AWC 『殺しとキスとセーラー服』(1)旅烏


        
#530/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  87/12/ 2  22:52  (104)
『殺しとキスとセーラー服』(1)旅烏
★内容

「後藤久美子」これが私の名前だ・・・
つい最近まで、それほどイヤな名前とは思っていなかったのだが最近になって急激にこ
の名前が嫌いになってしまった。
私の名前を聞いた人は、大抵一瞬とまどったような表情をしてそれから私の顔をじっと
見る・・・そして「ふーーん」というバカにしたような顔をするのだ。
これでも高校2年までは回りから結構可愛いと言われた事だってあるのに、例の美少女
タレントが出てから、同姓同名の情けなさで多大なハンディを背負う事になってしまっ
た。

「貴女、トクしたわね・・一度聞いたら貴女の名前は絶対忘れないわよ」

下校の途中で親友の真弓が羨ましそうに言った。

「冗談じゃないわ、強力な背後霊が付いてるみたいなものよ・・・名前を聞いたとたん
に私の後ろにゴクミの顔が浮かぶんだから・・・
あんなのと比べられちゃたまんないわ」

「ま、それもそうね・・貴女とゴクミじゃ月とナントカだし・・・」

「よく言うわね・・お兄さんに言ってゴクミを射殺してもらおうかな?」

私の兄は警視庁の刑事で、進学のために東京に出てきた私と二人で都営団地に暮らして
いる。
刑事という職業柄、時間も不規則で帰ってこないことも日常茶飯事とあっては、当分彼
女など出来そうもない。
彼女が出来ない原因の一つに私も入っているのかも知れないが・・・
兄が滅多にいないおかげで私は深夜までパソコン通信という楽しい遊びを続ける事も出
来るのだ、そして、この世界でだけは私の名前が光り輝くものとなっている。
なにしろ名前だけで顔が見えないんだから誰だって後藤久美子と聞けば、ブラウン管の
顔を思い浮かべるに違いないのだ。

「これくらいの役得は無くっちゃたまんないわよね」

現に2−3人は私の熱烈なファンもいる・・・
その夜も私は一人でパジャマに着替えると、全国NETのBBSにアクセスしていた。
私がログインすると、たちまちトークが掛かってきてCHATルームに来ないか?
との誘いがあった。

「OK!」

私はそのままCHATルームに行き、時間の経つのも忘れて仲間達と楽しいCHATを
続けていた。
その時・・・
窓の外にピチャピチャと雨垂れのような音がするのに気がついた私は、一旦BBSから
ログオフすると、カーテンの隙間から窓の外を見上げた。

「晴れているのにおかしいなぁ?」

窓の外には三日月が光っている。
不審に思った私は窓を開けて外に掌を差し出すと、なにやらなま暖かい滴が掌にあたっ
た・・・?

「何かしら?」

窓から手を引っ込めて、蛍光灯の光でなにげなく自分の手を見た私は、思わず悲鳴を上
げた!

「キャーーッ!」

私の掌とパジャマの袖口には真っ赤な血が滴っている。
私の部屋は3階にあって、この団地は10階の高層団地なので上には7つも部屋がある
多分そのどこかで惨劇が起こっているのだろうとは見当がついたが、それがどこなのか
分からない?

「夜分すみません、起きて下さい!芳夫君いますか!」

隣にすむ私の同級生でボーイフレンド?の小林君をたたき起こす事にした。
チャイムをならしてしばらくすると、深夜の事なので眠そうな小林君の母親の声がドア
の向こうで聞こえた・・・

「どちらさんですか?」

「私です、隣の久美子です!大変なことが起こったみたいなので、ちょっと来てくださ
い!」

ドアを開けた小林君のお母さんは、右腕を真っ赤な血に染めて立っている私に驚いたの
か、うわずった声を上げた。

「久美ちゃん、その手はどうしたの!大丈夫?すぐ救急車呼ぶからね!」

薄ぐらい団地の廊下に立っているので、私が怪我をしたのと勘違いしているようだ。

「おばさん、違います、私の血じゃないんです、窓の外に上から血が降ってきて・・」

おばさんは、しばらく事態が飲み込めないようだったが、そのうちにハッと思いついた
ように「大変!じゃあ、6階の高田さんか8階の小原さんだわ!警察に電話するから待
ってるのよ・・・勝手に行っちゃ駄目よ」と、慌ただしく部屋の中に入って行った・・

私の耳にもそれとなく聞こえていたが、最近この棟で男女関係のトラブルが有ったよう
で、6階に住む中年の夫婦の夫の方が8階の水商売の女性と関係があり、それが奥さん
にバレたとかで、団地の噂になるような派手な喧嘩が最近2−3回起こっていた。

「久美子、どうしたんだよ?こんな夜中に・・・寝小便でもしたのか?」

おばさんと入れ違いに目をこすりながら出てきたのは、私のボディガード兼ボーイフレ
ンドの芳夫君である・・・

「この、なんて事言うの!レディに向かって!」

木のサンダルでパジャマの向こうずねを思いきり蹴飛ばすと、180センチは有ろうか
という長身を海老のように折ってうずくまり、「いてて、おい無茶すんな・・・おーー
痛てぇ・・・」と図体の割に情けない言葉・・・





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