AWC APPLE COMPLEX 【多すぎた遺産】(5)コスモパンダ


        
#560/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  87/12/10   7:15  ( 98)
APPLE COMPLEX 【多すぎた遺産】(5)コスモパンダ
★内容
<アップル・コンプレックス> 第1話「多すぎた遺産」
    パート~「カズ、涎を拭きな! 」その1

 窓は別に鍵も掛かっていない。そりゃそうだろう。ここは地上三十メートルはある。
  ここから逃げ出す奴はかなりの奴だ。窓枠の出っ張りはかろうじて靴が引っ掛かる程
しかない。部屋と部屋は二十メートルはある。そこを吸盤付の粘着性のある手袋で窓ガ
ラスと壁にトカゲのようにへばりつく。みっともない恰好だ。ノバァは以外にこういう
所で技術を発揮する。僕を引き離してもう次の部屋に向かっている。
 ボスのいる部屋って知ってるのかな? わーっ! 足を踏み外したが、ノバァは振り
返りもしない。薄情者、覚えてろ!
 どうにかこうにか、壁を這って非常階段まで辿り着いた。
「登るよ」と、着くなりノバァの優しい声。
 登る? 非常階段は降りることしか考えられてはいない。登るったって、盗難防止の
ために、階段は撥ね橋のように上の踊り場の所まで引き上げられていた。踊り場から踊
り場まで、垂直距離で四メートルはある。バスケット選手でもなきゃ届くもんか!
 ノバァはウェストバックから、七つ道具の一つ、ワイヤリールを取り出すと、上の踊
り場に向かって投げた。クリリリ・・・という微かな音を立てて、鉤爪のついたリール
が蜘蛛のようにワイヤを吐き出しながら飛んで、踊り場の鉄柵のパイプに絡まった。
 ノバァはワイヤを二、三度引いて手応えを確かめた後、そのワイヤを僕にひょいと手
渡した。
「へっ?」
「あんたが、登るの。登ったら、か弱いあたしのために階段を降ろしてよ」
 そういうと、僕の尻を叩いた。
 人使いが荒いだの薄情者だのぶつぶつ言いながら、僕は細いワイヤを握って壁を登り
、ノバァが登れるように階段を降ろしてやった。そんなことを五、六回やって最上階に
着いた頃には、すっかり日が暮れていた。
 最上階の非常口のドアを電磁波探知器で調べると、ドアの上部に電子警報器があった
。ノバァはノイザーでそいつを黙らせ、鍵をキー・アンロッカーで開けた。ドアをほん
の少し開けて内視鏡を隙間から内部に入れる。
「あったよ。カメラだ。あれは、スナイパー社の『見張り屋くん』ね」
 ノバァは小型のレーザーガンを取り出した。
「馬鹿! 撃っちゃうと、気付かれるじゃないか」
 僕は慌てた。
「うるさいね。もうとっくに気付かれてるよ」
「えっ?」
 ノバァはレーザーガンを構えたまま、ドアを押し開けてスタスタと歩いて行った。
「マッコイ爺さん、元気? 見てるんでょ?」
 ノバァはカメラの前で手を上げて振った。
「久し振りじゃな、ノバァ。突き当たりを左に曲がって、扉を抜けて、真っ直ぐに歩い
て、更に突き当たりを右に折れる。わしはそこにおる。物騒なものはいらんよ」
 狐に摘まれたような僕の背中をノバァに押されて歩き出した。
 自動ドアを通って、中に入ると、そこはメカが一杯に詰まった部屋だった。天井まで
の高さが五メートルはある。図書館のように棚が何十とある。その棚に並んだ前世紀の
AV装置は、歴史博物館顔負けのコレクションだ。大昔の蝋管レコード、オープンテー
プデッキから、コンパクトディスク、レーザーディスク、ビデオデッキ、マイクロリー
ダー、ホログラフィックビューワー等々、コレクターが涎を流すような骨董品が数百は
ある。部屋の一方の壁は、ガラス扉のスライド式の棚になっている。ELのほのかな光
に数十万枚、いやもっとあるだろうか、レコード盤やレーザーディスク等が並んでいた
。
「凄い」 僕は息を飲んだ。
「ほう、少しは人類の文化遺産に興味を持つ人間がおったか」
 天井から声が聞こえてきた。しかし、スピーカーの音じゃない。肉声だった。キョロ
キョロ見回すと、天井近くの壁に設えられた手すりの付いた通路に一人の男が立ってい
た。
「上がって来んか? 茶でも飲もう」
 男はスタスタと通路を歩いて行った。僕はノバァとその後を追った。

 十八世紀のイギリス製のティーカップに,銀のポットから熱い紅茶が注がれる。ほの
かな香りが漂う。
 ティーカップが置かれたテーブルは北欧調の白木のテーブルである。床も自然木をそ
のまま利用して木目を生かした洒落た部屋だ。壁一面に填め込まれたガラスを通してパ
シフィック・クイーンの市街の夜景が見える。遠くの港に停泊している船の明かりが美
しい。空はよく晴れ、月明かりが部屋の中に差し込んでいた。部屋の隅にある、これも
年代物のシェード付のフロアスタンドの明かりが、壁に並んだアールデコ調の絵の繙
繼ーらく複製画だろう繙繙繧浮かび上がらせていた。
「相変わらず骨董趣味だね、マッコイ爺さん」
 ノバァは壁の画を見ながら話し掛けた。
「ふん、何も分からんくせに偉そうに言うない」
「違うよ、『見張り屋くん』のことだよ。あんなオンボロ、役に立たないよ」
「だから言っとるんだ。何も分からんくせにとな。あいつは囮じゃ。ノバァ、ここに来
るまで幾つの警報器があった?」
「カズ、幾つあった?」
「えっ」と、ノバァの質問返しに驚いたが、僕だって探偵の端くれだ。「寝室に五個、
非常階段の入り口に一つ、通路に一つずつ。合計十二個」
「カズ、あんた見習いまだ長いよ。全部で二十三個だよ。ねえ、マッコイ爺さん」
 ノバァは鼻高々に言う。
「止してくれ、その爺さんという呼び方は。わしはまだ五十の坂を上り始めたばかりだ
。腰は曲がっとらん。全部で三十五個じゃ。ノバァ、お前さんは、下の寝室で非常警報
装置に引っ掛かり、高電圧の鉄板に乗って黒焦げになっとる。それから、壁を伝ってい
る間に壁が剥がれ、破片と一緒に落下。同じく非常階段では、階段が外れて落下。非常
階段のドアをこじ開けた瞬間に、二連レーザーガンに頭とその愛らしい胸を真っ黒に焼
かれとる。そして通路では、落とし穴に二回落ちて、吊り天井の下敷きになって、最後
は檻の中に閉じ込められとる。もっともわしが、警報スイッチを切っとったから、こう
してお茶にありつけるという訳じゃが。もっと聞きたいかな?」
「もうたくさん。気が滅入ったわ。笑うんじゃないよ、カズ。あんたも、あたしと一緒
に五、六回は死んでるんだよ」
 僕は笑いを押さえるのに必死だった。
 ノバァはきまり悪そうにしていたが、目の前のティーカップを口に運ぶと、中身を一
気に口の中に流し込んだ。その途端・・・。
「アッチッチッ、・・・・痛ーっ。なんだい、熱湯じゃないか! マッコイ、あたしを
殺す気かい!」
 ノバァはティーカップを放り出すと、椅子に座ったまま後ろ向けにひっくり返った。

「お茶は熱いのが旨いんじゃ。味はどうじゃ?」
 僕はついに腹を抱えて笑い出した。ノバァが床に転んだまま、長い足で僕の座ってい
る椅子の足を引っ掛けた。僕も床に仰向けに伸びることになったが、そのまま笑い転げ
ていた。
−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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