AWC 『殺しとキスとセーラー服』(6)旅烏


        
#536/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  87/12/ 3   7:19  (123)
『殺しとキスとセーラー服』(6)旅烏
★内容

「兄さん、この事件の犯人は目星がついたの?」

今日の昼食を何も食べていなかった兄は私の作ったインスタントラーメンをすすりなが
ら、暗い表情で首を振った。

「それが分かれば、ゆっくり昼食くらい食べてくるんだが・・・何しろ、凶器の見当も
皆目だし、殺人現場となった室内にも賊が侵入した形跡は皆無ときているから、相当な
難事件だぞ・・・
血しぶきも全部窓から外に附いているし、あの場所で一刀のもとに首を切られたのは確
かなんだ・・・しかも抵抗した形跡は全然ない。
とてもナイフのように隠し持てる小型の凶器でできる仕事じゃないし・・・
手品みたいに空中に浮かんで突然首を切り落としたなんて夢みたいな話だが、状況はそ
うとしか思えんし・・・」

「それでよく今夜帰れたわね?」

「俺がここに住んでいるからな・・・それとなく聞込みも出来ようってもんだ」

「6階の高田さんは?」

「調べたが、決め手が無い・・・女房の言葉ではアリバイが有るようだけども、肉親の
言葉というのは決め手にはならんし・・・・こんな状況証拠では、たとえ自白したとし
ても、とても起訴できん」

ラーメンの丼を持ち上げて、汁を全部すすった兄はそのまま畳に倒れると、軽いいびき
をかき始めた・・・余程疲れているのだろう。
丼を片付けながら、テレビのオーメンを見ると丁度悪魔の子の魔力でガラスの運搬車が
動いて、滑り落ちた板硝子で除霊に協力したカメラマンの首が落ちるシーンだった・・
なにしろ昨日の今日なので、ヒヤッとするシーンだ。
外にはいつのまにかシトシトと秋の雨が降り出した・・・

一夜明けて・・・翌日は、青空に白い雲が刷毛で書いたように流れている上天気である

「行ってきまぁす」

まだ布団の中で寝ている兄を置いて、私は部屋を出た・・・

「おっ!久美子・・・一緒に行こうか?」

丁度隣からも学生服の芳夫君が薄い鞄を小脇に抱えて出てきた。
頭と鞄の厚さは比例するという学説を誰か立てないかな・・・

「アッカンベー、またあらぬ噂でもたてられたら、お嫁に行けなくなるもん」

「心配すんなって、そんときゃ俺が貰ってやるから」

「間に合ってます!このまま隣同士で夫婦になったら、胸がときめくような新婚時代が
台無しになっちゃうわ」

言葉とは裏腹に、二人揃って団地の階段を降りると花壇の中の細い道をバス停の方に歩
き始めた・・・

「あらっ?あの立て札に茶色のしみが出来てるわ?」

花壇に立入禁止と書いて有る、厚さ2センチで横が50センチ高さ30センチ程の白ペ
ンキぬりの板が花壇の端に下の方10センチばかり埋めて立てて有るのだが、その角の
所に茶色のしみが出来ていた。

「そんなものどうでもいいだろ?早く行かないと遅刻しちゃうぜ」

その時、私の頭に突然有る考えがひらめいた!

「ちょっと待って・・・調べて来るから」

その立て札の場所は、丁度私の部屋の窓の下・・つまり殺人の有った8階の部屋の真下
でも有るわけだ。
しばらく立て札を調べた私は、通路で待っている芳夫君にせかされるままバス停に向か
ったが、バスは発車してしまっていた・・

「ほら見ろよ、久美子がグズグズしているから遅刻しちゃったじゃないか」

口を尖らせて文句を言う芳夫君を尻目に、私はある事を考え続けていた。

「まさか・・そんな事って・・・」

「久美子、なに言ってんだよ?俺たちは遅刻しちゃったんだぜ?」

次に来たバスの中でも、うわのそらで考え事を続けている私に、芳夫君は少しいらだっ
た言葉をかけた・・・

「揃って遅刻じゃ、クラスで冷やかされるなぁ」

「あ?ああ・・そうね、良いじゃないたまには一緒に遅刻も・・・」

「おいおい、しっかりしろよ?今朝の久美子は少しおかしいぞ?」

私の頭の中では、急速にある考えが固まりつつあった・・・あの花壇の立て札の茶色の
しみは・・・
そして、被害者の首を一刀のもとに切り落とす程の凶器は・・・
そして、犯人は・・・・

昨日の騒ぎの、すぐ翌日に揃って遅刻という私たちの行動は、校門の所で風紀委員に止
められて生徒手帳を取り上げられるところから、すべてクラスメートの格好の好奇心の
的になっていた。
一時間目が終って、放課になると、クラスのヒソヒソ声に混じって大きな声が教室に
響きわたった・・・

「おーーい、今朝は揃って遅刻か?仲が良いのも結構だけどよ、後藤がDラインになっ
てからカンパじゃ困るぜ」

私たちのクラスでも少し不良がかっている村木君が、薄笑いをうかべながら私の席に近
づいて来る・・・

「おい村木、よせっ!」

私の3つ後ろの席に座っていた芳夫君が、鋭く声を掛けた。

「うるせぇな、小林っ!お前も少しくらいサッカーが上手いからって生意気だぞ」

村木君が、椅子に座っている芳夫君の学生服の胸ぐらを掴んだので、金属のボタンがち
ぎれて床に転がった・・・

「この野郎!」

「なにおっ!」

二人はもみ合って床に転がり、椅子や机を倒しながら派手な喧嘩が始まってしまった。

「ちょっと、止めなさいよ・・誰か先生を呼んで来て!」

結局、芳夫君も村木君も顔に痣を作った上、先生に大目玉を喰って一日中しょげ返って
いた。




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