AWC APPLE COMPLEX 【多すぎた遺産】(最終回)コスモパンダ


        
#624/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  87/12/27   7:29  (114)
APPLE COMPLEX 【多すぎた遺産】(最終回)コスモパンダ
★内容
<アップル・コンプレックス> 第1話「多すぎた遺産」
    パート=u宵越しの金は持たないんだよ」その4(最終回)

 CVS(コンピュータ制御交通システム)のラジオがニュースを流していた。
 巷はストーナー財閥の会長の突然の死と、若い会長の誕生でもちきりだった。
 ノリスは、亡き祖父の遺言により新会長の座を受け継いだ。彼女は一晩にして、シテ
ィがいくつも買える程の金と権力を手に入れた。
 しかし、彼女が手に入れたものはそれだけでなかった。現代の最新医学は、彼女の祖
父から記憶物質を抽出し、彼女に移植したのだ。それが遺産相続の条件でもあった。
 若きノリス・クラウス・ストーナーは莫大な遺産と祖父の経営手腕などの豊富な経験
の詰まった記憶を受け継いだのだ。
 ノリスがキリーと口喧嘩している時に「処置」という言葉を使ったが、これが記憶移
植手術のことだと気づいたのは、ネットワークニュースを見てからだった。
 彼女を狙った暗殺未遂事件、監禁事件、キリーの乱心。全てがニュースソースとして
は第一級の事件だった。
 カールソンがノリスに射殺された現場からノリスを連れ出した一件では、僕は市警察
のハザウェイ警部にさんざん絞られた。ノバァは大して弁護もしてくれなかった。しか
し、心優しいノリス会長は僕を簡単に保釈してくれた。
 ノリス暗殺未遂事件でのノバァと僕の活躍はどこのニュースにも載らなかった。
 世間はこれで事件は解決したと思っているのだろうが、僕の心の底に残っているしこ
りはまだ解決していなかった。
 しかし、ノバァは平気だった。なんといっても五百万クレジットの報酬が支払われた
からだ。彼女は浮かれてどこかに出掛けてしまった。

 三十分程前、僕はノリスからのテレコム(社名ではない。テレビ電話のこと)を受け
た。ノリスは苦悩に満ちた表情でスクリーンの中から僕に哀願した。
「助けて! 乗っ取られるの。お願い、もう一度、私に手を貸して! 助けて!」
 ノリスにはハザウェイ警部から救ってくれた恩がある。
 そして僕は懐かしき嫌な屋敷、城にやって来た。百二十三段の階段は再び僕を快く迎
えてくれた。くるぶしまで埋まるフカフカの絨毯を踏みしめ、王者の間と名付けられた
部屋に通された。執事が二人、僕の後ろに立つ。
 その部屋の天井は高く、巨大な象の頭ほどもあるシャンデリアが数百の明かりを灯し
ていた。入り口から真正面の一段高い所に玉座と呼ぶに相応しい椅子があった。
 ほとんど待つこともなくノリスが現れた。
 彼女はスポーティな白いパンツと、肩幅の広い薄茶のジャケットを着ていた。若々し
い足取りで、ノリスは玉座に近寄ると腰掛けた。
「いらっしゃい、カズ」と軽い挨拶をしたノリスはニッコリと微笑んだ。
「ノリスさん、どうされました?」と僕。
「なんのことかしら、御用件はあなたの方じゃないの?」
 アホとちゃうか? 何言ってるんだ、彼女は?
「ノリスさん、あなたが私を呼んだんですよ」
「別に私はあなたを呼び・・」
 ノリスが突然、顔を両手で覆った。
「やめて・・・、助けて、言うことをきくから・・・」
「ノリス!」突然のことに僕は茫然としていた。
 ノリスは顔面を覆った両手を外した。彼女の表情を見た途端、僕の全身を悪寒が襲っ
た。目を見開き、眉間には無数の皺、口は顎が外れるのではないかと思うほど開かれて
いた。身の毛もよだつ絶叫がノリスの喉から吐き出された。
 彼女はそのまま椅子から転がり落ちると,身体を二つ折りにして低く呻いていた。
 僕は慌ててノリスに近付くと彼女を抱き起こした。
「勝手な真似は許さんぞ、ノリス」
 しわがれた声が聞こえた。その声はノリス自身の口から出ていた。
「分かってるわ。だから、・・・止めてーっ」
 今度は恐怖に脅えるノリスの可愛い声が出た。
「そう、お前はわしの言う通りにすればいい」
 また、しわがれた声。彼女の目は虚ろだった。
「一体、どうしたんだ。ノリスはどうなった?」
 僕は二人の執事を振り返った。
 二人の執事の顔は死人を見たような顔をしていた。いや、彼らは現実に死人の声を聞
いていたのだ。
「ノリスお嬢様には、故バーン・スタイン・ストーナー会長の霊が付いておられるので
す。スタイン会長の霊はノリスお嬢様の身体を乗っ取ろうとしています」
 僕はあんぐりと口を開けた。これはエクソシストの仕事だ。少なくとも探偵の仕事じ
ゃないことは確かだ。
「わしは霊ではないぞ。わしは蘇った。わしはバーン・スタイン・ストーナーじゃ」
 しわがれた声のノリスは僕の腕から逃れて、立ち上がった。
「カ・・ズさ・・ん、た、す、け、て。わたしはノリス。お祖父様がわたしの身体を・
・・奪おうとされ、キャーッ!」
 再び聞こえたノリスの声は微かで聞こえ難かった。
「何を言うか、カールソンとかいう若造をたぶらかして、わしを殺させたくせに。それ
にトラックコンボイに自分を狙わせるように仕込んだのは、わしの殺人容疑を自分以外
に逸らす目的があったからじゃ。もっとも、キリーがノリスを狙って新鋭エアロダイン
を使うことまでは計算に入ってはおらんかったじゃろうがな。ノリスは淫乱の気があっ
た。その上、権力欲が強い。いつの頃からかわしの地位と財産を狙うようになった。じ
ゃがわしもただ殺されるのを手をこまねいているような勿体ないことはせなんだ。遺産
をノリスに譲る条件として、わしの記憶物質をノリスに移すという遺言を用意しておい
た。記憶物質の抽出は死後二十四時間程度が限度じゃ。じゃから遺産相続会議も二十四
時間以内に行うようにしたのじゃ。そしてわしは復活した」
 もう僕にもそのしわがれ声が、故バーン・スタイン・ストーナー氏のものだと分かっ
た。そして恐ろしさに震えた。
 多すぎた遺産は、残された人間の心を蝕み、死人さえも生き返らせてしまったのだ。
この世に未練を残した魂は死ぬことさえできないのだ。未熟な人生経験しか持たぬ淫乱
少女は、老人の生への執着の前に自らの身体を奪われてしまった。
 ノリスとバーンの魂は、一つの女の身体の中でこれからの人生を送ることになる。
 最早、ノリスにとってはそれは生き地獄以外の何物でもないだろう。

 僕は、亡者が復活した城をあとにした。足取りは重く、どこに向かって歩いているの
か検討もつかなかった。俯いたまま歩き続けた。
 ノバァだって、エレナの身体に脳移植された。見ようによっては、ノバァがエレナの
身体を乗っ取ったことになる。だけど・・・。
 ファーンという音が僕の背中を叩いた。車が停車するブレーキの音が聞こえた。
「わこうどが、元気出して歩きなよ!」
 振り向くと、真っ赤な車の窓からノバァが顔を出していた。
「カーマイン! 直ったの?」
 僕は、カーマインのボディを撫で回した。
「御陰様で、新しいボディとエンジンはすこぶる調子がいいです」と、カーマイン。
「乗りなよ、カズ。元気だしてさ、ドライブしよう」とノバァ。
 僕は助手席に乗り込んだ。フカフカのシート、ダッシュボードも内装も一新されて、
ピカピカだった。そこで僕は嫌な予感に襲われた。
「ノバァ、カーマインの修理費にいくら使ったのさ?」
「大したことないよ。ボディを総取っ換えして、エンジンをパワーアップ、GEM走行
装置を強化。対ミサイル誘導システムとかバレンタインレーザー砲やら、ごちゃごちゃ
積んでも、たったの六百万クレジット。安いだろ」
 やっぱりだ!
「ノバァ、そうすると、あの儲けは、ひょっとして・・・」
「ああ全部使っちまったよ。仕方ないだろ、このポンコツとは腐れ縁なんだから」
「カズさん、これからも仲良くやりましょう」とカーマインの脳天気な声。
 ワーン、ツケが、月賦が、部屋代が・・・。ワーン、ワーン。しかも借金は増えた。
修理代が赤字だ。ワーン、頭痛い!
 ノバァはアクセルをぐっと踏み込むと、元気よく言った。
「宵越しの金は持たないんだよ」
 生まれ変わったカーマインは夕焼けのシティを快調に走り出した。

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