自殺に見せ掛けるのはあきらめるしかないなとも思った。
幸い、このマンションは防音がほぼ完璧で、ちょっとやそっとドタバタ乱闘しても、
よそに聞こえる心配はない。だから俺は用意し、また練習もしておいた予備の凶器、ナ
イフ二本を取り出し、相手めがけて投げつけた。一本は右の肩口、もう一本は右の太も
もに命中。特に太ももの方は、ナイフが深く突き刺さっている。岸上は膝をつき、動き
が止まった。
「やはり、|烏丸《からすま》さんのためか?」
動けない岸上は、時間稼ぎをするためか、一年生の名を口にした。
「僕には分かっていたよ。烏丸さんがサークルの部屋に入ってきた当初から、君が彼女
に心を奪われたことを」
それがどうした。
「あの日――ちょうど三ヶ月前に、デートをすっぽかしたのは、君の気持ちを台無しに
してしまうことを避けたかったから。こう言ったら信じてくれるだろうか?」
……。俺は首を横に振った。信じられるかよ。
「ではどうしても僕を痛めつけ、命を奪ってあの世に送ると?」
「そうなるな」
俺は返事と同時に動き出した。ナイフを抜いたり、拾ったりして武器に使われると面
倒だ。一気に片を付けるべく、距離を詰め、第三の刃物――出刃包丁で奴の腹を狙っ
た。
手応え、あった。
岸上はどうっ、と床に倒れた。うつ伏せの姿勢で、うう、と呻き声を上げている。
俺はとどめに喉を掻き切ってやろうと、岸上の首根っこを押さえ、こちらに向かせよ
うとした。
そのとき――目の前がまぶしくなった。
何も見えない状態になったが、直前にかしゃっという機械音を聞いた。これはまさ
か。
「岸上、貴様。携帯端末を買ったのか?」
俺の問い掛けに答は返って来ず、岸上のいる方向からは窓を開ける音が聞こえた。
ようやくフラッシュの光によるダメージを脱し、俺は窓の方を見た。
岸上は右足を引きずりつつ、広くはないベランダにまさに出ようというタイミングで
あった。
と、岸上が振り返って、苦しげな声で俺に告げる。
「これでも後悔したんだ。僕がこんな物を使い始めようと決心したのは、烏丸さんのこ
とがあったから。もう二度とあんなことは起こさないと決めた。それがまさかこんな形
で役立とうとは。ダイイングメッセージを」
まずい。電話を掛けられてもまずいし、外に向かって叫ばれるだけでも、どの程度聞
こえるのかまでは調べていない。焦りを覚えた反面、雨足が強まっており、雫が地面や
川面を叩く音も当然大きい。これはまだ運がある。外のこの騒がしさが、岸上の騒ぎ立
てる声をかき消してくれるに違いない。電話に関しても、岸上の奴、まだ使い慣れてい
ないせいか、掛けるのに手間取っているようだ。
俺は今度こそ終わりにしようと、ベランダに奴を追った。
「観念しろ」
低い声で言い放った。だが、岸上もあきらめない。
奴は俺の顔に、購入して間がないらしい携帯端末を向けた。
「君、まさか気付いていないのか。僕は君の姿を写真に撮ったんだぜ。殺人犯がまさに
殺人をやろうという瞬間の形相をな!」
言うが早いか、岸上は携帯端末を持った腕を振りかぶった。
こいつ、外に放る気だ! ますますまずいぞ。
地面に落ちれば何とか見つけ出せるかもしれないが、川まで届いて水没したら、この
水の濁り具合からして発見は無理だ。だが、警察なら見つけるだろう。どの程度水にや
られたデータが壊れるのか知らないが、たとえ壊れても復元させる技術は国内最高水準
のはず。
絶対に投げさせてはいけない。そう判断したときには、岸上の指先から携帯端末が離
れる瞬間だった。
「させるかよっ」
俺は岸上の身体を押しのけ、携帯端末に飛びついた。
それから――落ちた。
五階のベランダから、地面へ、真っ逆さま……。
* *
岸上の携帯端末に飛びついた挙げ句、死んでしまった犯人であったが、そもそも岸上
の携帯端末を手中に収めても無駄なんだと、早々に悟ってしかるべきであった。
何故なら岸上東は写真に収めた犯人の顔を、手早くメールで知り合いに送り、イン
ターネット上にもできる限り貼り付けていたのだから。彼にとって初めての家電でも説
明書を一読さえすれば、楽に使いこなせる。
そんな岸上東が、命を取り留めたかどうかは……話の本筋ではないので、別の機会が
きたとき綴るとしよう。
終わり
#565/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/06/05 17:31 ( 98)
書き出し指定の対処法 永山
★内容
※カクヨムにてお題「書き出し指定」に対応した作品です。
“〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった”
「何それ?」
ユキは思わず、口走った。
休日のお昼過ぎ、ユキこと木川田雪奈《きがわだゆきな》はかねてからの約束通り、
高校の同級生(男子)の堂本《どうもと》宅を訪れた。
このあと出掛けるという堂本の母との挨拶などを経て、彼の部屋に向かう。前まで来
ると、パソコンに向かって何か打ち込む姿が目に入った。また何か書き始めたなと、遠
目に画面を覗き込むとそこに示されていたのが、冒頭に記した“〇〇には三分以内にや
らなければならないことがあった”の一文だった。
声を上げたユキに対し、堂本は振り向きはせず、ディスプレイの反射を通じて、じろ
っと見てくる。
「……木川田さん、ノックをしてくれと何度言えば」
「だってドア、開いていたから、つい」
ユキは、開け放したままのドアを指差しながら抗弁した。
「開いていても、ノックで音を立ててくれって前にも言ったよね?」
キャスター付きの椅子ごと身体の向きを換え、堂本|浩一《こういち》は上目遣いに
見据えてくる。けれども、ユキは意に介さない。
「ごめんごめん、忘れてた。ていうかおばさんに言われて呼びに来たんだけど、何か集
中してるみたいだったから。こっそり入って、驚かすつもりだったんだよっ。けれど
も、ふと目に入った画面に、変な文が書かれていたから気になって」
「変な文? これのどこが変?」
画面の方を指差しつつ、ちょっと怪訝そうに眉根を寄せる堂本。
「〇〇って、普通じゃないでしょ? それとも、いつものように小説書いてるんじゃな
かったの? 穴埋めのクイズを考えていた、とか」
「いや、小説だよ」
合点が行ったせいか、堂本の頬が緩む。
「とある小説投稿サイトで催されている企画だ。こういうお題で書いてっていう」
「オダイって『お代は見てのお帰り』の?」
「違う。『課題』の題と同じで、テーマみたいなものだよ。っていうか、『お代は見て
のお帰り』なんていう言い回し、よく知ってるなぁ」
「時代劇で見たんだよん。で、お題っていうのは落語の三題噺みたいなニュアンスでい
いのね」
「三つじゃないこともあるけどね。実際、今回はこれ一つ」
「これがテーマと言われても……どういう風に解釈すればいいの?」
分かり易く小首を傾げるユキ。一拍遅れて、堂本も首を捻った。
「解釈って。あ、テーマという言い方がよくなかったかな。今回は、書き出し指定とい
うやつ。つまり、この文で小説を始めろってわけさ」
「ふうん。〇〇は〇〇のまんまで?」
「いやいや、それはない。〇〇の箇所には、自由に言葉を入れていいんだ」
顔の前で手を振る堂本に、ユキは重ねて質問。
「なーんだ。じゃ、字数は? 二文字に決められている?」
「それもない。何文字でもかまわないはず。普通に考えれば人名だよな。まあ、ピカソ
のフルネームみたいに長くして、意味なし、字数稼ぎなんていうのはひんしゅくを買う
んだろうけど」
「なるほどー。それで、堂本君はまだアイディアが湧いてないのかな?」
「どうしてそう思ったのさ」
堂本は気を悪くした風でもなく、首を少し前に出し、興味深げに聞き返す。
「だって、思い付いていたら、〇〇の部分を埋めた形で書き出すでしょうが」
「ふふん。普通はそう思うのが当たり前。勘違いしてもやむを得ない」
にやりとする彼に、ユキはちょっと反発を覚えた。
「何よ、本当はアイディアは浮かんでいるって?」
「ああ。面白いかどうかは棚上げにして、一応の案はある」
「おっかしいなあ。アイディアがあるのなら、どうして〇〇が空白のまんまなのかな
?」
率直に疑問を呈すると、「これでいいんだ。むしろ、こうじゃなきゃいけない」と予
想外の返答があった。ユキは頭を抱えるポーズをした。
「うーん、分からん。学年トップの秀才の考えることには追いつけない〜」
「はは、そんな大層なアイディアじゃないって。要するに、今みたいなシチュエーショ
ンを物語にすればいいってだけだよ」
快活に笑う堂本。その説明で、どうにかぴんと来た。
「うん? それってつまり……お題を出されて書こうとしている状況をそのまま小説に
するって意味?」
「正解」
「むー。いい考えだとは思うけど、それってずるくない?」
「ずるい、かな」
どこがずるいとは返さず、ずるいかなと言う辺り、堂本本人も自覚はあるのかもしれ
ない。
「ええ。だってオールマイティじゃないの。どんな文の書き出し指定だとしても、当て
はめられる」
「ばれたか」
舌先をちょっぴり出して、堂本は照れたような気まずそうな笑みをなした。
「他にアイディアが浮かぶまで、とりあえず形にしておきたくてさ。実を言うと、昔か
らこの手は使っている。出オチ感があるのが難だけど、それなりにうまく書けるんだ
よ」
「キャリア、長いんだからそんなことだろうと思ったよ、まったく」
ユキは呆れたとばかり、肩をすくめてみせた。少しやり込められた形の堂本は、やり
返す糸口を探していたようで、ふと思い出したように聞いた。
「そういえば木川田さん。何でここに来たの?」
「何でって、約束してたでしょうが。ネタ作りに協力するって」
これまた分かり易くぷんすかして見せたユキ。もちろん冗談交じりにだ。
ところが堂本は、真顔で首を左右に振った。
「違う、それじゃなくって。母さんに言われて、呼びに来たって言ってなかったか?
でも変なんだよな。母さんはもう出掛けていなくちゃならない時間のはず」
「あ」
思い出したユキは、途端に冷や汗を感じた。
何故なら、呼んできてくれるように頼まれたのは、堂本の遅めの昼食の準備ができた
からだと知っていたから。より詳しく述べると、堂本の母はカップラーメンにお湯を注
いで、三分間を計り始めたところだった。
「木川田さん?」
ユキの反応に、堂本が訝り声で名前を呼んだ。
次の刹那、ユキは両手を拝み合わせ、深々と頭を垂れた。
「――ごめんっ、三分以内にやるべきことがあったのはあたしの方でした……」
おしまい
#566/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/07/01 19:40 ( 77)
映像収集のお仕事 永山
★内容
家から出て来たのは髪を引っ詰めにした、多分主婦だ。私は営業スマイルで話し始め
る。
「突然お邪魔してすみません。私、“デジタルメモリレコード”の梶原信樹《かじわら
のぶき》と言います。今日はご自宅にあるテレビ放送の映像を買い取らせていただけな
いかと参った次第です」
「デジタルメモ……?」
会社名を途中まで呟き、きょとんとする主婦。
「デジタルメモリレコード。ありとあらゆる映像をデジタル化して、後世に残すとの目
的で活動する、個人の非営利組織です。テレビ局にも残っていない映像、または残って
いても門外不出の映像を発掘すべく、回っています。ご自宅にビデオテープ、ございま
すか」
「それなら結構あるわ」
「一九九〇年までのテレビ番組を録画した映像を、一時間百円を基本に買い取ります。
ここで言う一時間とは可能な限り良質な画像で換算した数値、たとえばVHSなら標準
録画での時間になります。三倍録画で三百六十分なら、標準録画に直すと百二十分にな
りますので二時間、つまり二百円です」
「中身はチェックするのかしら」
「確認した上で値付けし買い取ることは著作権法に触れる可能性が高いですので、あく
まで中古テープを再利用目的という形に」
「そうは言ってもレーベルが貼ってある物は内容がだいたい分かるわ」
「今のは建前でして、ざっとですが中身を確認させていただくこともございます。その
場合、『お客様は内容を消去したつもりだったが実際には消せていなかった』としてお
ります。現実問題、すべての映像を買い取るのは無理です。映画やドラマ、アニメなど
物語の番組はNG。ニュースやワイドショー、スポーツ中継などは無条件で買い取りま
す。年によっては多少割増できるかと」
「悪くない話だけど、実はうちにはもうビデオデッキがないのよね」
「心配無用、車に積んできています」
私は少し離れた路地に止めた大型バンへ視線を振ってみせた。
「VHS、βは無論、オープンリールや8ミリビデオその他希少な規格の機種をすべて
取り揃えており、確認のための再生も車内で行えます」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「ありがとうございます」
私は最上級の笑顔でお辞儀した。
* *
「木村《きむら》さん、ただいま戻りました」
雇い主である木村|浩一《こういち》氏の豪邸に入り、彼の書斎の前に立つとドア越
しに声を掛けた。
「ああ。いつものように関連ありそうな物を選り分けておいてくれるか」
「もちろん。今日のお宅は息子さんが思春期だった頃にため込んだテープがどっさり」
「それは期待できるな。あっ」
不意に声の調子が変わった。しばらく待ったが会話は打ち切られたまま、再開の気配
がない。これはもしや。
「ついに見付かりました?」
「分からん。とにかく入って来たまえ」
ノブをそっと回しドアを押し開けた。中は薄明かりが灯され、窓にはカーテン。この
方が映像がより鮮明に見えるらしい。
木村氏は机に覆い被さらんばかりに前のめりになっていた。真横まで来ると、モニ
ターを食い入るように見つめているのが分かる。
「記憶に間違いはなかった」
ぽつりと言った木村氏。満足げな口調だ。画面は、深夜お色気番組の素人参加コー
ナー。
最初にこの件を依頼されたとき、ご老人の思い出のアダルトビデオでも探すのかと思
った。関西ローカルの深夜お色気番組映像をかき集めてくれというのだから。
だが、詳しく聞けばまるで違った。木村氏は一人息子を亡くしている。関西弁を使う
水商売風の女と付き合い、大金をだまし取られたのを親にも言えず、気に病んで自殺を
図った。一時は命を取り留めるも回復に至らず、およそ半年後に帰らぬ人となったそう
だ。放任主義だった木村氏は息子からその女を正式に紹介されたことはなく、二度ほど
見掛けた程度だったが顔は覚えていた。また、息子が遺書めいた走り書きに、「彼女が
あんな深夜のアダルト番組に出るような女と分かっていればもっと警戒したものを」と
遺していた。
息子の死から時が経つに連れてかえって恨み辛みがうずたかく積もっていった木村氏
は、女がどこの誰なのかを突き止めると決意し、深夜お色気番組の映像を徹底的に集め
始めたのだ。
木村氏ぐらいお金と地位があればテレビ局に問い合わせて何らかの有益な返答はもら
えそうだが、そうしないのは恐らく私的な復讐を果たすつもりだからだと思う。私は素
知らぬふりで頼まれた仕事をこなすだけだ。
「おお、名前が出たぞ。昭和は個人情報の管理意識が緩かったのは分かっていたが、こ
こまでとはな。ありがたいことだ」
一時停止ボタンを押した木村氏は、画面の文字を書き取りながら私に言った。
「梶原さん、ビデオテープ集めの仕事はもうおしまいだ。だが、次の仕事を頼まれても
らいたい」
女の現在の居場所を突き止めてくれと言うのだろう。どこまで深入りしていいのや
ら、私は判断を迫られていた。
終
#567/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/08/15 17:19 (126)
クラスのアイドルが僕の親友の〇タマを舐めた? 永山
★内容 25/08/15 17:21 修正 第2版
親の仕事の都合で、転校が多かった。でも高校入学を前にして、「これで最後だ」と
いうことで生まれた地元に戻ってこられたのはよかったと思う。偶然なのか縁なのか、
小学校時代の親友、鎌田俊光《かまたとしみつ》も同じ高校で、しかも同じクラスにな
ったのには正直嬉しかったし、懐かしさ混じりでちょっと感動もした。おまけに、席が
隣同士になるなんて。
そういった昔の友達との再会とは別に、ラッキーなことがもう一つあった。
鎌田は僕の席の左なんだけれども、では反対の右はどんなクラスメートかというと、
女子。それもとびきりかわいい。いや美人・美女と言って差し支えない整った顔立ち
で、スタイルもいい。ついでに勉強もできるし、運動も人並み以上にこなせる。もし仮
に校内美人コンテストをやったら、学年で一位は確実で、ひょっとすると全校でもトッ
プ3に入るんじゃないかと思う。
人には好みがあるから「当然」とは言わないが、僕もその他大勢の男子と同じく、彼
女――吉岡麻美《よしおかあさみ》さんに好意を持った。隣の席ということで、他の連
中に比べたら会話する機会は多く、順調に距離を縮めていくことができそうな感触があ
った。
けれども、ちょっと予想外のことが起きた。いや、発覚した。
一学期が始まってしばらくしてから、鎌田が急に吉岡さんと親しげに喋るようになっ
たのだ。最初は、密かにアプローチして成功したのか鎌田の奴うらやましいぞ、なんて
勘繰ったのだが、よくよく会話を聞いてみると、中学が同じで同クラスだったこともあ
るらしい。何で高校に入ってすぐにそのことを言わなかったんだよと、鎌田に聞いてみ
たら、「男連中がどういう風に吉岡さんに接するか、観察してみたかっただけさ」など
とさらっと言われ、ちょっぴり立腹したね。
尤も、そういう鎌田だって、吉岡さんの彼氏とかではもちろんなく、少し親しい友達
にすぎない。吉岡さんの友達(男子)のランク付けをすれば一番だろうけど、僕とそん
なに差がある訳ではないと感じた。
そんな訳で、吉岡さんを巡って多少の牽制はし合っても、鎌田との親友付き合いが壊
れることはなかった。
しかし、七月に入って定期考査がもうすぐ始まるという頃合いの昼休み、僕は校内で
思わぬ場面を目撃する。
そこは僕ら一年生があまり出向くことのない第二校舎の三階に続く階段の踊り場で、
実際そのとき、周りには僕ら三人――僕と、鎌田と吉岡さん――以外には誰もいなかっ
た。もっと言えば、鎌田と吉岡さんは僕が見ていたことを知らなかっただろう。最初か
ら内緒の話をするつもりだったのか、鎌田が吉岡さんを誘い出したのだ。それを察した
僕は、二人のあとを付けたというわけ。
声はよく聞こえなかったけれども、鎌田は写真らしき物を吉岡さんに見せながら、何
かを頼み込んで約束を取り付けようとしている風に、僕の目には映った。対する吉岡さ
んは、いつもの落ち着いた表情が見る見るうちに赤く染まり、俯きがちになってしまっ
た。最後の方はうんうんと頷きながら、分かったから早く行ってとばかり、鎌田をちょ
っと押す仕種すらしていた。
目撃者たる僕は、あまりにも意外なシーンが繰り広げられたことに、しばし呆然とし
てしまった。あとから思い返せば、すぐに飛び出していってでもことの真相を突き止め
るべきだったかもしれない。けれどもそのときの僕は行動に移せなかった。幸か不幸
か、吉岡さんや鎌田に姿を見られることなく、僕はその場をそっと離れた。
同じ日の午後の授業で一コマ、思い掛けず自習になった。と言っても、もちろん自由
にお喋りしていいはずはなく、みんな静かに試験勉強に精を出す。僕としては、鎌田に
さっきのことを問い質したかったんだけど、できない。でもそんなもやもやを抱えたま
まじゃあ、勉強に集中できない。結局、思いあまって、鎌田にメモ書きを渡した。『昼
休み、吉岡さんと何の話をしてた? 何を見せてた?』と。
紙切れを受け取った鎌田は一読し、一瞬ぽかんとしたようだったけれども、じきにニ
ヤリとして、返事を裏面に書き始めた。程なくして、僕に紙切れを寄越してくる。
僕は右隣の吉岡さんを横目でちらっと見てから、鎌田の返事に目を通した。次の瞬
間、思わず「何っ」と声を上げてしまった。
何事?とみんなに注目され、焦ったけれども、無論正直に事情を言う訳にはいかな
い。黙ったまま両手を拝み合わせ、四方に「ごめん」のポーズをしてやり過ごす。
僕に声を出させた、鎌田からの答。それは、
『中学のとき、僕の〇タマをなめてる吉岡さんを写真に撮った。それを使ってちょっと
からかっただけ』
というものだった。
僕のもやもやが晴れることはなく、かえって悪化した。もやもやに悶々が付け足され
たくらいだ。
そもそも、鎌田が書いたことが真実なのか? 本人に再度、聞いてみたが、例によっ
てにやにや笑いながらはぐらかされるだけ。ならばと、吉岡さんに聞いてみるなんて真
似、できるはずもなく。もやもやを抱えたまま受けた定期試験は、よい成績だったとは
とても言えなかった。
そんな僕とは対照的に、鎌田はそこそこよい点を取れたらしく、ご機嫌だった。英語
だったか古文だったか。とにかくその辺のテストが返却されたあと、恨み言の一つでも
言ってやりたいと、先に教室を出た鎌田を追い掛ける。と、その行き先があのときと同
じ題に校舎三階じゃないかと直感した僕は、声を掛けずに、つかず離れずの距離を取っ
て尾行した。案の定、着いたのは例の場所。しかも吉岡さんが先に来ていた。
僕は前と同じように身を隠し、二人の様子を伺う。今度同じことが繰り広げられた
ら、絶対に飛び出してやるんだと決意を秘めて。むしろ同じことが起きろと、念じてい
たかもしれない。
すると現実に、同じように展開した。またも写真を取り出した鎌田。赤面する吉岡さ
ん。
もう辛抱できない。僕は身を潜めていた手すりの影から、すっくと立ち上がり、素早
く鎌田へと駆け寄る。そしてすかさず、あいつの手から写真を奪い取った!
「え、あ――」
鎌田の間の抜けた声を耳にしつつ、僕は再び距離を取り、写真を一気に破こうとし
た。が、どうしても気になってしまい、ひと目だけと、写真に焦点を合わせる。
「……え?」
このときも僕は思わず声を出していた。
映っていたのは確かに、タマを舐める吉岡さん……なんだけど、詳細かつ正確に言う
と、『調理器具のお玉を舌先で舐めている吉岡さん』を遠くから収めたショットだっ
た。
「それな、中二だったか、林間学校に行ったときのやつ。シチューが思いの外絶品の味
に仕上がってさ。班のみんなで争奪戦になるレベルだったんよ。で、食べ終わったあ
と、洗い物をする役目に立候補したのが吉岡さん。一人に任せていいのかなと気になっ
たもんで、見に行ったら、そこにあるように、お玉をペロっとしてたんだよ。うぉ、な
にあれかわいい〜って、持っていたカメラで思わずパシャリ」
「もう、思い出させないでよっ」
僕に説明した鎌田。その背中をぺしっと強めに叩く吉岡さん。何なんだこれ。ちなみ
に問題の写真は、すでに僕の手にはない。吉岡さんが回収していた。
「このあとすぐ気付かれたんで、写真は一枚しか撮れなかった。赤い顔をして恥ずかし
がる姿も撮っておきたかったな〜」
「だまれ」
吉岡さん、今度はグーで、鎌田の脇腹辺りをドスっとやった。
「え、でも、鎌田。おまえ、こう書いてたよな。『僕の〇タマ』って。これ、キャンプ
場のお玉だろ?」
僕は僕で、勘違いした&騙された恥ずかしさから、鎌田に詰め寄った。
「嘘は言ってない。そこのキャンプ場は感染症対策で自己責任というのを打ち出してい
たんだよな。調理道具は持参するようにって。つまりそのお玉は、俺が家から持って来
た物なのである」
「マジか……。じゃあ、この間は写真見せて、吉岡さんと何を話してたんだ? 本当に
からかっていただけか?」
「あー、それはテストの予想を聞き出すために」
「鎌田君てば、高校に入ったあとは自力で勉強するって約束したのに、前期の定期試験
があんまりよくなかったからって、また中学のときみたいに教えてくれって」
鎌田のあとを引き取り、吉岡さんが早口で喋る。
「約束と違うから断ったら、こんな写真を持ち出して来て……一回だけの約束で、教え
てあげたのよ」
「写真を渡すって約束したから、いいじゃん」
「ま、まあ、これで終わりだと思えばよかったと言えなくはないかもだけど……」
喜んでいいのかどうか迷う、複雑な顔つきになる吉岡さん。
その様子から判断するに、恐らく彼女は知らないんだろう。
鎌田がその林間学校に持って来ていたのは、どうやらフィルムカメラだったようだ。
そして何故か、吉岡さんはフィルムカメラで撮影した写真が焼き増しできることを知ら
ないみたいだ。今の便利なデジタルカメラと違って、昔の物はコピーなんてできないと
信じ切ってる?
僕はそのことを教えていいものかどうか、ちょっと考えたかった。
おしまい